妊娠中は、免疫機能や体のバランスが変化するため、普段よりも感染症にかかりやすく、重症化しやすい状態です。感染症は母体の健康だけでなく、胎児の発育や安全にも影響を及ぼす可能性があり、時に重大な合併症を引き起こすこともあります。そこで本記事では、妊婦がかかると特に危険とされる代表的な感染症とその症状、感染経路、治療・予防方法を詳しく解説し、妊娠期の安心につなげる情報をまとめます。
1. 妊娠中に感染症が危険な理由
1. 免疫の仕組みが変わる
妊娠中の体は、胎児を「自分とは違う存在」と認識しながらも排除しないように、免疫の働きを意図的にゆるめています。これを「免疫寛容」といいます。
普段なら体内に入ってきたウイルスや細菌を強く攻撃できますが、この時期は免疫のブレーキが効いているので、感染症にかかりやすくなり、治りにくい傾向があります。
2. 体の負担が大きくなる
妊娠すると血液の量が増え、心臓や腎臓に普段以上の負担がかかります。そこに感染症が重なると、肺炎や腎炎のような合併症を起こしやすく、症状が悪化すると母体の命に関わることもあります。
3. 胎児への影響
感染症によって母体に高熱や強い炎症が起きると、胎盤を通じて胎児に影響が及ぶことがあります。具体的には
妊娠中は母体自身の感染リスクが上がり、病気の重症化もしやすく、さらに胎児への影響も大きい、という「三重の危険」があるのです。そのため妊娠中は普段以上に感染予防が大切になります。
2. 妊婦が注意すべき代表的な感染症
風疹
妊娠初期に感染すると、胎児に先天性風疹症候群を引き起こす可能性があります。症状は発疹、発熱、リンパ節の腫れなど。ワクチンは妊娠中は接種できないため、妊娠前の予防接種が重要です。
トキソプラズマ症
猫の糞便や加熱不足の肉から感染します。妊娠初期の感染は胎児の脳や目に障害を残すリスクがあります。肉は中心部まで加熱し、猫のトイレ掃除は避けるか手袋を着用します。
リステリア症
ナチュラルチーズや生ハムなど未加熱食品に含まれる細菌です。妊婦は免疫低下により感染しやすく、流産や死産のリスクがあります。冷蔵庫保存中の食品も長期間経過したものは避けます。
B型肝炎・C型肝炎
母子感染の危険があり、出生後すぐのワクチン接種で予防できます。妊婦健診で抗体検査を行い、必要に応じて医師と対応を相談します。
インフルエンザ
高熱や全身症状により早産リスクが上昇します。妊娠中でもワクチン接種が可能で、安全性も確立されています。流行期前の予防接種と、手洗い・マスク着用が有効です。
3. 感染症ごとの予防策と生活の工夫
妊娠中は、母体だけでなくお腹の赤ちゃんを守るためにも、普段の生活の中でのちょっとした注意がとても大切になります。それぞれの感染症ごとに、知っておきたい予防のポイントをまとめます。
風疹(ふうしん)
風疹は妊娠初期にかかると「先天性風疹症候群」といって、赤ちゃんに心臓の異常や聴覚障害などをもたらす可能性があります。
- 妊娠前に予防接種を受けて免疫をつけておくことが基本です。妊娠中はワクチンが接種できないため、すでに妊娠している場合は人混みや流行地域への外出を控えるのが大事です。
- 家族やパートナーも予防接種を済ませておくと、家の中での感染を防げます。
トキソプラズマ症
これは寄生虫による感染で、妊娠中に初めて感染すると赤ちゃんに重い影響が出る可能性があります。
- 肉はしっかり火を通し、中心部まで加熱すること。レアステーキや生ハムなどは避けましょう。
- 野菜や果物は流水で丁寧に洗うこと。土に触れる家庭菜園などでも注意が必要です。
- 猫の糞に寄生虫が含まれることがあるため、妊娠中は猫のトイレ掃除を避けるか、手袋を着用して必ず手洗いを行います。
リステリア症
リステリア菌は冷蔵庫内でも繁殖できる特殊な菌で、妊娠中は通常の20倍かかりやすいとも言われています。
- 生乳を使ったチーズ(カマンベールなど)、生ハム、スモークサーモンなどの非加熱食品は避けること。
- 調理器具やまな板はこまめに洗浄し、清潔を保つことが予防につながります。
- 加熱すると死滅するため、加熱済みの食品は安心です。
B型・C型肝炎
血液や体液を介して感染するウイルスです。
- 妊娠前後で感染の有無を確認し、必要に応じて医師の管理を受けます。
- パートナーや家族の感染状況も把握しておくと安心です。
- 適切なワクチン接種(B型肝炎)や、出産時の対応で母子感染を防ぐことができます。
インフルエンザ
高熱や全身症状が出て、重症化すると母体にも胎児にも影響があります。
- 流行期に入る前にワクチン接種をしておくことが有効です。妊娠中でも安全に接種できます。
- 人混みをできるだけ避け、外出後は手洗い・うがいを習慣にしましょう。
- 部屋の換気や加湿も、ウイルス対策に役立ちます。
生活全般の工夫
感染症予防は、食べ物や外出の工夫だけでなく、毎日の体調管理からも始まります。
- 栄養バランスの取れた食事で、体の抵抗力を落とさないようにする。
- 睡眠をしっかりとって、免疫力を維持する。
- 無理のない範囲で体を動かし、血流を良くする。
- ストレスを溜めすぎないよう、気分転換を心がける。
妊娠中の感染症は「母体が重症化しやすい」だけでなく「赤ちゃんに直接影響する可能性がある」という二重のリスクがあります。ただし、日常のちょっとした工夫や生活習慣で多くは予防できます。神経質になりすぎる必要はありませんが、「知っておくこと」「避けられることを避けること」が安心につながります。

4. 感染症と診断されたときの対応
妊娠中に感染症が疑われると、不安や焦りを感じるのは自然なことです。ただ、大切なのは「自己判断で放置しないこと」と「正しい情報を医療機関に伝えること」です。いくつかの視点で整理します。
1. 受診のタイミング
発疹・発熱・咳・喉の痛み・下痢・倦怠感など、いつもと違う症状が出たら、まずは医療機関に相談します。症状が軽い場合でも、妊娠中は重症化のリスクや胎児への影響があるため、早めに受診することが安心につながります。
2. 医師に伝えるべき情報
診察時には、できるだけ具体的に状況を説明することが大切です。
- 妊娠週数(初期か後期かで薬の影響が変わるため)
- 発症した時期や症状の経過
- 最近の外出や接触歴(インフルエンザ流行地域に行った、感染者と接触した等)
- 既往歴やアレルギーの有無
これらを整理して伝えることで、診断や治療方針がより的確になります。
3. 薬の処方について
妊娠中は胎児への影響を考え、医師は安全性が確認された薬を優先的に選びます。自己判断で市販薬を使うことは避けましょう。特に抗生物質や解熱鎮痛薬の中には妊娠中に使えないものもあります。処方された薬は、医師や薬剤師の指示どおり正しく使用することが必要です。
4. 自宅での過ごし方
診断を受けた後は、治療に加えて生活の工夫も重要です。
- 安静を保ち、無理な活動を控える
- 水分をしっかり取り、脱水を防ぐ
- 消化の良い食事を心がけて、体力を落とさないようにする
- 発熱時は体を冷やしすぎず、快適な室温で休む
軽い症状であっても、体の回復には休養が欠かせません。
5. 周囲への配慮
感染症によっては、家族や周囲に広がる可能性があります。手洗い・うがい・マスクの着用を徹底し、タオルや食器を共有しないなど、二次感染を防ぐ工夫も忘れないようにしましょう。
5. 妊娠期の健康管理と定期健診の重要性
妊娠中は自分と赤ちゃんの健康を守るため、日々の体調管理と定期的な妊婦健診が欠かせません。
健診では血液検査や尿検査を行い、B型肝炎や梅毒、HIV、尿路感染症などを確認します。異常が見つかれば、早期に治療や出産時の対応を準備でき、母子の安全を守ることにつながります。
家庭でも、毎日の体温測定や体調の変化の記録が役立ちます。だるさや発熱、咳、下痢など小さな変化に気づいて早めに医師に伝えることが大切です。加えて、バランスのよい食事、十分な睡眠、無理のない運動で免疫力を保ちましょう。
定期健診とセルフケアの両方を続けることで、感染症の予防や早期発見につながり、安心して妊娠期を過ごすことができます。
まとめ
妊娠中の感染症は、母体だけでなくお腹の赤ちゃんにも影響を及ぼす可能性があるため、予防と早期対応がとても大切です。普段の生活で手洗いや食事管理などの工夫をすることで、多くの感染症は防ぐことができます。また、定期健診での血液検査や尿検査によって、万が一感染があっても早い段階で発見し、適切な治療につなげることが可能です。
さらに、発熱や咳、発疹などの症状が現れたときは、自己判断で放置せず早めに医療機関を受診し、妊娠週数や症状の経過をきちんと伝えることが母子の安全を守る一歩になります。
加えて、必要に応じてNIPTを含む出生前診断を取り入れることで、赤ちゃんの健康状態をより詳しく知ることができ、安心感をもって妊娠期を過ごす助けになります。
妊娠中は不安もつきものですが、日々の予防と健診を積み重ねることで、母体と赤ちゃんの両方を守り、より落ち着いた気持ちで出産を迎えることができるでしょう。
