1. はじめに:NIPTと知的障害をめぐる誤解
妊娠中に行うNIPT(新型出生前診断)は、胎児の染色体異常の可能性を母体血から調べられる検査です。
近年、日本でも実施施設が増え、多くの妊婦さんが検討するようになりました。
しかし、インターネットやSNS上では、
- 「NIPTで知的障害の有無がわかる」
- 「陰性なら将来も安心」
といった誤解が少なくありません。
実際には、NIPTは知的障害そのものを診断する検査ではありません。
この記事では、よくある誤解を整理しながら、正しい知識と備え方を解説します。
2. 知的障害の原因はさまざま
知的障害は、知能指数(IQ)が70未満で、日常生活に支援が必要な状態を指します。
原因は多岐にわたり、出生前にすべてを予測することは困難です。
主な原因
染色体異常
21トリソミー(ダウン症)
微細な欠失・重複(22q11.2欠失症候群など)
遺伝子の単一変異
脆弱X症候群など
周産期の環境要因
出生前感染、低酸素、未熟児合併症など
後天的要因
重症感染症、外傷、代謝異常
このうち、NIPTで把握できるのは染色体異常による一部の知的障害リスクのみです。
3. NIPTで分かること・分からないこと
(1)分かること
- 主要3トリソミー
- オプションで分かること(施設による)
- 微細欠失症候群(例:22q11.2欠失症候群)
- 性染色体異常(例:ターナー症候群)
- 微細欠失症候群(例:22q11.2欠失症候群)
これらは知的障害のリスクが高い染色体異常ですが、
NIPTはあくまでスクリーニング検査であり、陽性でも確定診断には羊水検査が必要です。
(2)分からないこと
4. よくある誤解と正しい理解
誤解1:「NIPTで知的障害の有無が分かる」
→ 正しくは、特定の染色体異常のリスクしか分からない
NIPTが陰性でも、遺伝子変異や周産期要因による知的障害の可能性はゼロにはなりません。
誤解2:「陰性なら絶対に安心」
→ 偽陰性の可能性もわずかにある
誤解3:「陽性なら必ず知的障害がある」
→ 表現型には幅がある
5. 検査を受ける前に考えるべきこと
NIPTを受けるかどうかは、医療的・心理的・倫理的側面を踏まえた家族の選択です。
(1)医療的側面
- 出生直後に治療や管理が必要な疾患を事前に把握できる
- 周産期医療の準備が整いやすくなる
(2)心理的側面
- 事前に情報を得ることで、家族の心の準備ができる
- 一方で、検査結果が不安を増幅させる場合もある
(3)倫理的側面
- 結果次第で妊娠継続の意思決定を迫られることがある
- 社会全体での障害理解や倫理的議論も必要
6. 遺伝カウンセリングの重要性
NIPTを受ける前後には、専門家による遺伝カウンセリングが推奨されます。
- 検査の精度・限界を理解する
- 陽性・陰性結果それぞれの対応を事前に整理する
- 家族が納得したうえで意思決定できるようサポートする
7. 家族ができる備えと社会的支援
知的障害や発達障害の可能性がある場合、出生前からの備えが家族の生活の質を高めます。
医療面の準備
NICU対応可能な病院との連携
生後早期からの療育相談
心理面の支援
家族会・患者会とのつながり
心理士やソーシャルワーカーへの相談
制度利用
療育手帳、特別児童扶養手当
児童発達支援・放課後等デイサービス
8. 正しい理解が安心につながる
出生前診断は「結果がゴール」ではなく、家族の未来を準備する第一歩です。
正しい知識を持ち、必要なサポートを受けながら意思決定を行うことが大切です。
9. 検査結果を受け取った後に考えるべきステップ
NIPTの結果を受け取ったとき、家族が冷静に判断するための流れを整理しておきましょう。
(1)陰性の場合
- まずは安心材料となりますが、100%安全ではないことを理解する
- 超音波検査など、出生前スクリーニングを継続
- 出生後も発達や健康状態を定期的に観察する
(2)陽性の場合
(3)結果が不明瞭または判定保留の場合
- 胎児DNAの割合(FF値)が低いなどで判定不能となることがある
- その場合は、再検査または羊水検査を検討する
10. 家族で話し合うべき重要なポイント
出生前診断を検討する前に、家族で次のような問いを整理すると意思決定がスムーズになります。
検査を受ける目的は何か?
安心を得たいのか、出産や育児の準備を整えるためか
陽性だった場合、どう対応するか?
出産を継続する場合、医療・福祉の準備を事前に行う
妊娠の継続を迷う場合は、倫理的・心理的サポートが必要
検査による不安や心理的負担をどう支えるか?
家族間で感情を共有し、孤立を防ぐ
必要に応じて遺伝カウンセリングや家族会を活用

11. 社会的支援を最大限に活用するために
知的障害や発達障害の可能性がある子どもを育てる家庭では、早期からの情報収集と制度利用が生活の安定につながります。
(1)医療面でのサポート
- 新生児集中治療室(NICU)や小児専門医との連携
- 定期的な発達評価と療育の早期開始
(2)行政の支援制度
- 療育手帳・障害児福祉手当・特別児童扶養手当
- 医療費助成(自立支援医療、乳幼児医療費助成)
- 放課後等デイサービス・児童発達支援事業
(3)家族支援・心理サポート
- 家族会・患者会での情報交換
- ソーシャルワーカーや心理士による相談
- レスパイトケア(短期預かり)で育児負担を軽減
12. 倫理的・社会的な視点も忘れずに
出生前診断の普及は、社会に次のような課題ももたらします。
- 選択的中絶をめぐる議論
- 知的障害や発達障害の重症度は予測が難しく、倫理的な葛藤が生じやすい
- 知的障害や発達障害の重症度は予測が難しく、倫理的な葛藤が生じやすい
- 障害者への社会的偏見
- 検査の普及が「障害のある子を持たない社会」を助長しないよう配慮が必要
- 検査の普及が「障害のある子を持たない社会」を助長しないよう配慮が必要
- 情報提供の公平性
- 都市部と地方での検査アクセス格差を減らす取り組みが求められる
- 都市部と地方での検査アクセス格差を減らす取り組みが求められる
こうした視点を理解した上で、検査は家族の生活の質と安心のために活用することが大切です。
13. まとめ:正しい理解が未来を守る
- NIPTは知的障害そのものを診断する検査ではない
- 分かるのは染色体異常の一部に限られ、遺伝子変異や周産期要因は把握できない
- 検査を受ける場合は、医療的・心理的・倫理的視点を含めて家族で準備することが重要
- 遺伝カウンセリングや社会制度の活用が、安心した妊娠・出産・育児を支える
参考文献
- 日本産科婦人科学会.
「母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)に関する指針(2022年改訂)」
https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/NIPT2022_guideline.pdf - McDonald-McGinn DM, Sullivan KE, Marino B, et al.
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