こんにちは。未来のあなたと赤ちゃんを笑顔にする、おかひろしです。
NIPT(新型出生前診断)を中心に、医学的根拠に基づいた情報を、感情論ではなく「データ」を元に分かりやすくお届けするコラムへようこそ。
妊娠初期、多くの女性が直面する試練「つわり」。
期待と不安が入り混じる中で、終わりの見えない吐き気と戦っている方も多いのではないでしょうか。
今日は、先日SNS(X/旧Twitter)で大きな話題となり、一部で議論を巻き起こした「ある投稿」をきっかけに、つわりの真実についてお話ししたいと思います。
日本では古くから「つわりは病気ではない」「お腹の赤ちゃんが元気な証拠だから耐えるもの」という精神論が根強く残っています。しかし、最新の医学研究は、その常識を覆しつつあります。
つわりの原因は「心の弱さ」でも「母親の覚悟」でもありません。明確な「物質的メカニズム」が存在するのです。
本記事では、炎上した投稿の背景にある日本の周産期医療の課題と、つわりの科学的正体、そして世界では当たり前に行われている「つわりの薬物治療」について、詳しく解説していきます。
事の発端は、X(旧Twitter)でのある二つの投稿でした。これらが対照的であったため、多くの妊婦さんや経験者の間で大きな反響を呼びました。
まず話題になったのは、アメリカで周産期専門医として活躍されている川北先生の投稿です。
内容は以下のようなものでした。
「つわりは本当に悩んでいる人が多いので、日本でも使える薬が増えて欲しいです。特に『ボンジェスタ』と『ゾフラン』の保険適応が叶うと、治療しやすくなります。
つわりが酷いと精神的にも追い詰められてしまいます。本当に何も食べられなくて、泣く泣く中絶を選択した患者さんもいますが、私は責めることはできません。」
この投稿は、つわりの苦しみを医学的な問題として捉え、具体的な解決策(薬の承認)を願う切実なものでした。多くの女性が「分かってくれる先生がいる」と救われた気持ちになったことでしょう。
しかし、この投稿への反応として、日本の遺伝専門医かつ産婦人科専門医である別の先生が投稿した内容が、大きな波紋を呼びました。
「川北先生がつわりについて書いているので、わたしもひとこと。これまで見た方で、もっともつわりが重症だったのは、妊娠中ずっと飲み食いができなかったひと。9か月間絶食で、ずっと中心静脈栄養で生きていて、赤ちゃんも無事に育ち生まれてきました。お母さんは強い‼︎」
「お母さんは強い!!」という言葉。
一見、妊婦さんを称賛しているように見えますが、これに対し、当事者である妊婦さんたちからは悲痛な叫びとも言える反論が殺到しました。
この反応は非常に痛烈ですが、もっともなご意見です。
「9ヶ月間の絶食」という壮絶な状態を、単に「母の強さ」という美談で片付けてよいのでしょうか?
本来であれば、そこまで重症化する前に医学的な介入(治療)がなされるべきではないでしょうか?
この「炎上」が浮き彫りにしたのは、「つわりは耐えるもの」という日本の古い風潮と、「治療してほしい」という現代の妊婦さんの切実な願いとのギャップです。
つわりは、お母さんのメンタルや精神力の問題ではありません。治療が必要な「身体的メカニズム」によって引き起こされる症状なのです。
では、つわりとは一体何なのでしょうか?
「気が緩んでいるから気持ち悪くなる」「母親になる自覚が足りない」
そんな心ない言葉に傷ついたことがある方もいるかもしれません。しかし、安心してください。最新の研究で、つわりの原因はほぼ解明されています。
これまで原因不明と言われてきたつわりですが、近年の研究で**「GDF15(Growth Differentiation Factor 15)」**という特定のホルモンが深く関わっていることが判明しました。
このメカニズムは非常に物質的でシンプルです。
つまり、つわりとは**「赤ちゃんが出すホルモンが、お母さんの脳にダイレクトに作用して起きている生理現象」**なのです。
これは、船酔いや抗がん剤の副作用による吐き気と非常に似たメカニズムです。船酔いしている人に「気合で治せ」と言っても無理なように、脳の中枢が直接刺激されているつわりを、意志の力でコントロールすることは不可能なのです。
実際に、以下のような研究データが揃っています。
「神経質な人はつわりが重い」という俗説を聞いたことはありませんか?
これも医学的には完全に否定されています。いくつかの代表的な研究をご紹介しましょう。
① D’Orazioらによる研究(2011年)
この研究では、「重症妊娠悪阻(入院が必要なレベルのつわり)」と「性格・心理状態」に関係があるのかを、心理テストを用いて本格的に調査しました。
対象となったのは以下の3グループ、計39名の妊婦さんです。
これらの妊婦さんに詳細な心理テストを行った結果、**「性格の特徴にはまったく差がない」**という結論が出ました。
いわゆる「ヒステリー気質」や「神経質」といった性格的要因で、つわりの有無や重さが変わることはなかったのです。
研究者も明確に「性格が重い吐きづわりの原因とは言えない」と述べています。唯一、「身体症状」のスコアだけが高くなっていましたが、これは吐き気が続いているため当然の結果であり、原因ではなく「結果」です。
② 神戸大学の研究
日本で行われたこの研究では、つわりの重さと「心理的ストレス」「自律神経の働き」の関連を調査しました。
結果は同様に、「関連なし」。
「ストレスに弱いからつわりが重くなる」という説は、医学的な根拠がないことが証明されました。
③ Vakilianらによるメタアナリシス(2019年)
さらに近年、過去に発表された複数の関連研究を収集・分析し、統合的な結論を導き出す「メタアナリシス」という信頼度の高い手法を用いた研究でも、**「つわりの重症度と精神的健康との関連は認められない」**と結論づけられています。
これらのデータが示す事実は一つです。
**「つわりで苦しんでいる妊婦さんが、自分を責める必要は1ミリもない」**ということ。
同じ女性でも、第一子と第二子でつわりの重さが全く違うことがあります。もし性格が原因なら、毎回同じ重さになるはずです。つわりはあなたの性格や心の強さとは、何の関係もないのです。
「つわりはホルモンのせい」と分かっても、疑問は残ります。
なぜ、SNSの話題にあったように「9ヶ月絶食」に追い込まれるほど重症化する人もいれば、普段通り生活できるほど軽い人もいるのでしょうか?
その差は、主に**「2つの要素の掛け算」**で決まります。
一つ目は、胎盤から分泌されるホルモンの量です。
胎盤がしっかりと発達し、赤ちゃんが元気に育っている場合、GDF15の分泌量は多くなる傾向があります。分泌量が多ければ多いほど、お母さんの脳(嘔吐中枢)への攻撃力が増し、症状が重くなります。
二つ目は、最近注目されている**「感受性(慣れ)」**というポイントです。
実はGDF15というホルモンは、妊娠していない時でも微量に体内に存在することがあります。
ある研究では、この「慣れ」がない場合の重症化リスクは約10倍にもなると言われています。
つまり、つわりが重いか軽いかは、「その物質にお母さんの体が慣れていたかどうか」という、完全に**「体質」と「遺伝的要素」**の話なのです。
「あの人は平気なのに、なんで私は……」と落ち込む必要はありません。たまたま、あなたの体とホルモンの相性が、大きな反応を起こしてしまっただけなのです。
原因が「物質的なホルモン」である以上、精神論で解決できないのは当然です。では、どうすれば良いのでしょうか?
軽度〜中程度のつわりであれば、生活上の工夫である程度緩和できることもあります。
しかし、SNSで話題になったような「水も飲めない」「体重が激減する」といった重症のつわり(妊娠悪阻)の場合、これらのセルフケアだけで対処するのは不可能です。
ここで重要なのが、冒頭のツイートにもあった「薬」の存在です。
日本では「妊娠中に薬なんてとんでもない」と思われがちですが、海外の医療現場では全く考え方が異なります。
アメリカやカナダなどでは、つわり治療の**「第一選択薬」として正式に承認されている薬が存在します。その代表が「プレグボム(Pregvom)」**のような配合薬です。
これは、アメリカ食品医薬品局(FDA)が「妊娠初期のつわりに対して、まず最初に使うべき薬」として位置付けており、妊婦さんへの安全性が確立されたものです。
この薬は、以下の2つの成分が組み合わされています。
1. ドキシルアミン(抗ヒスタミン薬)
ヒスタミンという物質は、脳の中で“吐き気のスイッチ”をオンにする働きがあります。ドキシルアミンはこのスイッチをブロックし、以下の作用をもたらします。
2. ピリドキシン(ビタミンB6)
単なるビタミンではなく、神経伝達物質(セロトニンなど)のバランスを整える重要な役割を果たします。
これらは単独で使うよりも、組み合わせて使うことで相乗効果を発揮し、つわりの症状を劇的に改善させることが分かっています。すでに海外では60年以上使用されており、胎児への影響も心配ないとされています。
残念ながら、この世界標準の薬は、日本ではまだ承認されていません。
そのため、日本の多くの産婦人科では「点滴で水分を補給する」か「ひたすら耐える」という選択肢しか提示できないのが現状です。
炎上した投稿にあった「9ヶ月間の絶食」という壮絶なケースも、もしこの薬が日本で当たり前に使えていれば、防げたかもしれません。あるいは、そこまで苦しまずに済んだかもしれません。
当院、ヒロクリニックでは、「つわりは耐えるべきものではなく、治療可能な症状である」と考えています。
そのため、重いつわりで苦しんでいる妊婦さんのために、医師が責任を持って海外の正規ルートからこの薬を独自に輸入し、必要な方に処方できる体制を整えています。
今日は、SNSでの炎上騒動をきっかけに、つわりの科学的な正体と治療の可能性についてお話ししました。
1. つわりは「ホルモン」による物質的な現象
つわりは気合いや性格の問題ではなく、赤ちゃんの胎盤から分泌される「GDF15」というホルモンが原因です。このホルモンが脳の嘔吐中枢を直接刺激することで、反射的に強い吐き気が生じます。これには個人のメンタルは一切関係ありません。
2. 重症化の理由は「量」と「慣れ」
つわりの重さは、「①赤ちゃんが出すGDF15の量」と「②お母さんの体がそのホルモンに慣れているか」の掛け算で決まります。体質や遺伝的な要素が大きく、自分を責める必要はありません。
3. 世界には「安全な治療薬」がある
「つわりは耐えるもの」というのは日本特有の古い価値観です。海外では、FDAにも承認された「第一選択薬(ドキシルアミン+ビタミンB6)」があり、多くの妊婦さんが救われています。日本で未承認であっても、当院のように処方可能な医療機関は存在します。
つわりを我慢して「お母さんは強い」と褒められる時代は、もう終わりにしましょう。
「安全な薬を使って、少しでもラクに、穏やかに妊娠期間を過ごす」。これが現代医学に基づいた、正しい姿です。
「つわりさえなければ、もう一人産みたい」。そう思っているお母さんは本当にたくさんいらっしゃいます。つわりの苦痛を取り除くことは、お母さんのQOL(生活の質)を守るだけでなく、日本の少子化対策にもつながる重要なテーマだと私は信じています。
もし今、つらい症状で悩んでいるなら、どうか一人で我慢しないでください。
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