「もし重度だったら……」。NIPTを受ける多くの夫婦が抱く、言葉にしづらい葛藤です。 特に18・13トリソミーは、重度の知的・身体障害を伴う可能性が高い疾患ですが、「寝たきりで意思疎通ができない」というイメージは、現代医療の進歩と共に変わりつつあります。 本記事では、NIPTで見つかる「重度知的障害」や「重症心身障害」の医学的定義、リアルな予後、そして家族を支える支援体制を徹底解説。恐怖を「正しい知識」に変えるためのガイドです。
1. 「重度知的障害」と「重症心身障害」の医学的定義
NIPTの結果を理解するために、まずは「重度」という言葉が医学的・福祉的にどのような状態を指すのか、その定義を正確に把握する必要があります。
知的障害の重症度分類(IQによる分類)
一般的に知的障害(精神遅滞)の程度は、知能検査によって算出されるIQ(知能指数)と適応能力によって分類されます。
- 最重度(Profound):IQ 20以下
- 精神年齢でいうと3歳未満程度。
- 言葉によるコミュニケーションは困難な場合が多く、身の回りのこと(食事、排泄、更衣)すべてにおいて全介助が必要です。
- 快・不快の情動表現は可能であり、親しい人との愛着関係は形成されます。
- 重度(Severe):IQ 21〜35
- 精神年齢でいうと3歳〜6歳程度。
- 単語や短い文章での意思表示ができる場合もありますが、継続的な見守りと支援が不可欠です。
「重症心身障害児(者)」という概念
NIPTで見つかる染色体疾患、特に18トリソミーや13トリソミーの場合、単なる「知的障害」の枠には収まりません。重度の知的障害に加え、重度の肢体不自由(寝たきりや座位が保てないなど)を併せ持つ「重症心身障害(重心)」と呼ばれる状態になることが一般的です。
この場合、以下のような「医療的ケア」が日常的に必要となるケースが多くなります。
- 経管栄養(胃ろう・経鼻): 口から十分に食べられないため、チューブで栄養を送る。
- 人工呼吸器・酸素療法: 呼吸障害があるため、機械で呼吸を補助する。
- 吸引: 自力で痰を出せないため、カテーテルで吸引する。
NIPTで「陽性」と告げられることの重みは、単に「知能が低い」ことへの不安だけでなく、こうした「生命維持に直結する医療ケア」と24時間向き合う生活への不安が含まれているのです。
2. 18トリソミー・13トリソミーにおける「重度」の現実
NIPTの基本検査に含まれるこれらの疾患は、ダウン症候群に比べて発生頻度は低いものの、障害の程度はより重篤です。かつては「致死的な疾患」とされていましたが、医療の進歩により状況は変わりつつあります。
18トリソミー(エドワーズ症候群)の予後と生活
18番染色体が3本ある疾患です。
- 障害の特徴:
ほぼ全例に重度の知的障害と発達の遅れが見られます。また、重篤な心疾患(心室中隔欠損症など)、消化管奇形、呼吸障害を合併することが多く、自力での歩行や会話を獲得することは稀です。 - 生命予後:
かつては「1歳まで生存できるのは10%」と言われていました。しかし、近年では積極的な心臓手術や新生児集中治療(NICU)管理を行うことで、1歳生存率が向上し、5歳、10歳と成長するお子さんも増えています。 - コミュニケーション:
言葉は話せなくても、表情、視線、わずかな指の動きで感情を伝えます。家族の声を聞き分け、好きな音楽に反応し、笑顔を見せます。彼らの世界は決して「無」ではなく、豊かな感情が存在します。
13トリソミー(パトウ症候群)の予後と生活
13番染色体が3本ある疾患です。
- 障害の特徴:
18トリソミーと同様、あるいはそれ以上に重篤な脳・顔面・心臓の奇形を伴うことが多く、最重度の知的障害を伴います。無呼吸発作を起こしやすく、生命予後は非常に厳しい疾患です(1年生存率は10%未満とされることが多いですが、個別の治療方針により異なります)。 - 生活の様子:
多くの場合、寝たきりの生活となり、全介助と医療的ケアが必要です。しかし、自宅で家族とともに過ごし、訪問医療や訪問看護のサポートを受けながら、穏やかな時間を積み重ねているご家族もいます。
NIPTにおける「陽性的中率」と確定診断
重要なのは、NIPTでこれらの疾患が陽性と出ても、確定診断ではないという点です。
特に18トリソミーや13トリソミーは、胎盤にのみ異常がある「胎盤限局性モザイク」の可能性もあり、実際には胎児に異常がない(偽陽性)ケースや、症状が軽い(モザイク型)ケースもダウン症候群に比べて多くなります。
したがって、「重度障害=中絶」と即決するのではなく、必ず羊水検査を行い、超音波検査で身体的な合併症の程度を確認することが不可欠です。
3. ダウン症候群(21トリソミー)にも「重度」はあるのか?
「ダウン症は軽度から中度」と言われますが、これはあくまで平均的な話です。NIPTで21トリソミーが判明した場合、重度の状態になる可能性はあるのでしょうか。
合併症による発達への影響
重度の知的障害(最重度を含む)となる要因としては、以下のようなケースが考えられます。
- 重篤な心疾患や脳の合併症:
生後早期に脳への酸素供給が不十分だった場合や、脳の構造的な問題がある場合。 - 点頭てんかん(ウエスト症候群)の合併:
ダウン症児の数%〜10%程度に発症すると言われる難治性のてんかんです。発作により発達が退行(できていたことができなくなる)し、重度の知的障害が残るリスクがあります。 - 自閉スペクトラム症(ASD)の合併:
ダウン症と自閉症を併発している場合、コミュニケーションの困難さが増し、行動障害(パニックや自傷)が強く出ることで、生活上の困難度が「重度」と判定されることがあります。
「退行」という課題
また、ダウン症候群の特徴として、青年期以降に急激に元気がなくなり、動作が緩慢になる「急激な退行」や、若年性アルツハイマー病のリスクが高いことが知られています。
幼少期は軽度であっても、成人後に支援の必要度(介護度)が上がり、実質的に重度のケアが必要になるケースもあるのです。
NIPTでは「21番染色体がある」ことまでは分かりますが、こうした「将来的な合併症や重症度」までは一切予測できません。
4. 重症心身障害児を支える「医療」と「福祉」の最前線

「重度の障害児を育てるなんて、一般家庭には無理だ」と思われるかもしれません。確かに並大抵のことではありませんが、現代の日本には、それを支えるための社会的なインフラが整備されつつあります。
医療的ケア児支援法の成立
2021年に「医療的ケア児支援法」が施行されました。これにより、人工呼吸器や胃ろうなどのケアが必要な子供に対し、国や自治体は支援を行う「責務」を負うことになりました。
- 保育所・学校への看護師配置: 親の付き添いなしで通学できるよう、看護師の配置が進められています。
- 在宅医療の充実: 訪問診療医、訪問看護師、訪問リハビリなどが自宅へ来てケアを行います。
障害児福祉サービスの活用
- 児童発達支援・放課後等デイサービス(重心型):
重症心身障害児を専門に受け入れる事業所があり、看護師や理学療法士が配置されています。日中をここで過ごすことで、子供はリハビリや遊びを経験し、親は就労や休息の時間を確保します。 - 短期入所(ショートステイ):
施設に子供を数日預けるサービスです。親の病気や冠婚葬祭だけでなく、「介護疲れのリフレッシュ」目的での利用も推奨されています。
経済的支援
- 特別児童扶養手当: 重度の障害がある場合、月額55,350円(令和6年度 1級)が支給されます。
- 障害児福祉手当: 常に介護が必要な在宅の重度障害児に対し、月額15,690円が支給されます。
これらに加え、医療費の助成やおむつ代の助成などがあり、経済的な負担はある程度軽減される仕組みになっています。
5. 「重度」であることは「不幸」なのか? 生命倫理の視点から
NIPTの結果を受けて、「重度の障害=子供にとっても親にとっても不幸」と結論づけてしまうのは早計かもしれません。実際に育てているご家族の声や、生命倫理の視点をご紹介します。
「意思疎通」の再定義
言葉を話せない彼らは、何も感じていないわけではありません。
重症心身障害児のケアに関わる多くの医療者が、「彼らは非常に感受性が豊かだ」と証言します。わずかな視線の動きで「Yes/No」を伝えたり、親が抱っこすると筋緊張が緩んで安心したりします。
こうした「言葉を超えたコミュニケーション」が成立した時、親は深い充足感と愛おしさを感じると言います。それは、健常児の育児における「テストの点数が良い」「運動ができる」といった喜びとは異なる次元の、存在そのものへの肯定感です。
家族の変容と「幸せ」の尺度
「最初は絶望したが、この子が来てくれて家族の絆が深まった」「小さな成長(指が動いた、目が合った)を心から喜べるようになった」
これらは、きれいごとではなく、多くの家族が通過する心理的なプロセスです。もちろん、日々のケアは過酷であり、睡眠不足や将来の不安は消えません。しかし、多くの家族が「大変だけど、不幸ではない」と語るのは、そこに確かな「命の輝き」と「関係性の幸福」があるからです。
選択の重さと「産まない権利」
一方で、NIPTで陽性判定を受け、中絶を選択することもまた、一つの真剣な親の決断です。
「上の子に負担をかけたくない」「経済的に支えきれない」「苦しい思いをして生きるのは可哀想だ」
これらの理由もまた、子供を想うがゆえの苦渋の選択であり、誰にも非難されるべきではありません。
重要なのは、「重度障害の実態(大変さと喜びの両面)」を正しく知った上で、自分たちの家族にとっての正解を導き出すことです。イメージだけの恐怖で選択してしまうことが、最も避けるべき事態です。
6. まとめ:NIPTは「覚悟」を決めるための時間
NIPTと重度知的障害について解説してきました。
ポイントをまとめます。
- NIPTで見つかる重度障害: 18トリソミー、13トリソミーは重度の知的・身体障害を伴う可能性が高いが、近年は生存率が向上している。
- ダウン症候群の重症化: 基本は軽〜中度だが、合併症や退行により重度のケアが必要になるケースもある(NIPTでは予測不可)。
- 重症心身障害の生活: 医療的ケアが日常的に必要だが、在宅医療や福祉サービスの支援体制は拡充されている。
- 幸福の形: 言葉による意思疎通は難しくても、感情の交流は可能であり、不幸と決まっているわけではない。
NIPTで陽性の結果が出た時、それは「絶望の宣告」ではありません。それは、これからやってくるかもしれない命とどう向き合うか、家族で話し合い、準備し、あるいは別れを決断するための、「与えられた猶予期間」でもあります。
もし、NIPTの結果に動揺し、重度障害への恐怖で押しつぶされそうになっているなら、インターネットの検索を一度止めて、専門家と話をしてください。
臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラー、そして実際に重症心身障害児を育てている家族会の方々。彼らは、あなたが直面している「重い現実」を、一緒に支え、考えるための知恵と経験を持っています。
