やさしいまとめ
「ロバーツ症候群(Roberts syndrome)」は、とてもまれな遺伝性の病気で、生まれつき手足の短さや顔立ちの特徴、成長の遅れなどが見られることがあります。この病気の原因は、染色体がうまく分かれるように助ける「ESCO2」という遺伝子の変化によって引き起こされます。
この病気の特徴としては、胎内での発育がゆっくりであること、両手足の左右対称な短縮や欠損、口唇口蓋裂、小さめの頭(小頭症)などが挙げられます。また、染色体を詳しく調べる検査では、「RS効果」と呼ばれる特有の変化が見つかることもあります。
この記事では、ロバーツ症候群の原因、主な症状、検査方法、治療やサポートの考え方、そしてご家族が知っておくと安心できる情報をやさしく解説しています。気になる症状がある方や、遺伝のことが心配な方にとって、参考になる内容となっています。
遺伝子領域 | Implicated Genomic Region
ESCO2

ESCO2遺伝子(エスコーツー、英語名:Establishment of Sister Chromatid Cohesion N-Acetyltransferase 2)は、ヒトの染色体の8番、短腕(p)21.1領域に位置しています(GRCh38参照:chr8:27,771,949–27,819,660)。この遺伝子は、601個のアミノ酸からなる「アセチルトランスフェラーゼ」という酵素をつくる設計図です。
この酵素の役割は、細胞が分裂するときに重要な「姉妹染色分体(ししまいせんしょくぶんたい)」、つまり同じDNAを持つ2本の染色体が正しく対になって分かれるようにすることです。具体的には、ESCO2は「SMC3(エスエムシースリー)」というタンパク質をアセチル化(特定の化学修飾を加えること)することで、染色体がしっかりと結びついた状態を保てるようにしています。
この働きは、DNAが複製される細胞周期の「S期(エスき)」と呼ばれるタイミングでのみ必要となります。S期には、ESCO2がDNA複製を助ける装置であるPCNA(プロリフェレーティング・セル・ニュークリア・アンチゲン)やMCMヘリカーゼ(DNAをほどく酵素)などと連携して動いています。
つまり、ESCO2は「細胞分裂に必要な基本的な仕組みのひとつ」であり、その仕組みに不具合があると、染色体がうまく分配されず、体の成長や臓器の発達に大きな影響を与えることになります。
疾患名 | Disorder
この遺伝子に変化(変異)が両親から1つずつ受け継がれて起こる病気が、「ロバーツ症候群(Roberts syndrome、略称:RBS、OMIM番号:268300)」です。ロバーツ症候群は、ごくまれに見られる常染色体劣性(じょうせんしょくたいれっせい)の遺伝性疾患です。これは、両親のどちらも同じ遺伝子の異常を持っていた場合に、子どもにその病気が現れる可能性があるという遺伝の形式です。
ロバーツ症候群は、「コヒーシノパチー(cohesinopathy)」と呼ばれる病気の一群に含まれています。コヒーシノパチーとは、染色体の分裂や整列を助ける「コヒーシン複合体(cohesin complex)」という仕組みがうまく働かないことで起こる、さまざまな発達障害のことを指します。
この疾患の主な特徴には、以下のようなものがあります:
- 胎児期から始まる著しい成長の遅れ(胎内発育遅延)
- 両側対称の手足の形成異常(とくに腕や脚の短縮)
- 口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)などの顔の形の異常
- 染色体検査で見られる特有のサインである「RS効果(RS effect)」
「RS効果」とは、染色体の顕微鏡画像において、染色体の中心部分が早く分かれてしまう「早期セントロメア分離(premature centromere separation)」や、「ヘテロクロマチンの反発(heterochromatin repulsion)」と呼ばれる現象が見られることです。これらはロバーツ症候群を診断するうえでの大きな手がかりとなります。
この病気は、赤ちゃんが生まれる前から症状が始まり、出生時には明らかな身体の異常がみられることが多いため、ご家族にとっては非常に不安の大きい疾患です。ただし、その症状や重症度には幅があり、中には比較的軽い形で成長できるケースもあります。
鑑別と関連症候群の説明|Clinical Clarification
ロバーツ症候群と非常によく似た症状を示す、他のまれな病気も報告されています。その中には、「SCフォコメリア症候群(SC phocomelia syndrome)」や「ジュバーグ=ヘイワード症候群(Juberg-Hayward syndrome, JHS)」などが含まれます。これらの疾患も、同じくESCO2遺伝子の変異によって起こることがわかっています。
症状としては、いずれも共通して以下のような特徴が見られることがあります:
- 唇や口蓋に裂け目ができる「口唇口蓋裂」
- 頭囲が小さくなる「小頭症(しょうとうしょう)」
- 手足の短縮や欠損
- 出生時からの成長の遅れ
ただし、ジュバーグ=ヘイワード症候群(JHS)は、ロバーツ症候群と比べて比較的軽症であることが多く、知的な発達に問題が見られないケースもあります。また、肘の骨がくっついてしまう「肘関節癒合(ちゅうかんせつゆごう)」など、JHS特有の特徴も指摘されています。
これらの違いから、研究者の中には「JHSはロバーツ症候群の一種」とする意見もあれば、「まったく別の疾患である」と考える専門家もいます。たとえば2021年のKantaputraらの研究では、JHSは独立した病気として分類されるべきだという見解が示されました。
このように、同じ遺伝子に関わる病気でも症状の幅が広く、はっきりとした線引きが難しいことがあります。そのため、遺伝子検査でESCO2に変化が見つかった場合には、症状の有無や体の特徴などを専門の医師(臨床遺伝専門医)と一緒に詳しく確認することが大切です。
本記事では、このような類似疾患の中でも最もよく研究され、特徴が明らかな「ロバーツ症候群」に焦点をあてて説明を進めます。
概要 | Overview
ロバーツ症候群は、「コヒーシノパチー(cohesinopathy)」と呼ばれる疾患のひとつです。このグループの疾患は、細胞が分裂する際に必要な染色体のまとまり(姉妹染色分体の結合)が正しく行われないことにより、さまざまな問題が引き起こされます。
この病気の最大の特徴は、「RS効果(RS effect)」と呼ばれる染色体レベルの異常が、顕微鏡で確認できるという点です。具体的には:
- 染色体の中心(セントロメア)が、分裂時期よりも早く離れてしまう「早期セントロメア分離(premature centromere separation, PCS)」
- 染色体の一部(とくにヘテロクロマチンと呼ばれる部分)が、ふくらんだり反発したように見える「ヘテロクロマチン反発(heterochromatin repulsion, HR)」
これらは、細胞が分裂するときに観察される現象で、ロバーツ症候群特有の診断サインとして重視されています。
また、病気の原因となるESCO2遺伝子に変化があると、コヒーシン複合体がうまく働かなくなります。これによって、DNAのコピーが正しく並べられず、細胞の中で染色体が不安定になります。その結果として:
- 細胞分裂がうまく進まず、成長や発達が妨げられる
- 染色体の異常が起こりやすくなる(異数性)
- 細胞が早く死んでしまう(アポトーシス)
また、外的な要因である「サリドマイド胎芽症(thalidomide embryopathy, TE)」も、ロバーツ症候群と非常によく似た特徴を示すことがあります。サリドマイドは、かつて妊娠中のつわり止めとして使われていた薬ですが、胎児に重大な影響を及ぼすことがありました。
TEとロバーツ症候群は見た目の特徴が非常によく似ているため、「偽ロバーツ症候群(phenocopy)」と呼ばれることがあります。興味深いことに、最近の研究ではサリドマイドがESCO2の働きを抑えることがわかってきており、このことが症状の類似性を説明する手がかりになると考えられています。
疫学 | Epidemiology
ロバーツ症候群(Roberts syndrome)は、非常にまれな病気であり、これまでに世界中で150例未満しか医学文献に報告されていません。ただし、実際にはそれ以上の患者さんが存在すると考えられています。その理由としては、次のような背景があるためです:
- 診断が難しいこと
- 症状の出方に個人差が大きく、「典型的ではない」ケースが見逃されやすいこと
- 類似疾患との区別がつきにくいこと(例:ジュバーグ=ヘイワード症候群など)
この疾患は、性別や人種に関係なく発症する可能性があり、両親が近い親戚同士(血縁婚)である家族でより多く報告されています。また、地域的に特定の変異が多く見られること(創始者効果)もあります。たとえば、南米コロンビアでは、c.505C>T(p.Arg169Ter)という特定の変異が一部の地域でよく見られることがわかっています。
病因 | Etiology
ロバーツ症候群は、ESCO2遺伝子の両方のコピー(対立遺伝子)に変化がある(常染色体劣性遺伝)ことで起こります。この遺伝子は、細胞がDNAを複製するときに、染色体同士をしっかりと結びつけておく「コヒーシン結合(chromatid cohesion)」を正しく行うために必要です。
ESCO2が正常に働かなくなると、細胞が分裂するときに染色体がばらばらになってしまい、正しい分配ができなくなります。 その結果、以下のような細胞レベルの問題が起こります:
- 染色体の中心が早く分離してしまう(早期セントロメア分離:PCS)
- ヘテロクロマチンの部分が反発して開いてしまう(ヘテロクロマチン反発:HR)
- 染色体が不安定になる(染色体不安定性)
- 異数性(余分な染色体や欠損)が起こりやすくなる
- 細胞が自然死(アポトーシス)を起こしやすくなる
原因となる遺伝子変異には、以下のようなタイプがあります:
- ナンセンス変異(タンパク質を途中で止めてしまう)
- フレームシフト変異(読み枠がずれて全く異なるタンパク質ができる)
- スプライス部位変異(遺伝子の切り貼りが正しくできない)
一部の変異(たとえば p.Arg552Ter)では、タンパク質の働きが完全には失われておらず、部分的に機能を残していることがあります。このような場合、症状が軽くなる可能性も指摘されています。
ただし、現在のところ、どの変異がどの程度の症状を引き起こすかという「遺伝子と症状の関係(遺伝子–表現型相関)」は、まだはっきりとわかっていません。
症状 | Symptoms
ロバーツ症候群の症状は、生まれる前から始まり、出生時には多くの身体的な特徴として現れることが多いです。ただし、その現れ方にはかなりの幅があり、症状がとても重く早期に命を落とす場合もあれば、比較的軽く、大人になるまで生きる方もいます。
以下に、臓器や身体の部位ごとに、よく見られる症状をやさしくご紹介します。
成長(Growth)
妊娠中から胎児の成長が遅れ(胎内発育遅延)、生まれたときの体重や身長が標準よりかなり小さいことが特徴です。出生後も成長のスピードが遅く、小柄な体格になることがあります。
手足(Limbs)
この疾患で最もよく知られる特徴の一つが、両手両足の左右対称な短縮や欠損です。
- とくに腕や脚の中央部分(「中節骨」)が短くなる「メソメリア型短縮」
- 手や足が極端に短くなる、あるいはほとんど存在しない「テトラフォコメリア(四肢欠損)」
- 親指が小さいまたは欠損している(母指低形成/無形成)
- 指の数が少ない(乏指症)
- 小指が内側に曲がる(小指の湾曲:クリノダクチリー)
- 関節がかたく、肘・膝・手首・足首がまがりにくい(関節拘縮)
- 足が内側に曲がった状態(内反足:タリペス・エクイノバルグス)
顔の特徴(Craniofacial)
ロバーツ症候群では、お顔の形成にもいくつかの特徴が見られることがあります。
- 唇や口の天井に裂け目ができる「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」が両側にみられることがよくあります
- 頭の大きさが小さい「小頭症(しょうとうしょう)」や、あごが小さく後退して見える「小顎症(しょうがくしょう)」
- 頬骨のあたりが平坦に見える(頬骨の低形成)
- 鼻が尖って見える(くちばしのような鼻)や、小鼻(アラ)が発達しない
- 目の外側の角が下向きになっている(外眼角下垂)
- 両目の間隔が広い(眼間隔開大)や、眼球が外に出ているように見える(眼球突出)
- 耳が小さい、低い位置についている、または後ろに回っているように見えるなどの「耳介の形態異常」もみられることがあります
これらの特徴は、個人によって程度が異なり、すべての患者さんに見られるわけではありません。
脳・神経系(Neurological)
神経や脳の発達にも影響が出ることがありますが、症状の有無や重さにはかなりの個人差があります。
- 知的発達の遅れ(知的障害)は軽度から重度まで幅があり、なかには知的に正常な方もいます
- 脳の中に水がたまる「水頭症」や、頭の前方に脳がはみ出る「前頭蓋脳瘤(ぜんとうがいのうりゅう)」が報告されています
- まれに、「脳神経麻痺(たとえば第3脳神経麻痺)」や脳の血管が狭くなるモヤモヤ病(moyamoya disease)による脳梗塞を思春期に発症した例もあります
これらの神経症状は、発達の評価や脳の画像検査などにより、適切に確認されることが大切です。
感覚器・目・耳(Sensory)
目や耳に関する問題も、ロバーツ症候群では比較的よく見られます。
- 黒目が白く濁ってしまう「角膜混濁(かくまくこんだく)」
- 目の大きさが小さい「小眼球症(しょうがんきゅうしょう)」
- 生まれつきの白内障(先天性白内障)や、まぶたの一部に穴がある「眼瞼裂(がんけんれつ)」
- 視力への影響に加えて、「難聴(なんちょう)」もみられることがあり、早期の聴力検査が重要です
目と耳の状態によって、生活や発達に影響が出ることがありますので、眼科や耳鼻科の専門医との連携が大切になります。
心臓(Cardiac)
心臓にも先天的な異常がみられることがあります。
- 心室中隔欠損(しんしつちゅうかくけっそん:VSD)
- 心房中隔欠損(しんぼうちゅうかくけっそん:ASD)
- 動脈管開存(どうみゃくかんかいぞん:PDA)
いずれも、生まれつき心臓に小さな穴が空いている状態であり、重症度によっては手術や定期的な心臓のフォローアップが必要となることもあります。
泌尿・生殖器(Genitourinary)
腎臓や泌尿生殖器にも以下のような異常が報告されています。
- 腎臓が左右つながってしまう「馬蹄腎(ばていじん)」や、のう胞がたくさんできる「多のう胞腎(たのうほうじん)」
- 男の子では、精巣が陰嚢に降りてこない「停留精巣(ていりゅうせいそう)」や「尿道下裂(にょうどうかれつ)」
- 女の子では、クリトリスの肥大や子宮の形態異常(双角子宮など)が報告されています
これらは出生直後には気づかれにくいこともあり、小児泌尿器科などの診察が重要です。
皮膚やその他の特徴(Skin and Other Findings)
ロバーツ症候群の一部の方には、皮膚にも特徴的な所見が見られることがあります。
- 髪の毛がまばらで、色が非常に薄い(薄毛・銀白色の髪)
- 顔に赤あざのような「毛細血管腫(hemangioma)」ができることがあります
茶色のあざ(カフェオレ斑)や、皮膚の一部が白っぽく抜ける「低色素性の斑点(皮膚の色むら)」が報告されています。
→ このような色むらは、皮膚の一部の細胞に染色体の数の異常(体細胞性の異数性)がある場合に起こると考えられています
検査・診断 | Testing & Diagnosis
ロバーツ症候群の確定診断には、遺伝子レベルでの検査と、染色体の形を見る顕微鏡検査の両方が大切になります。
分子遺伝学的検査(Molecular Genetic Testing)
まず中心となるのは、ESCO2遺伝子に病的な変異があるかどうかを調べる遺伝子検査です。これには以下のような方法があります:
- サンガー法による遺伝子配列解析や、より広い範囲を調べるエクソーム解析(exome sequencing)が使われます
- まれに、大きな欠失を調べるコピー数変異解析(deletion/duplication analysis)が必要になることもありますが、報告例は少数です
遺伝子配列解析では、これまでに知られている病的な変異のほぼすべてを検出することができるとされています。
染色体検査(Cytogenetic Analysis)
次に重要なのが、「RS効果(RS effect)」と呼ばれるロバーツ症候群に特有の染色体の異常を顕微鏡で確認することです。
- この異常は、血液や皮膚の細胞を培養して、分裂中の染色体(メタフェーズ)を観察することで検出されます
- 特徴的な所見には以下の2つがあります:
1. 早期セントロメア分離(PCS: premature centromere separation)
2. ヘテロクロマチン反発(HR: heterochromatin repulsion)
これらは、特に1番、9番、16番、Y染色体などヘテロクロマチンの多い染色体でよく観察され、ロバーツ症候群にのみ見られる非常に特異的なサインです。
出生前診断(Prenatal Testing)
妊娠中に行う胎児ドック(超音波検査)で、以下のような所見があればロバーツ症候群が疑われることがあります:
- 手足の重度な短縮(四肢欠損)
- 口唇口蓋裂
- 著しい胎児発育遅延
このような所見が見られた場合、羊水検査や絨毛検査による遺伝子検査で確定診断を行うことが可能です。
治療法と管理 | Treatment & Management
残念ながら、ロバーツ症候群に対して根本的な治療法(完治させる方法)は存在していません。そのため、症状に合わせた対症療法と、多職種による継続的な支援が中心となります。
患者さん一人ひとりの症状や生活環境に合わせたオーダーメイドのケア計画が必要です。
具体的には以下のようなサポートが行われます:
- 口唇口蓋裂や骨格異常に対する手術(形成外科・整形外科による)
- 理学療法、作業療法、言語療法による発達支援
- 視覚や聴覚に対する支援(眼科・耳鼻科)
- 心臓や腎臓の定期的なモニタリングとフォローアップ
- 感染症予防対策(特に新生児期の顔面奇形によるリスクを考慮)
- ご家族への遺伝カウンセリング
→ 次の妊娠に備えて、出生前診断や着床前診断(PGT-M)の相談も含まれます
予後 | Prognosis
ロバーツ症候群の予後は、その方の症状の重さや、関係する臓器の状態、そして受けられる医療や支援体制によって大きく幅があります。ひとりひとり異なる経過をたどるため、一概に「こうなる」と言い切ることはできません。
現在までの医学的な知見をもとに、いくつかのパターンをご紹介します。
症状が重い場合
ごく一部の方では、ESCO2遺伝子の働きが完全に失われていると考えられる場合に、非常に早い時期から多くの臓器に大きな影響が及ぶことがあります。
このようなケースでは、妊娠中から赤ちゃんの発育が著しく制限されることがあり、出生後すぐに集中治療が必要になることもあります。なかには、生後まもなくお別れを迎えることになったご家族もいらっしゃいます。
このようなお話をすること自体が、たいへん心苦しいことですが、少しでもご家族の選択や備えに役立てていただくため、医療チームは丁寧にご説明を差し上げます。希望や思いをどうか遠慮なく共有してください。
症状が軽度〜中等度の場合
一方で、ESCO2の機能が部分的に残っているケースでは、症状の程度が抑えられ、医療とリハビリを受けながら成長されている方もいらっしゃいます。
手足の短縮などの身体的特徴があっても、ご家族や支援チームとともに日常生活を送ることができる方もいます。また、知的な発達が良好で、お話をしたり、通学したり、将来的には自立した生活を目指す方もおられます。
補足:鑑別診断と遺伝子検出時の注意|Note on Differential Diagnosis and Genetic Interpretation
近年では、出生前診断や不妊治療、または拡大キャリアスクリーニングなどの場面で、たまたまESCO2遺伝子に変異があることが見つかるケースも増えてきました。このように、症状が出ていない段階で遺伝子の異常が指摘された場合には、冷静で慎重な対応がとても大切です。
まず大前提として、
すべてのESCO2遺伝子変異が、必ずしもロバーツ症候群を引き起こすわけではありません。
この遺伝子に変異が見つかったとしても、
- 症状がまったく現れない軽度のケースがある
- 同じ変異でも、個人によって症状の出方が異なる
- まれに、ジュバーグ=ヘイワード症候群(Juberg-Hayward syndrome, JHS)のようなより軽い病型である可能性もある
などの理由から、その人自身にどのような影響があるのかをしっかりと見極めることが必要です。
また、SCフォコメリア症候群(SC phocomelia)など、過去には別の病名として扱われていた疾患も、現在ではロバーツ症候群のスペクトラム(症状の幅)に含まれるとされています。
このように、診断や予後を判断するには、単に遺伝子が変わっているという情報だけでは不十分です。
そのため、遺伝専門医や臨床遺伝カウンセラーなどの専門家による詳細な診察とカウンセリングが不可欠です。不安な場合には、ご家族全体の遺伝情報や背景もふまえた、丁寧なご説明とサポートを受けることをおすすめします。
補足まとめ:ご家族・保護者の方へ
ロバーツ症候群は,確かに多くの困難をともなうまれつきの病気です。ですが,これまでにわかっていることも少しずつ増えてきています。適切な医療・リハビリ・サポートを早期から受けることで,お子さんの可能性をできるかぎり引き出すことができます。
また,重症なケースばかりではなく,成長し,学校に通い,家族と一緒に日常生活を送っている方もいます。中には,大人になってから診断される軽症例もあります。
病名がついたとき,ご家族にとっては大きな衝撃や不安を感じることもあると思います。でもどうか,お一人で悩まずに,医療者や支援チームとつながっていてください。どんな道であっても,お子さんの「いま」と「これから」を一緒に考えていくための伴走者は必ずいます。
小さなことでも,いつでもご相談ください。
やさしい言葉の説明|Helpful Terms
ロバーツ症候群(Roberts syndrome)(ろばーつしょうこうぐん)
非常にまれな遺伝性の病気で、体の成長や手足・顔の形に特徴が現れます。染色体がうまく分かれないことが原因とされています。
常染色体劣性遺伝(Autosomal recessive inheritance)(じょうせんしょくたいれっせいいでん)
両親から同じ遺伝子の変化を1つずつ受け継ぐことで起こる遺伝の形式です。両親には症状が出ないことが多く、子に症状が現れることがあります。
遺伝子変異(Gene mutation)(いでんしへんい)
DNAの設計図の一部に変化がある状態です。すべての変異が病気の原因になるわけではありません。
ESCO2遺伝子(ESCO2 gene)(えすこーつーいでんし)
細胞分裂のときに、染色体が正しく分かれるように助ける大切な遺伝子です。この遺伝子に変化があると、ロバーツ症候群の原因となることがあります。
染色体(Chromosome)(せんしょくたい)
DNAがまとまってできた構造で、体の情報を伝える働きをしています。人は通常46本の染色体を持っています。
姉妹染色分体(Sister chromatids)(ししまいせんしょくぶんたい)
細胞分裂の前に、同じDNAから作られた2つのほぼ同一の染色体の対です。これらがきちんと分かれることが重要です。
RS効果(RS effect)(あーるえすこうか)
ロバーツ症候群に特有の、染色体の中心が早く離れたり、ふくらんだりする変化です。顕微鏡で観察されます。
早期セントロメア分離(Premature centromere separation)(そうきせんとろめあぶんり)
染色体の中央部分(セントロメア)が、通常より早いタイミングで離れてしまう現象です。
ヘテロクロマチン反発(Heterochromatin repulsion)(へてろくろまちんはんぱつ)
染色体の一部(濃く見える部分)が広がって見えるような、特殊な変化のことです。
コヒーシン複合体(Cohesin complex)(こひーしんふくごうたい)
染色体どうしを適切につなぎとめるたんぱく質の仕組みです。この機能がうまく働かないと、細胞分裂に影響が出ることがあります。
コヒーシノパチー(Cohesinopathy)(こひーしのぱちー)
コヒーシン複合体に関連するいくつかの疾患の総称です。
エクソーム解析(Exome sequencing)(えくそーむかいせき)
遺伝子の中でも、病気に関わる可能性が高い部分(エクソン)を中心に調べる検査方法です。
出生前診断(Prenatal testing)(しゅっしょうぜんしんだん)
妊娠中に赤ちゃんの健康や遺伝的な変化を調べるための検査です。
アポトーシス(Apoptosis)(あぽとーしす)
細胞が自然に寿命を迎えて消えていく仕組みです。病気ではなく、体にとって大切な現象です。
胎内発育遅延(Intrauterine growth restriction, IUGR)(たいうちはついくちえん)
赤ちゃんがお腹の中でゆっくり育つことで、生まれたときの体重や身長が小さくなる状態です。
四肢欠損(Tetraphocomelia)(ししけっそん)
手や足がとても短く見えたり、一部が発達していないことがあります。
メソメリア型短縮(Mesomelic shortening)(めそめりあがたたんしゅく)
腕や脚の真ん中の部分が、他の部分よりも短く見えることがあります。
口唇口蓋裂(Cleft lip and palate)(こうしんこうがいれつ)
上くちびるや口の中にすき間がある状態です。ミルクが飲みにくくなることがあります。
小頭症(Microcephaly)(しょうとうしょう)
年齢の平均より、頭の大きさが小さめに見えることがあります。
小顎症(Micrognathia)(しょうがくしょう)
あごが小さめに見える状態です。
眼間隔開大(Hypertelorism)(がんかんかくかいだい)
目と目の間が、少し広く感じられることがあります。
角膜混濁(Corneal opacity)(かくまくこんだく)
黒目の部分が白く濁ることで、見え方に影響が出ることがあります。
難聴(Hearing loss)(なんちょう)
音が聞こえにくくなることがあります。
心室中隔欠損(Ventricular septal defect, VSD)(しんしつちゅうかくけっそん)
心臓の中の壁に小さな穴が開いている状態です。
馬蹄腎(Horseshoe kidney)(ばていじん)
左右の腎臓がつながって、1つのU字型の形になっている状態です。
染色体検査(Cytogenetic analysis)(せんしょくたいけんさ)
染色体の数や構造を顕微鏡で調べる検査です。
分子遺伝学的検査(Molecular genetic testing)(ぶんしいでんがくてきけんさ)
DNAの配列を調べて、遺伝子に変化がないか確認する検査です。
羊水検査(Amniocentesis)(ようすいけんさ)
お腹から羊水を採取して、赤ちゃんの遺伝子や染色体を調べる検査です。体に針を刺す方法のため、少しだけ赤ちゃんを失うリスクもあります。
PGT-M(着床前遺伝子診断)(ちゃくしょうまえしんだん)
体外受精でできた受精卵の遺伝子を調べて、遺伝性の病気のリスクを減らすために行う検査です。
ジュバーグ=ヘイワード症候群(Juberg–Hayward syndrome, JHS)(じゅばーぐへいわーどしょうこうぐん)
ロバーツ症候群に似た遺伝性の病気で、症状が比較的軽いことが多いとされています。
SCフォコメリア症候群(SC phocomelia syndrome)(えすしーふぉこめりあしょうこうぐん)
ロバーツ症候群ととても似た特徴を持つ、別のまれな病気です。
偽ロバーツ症候群(Phenocopy)(にせろばーつしょうこうぐん)
見た目がロバーツ症候群に似ていても、原因がまったく異なる別の病気(例:サリドマイドの影響など)を指します。
遺伝子–表現型相関(Genotype–phenotype correlation)(いでんし–ひょうげんがたそうかん)
どの遺伝子の変化が、どんな症状に関係しているのかを調べる考え方です。
キャリア(Carrier)(ほいんしゃ)
症状は出ていないけれど、特定の遺伝子の変化を持っている人のことです。
再発リスク(Recurrence risk)(さいはつりすく)
次の妊娠で同じ病気が起こる可能性を表します。ロバーツ症候群の場合、25%とされています。
拡大キャリアスクリーニング(Expanded carrier screening)(かくだいきゃりあすくりーにんぐ)
妊娠前に、複数の遺伝性の病気について、自分がキャリアかどうかを調べる検査です。
引用文献|References
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キーワード|Keywords
ロバーツ症候群,ESCO2,コヒーシノパチー(cohesinopathy),染色分体の結合,SMC3,アセチルトランスフェラーゼ, 早期セントロメア分離,ヘテロクロマチン反発,四肢欠損,メソメリック短縮,口唇口蓋裂, 頭蓋顔面異常,知的障害,常染色体劣性遺伝,遺伝子検査,染色体検査,エクソーム解析, 出生前診断,サリドマイド胎芽症(偽ロバーツ症候群),ジュバーグ=ヘイワード症候群,SCフォコメリア
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