出生前診断は誰でも受けられるのか 受検条件と年齢制限について

医者

はじめに

近年、妊娠中に胎児の染色体異常などを調べる手段として「出生前診断(Prenatal Testing)」が注目を集めています。中でも、母体の血液を採取するだけで胎児の染色体異常の可能性を調べられる非侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT: Non-Invasive Prenatal Testing)は、妊婦への身体的負担が少なく精度も高いため、希望する人が増えています。

しかし、「NIPTは誰でも受けられる検査なのか?」「受検には年齢や条件があるのか?」といった疑問を持つ方も少なくありません。本記事では、NIPTの受検条件や年齢制限の実態、背景にある倫理的・制度的な問題について、専門的な知見とエビデンスをもとに詳しく解説します。

NIPTとは何か

NIPTとは、妊娠10週以降に母体血液中に含まれる胎児由来のDNA断片(cfDNA)を解析することで、胎児に染色体異常がある可能性を推定する検査です。主に以下の3つの染色体疾患を対象にしています。

精度は高く、感度・特異度ともに99%以上と報告されています(参考:Bianchi et al., 2014)。

現在の日本におけるNIPTの受検条件

1. 認可施設での受検条件(日本医学会のガイドライン)

日本医学会が認定した「認可施設」では、NIPTの受検には以下の条件が設けられています。

  • 35歳以上の高年齢妊娠
  • 過去に染色体異常のある児を妊娠・出産した経験がある
  • 超音波検査等で染色体異常の可能性が示唆された
  • 家系に遺伝的な疾患がある

これらはあくまで「医学的適応」を前提としたものであり、NIPTが医療行為であるという観点から制限が設けられています。

2. 無認可施設(民間クリニック等)での受検状況

一方で、医師の裁量により制限を設けず、年齢に関係なく希望すれば誰でも受けられる民間のクリニックも存在します。これらは「無認可施設」と呼ばれ、日本医学会の認定を受けていないものの、検査自体の信頼性は一定の水準を保っている場合もあります。

ただし、遺伝カウンセリングの有無、結果の説明体制、サポート体制には大きな差があるため、施設の選択は慎重に行う必要があります。

NIPTに年齢制限はあるのか?

実際の年齢制限とその背景

日本医学会によるガイドラインでは、「35歳以上」がひとつの基準とされていますが、これはリスク層に限定するための基準であり、法的拘束力はありません。また、これは検査の精度を保つためではなく、倫理的配慮および医療資源の適正配分を考慮したものです。

近年の研究では、20代・30代前半でも一定数の染色体異常が発見されることが明らかになっています。したがって、実際には若年層においてもNIPTの有用性は否定できません。

なぜ受検条件があるのか? 倫理的・社会的背景

健康な妊婦のスクリーニングに対する懸念

NIPTの受検対象を「全妊婦」とすることは、出生前診断の大衆化を意味します。これにより、「異常がある子を産まない選択が望ましい」という社会的圧力が生まれる可能性が指摘されています。

この問題に対し、WHO(世界保健機関)は、出生前診断に関するガイドラインの中で「インフォームド・チョイス(十分な情報に基づく選択)」の重要性を繰り返し強調しています。

遺伝カウンセリングの重要性

NIPTの結果は「陽性=確定」ではありません。陽性反応が出ても、確定診断(羊水検査など)で否定されるケースもあります。したがって、検査前後に正確な遺伝情報を理解し、納得したうえで判断することが極めて重要です。

日本医学会は、NIPTを実施する施設において「遺伝カウンセリングの実施」を強く推奨しており、これは倫理的な観点からも不可欠なプロセスです。

海外の状況との比較

アメリカ

米国では2017年より、ACOG(米国産科婦人科学会)が「すべての妊婦にNIPTの提供を考慮すべき」とするガイドラインを発表しています。これは、年齢に関係なく染色体異常のリスクが存在することが理由とされています。

イギリス

NHS(イギリス国民保健サービス)では、スクリーニングの一環として、胎児の染色体異常リスクが高いと判定された妊婦にNIPTを提供しています。つまり、日本と同様に「リスクベース」での適用です。

自分に必要かどうかを判断するには

NIPTを受けるかどうかは、年齢や家族歴などの「客観的なリスク」だけでなく、自身の価値観やライフスタイルに深く関係します。以下の点を自己チェックすることが重要です。

  • 妊娠時の年齢は35歳以上か
  • 染色体異常に関する不安や疑問があるか
  • 検査後の対応(確定診断・妊娠継続)について方針を持っているか
  • 信頼できるカウンセリング体制のある医療機関を選んでいるか
妊婦

NIPTを受けるかどうかの意思決定フロー

NIPTは、受ける前の「準備」と「理解」が不可欠です。単に「異常があるかどうか」を知るための検査ではなく、結果を受けてどのように向き合うか、選択を迫られる可能性があることを理解しなければなりません。

以下は、検討から受検に至るまでの一般的な流れです。

  1. 妊娠10週前後で医師から案内されることが多い
  2. 遺伝カウンセリングの受診(必須 or 任意)
  3. 検査のメリット・限界・偽陽性の可能性を理解
  4. パートナーや家族と方針を確認
  5. 検査を受けるかどうか決定
  6. 検査実施、約1週間で結果通知
  7. 陽性の場合、確定検査(羊水検査)への移行を検討

陽性と出たらどうすれば?

NIPTはあくまでスクリーニング検査であり、「陽性」=「確定」ではありません。 約5%前後の偽陽性が出ることも報告されており(Benn et al., 2019)、最終的な診断には羊水検査などの確定的診断が必要です。

若年層におけるNIPTの動向

20代でもNIPTを希望する人が増えている理由

「35歳以上」に限定された受検条件があるにも関わらず、20代の妊婦でもNIPTを希望する人が増えてきました。その理由には以下のような背景があります。

  • SNSやネットの普及により、検査の存在を早期に知ることができる
  • 将来的な不安から「安心材料」として受けたいという心理
  • 高学歴・高所得層ほど医療情報へのアクセス意識が高い

たとえば、2021年の厚労省の報告によれば、NIPTを希望した20代の妊婦の割合は全体の約7%で、年々増加傾向にあります(厚生労働科学研究報告書2021)。

年齢を理由に検査を断られたケースも

一部の認可施設では、35歳未満という理由で検査を断られた妊婦が、やむを得ず無認可施設での検査を選ぶという事例も報告されています。このような「情報格差」や「医療格差」は、将来的に制度見直しが必要な課題として指摘されています。

制度的・倫理的側面から考える

1. NIPTの保険適用と制度整備

現在、日本においてNIPTは自費診療で行われることが一般的です。費用は施設によって異なりますが、平均して10万〜20万円前後が相場です。これが高額であるために、希望しても検査を断念する人も少なくありません。

諸外国のように、特定条件下での公費負担制度や保険適用の整備が求められています。

2. 認可制度と自由診療の二重構造

現在の制度では、「認可施設」では受検条件が厳しいが、「無認可施設」では誰でも受けられるという矛盾が存在します。これにより、受検希望者は制度上の「抜け道」に依存する構造となっており、公平性が問われています。

3. 情報提供体制の強化

妊婦やパートナーが検査内容を十分に理解せずにNIPTを受けるケースもあるため、誰にでもわかりやすい情報提供ツールの開発と、医師・カウンセラーによる対話の質の向上が求められます。

NIPTを通じて考える「選択」と「情報の価値」

NIPTは、技術的には誰でも受けられる時代になりました。しかし、現状の制度やガイドラインでは「受けられる人」と「受けにくい人」が存在するのも事実です。

この検査をどう活用するかは、個々の判断に委ねられているからこそ、「正確な知識」と「適切な支援」が欠かせません。

特に大切なのは、

  • 年齢や条件に左右されず、誰もが適切な医療情報にアクセスできる社会
  • 結果をどう受け止めるかを支える心理的・制度的サポート
  • 検査の受検そのものをゴールとせず、「納得した人生選択」につなげること

今後、NIPTを含む出生前診断の制度設計は、「すべての妊婦と家族のために、より公平で安心な医療へ」と進化していく必要があります。

参考文献・リンク

  • Benn P, Borell A, Chiu R et al. (2019). Current controversies in prenatal diagnosis 2: NIPT results and their interpretation. Prenat Diagn. https://doi.org/10.1002/pd.5390
  • 厚生労働科学研究費補助金(出生前検査と遺伝カウンセリングに関する実態調査)令和3年度報告書
  • WHO. (2016). Prenatal screening and diagnosis for chromosomal abnormalities. https://www.who.int/publications/i/item/9789241548729

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