こんにちは。未来のあなたと赤ちゃんを笑顔にする、おかひろしです。
NIPT(新型出生前診断)を中心に、医学的根拠に基づいた情報を、感情論ではなく「データ」を元に分かりやすくお届けするコラムへようこそ。
インターネットやニュースを見ていると、時折ドキッとするような言説を目にすることがあります。その一つが、今回のテーマである**「IQ(知能指数)と犯罪の関係」**です。
「IQが低い人は、後先を考えずに犯罪を起こしやすいのではないか?」
「刑務所には知能指数が低い人が多いというデータがあるらしい」
このような話を聞いて、不安を感じたり、あるいは「なんとなくそうかもしれない」と納得してしまったりしたことはないでしょうか?
特に、これから新しい命を迎える親御さんや、子育て中の方にとって、子どもの能力や将来の行動に関する話題は、非常にセンシティブで気にかかるものです。
しかし、結論から申し上げます。
数字の「見た目」だけを信じて、安易にこの二つを結びつけるのは非常に危険です。
データは嘘をつきませんが、データの「読み手」である私たちが、その背後にあるカラクリを見抜けないと、真実とは全く異なる解釈をしてしまうことがあるのです。
今日は、一見すると関係があるように見える「IQと犯罪」の数字の裏側に隠された、社会の仕組みと本当の原因について、医学的・統計的な視点からじっくりと紐解いていきましょう。
本題に入る前に、まず統計を見る上で絶対に欠かせない**「相関(そうかん)」と「因果(いんが)」の違い**についてお話しします。ここを理解すると、世の中のニュースの見え方がガラリと変わります。
私たち人間の脳は、進化の過程で「パターンを見つけること」が得意になるように作られています。
例えば、Aという数字が増えた時に、Bという数字も一緒に増えていると、脳は瞬時に「Aが原因でBが起きたんだ!」と物語を作りたがります。
これが「相関関係(一緒に動いている)」を「因果関係(原因と結果)」だと勘違いしてしまうメカニズムです。
よく使われる分かりやすい例を挙げましょう。
あるデータを見ると、**「アイスクリームの売り上げが増える時期」に、きまって「熱中症の搬送者数」**も増えていることが分かります。
もし、数字の動きだけを見て「相関=因果」だと判断したら、どうなるでしょうか?
「大変だ!アイスクリームを食べると熱中症になるぞ!アイスを禁止しろ!」
という、とんでもない結論になってしまいますよね。
もちろん、皆さんはこれが間違いだと直感的にわかります。
なぜなら、ここには**「夏の暑さ(気温の上昇)」**という、第3の要因が隠れているからです。
ただそれだけのことです。アイスと熱中症の間には、直接的な因果関係はありません。
このように、AとBの両方に影響を与え、まるでAとBが直接関係しているかのような幻影を見せる「隠れた真犯人(第3の要因)」のことを、専門用語で**「交絡因子(こうらくいんし)」**と呼びます。
この「交絡因子」という考え方が、今回のIQと犯罪のテーマを解くための最大の鍵となります。
では、実際にIQと犯罪に関するデータを見てみましょう。
ここでお示しするのは、法務省が公表している『矯正統計年報』に基づく、2012年の新受刑者の知能指数に関するデータです。
2012年に新しく受刑者となった総数28,963人の内訳を見ると、以下のようになっています。
知能指数(IQ)において、一般的に「知的障害の疑いがある」とされるラインはおおよそIQ70未満です。
このデータを見ると、受刑者全体の約23.1%、測定不能を含めると**約28.1%**もの人が、知的障害の水準、あるいはそれに近い状態にあることが分かります。
一般的な社会における知的障害者の割合(人口の数パーセント程度)と比べると、刑務所の中での割合は明らかに高い数値を示しています。
この「見た目の数字」だけを切り取ると、「やっぱりIQが低いと犯罪を犯しやすいんだ」という結論に飛びつきたくなってしまうかもしれません。
しかし、ここで先ほどの「アイスクリームの話」を思い出してください。
この数字は、「IQが低いことが原因で、犯罪という結果が起きた」ことを証明しているのでしょうか?
実は、多くの専門家はこれを否定しています。
このデータが映し出しているのは、**「IQが低いと犯罪を起こしやすい」のではなく、「支援が届きにくい背景を持つ人が、犯罪とされる行為に関わりやすくなってしまう社会構造」**なのです。
具体的には、以下のようなプロセスが考えられます。
つまり、刑務所にIQが低い人が多いのは、彼らが凶悪だからではなく、**「社会的なセーフティネットからこぼれ落ちてしまい、刑務所という場所に辿り着かざるを得なかった人たちが累積している」**という側面が非常に強いのです。
では、IQと犯罪率の両方に影響を与えている「交絡因子」、つまりアイスクリームの話でいう「夏の暑さ」にあたるものは何なのでしょうか?
それはズバリ、**「生育環境」と「社会経済的地位(SES)」**です。
ここにある一つの図式があります。
家庭環境・地域の経済状況(SES)
│
├─→ 教育の機会・学習環境 ─→ IQ(知能指数)
│
└─→ ストレス・行動の選択肢 ─→ 犯罪リスク
まず、「IQ」というものは、生まれ持った遺伝的な要素だけで決まるものではありません。幼少期にどれだけ適切な教育を受けられたか、落ち着いて学習できる環境があったか、といった**「環境要因」**に強く影響されます。
経済的に苦しい家庭や、虐待などのストレスフルな環境で育てば、十分な学習機会が得られず、結果として測定されるIQが低くなる傾向があります。
一方で、そうした「経済的に苦しい環境」や「荒れた家庭環境」は、同時に子どもを非行や犯罪へと向かわせるリスクも高めます。
適切な大人の見守りがなかったり、ストレス発散の方法が分からなかったり、あるいは貧困ゆえに生きるための犯罪に手を染めたりするからです。
つまり、こういうことです。
**「厳しい環境」という共通の原因が、
一方では「IQの低さ」を生み出し、
もう一方では「犯罪リスクの高さ」**を生み出している。
その結果、表面上の数字だけを見ると、あたかも「IQと犯罪が直接つながっている」かのように見えてしまうのです。これが、データに隠されたトリックの正体です。
「でも、環境のせいだけとは言い切れないのでは?」
そう思う方もいるでしょう。科学者たちも、その点を明らかにするために様々な工夫をして研究を行っています。
単なる数字の集計ではなく、より深い「因果」に迫るための手法をいくつかご紹介します。
同じ個人を何十年にもわたって追跡調査する方法です。
例えば、生まれた直後の家庭環境、小学校時代のIQ、思春期の行動、そして大人になってからの犯罪歴……というように、時間の流れに沿ってデータを集めます。
「原因(環境やIQ)」が先にあり、「結果(犯罪)」が後に起きているのか、その順序を明確にすることで、因果関係を慎重に分析します。
本人のIQだけでなく、親の年収、学歴、地域の治安、学校のレベルなど、あらゆるデータを同時に分析する方法です。
「親の年収が同じくらいの家庭の子どもたち」だけでグループを作り、その中でIQと犯罪に関係があるかを調べることで、環境要因の影響を取り除いて(調整して)純粋な関係を見ようとします。
同じ家庭で育った兄弟姉妹を比較する研究もあります。
遺伝的背景や家庭環境が似ている兄弟間で、もしIQの違いによって犯罪リスクに差が出るなら、IQそのものの影響があると言えるかもしれません。しかし、多くの研究では、やはり環境要因の影響が非常に大きいことが示されています。
こうした地道な研究の積み重ねによって、現代の科学では**「IQそのものが犯罪の直接的な原因であるという単純な図式は成立しない」**という見方が主流になっているのです。
ここまで見てきたように、「IQが低いから犯罪が起きる」というのは誤解であり、正しくは**「支援が不足している環境では、困難が犯罪という形で表面化しやすい」**ということです。
この事実を知った私たちにできることは何でしょうか?
それは、IQという数字を使って誰かをレッテル貼りしたり、排除したりすることではありません。
「どのような支援があれば、その人が犯罪に至らずに済むのか」を考えることです。
IQが低い、あるいは境界知能(IQ70〜84)と呼ばれる領域にいる人々は、以下のような生きづらさを抱えていることが多いです。
もし、ここに適切なサポートがあったらどうでしょうか。
こうした社会資源(セーフティネット)が充実していれば、彼らは孤立せず、犯罪という選択肢を選ばずに生きていくことができます。
実際に、刑務所ではなく福祉施設につなぐことで、再犯を防ぐ取り組み(入口支援・出口支援)は日本でも広がりつつあります。
NIPT(新型出生前診断)に関わる医師として、私は常に「データ」と向き合っています。
しかし、データはあくまで事実の一側面を切り取った「鏡」に過ぎません。その鏡の映り方を間違えると、私たちは現実を大きく誤解してしまいます。
「IQが低い」というデータを見たとき、そこに「危険な人」を見るのか、それとも「困っているのに支援が届いていない人」を見るのか。
その視点の違いが、社会を優しくも冷たくも変えていきます。
問題を減らすために必要なのは、個人の能力を責めることではなく、**「誰一人として孤立させない、支える仕組み」**を社会全体で作っていくことです。
これから親になる方、今子育てをしている方には、ぜひこの視点を持っていただきたいと思います。
子どもの能力や数字に一喜一憂するのではなく、その子がどんな環境で、どんな風に支えられて生きていくのか。
科学的な知見を「人を愛し、支えるための道具」として使っていきましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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