「秋田県民は日本一汗っかきである」——人気テレビ番組『月曜から夜ふかし』などで紹介され、SNSでも話題となったこの説。にわかには信じがたいかもしれませんが、実はこれ、単なる都市伝説や思い込みではありません。
株式会社ユーグレナが実施した遺伝子解析データの調査によると、日本全国で「汗をかきやすい遺伝子」を持つ人の割合を都道府県別にランキングした結果、第1位は秋田県の24.83%でした。次いで第2位が沖縄県(24.49%)、第3位が山形県(23.17%)、さらに島根県、福井県、鳥取県と続きます。
沖縄県が上位にランクインするのは、南国の暑い気候を考えれば納得がいきます。しかし、なぜ雪国であり、夏も比較的涼しいイメージのある秋田県をはじめとする「日本海側」の県域に、汗っかきの人(汗をかきやすい遺伝子を持つ人)が集中しているのでしょうか。
秋田県民の汗っかきの理由を知るためには、まず私たち日本人の遠い祖先、つまり「ルーツ」にまで遡る必要があります。
現在の日本人のルーツは、大きく分けて「縄文系(縄文人)」と「弥生系(渡来人)」の2つの系統が混ざり合って構成されていると考えられています(アイヌ民族などを含めてさらに細分化する説もありますが、基本はこの2大ルーツです)。
この2つのルーツのうち、「汗をかきやすい」「顔の彫りが深い」「体毛が濃い」「耳垢が湿っている(ワキガの体質になりやすい)」といった身体的特徴を強く持っているのは、「縄文人」の系統です。
では、その縄文人は一体どこから日本列島へやってきたのでしょうか。
時代は今から約1万5000年前、地球がまだ全体的に寒かった「氷河期」の終盤にまで遡ります。氷河期が終わるにつれて地球の気温が上昇し、巨大な氷が溶け出して海面が上昇しました。これにより、かつて陸続きだったアジア大陸から日本が切り離され、現在の「日本列島」という島国が形成されていきました。
この時期に、南の方角(現在のインドネシアやフィリピンなどの東南アジア方面)から、海を渡って船で日本列島へとやってきた人々がいます。彼らこそが、縄文人のルーツとなる人々です。
東南アジアという熱帯地域の出身である彼らは、元々「暑い気候に適応した身体」を持っていました。気温が高く過酷な環境下では、大量の汗をかいて体温を効率的に下げなければ命に関わります。そのため、彼らの身体には「汗をたくさんかくことができる遺伝子」が備わっており、それが彼らにとって生存に有利な(生き残りやすい)特質だったのです。
南の島々から黒潮に乗って北上してきた縄文人たちは、二手に分かれて日本列島に上陸・定住していきました。一方は「太平洋側」のルート、もう一方は「日本海側」のルートです。
現代の日本人のDNAを解析し、都道府県別の「縄文人DNAの含有率」をマップ化すると、非常に興味深い偏りが見られます。縄文人の血が最も濃く残っているのは「北海道」と「沖縄県」、そして「秋田県や青森県などの東北地方(特に日本海側)」なのです。逆に、近畿地方周辺は弥生人の血が濃い傾向にあります。
なぜ、当時の縄文人たちは秋田をはじめとする東北地方に多く定住したのでしょうか。
氷河期が終わったとはいえ、当時の地球全体は現在よりもまだ寒冷な環境でした。しかし考古学的な研究によれば、当時の秋田県周辺の平均気温は現在よりも2〜3度ほど高かったと推測されています。
さらに、この地域はブナ林などの豊かな森林資源に恵まれ、海や川での漁業、山での狩猟や採集を行うのに極めて適した、食べ物に困らない理想的な環境でした。「三内丸山遺跡」や「大湯環状列石」といった世界遺産に登録されるような巨大な縄文遺跡が青森県や秋田県に集中しているのは決して偶然ではありません。当時の東北地方(秋田周辺)は、縄文人にとって非常に住みやすい、まさに日本の「首都」とも呼べるような大繁栄エリアだったのです。
もう一つの理由が、東北地方の中央を南北に貫く「奥羽山脈」の存在です。当時は陸路でこの険しい山脈を越えて太平洋側(岩手県や宮城県側)へ移動することは非常に困難でした。
しかし、縄文人は航海術に長けており、船を使った移動や漁業を得意としていました。そのため、彼らは奥羽山脈という天然の壁に阻まれながらも、日本海側の沿岸部を中心とした水運ネットワークを築き、そのエリア内で独自の豊かな文化を長期にわたって発展させていきました。
こうした歴史的・地理的な背景が重なり、秋田県をはじめとする日本海側の地域には、「南国由来の汗っかきな遺伝子」を持つ縄文人の血が、現代に至るまで非常に色濃く受け継がれることになったのです。(「秋田美人」と呼ばれる彫りの深い顔立ちや、肌のきめ細かさも、この縄文の血が強く影響していると考えられています)。
「汗をかきやすい」「耳垢が湿っている」といった縄文人特有の体質は、具体的にどのような遺伝子によって引き起こされているのでしょうか。現代の遺伝学では、その正体が「ABCC11遺伝子」であると特定されています。
人間のDNAは「A(アデニン)」「T(チミン)」「G(グアニン)」「C(シトシン)」という4種類の塩基の配列で構成されています。このABCC11遺伝子の中の「特定の1箇所」の塩基がどうなっているかによって、その人の汗や耳垢のタイプが決定づけられます。
このたった1つの塩基の違い(SNP:一塩基多型)が、体質を大きく左右するのです。
東南アジアからやってきた縄文人の多くは「G型(湿型)」の遺伝子を持っていました。一方、後から大陸(中国や朝鮮半島など、より寒冷な地域)から渡ってきた弥生人の多くは、寒さに適応するために汗をかきにくい「A型(乾型)」の遺伝子を持っていました。
秋田県民に汗っかきが多いのは、この縄文人由来の「G型(湿型)」の遺伝子を持つ人の割合が、全国平均よりも極めて高いためだということが、科学的なデータからも裏付けられているのです。
ここまで読み進めて、「ある疑問」を持った方もいるのではないでしょうか。
「縄文人の血が濃い都道府県のトップは『北海道』である。ならば、なぜ北海道民が汗っかきランキングの上位に入っていないのか?」
DNAの含有率から言えば、北海道民こそが日本で最も汗っかきであっても不思議ではありません。しかし、現実のデータでは北海道は上位にランクインしていません。この矛盾の裏には、「遺伝子」だけでは説明できない「環境(気候)による後天的な身体の適応」という、もう一つの重要なファクターが隠されているのです。
人間の身体には汗を出すための「汗腺(かんせん)」が無数にありますが、そのすべてが常に機能しているわけではありません。実際に活動して汗を出すことができる汗腺を「能動汗腺(のうどうかんせん)」と呼びます。
実は、この「能動汗腺の数(どれくらい汗をかきやすい身体になるか)」は、人間が生まれてから『おおむね3歳くらいまでの間』に過ごした環境の「気温」によって決定されるということが、医学的に分かっています。
一度形成された能動汗腺の数は、大人になってから引っ越しをしても大きく変わることはありません。
ここに、秋田と北海道の明暗を分ける最大の理由があります。
北海道は年間を通じて冷涼な気候であり、夏場であっても極端に気温が上がることは稀です。そのため、縄文人の遺伝子(G型)を持って生まれてきたとしても、幼少期を涼しい環境で過ごすため能動汗腺が発達せず、「遺伝学的には汗っかきの素質があるのに、実際にはあまり汗をかかない身体」に育つのです。
一方の秋田県はどうでしょうか。「東北の雪国だから涼しいだろう」と思うかもしれませんが、実は秋田県の夏、特に内陸部(盆地)の夏は非常に蒸し暑いという特徴があります。これは、夏場に南東から吹く湿った季節風が奥羽山脈を越えて吹き下ろす際に、乾燥した高温の風に変わる「フェーン現象」が起きやすいためです。
秋田県民は、縄文人由来の「汗をかきやすい遺伝子」を受け継いでいることに加えて、「幼少期(3歳まで)に、フェーン現象による厳しい夏の暑さを経験する」という環境要因が見事に合致したのです。
【遺伝(縄文DNA)】 × 【環境(暑い夏による能動汗腺の発達)】
この2つの条件が完璧に揃った結果として、秋田県民が「日本一汗っかき」という見事なタイトルを獲得することになったのです。

「秋田県民は汗っかき」という一つの雑学的な話題を深掘りしていくと、そこには壮大な歴史と科学のドラマが隠されていました。
私たちが普段何気なく感じている「体質」や「見た目の特徴」。それは単なる偶然ではなく、遠い祖先たちが過酷な自然環境を生き抜いてきた証であり、何万年という時間をかけて受け継がれてきた「DNAからのメッセージ」なのです。
人間の身体や遺伝の仕組みを知ることは、自分自身のルーツや歴史を知ることに直結します。今回の秋田県民の汗のお話が、遺伝学の面白さに触れるきっかけになれば幸いです。
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