医療が高度に発達した現代の日本において、多くの人々が「過去の病気」として完全に忘却していた、ある恐ろしい感染症が現在、過去最悪のペースで急増しているという事実をご存知でしょうか。かつて歴史の教科書や古い文学作品の中でしか見かけることのなかったその病気は、今や決して他人事ではなく、私たちのすぐ身近なところまで静かに、しかし確実に迫ってきているのです。
この病気が何よりも恐ろしいとされている最大の理由は、大人が感染した際に見られる初期の症状が一時的なものであり、非常に気づきにくいという点にあります。そのため、本人が感染の事実に全く気が付かないまま日常生活を送り、大切なパートナーにうつしてしまうケースが後を絶ちません。そして、さらに深刻な事態をもたらすのが「妊娠中の女性への感染」です。お腹の中にいる罪のない赤ちゃんの元へとひとたび病原体が侵入してしまうと、取り返しのつかない重篤な奇形を抱え込ませてしまったり、深刻な知的障害を引き起こしたり、最悪の場合には胎児の死を招くという、まさに破滅的な結果を引き起こしてしまいます。
本コラムでは、最新の感染報告データが示す生々しい現実を基に、この忘れ去られた脅威の正体を解き明かします。そして、お母さんになる方々やそのご家族が、知らないうちに感染を広げ、一生消えない後悔を背負うことのないよう、その巧妙な病態、具体的な症状の進み方、そして赤ちゃんを守るための確実な対策と最新の医学的知見を、専門医の視点から徹底的に解説していきます。
まず、私たちが直面している事態がいかに異常で危機的な状況であるかを理解するために、近年の日本国内における実際の報告人数とその推移に目を向けてみましょう。
感染症の報告数は、ここ数年で驚くべきスピードで右肩上がりの上昇を続けています。具体的な数値を追っていくと、その深刻さが浮き彫りになります。
これらのデータを大局的に見渡すと、わずか10年間という極めて短い期間の中で、国内の感染者数が約10倍以上という信じられない倍率にまで跳ね上がっている という恐るべき事実が浮かび上がってきます。「自分たちには関係のない、どこか遠くの世界の出来事だ」と言い切ることは、この数字を前にしてはもはや不可能です。今や日本に暮らす誰もが、何らかの形で感染リスクと隣り合わせにある時代に突入しているのです。
この爆発的な感染拡大の背景には、特定の年齢層や性別、そして地域ごとに顕著に現れている「明確な傾向」が存在します。統計に現れた人口統計学的な動向を詳しく分析してみましょう。
男性の感染報告に注目すると、グラフは14歳という非常に若い年齢層から少しずつ立ち上がり始めます。そして20歳を迎える頃になると、感染者の数は一気に増加します。特筆すべきはそこからの推移です。男性の場合、20代でピークに達した後に急激に減少するのではなく、30代、40代、さらには50歳から54歳といった中高年層に至るまで、グラフが非常にフラット(平坦)な状態で高く維持されたまま、幅広い年齢層にわたって存在し続けているという特徴があります。
一方で、女性の感染動向は男性とは全く異なる急峻なカーブを描いています。女性の場合は、15歳から19歳のティーンエイジャーの時期からドカンと爆発的に感染者が増え始めます。そして、全年齢層の中で最も報告数が多くなるピークが 20歳から24歳 という非常に若い世代に集中しているのです。その後、25歳から29歳、30代前半(34歳くらいまで)にかけては徐々に減少していくという、若い年齢層への圧倒的な偏りが明確な特徴となっています。
ここでお気づきの通り、女性の感染ピークである「10代後半から30代前半」という時期は、女性にとっての妊娠・出産の適齢期、すなわちライフステージにおける最も重要な時期と完全に重なり合っています。これが、産婦人科医療や胎児への影響において、今最も警戒されている最大の理由なのです。
また、地域的な特徴として、この病気は圧倒的に「大都心」に多く発生していることが分かっています。報告数が突出して多いのが 東京都 と 大阪府 です。これらに加えて、神奈川県 や 福岡県 といった、人口が密集し、人々の往来や交流が極めて活発な大都市を有する都道府県において、感染者の大半が確認されています。都市部における人と人との接点の多さや行動パターンの多様化が、感染拡大の強力なエンジンになってしまっている現状が窺えます。
これほど近代化され、衛生環境も整っているはずの現代日本において、なぜこれほどまでに感染が急拡大してしまったのでしょうか。その背景には、人間の心理的な油断と、社会的な環境の変化が複雑に絡み合っています。
第一の理由として挙げられるのが、冒頭でも触れた「まさか自分がそんな病気になるはずがない」という人々の思い込みと、病気そのものに対する認知の低さです。多くの現代人にとって、その病名は、あたかも「狂犬病」と同じように、遠い昔に根絶されたか、あるいは日本国内にはほとんど存在しない特殊な病気であるかのようなイメージで捉えられていました。 「昔の病気だから、今の自分たちの日常生活のすぐそばにあるわけがない」という根強い油断があるため、病気に対する正しい警戒心や予防意識が社会全体で著しく希薄になっていたのです。
第二の理由は、この病原体が持つ極めて巧妙でタチの悪い性質にあります。詳しい症状は後述しますが、この病気は感染した後に身体に一定の症状が現れても、医療機関を受診せず、何の治療も施さないままであっても、しばらくすると綺麗に症状が消えてなくなってしまう のです。 身体に異変が起きても、それが数週間で自然に治ってしまうため、多くの人は「たまたま体調が悪かっただけだろう」「ちょっとした皮膚の荒れやデキモノだったが、もう治ったから大丈夫だ」と勘違いし、完治したものと思い込んでしまいます。しかし、表面上の症状が消えたからといって、原因となっている菌が体内から消滅したわけでは決してありません。菌は血液や組織の中に潜み続け、本人が「もう治った」と完全に安心しているその裏で、水面下でパートナーや周囲の人々へと次々に感染を広げていくという恐ろしい循環を生み出しているのです。
第三の理由として、近年のテクノロジーの発展に伴う男女の出会い方の変化が挙げられます。マッチングアプリやSNSの普及により、見知らぬ男女が以前よりも圧倒的に容易に、かつスピーディーに出会うことができる環境が整いました。これにより、従来の人間関係の枠を超えた広範囲な感染経路が形成されることとなりました。
さらに、ここに「コロナ禍の終焉」という決定的な時期の要因が加わります。2022年頃を中心とした新型コロナウイルスの世界的な大流行の最中は、徹底した外出自粛や行動制限が行われていたため、人々が外に出歩く機会そのものが激減し、それに伴って男女の接触やこの感染症の拡大スピードも一時的に一定の枠内に抑えられていました。しかし、コロナ禍が明け、人々が再び自由に行動し、夜の街や外出先へと一斉に繰り出すようになってから、堰を切ったように感染者が急増し、現在の「過去最悪のペース」へと繋がってしまったのです。
これまで伏せてきたこの恐ろしい病気の正体、それこそが 「梅毒(ばいどく)」 です。 梅毒は「梅毒トレポネーマ」という病原体によって引き起こされる感染症であり、その症状は時間の経過とともに第1期から後期へと段階(ステージ)を経て、驚くほど巧妙に姿を変えながら進行していきます。その具体的なタイムラインと症状の特徴を詳しく見ていきましょう。
梅毒の菌が身体に侵入した後、最初に現れるのが「第1期」の症状です。 主な症状として、菌の侵入経路となった 性器や口の周り、唇などに、コリコリとした非常に硬いしこり(初期硬結) が形成されます。このしこりの最大の特徴は、「全く痛まない」 という点にあります。通常、身体に異物やしこりができれば痛みや痒みを伴うため、異常に気づいて病院へ行く動機が生まれますが、梅毒のしこりは痛みが全くないため、見過ごされたり放置されたりしがちです。まれにしこりの中心が崩れて浅い潰瘍(硬性下疳)になることもありますが、それでも痛みはほとんどありません。
そして前述した通り、このデキモノやしこりは、特別な治療を全く行わなくても、2〜3週間ほどが経過すると自然に消えてなくなってしまいます。 特にデキモノができた場所がデリケートな部分である場合、多くの人は「病院に行くのが恥ずかしい」「泌尿器科や産婦人科を受診して、何か不都合なことを言われたら嫌だな」と躊躇しているうちに症状が消えてしまうため、「あぁ、病院に行かずに済んで良かった、自然に治ったな」と完全に誤解して放置してしまうのです。これが第1期の恐ろしい罠です。
第1期の症状が綺麗に消失してから、およそ3ヶ月ほどが経過すると、病態は「第2期」へと移行します。 この段階になると、菌は局所から血液に乗って全身へとくまなく広がり始めます。その結果、手のひらや足の裏、あるいは全身の皮膚や粘膜にかけて、「バラ疹(ばらしん)」と呼ばれる、まるでバラの花の色のような淡い赤い色の発疹 が一斉に、バラバラと広がって出現します。
しかし、この第2期の全身発疹もまた、しばらく時間が経つと自然にスッと消えていってしまいます。 この発疹が出た際、たまたま皮膚科を受診したとしても、本人が医師に対して「数ヶ月前に性器にしこりがあった」といった具体的な事情を恥ずかしがって話さなかったり、風俗店の利用やマッチングアプリでの出会いといった背景を隠したりすると、医師側もまさか現代において梅毒であるとは真っ先に疑わないケースがあります。麻疹(はしか)や、その他の一般的なウイルス性疾患、アレルギー性の皮膚炎など、似たような発疹を呈する病気は他にも無数に存在するからです。そのため、医療機関でも見落とされ、「一般的な皮膚炎でしょう」と軟膏を処方され、それを塗っているうち、あるいは放置しているうちに自然に発疹が消えてしまうため、ここでもまた治療のチャンスを逃すことになります。
第2期のバラ疹が消えた後は、目立った症状のない「潜伏梅毒」の期間が何年、何十年と続くことになります。この間も菌は体内で確実に組織を蝕んでおり、適切な治療を行わずに放置され続けた場合、感染から数年〜数十年という長い年月を経て、脳、心臓、大血管、中枢神経系といった、人間の生命維持に関わる最重要の機関が次々と破壊されていく ことになります。
抗菌薬(抗生物質)という画期的な医薬品が存在しなかった昔、それこそ江戸時代などの過去の時代においては、梅毒にかかるということは、最終的に狂気や肉体の崩壊を経て死に至る「不治の病」「死の病」として恐れられていました。現代の私たちは、幸いにも医学の恩恵を受けていますが、病原体そのものの恐ろしさは昔から何も変わっていないのです。
治療せずに放置した場合の末路はあまりにも悲惨ですが、その一方で、現代医学における梅毒の「治療そのもの」の実態について正確に知っておく必要があります。
結論から申し上げますと、現代において梅毒の治療自体は、決して難しいものではなく、非常に簡単に行うことができます。
原因が「梅毒トレポネーマ」という細菌であることが分かっているため、医学的に開発された 抗菌薬(抗生物質) を使用すれば、確実に菌を退治することが可能です。 医療機関で簡単な採血(血液検査)を行えば、体内に梅毒の抗体があるかどうか、また現在どれほどの感染力を持っているのかといった具体的な数値がすぐに、そして明確に判明します。もし検査で陽性と診断された場合は、医師の指示に従って抗菌薬を処方してもらい、それを約1ヶ月間にわたって適切に内服したり、あるいは海外などで広く一般的に行われている「ペニシリン系の筋肉注射」をドンと1回打つだけで、体内の菌を完全に死滅させて綺麗に治しきることができます。
かつて世界を震撼させた「エイズ(HIV)」などの、現代でも完全なウイルス根絶が極めて難しい疾患と比較すれば、血液検査で即座に発見でき、抗菌薬一発で完治させられる梅毒は、医学的には決して「コントロールできない怖い病気」ではありません。
それにもかかわらず、なぜこれほど社会問題化しているのか。それこそが、「自分が感染していることを誰も知らないまま、無症状、あるいは症状の消失によって油断し、検査すら受けずに放置され、その間に周囲へ移し、かつ妊婦を通じてお腹の赤ちゃんへと感染が波及していく」 という、発見と認知のプロセスにこそ致命的な盲点があるからなのです。
本コラムの核心であり、すべての妊婦さんやこれから親になる方々に最も強く知っていただきたいのが、お母さんの体内にある梅毒の菌が引き起こす 「先天梅毒(せんてんばいどく)」 というあまりにも過酷な悲劇についてです。
大人の場合は、たとえ感染しても前述の通り抗菌薬の治療で比較的容易に完治させることができます。しかし、妊娠中のお母さんが体内に梅毒の菌を保有したまま、適切な治療を行わずに妊娠期間を継続してしまった場合、状況は一変します。梅毒トレポネーマは、お母さんと赤ちゃんを繋ぐ唯一の命綱である 「胎盤(たいばん)」のフィルターを容易に通過し、お腹の中の赤ちゃんへと直接感染(胎内感染) してしまうのです。
まだ免疫も組織も未発達な胎児の身体に、血液を通じて大量の梅毒の菌が流れ込むと、赤ちゃんの全身の骨、内臓、そして脳や神経といったあらゆる重要組織が文字通り容赦なく破壊されていきます。これが「先天梅毒」と呼ばれる病態であり、生まれてくる子どもに以下のような、一生涯にわたって消えることのない極めて重得な行為症や奇形を背負わせることになります。
先天梅毒の代表的な奇形として知られるのが、発見者の名をとって名付けられた「ハッチンソン歯」と呼ばれる歯の変形・欠損です。乳歯から永久歯に生え変わる際、あるいは歯の形成期に菌が組織を侵すため、生まれた子どもの歯の先端が半月状に大きく凹んでしまったり、ノコギリの刃のようにギザギザになったり、あるいは特定の歯が最初から欠損して生えてこなくなったりするという、顕著な形態異常が現れます。
もう一つの特徴的な身体的奇形が「サドルノーズ(鞍鼻:あんび)」と呼ばれる鼻の変形です。梅毒の菌が赤ちゃんの鼻の奥にある軟骨や骨の組織を溶かしてしまうため、鼻の根元(鼻梁)が内側へと激しくへこんでしまい、まるで馬に載せる「鞍(サドル)」のような形に潰れて変形してしまいます。顔の中心にある鼻の骨が物理的に失われてしまうため、外見的にも一生残る極めて重大な変形となります。
さらに恐ろしいのは、外見的な奇形に留まらず、子どもの内面や五感の機能までをも根底から破壊してしまう点です。菌が赤ちゃんの聴覚を司る内耳や脳神経を深く侵すことにより、成長の過程で 「難聴(耳が聞こえなくなる障害)」 が引き起こされます。これに加えて、中枢神経系全体が甚大なダメージを受けるため、深刻な 「知的障害」 を一生の随伴症状として抱え込むことになってしまいます。
このように、先天梅毒が子どもに与えるダメージは、大人の一時的なしこりや発疹とは比較にならないほど、あまりにも残酷で、一生涯にわたって取り返しのつかない重い負担を強いるものなのです。

幸いなことに、現在の日本における一般的な産婦人科医療の体制においては、この先天梅毒の悲劇を防ぐための強力な防衛線が張られています。
通常、女性が妊娠を自覚し、産婦人科の門を叩いて正規の「妊婦健診」を受けるようになると、初期の非常に早い段階で、超音波(エコー)検査と並んで必ず総合的な血液検査(採血スクリーニング)が実施されます。この初期健診の採血において、日本の全ての産婦人科では、梅毒の有無を調べる検査項目が絶対に、100%含まれています。 調べないということはまずあり得ません。
そのため、きちんとした医療機関で定期的に健診を受けてさえいれば、お母さん自身が全くの無症状であっても、あるいは過去の感染に気づいていなくても、スクリーニング検査によって確実に梅毒の陽性反応をキャッチすることができます。万が一陽性が出たとしても、お腹の赤ちゃんに深刻な影響が及ぶ前の妊娠初期〜中期の段階で、安全な抗菌薬による治療を開始すれば、お母さんの体内から菌を駆逐し、赤ちゃんへの胎内感染を高確率で完璧に防ぐことができるのです。
しかし、ここに現代の医療制度における非常に大きな「死角」が存在します。それがいわゆる 「未受診妊婦(とつぜん出産)」 の問題です。
世の中には、経済的な困窮、社会的な孤立、あるいは予期せぬ妊娠によるパニックや、自身の妊娠そのものに長期間まったく気が付かないといった様々な理由から、母子手帳も受け取らず、一度も産婦人科の妊婦健診を受けないまま妊娠後期を迎えてしまう女性が一定数存在します。 過去の医療現場の実際のケースでも、ある女性が「激しいお腹の痛みを訴えて、救急車で緊急搬送されてきた」という事例がありました。医療スタッフは当初、急性の腹痛を疑いましたが、搬送されてきたその場でなんと陣痛が始まっており、そのままいきなり出産に至ったのです。その女性は、自分が妊娠していることすら搬送されるその瞬間まで本当に知らなかったといい、もちろん産婦人科への通院歴も、母子手帳の交付も、事前の血液検査も一切受けていませんでした。こうした20年、30年前から現在に至るまで散発的に起きている「未受診のままの突発的な出産」のケースに該当する妊婦さんこそが、検査の網の目から完全に漏れてしまい、結果として先述した「先天梅毒」を抱えた赤ちゃんをこの世に産み落としてしまう、最もハイリスクな対象となってしまっているのです。
梅毒の急増を巡る議論の中で、私たちが絶対に捨て去らなければならない、もう一つの非常に根深い問題があります。それが、「梅毒というのは、風俗店で働いている女性や、そういったお店を頻繁に利用している一部の男性だけが罹る 特殊な病気だろう」という、強烈な偏見と誤解 です。
実際の医療統計データ(2025年などの詳細な利用歴アンケート調査結果)を見ると、この固定観念がいかに的外れで危険なものであるかが科学的に証明されています。
感染が確認された男性の患者たちに対して行われたアンケート調査によると、風俗店などのいわゆる「性風俗産業の現場で働いていた(従事歴あり)」と答えた男性は、全体の数値から見れば驚くほどわずかしか存在しません(具体的な内訳の例として、従事歴「あり」が39人であるのに対し、「なし」と答えた人は1,093人にのぼります)。
では、そういったお店の「利用歴(お客さんとして行ったことがあるか)」はどうでしょうか。アンケートの結果を見ると、大半の期間において「利用歴あり」と答えた男性が65人程度であったのに対し、「そのようなお店は一度も利用したことがない」とはっきりと回答した男性が528人 という、圧倒的多数を占めているのです(中には回答を保留した「不明」の人も一定数含まれており、ここはやや疑わしい部分もありますが)。 このデータが意味することは極めて明快です。梅毒に感染している男性の大部分は、風俗店などに一切出入りしていない、ごく普通の一般的な男性たちである ということです。
一方で、女性の患者側のデータを見ると、そういったお店に「従事していた(働いていた経験がある)」と答えた人の割合は、男性に比べれば多く、おおむね全体の半分弱程度を占めています。そして残りの半分強は、そういった仕事とは全く無関係な一般の女性たちです。また、女性側が「お客さんとしてお店を利用したことがあるか」という質問に対しては、当然ながら利用歴はほぼ皆無という結果が出ています。
これらのアンケート結果を総合して導き出される真実は、現代の梅毒は決して「特定の夜の街や、特殊な環境の中だけで完結している病気ではない」ということです。 始まりは一部の環境であったとしても、すでに感染はそこを完全に飛び越え、マッチングアプリやSNS、あるいは日常のサークルや合コン、ごく普通の恋愛関係といった、一般的な男女の交際ルートの中で、日常的に、そして凄まじい勢いでうつし合っている のが、現在の爆発的な急増の本当の実態なのです。
ですから、「自分のお付き合いしているパートナーは、真面目な人だし、風俗店なんかに行くようなタイプでは絶対にないから100%安全だ」と思い込むことは、現代においては全く通用しない、極めて危険な盲信となります。相手に悪意や自覚がなくても、過去の交際関係などから知らず知らずのうちに菌を保有してしまっている可能性は十分にあり得るのです。
このリスクを確実に回避するための最もシンプルで効果的な対策は、「新しいパートナーとお付き合いを始める前や、子作りを意識した段階で、お互いに一度、ブライダルチェックなどの血液検査を気軽に受けに行くこと」 です。血液を一杯採るだけの簡単な検査で、現在感染しているかどうか、感染力があるかどうかの数値がすぐに100%判明します。お互いの「綺麗で健康な身体であること」を確認し合ってから関係を進めることこそが、現代を生きる大人の最高の優しさであり、未来の家族を守る唯一の確実な方法なのです。
最後に、梅毒の治療を受けることになった際、あるいは医療知識として絶対に知っておくべき、劇的で少し驚くべき身体の反応について解説しておきましょう。テレビの医療ドラマなどで、梅毒の治療薬を投与された患者が、その直後に突然の異変に見舞われるシーンを見たことがある方もいるかもしれません。
実は、梅毒の菌が体内に広く蔓延している状態の患者に対して、効果的な抗菌薬(抗生物質)の注射をドンと打ったり、内服薬を投与したりすると、治療を開始したまさにその直後(数時間以内)に、「39度近い激しい高熱」「身体がガタガタと激しく震える悪寒」「猛烈な頭痛」「激しい筋肉痛」、そして「全身のバラ疹(発疹)が一時的に真っ赤に激化する」 という、まるで病状が最悪に悪化したかのような凄まじい初期症状が現れることがあります。
初めてこの症状を経験した患者は、「薬のせいでとんでもない副作用が起きた」「体に合わない毒を盛られたのではないか」とパニックになってしまうことがよくあります。しかし、これこそが医学の世界で 「ヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応(Jarisch-Herxheimer reaction)」 と呼ばれる、極めて正常で、むしろ薬が劇的に効いている証拠とされる現象なのです。
この反応が起きるメカニズムは非常に明快です。梅毒の原因菌である梅毒トレポネーマは、非常に強力に身体を蝕む一方で、実は「抗菌薬に対しては信じられないほど打たれ弱く、非常に脆い」という性質を持っています。そのため、体内に強力な抗菌薬が投入されると、血液や組織の中にいた無数の菌たちが、一斉に、かつあっという間に一網打尽にされて死滅します。 菌がその場で一気に大量に破壊される際、彼らが細胞の内部に持っていた独自の 「毒素(エンドトキシンなど)」が、一度に大量に血液中へと放出され、体内を激しく巡る ことになります。この、死滅した菌から放出された大量の毒素に対して、人間の身体の免疫システムが過剰に、かつ劇的に反応を返すため、一時的な超高熱や震え、頭痛といった嵐のような症状となって表面化するのです。
このヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応は、決して珍しいレアケースではなく、初期梅毒の患者が治療を開始した際、なんと約50%から90%という極めて高い確率で日常的に発生する ことが分かっています。事前にこの知識を持っていないと、治療を途中で怖がってやめてしまうといった致命的な間違いに繋がりかねません。「抗菌薬を打たれたら、39度くらいの熱や激しい震えが出るかもしれないけれど、それは体内の菌が一斉に死んでいる最高のサインであり、一時的なものだ」ということを、お守りがてら知識としてしっかりと頭の片隅に置いておいてください。
過去の病気と侮られ、現代の日本で密かに、そして過去最悪のペースで猛威を振るっている「梅毒」。大人の症状が「痛まない」「放置しても一瞬で消える」という巧妙な罠を持っているからこそ、人々は気づかぬうちに感染の拡大に加担し、その最大の刃は、何も罪のないお腹の中の赤ちゃんへと向けられることになります。
胎盤を通じて赤ちゃんに遺伝・感染する「先天梅毒」がもたらすハッチンソン歯、サドルノーズ、難聴、知的障害という行為症の数々は、親にとっても、そして生まれてくる子どもにとっても、あまりにも重く過酷な一生の試練となります。
しかし、私たちはこの病気を過剰に恐れる必要はありません。なぜなら、梅毒は「血液検査で簡単に見つけることができ、抗菌薬の投与で確実に完治させられる」という、医学的な必勝法がすでに確立されている病気だからです。
防ぐべき最大の敵は、病原体そのものというよりも、私たちの心の中にある「風俗に行く人だけの病気だろう」という偏見や、「自分は関係ない、健康だから大丈夫」という根拠のない油断、そして病院に行くのを恥ずかしがる気持ちにあります。ごく普通の男女交際の中で広がっている今だからこそ、妊娠を考えているすべての女性、そしてそのパートナーである男性が対等に正しい知識を学習し、お付き合いの始まりや妊娠初期の段階で躊躇なく血液検査(スクリーニング)を受けること。そして万が一の未受診妊婦を社会からなくしていくこと。この、大人のほんの少しの勇気と正しい行動の積み重ねこそが、未来のあなたと、これから生まれてくる可愛い赤ちゃんの健やかな命、そして家族の永遠の笑顔を守るための、最も確実で決定的な鍵となるのです。
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