ヌーナン症候群1型、あるいはPTPN11遺伝子の変化によるヌーナン症候群という診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「ヌーナン症候群です。遺伝子検査の結果、PTPN11という遺伝子に原因がある1型だとわかりました」と説明を受け、戸惑いや不安を感じていらっしゃるかもしれません。
しかし、まず最初にお伝えしたいことがあります。この1型というタイプは、ヌーナン症候群と診断される方の中で最も人数が多く、全体の約50パーセントを占めるいわば「ヌーナン症候群の代表的なタイプ」です。
患者数が多いということは、それだけ医学的なデータが豊富にあり、治療法や管理法が確立されているということを意味します。
また、同じ体質を持つ仲間や先輩に出会いやすく、子育ての悩みや工夫を共有しやすい環境にあるとも言えます。これは、希少疾患と向き合う上で非常に大きな安心材料となります。
このタイプの大きな特徴は、ヌーナン症候群の教科書的な症状を示すことです。具体的には、特徴的なお顔立ち、肺動脈弁狭窄症を中心とした心臓の病気、そして低身長などが挙げられます。
一方で、他の型(例えばRAF1変異の5型など)で見られるような重度の肥大型心筋症を合併する確率は比較的低く、適切な医療管理があれば、多くの方が元気に成長し、社会生活を送っています。
お子さんの未来は、診断名によって閉ざされるものではありません。
正しい知識という地図を持って、一つひとつ課題を乗り越えていきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そしてPTPN11遺伝子変異にはどのような特徴があるのかを理解しましょう。
ヌーナン症候群とは
ヌーナン症候群は、特徴的なお顔立ち、低身長、生まれつきの心臓の病気、胸郭の変形などを主な特徴とする疾患です。
およそ1000人から2500人に1人くらいの割合で生まれると言われており、小児科領域ではダウン症候群などに次いで比較的よく見られる先天性疾患の一つです。
この病気は、細胞の中にある情報の通り道であるRAS/MAPK経路というシステムに関わる遺伝子の変化によって引き起こされます。
1型(PTPN11遺伝子変異)の特徴
ヌーナン症候群の原因遺伝子はこれまでにいくつも見つかっており、それによって番号が振られています。その中で最初に見つかり、かつ最も多くの患者さんに見られるのが、PTPN11遺伝子の変異による1型です。
1型の特徴として、以下のような傾向が挙げられます。
ヌーナン症候群全体の約半数を占める最大勢力です。
心臓の病気として、肺動脈弁狭窄症が非常に多く見られます。一方で、肥大型心筋症の合併率は他の型に比べて低めです。
低身長が見られる頻度が高く、成長ホルモン治療の対象となることが多いです。
顔立ちは、ヌーナン症候群の典型的な特徴(眼間開離や眼瞼下垂など)をはっきりと示すことが多いですが、成長とともに変化し、大人になると目立たなくなります。
知的な発達に関しては個人差がありますが、正常範囲から軽度の遅れにとどまることが多く、通常の学校生活を送るお子さんもたくさんいます。
RASオパチーというグループ
この病気は、医学的にはRASオパチー、別名ラスオパチーという大きなグループに含まれます。
これは、細胞の増殖や成長をコントロールするRAS/MAPK経路に異常がある病気の総称です。
PTPN11遺伝子の変化は、この経路のスイッチが入りやすくなることで、体の様々な部分の発達に関与します。
主な症状
1型の症状は、全身の様々な場所に現れます。
PTPN11遺伝子変異を持つ患者さんによく見られる特徴について、頭のてっぺんから足の先まで詳しく見ていきましょう。
1. お顔立ちの特徴(顔貌)
ヌーナン症候群に共通する、愛らしく特徴的なお顔立ちが見られます。1型ではこれらの特徴が比較的はっきりと現れることが多いです。
目の特徴
両目の間隔が広く離れている眼間開離や、まぶたが下がっている眼瞼下垂が見られることがあります。
目は少し下がり気味で、アーモンドのような形をしていることが多いです。
耳の特徴
耳の位置が少し低く、後ろに傾いていたり、耳のふちが厚かったりすることがあります。
鼻と口の特徴
鼻の根元が低く、鼻先が丸かったり上を向いていたりすることもあります。
また、人中と呼ばれる鼻の下の溝が深くはっきりしていることがあります。
年齢による変化
これらのお顔立ちは、乳幼児期にはっきりしていますが、成長とともに顔つきが変わり、面長になっていくことで、大人になると目立たなくなっていくのが一般的です。
2. 心臓の症状
1型の患者さんの約80パーセント以上に、何らかの心臓の病気が見られます。
肺動脈弁狭窄症
心臓から肺へ血液を送る血管の出口にある弁が狭くなり、血液が通りにくくなる病気です。
1型で最も多い心疾患であり、患者さんの半数以上に見られます。
軽度であれば治療をせずに経過観察だけで済むこともありますが、狭さが強い場合は、カテーテル治療や手術が必要になることがあります。
心房中隔欠損症
心臓の右心房と左心房を隔てる壁に穴が開いている病気です。
肺動脈弁狭窄症と合併することもあります。
肥大型心筋症について
心臓の筋肉が分厚くなる肥大型心筋症は、1型でも見られることはありますが、その頻度は約10パーセントから20パーセント程度と言われており、RAF1変異の5型などに比べると低いです。しかし、定期的なチェックは必要です。
3. 成長と体格
低身長
ヌーナン症候群の主要な症状の一つであり、1型の患者さんの多くに見られます。
生まれた時の身長や体重は正常範囲であることが多いですが、生後数ヶ月から成長のペースが緩やかになり、平均より低くなることがあります。
PTPN11変異を持つお子さんは、成長ホルモンの分泌自体は正常であっても、骨が成長ホルモンに対して反応しにくいという体質を持っていることがあり、これが低身長の原因の一つと考えられています。
しかし、成長ホルモン治療を行うことで、身長を伸ばす効果が十分に期待できます。
胸郭の変形
胸の形に特徴が出ることがあります。
胸の真ん中が凹んでいる漏斗胸や、逆に出っ張っている鳩胸が見られることがあります。
また、乳首の間隔が離れていることも特徴の一つです。
これらは見た目の問題にとどまることが多く、機能的な問題(呼吸障害など)を起こすことは稀です。
4. 知的発達と神経系
発達に関しては個人差があります。
1型のお子さんの多くは、知的な発達が正常範囲内、あるいは軽度の遅れで済みます。
言葉が出るのが少し遅かったり、運動発達(歩き始めなど)がゆっくりだったりすることはよくありますが、適切な療育やサポートを受けることで、通常の学級で学ぶお子さんもたくさんいます。
また、手先の不器用さや、運動の苦手意識を持つことがありますが、練習によって改善していきます。
5. 出血傾向
血が止まりにくい、あざができやすいといった傾向が見られることがあります。
これは、血液を固めるための因子(凝固因子)の一部が少なかったり、血小板の機能が弱かったりするためです。
普段の生活で大問題になることは少ないですが、手術や抜歯の際には事前に詳しい検査を行い、止血剤を使用するなどの対策をとる必要があります。
6. その他の症状
停留精巣
男の子の場合、精巣が陰嚢の中に降りてこないことがあります。将来の生殖機能を守るために、手術が必要になることがあります。
皮膚の特徴
カフェオレ斑と呼ばれる茶色いあざや、ほくろが多く見られることがあります。
難聴
滲出性中耳炎になりやすかったり、音を感じる神経の問題で難聴になったりすることがあります。定期的な聴力検査が大切です。
原因
なぜ、心臓の弁が狭くなったり、身長が低くなったりするのでしょうか。その原因は、細胞の中の信号伝達を調節する遺伝子の変化にあります。
PTPN11遺伝子の変異
ヌーナン症候群1型の原因は、第12番染色体にあるPTPN11という遺伝子の変異です。
この遺伝子は、SHP-2(シップツー)というタンパク質を作る設計図です。
SHP-2は、細胞の中でRAS/MAPK経路という情報の通り道を調節する、非常に重要な役割を担っています。
何が起きているのか
通常、このSHP-2タンパク質は、必要な時だけ働き、細胞に「成長しなさい」「変化しなさい」という命令を出します。
しかし、PTPN11遺伝子に変異があると、SHP-2タンパク質の形が変わり、スイッチが入りやすい状態、あるいは入りっぱなしの状態になってしまいます。これを機能獲得型変異と呼びます。
細胞に対して成長や変化の命令が過剰に送られ続けることで、心臓の弁が分厚くなって狭くなったり、顔の形成が変わったり、骨の成長板(骨が伸びる場所)の調節がうまくいかずに身長が低くなったりすると考えられています。
遺伝について
この病気は常染色体顕性遺伝、以前は優性遺伝と呼ばれていた形式をとります。
ご両親のどちらかが1型である場合、お子さんに遺伝する確率は50パーセントです。
しかし、ヌーナン症候群の患者さんの多く(約半数以上)は、ご両親はこの病気ではなく、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる突然変異のケースです。
これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。
「妊娠中の生活習慣」や「ストレス」、「高齢出産」などが直接的な原因で起こるものではありません。

診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察、心臓の詳しい検査、そして遺伝学的検査を組み合わせて行われます。
1. 臨床診断
医師は診察で以下の点を確認します。
特徴的なお顔立ちがあるか。
身長や体重の増え方はどうか。
心雑音がないか。
胸の形や出血傾向などの特徴があるか。
2. 画像検査・生理検査
心エコー検査
1型の診断と管理において最も重要な検査です。
心臓の構造、特に肺動脈弁の狭窄がないか、心房中隔欠損がないかを詳しく調べます。
心電図検査
心臓のリズムや負荷の状態を調べます。
3. 遺伝学的検査
確定診断のために行われます。
血液を採取し、DNAを解析してPTPN11遺伝子に変異があるかを調べます。
最近では、次世代シーケンサーという技術を使って、関連する遺伝子を一度にまとめて調べることが一般的ですが、ヌーナン症候群が疑われる場合、最も頻度が高いPTPN11から調べ始めることもあります。
遺伝子が特定されることで、これが1型(PTPN11変異)であることが確定し、「肥大型心筋症のリスクは比較的低い」といった予後の予測や、将来の健康管理に役立てることができます。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療やサポートを行うことで、健康を維持し、生活の質を高めることができます。
1. 心臓の治療と管理
肺動脈弁狭窄症
軽度であれば、定期的な検査で経過を見ます。
狭窄が強く、心臓に負担がかかっている場合は、治療が必要です。
まず選択されることが多いのは、カテーテルという細い管を血管から心臓まで通し、先端についた風船(バルーン)を膨らませて狭い弁を広げる治療です。
カテーテル治療で十分に広がらない場合や、弁の形が特殊な場合は、外科手術が行われます。
適切な治療を行えば、予後は良好です。
2. 成長ホルモン療法
低身長があり、一定の基準を満たす場合は、成長ホルモンを注射で補充する治療が行われます。
日本では、ヌーナン症候群に対する成長ホルモン治療が保険適用となっています。
PTPN11変異を持つお子さんは、成長ホルモン治療によって身長が伸びる効果が十分に期待できます。
治療を開始する時期は、3歳頃から思春期前まで様々ですが、主治医と相談して最適なタイミングを決めます。
3. 発達支援と療育
発達の遅れがある場合は、早期から療育を受けることが推奨されます。
理学療法:体のバランス感覚や筋力を養い、歩行などの運動発達を促します。
作業療法:手先の器用さや、食事・着替えなどの日常動作の練習をします。
言語聴覚療法:言葉の遅れや発音の練習をします。
就学時には学校と連携し、必要であれば学習のサポートや環境調整を行います。体育の授業での配慮なども含め、学校側へ正しく伝えることが大切です。
4. 血液・その他の管理
出血傾向
手術や抜歯の予定がある場合は、事前に血液検査を行い、必要に応じて止血剤を使用します。日常生活では、激しいコンタクトスポーツなどは避けたほうが無難な場合がありますが、過度な制限は必要ありません。
定期的なフォローアップ
眼科検診:視力や斜視のチェック。
耳鼻科検診:中耳炎になりやすい傾向や、難聴の有無のチェック。
歯科検診:あごが小さいことによる歯並びの問題や、虫歯の予防。
ライフステージごとの見通し
乳幼児期
心臓の検査と、哺乳・体重増加の管理が中心になります。
ミルクの飲みが悪い場合は、栄養指導を受けます。
発達の遅れに気づいた場合は、療育をスタートさせます。
学童期
学校生活が始まります。
心臓の状態に合わせて、体育の授業や部活動での運動量を調整します。
学習面でのサポートが必要かを見極め、学校と相談します。
低身長に対する成長ホルモン療法を行うことが多い時期です。
友達との関係の中で、自分の病気や体質について理解を深めていく時期でもあります。
思春期・成人期
最終的な身長が決まる時期です。
二次性徴(体の大人への変化)は通常通り訪れますが、少し遅れることもあります。
大人になっても定期的な心臓の検診は続けます。
職業選択や結婚など、社会生活を送る上での相談も重要になります。ヌーナン症候群1型の方は、多くの場合、自立した社会生活を送っています。
まとめ
ヌーナン症候群1型(PTPN11遺伝子変異)についての解説をまとめます。
- 病気の本質: PTPN11遺伝子の変異により、細胞の成長スイッチが入りやすくなっているRASオパチーの一つです。
- 主な特徴: ヌーナン症候群の中で最も頻度が高いタイプで、肺動脈弁狭窄症、低身長、特徴的な顔立ちが三徴候です。
- 予後: 心臓や成長の管理は必要ですが、適切な治療により予後は良好であることが多く、社会生活への適応も良好です。
- 管理の要点: 定期的な心臓のチェック、成長ホルモン療法、必要に応じた療育が中心となります。
