妊娠中から産後にかけての時期は、新しい命の誕生という大きな喜びに包まれる一方で、ホルモンバランスの急激な変化や、慣れない育児へのプレッシャーから、心が非常に不安定になりやすい時期でもあります。
「突然涙が止まらなくなる」「些細なことでイライラしてしまう」「なんで私だけこんなに大変なの?」「こんな私は母親失格なのでは…」
もしあなたが今、そんな深い悩みや自己嫌悪を抱えているのだとしたら、絶対に知っておいてほしいことがあります。それは、「今のあなたの辛い状態は、あなたが悪いわけでも、あなたの性格の問題でもない。脳が起こしている一時的な『バグ』である」ということです。
精神医学の世界では近年、この時期の女性が抱える「心の不調」を5つのグループに分けて考えるアプローチが進んでいます。自分が今、どの状態(モード)に陥っているのかを客観的に「知る」だけでも、心はずっと軽くなります。 本コラムでは、妊娠・産後期に陥りやすい5つのメンタル不調のパターンと、その対処法について詳しく解説します。自分を守るための「心の取扱説明書」として、ぜひ読んでみてください。

5つのグループの中で、妊娠中や産後のママが最も陥りやすいのがこの「内面化グループ」です。 一言で表すなら、「問題の矛先を、すべて自分自身に向けてしまう状態」です。
真面目で責任感の強い人ほど、このループに陥りがちです。しかし、声を大にして言います。これはあなたが悪いわけでは絶対にありません。
妊娠・出産・育児という、人生における「初めての連続」は、脳にとって計り知れないほどの強いストレスとなります。その極度のストレス状態により、脳が誤作動(バグ)を起こし、「自分へのダメ出しモード」に強制的に入ってしまっているだけなのです。 インフルエンザで高熱が出ている時に「なぜ私はマラソンができないんだろう」と自分を責める人はいませんよね?今のあなたの脳は、まさにその「体調不良でマラソンをさせられている」状態です。
この状態にあると気づいたら、「あ、今私は『育児あるある』の内面化モードに入っているな」と客観視してみてください。そして、至らない自分を責めるのではなく、「今はこれでいいんだ」と許してあげてください。
妊娠や育児は、予定通りにいかない「想定外」の連続です。その中で、自分の処理能力(キャパシティ)を超えてしまい、パニックになってしまう状態がこのグループです。
「みんなは普通にこなしているのに、どうして私だけ上手くできないの?」「私は母親に向いていないんじゃないか」と悩むかもしれませんが、大丈夫です。これも極めて普通のことです。
これは「優秀かどうか」という能力の話ではなく、生まれ持った「脳の特性(個性)」の話なのです。元々、複数のことを同時に進行する「マルチタスク」がそれほど得意ではなかった人が、育児という究極のマルチタスク環境に放り込まれ、過剰な負荷がかかって脳が一時的にパニックを起こしているだけです。
このタイプの人は、実は「一つのことに対する集中力」が非常に高かったり、「感受性」が豊かであるという素晴らしい強みを持っています。つまり、今はたまたま「自分の不得意なフィールド」で戦わされているだけなのです。 子どもが少し成長し、マルチタスクの嵐が落ち着いてくれば、あなたの「高い集中力で子どもと同じ目線で全力で遊べる」「子どもの小さな感情の揺れに気づける」という最高の武器が活かせるターンが必ずやってきます。だから、今は完璧にこなせなくても自分を卑下する必要はありません。
「なんだか恐ろしい病名だな」と身構える必要はありません。これは、「真面目で完璧主義、そして非常に優秀な人」が陥りやすい状態です。
このタイプの人は、これまで仕事や学業において「自分の努力で、すべてをコントロールしてきた」という成功体験を持つ、優秀な方に多く見られます。 しかし、ここに最大の罠があります。妊娠と育児だけは、絶対に自分の思い通りにはコントロールできないのです。
どんなに綿密にスケジュールを組んでも、どんなに完璧な準備をしても、子どもは予想外の行動をとりますし、トラブルは起きます。SNSで見かける「完璧でキラキラした育児インフルエンサー」や「いつも余裕がありそうなお隣のママ」も、裏では絶対に失敗し、想定外の事態に直面しています。完璧な育児など、この世に存在しません。
そもそも「完璧を求めること」自体が、育児においてはミスマッチなのです。育児は、親も子も「ミスをしながら一緒に成長していくプロセス」です。 このグループに属するあなたは、赤ちゃんの些細な変化にも気づける、深い愛情と観察眼を持った素晴らしい人です。だからこそ、コントロールできない事態が起きた時は「まあいっか」「命に関わらなければOK」と、意図的にハードルを下げる練習をしてみてください。
これも少し難しい言葉ですが、要するに「強烈なストレスから逃れるために、何かの物質や行為に依存してしまう状態」のことです。
「なんて私は意志が弱いダメな人間なんだろう…」と落ち込んでいませんか?それは大きな誤解です。 意志が弱いから食べてしまう、スマホを見てしまうのではありません。あなたの脳が、育児という過酷なストレス環境の中で「なんとか楽しいこと(ドーパミンが出る行動)をして、精神のバランスを保とう!」と必死に防衛本能を働かせている結果に過ぎないのです。
もし今、何かに強く依存してしまっているのだとしたら、それは「それに依存しなければ心がポキっと折れて壊れてしまうほど、今のあなたが限界ギリギリで苦しんでいる」というSOSのサインです。 無理に「スマホを禁止しよう」「お菓子を我慢しよう」と依存先を絶つのではなく、根本の原因である「日々の負担(やらなければならないこと)」をどうにかして減らせないか、家事を手抜きできないか、誰かに頼れないかを考えてみてください。負担が減れば、自然と依存行動も落ち着いていきます。
もっとも怖い名前がついていますが、簡単に言えば「脳の思考がフリーズ(停止)してしまった状態」です。
「泣いている我が子を見て何も感じないなんて、私は愛情が薄い冷たい人間なんだ…」と恐怖を感じ、激しく自分を責めるママもいます。しかし、絶対に自分を責めないでください。
これは、長期間にわたる極度の睡眠不足や、限界を超えた慢性的なストレスによって、脳が自分自身を守るために強制的に「感情の電源(ブレーカー)を落とした」状態(シャットダウン)なのです。パソコンが熱を持ちすぎてフリーズするのと同じで、誰にでも起こり得る生理的な防衛反応です。 脳が一時的に休憩しているだけなので、しっかりとした睡眠と休息をとれば、必ず元の感情豊かなあなたに戻ります。
この状態になる人は、むしろ真面目で繊細、そして「これまで倒れる直前まで、歯を食いしばって妊娠・育児を頑張りすぎた人」です。自分を責めるのではなく、「ここまで脳がシャットダウンするほど、私は一人で限界まで頑張ってきたんだな」と、どうか自分自身を労ってあげてください。
ここまで5つのグループについて解説してきましたが、「私はどれか1つではなく、複数(あるいは全部)当てはまる気がする」と思った方も多いでしょう。 それもそのはずです。育児のマルチタスクに追われてパニックになり(神経発達)、完璧にできない自分を責め(内面化・強迫性)、現実逃避でお菓子を食べ(物質使用)、最終的に疲れ果てて心がフリーズする(精神病性)。人間の脳は繋がっているため、どこかにバグが起きれば、すべてが連鎖して起きても全く不思議ではありません。
一番お伝えしたいことは、「これらの精神状態は、決してあなただけが特別に陥っている異常な状態ではなく、妊娠・出産を経験した多くの女性に起こり得る『普通の反応』である」ということです。 SNSでキラキラ輝いているママも、いつも笑顔のご近所さんも、みんな裏では同じように悩み、失敗し、心をすり減らしながら戦っています。
心が苦しい時、「なぜ自分はこんなにダメなんだろう」と理由も分からずにただ苦しむのと、「あ、今の私は『内面化モード』で脳がバグっているだけだ。病名がつくくらいよくあることなんだ」と客観的に知っているのとでは、心に受けるダメージの深さが全く違います。
自分を責めるのは今日で終わりにしましょう。 「今はこういう時期なんだ」「無理なものは無理だ」と割り切り、自分を許してあげてください。時には家事をサボり、周囲に助けを求め、「自分を休ませること」も立派な育児における最重要ミッションの一つです。 あなたの心が少しでも軽く、穏やかな時間が増えることを、心から願っています。
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