「食事に気をつけているのに痩せない」「抜け毛が気になってきた」「将来、認知症にならないか心配だ」。私たちが日々の生活で抱えるこのような身体的・健康的な悩みは、努力不足や加齢だけが原因ではないかもしれません。実は、人間の体質や将来の健康リスクの多くは、生まれ持った「遺伝子」によってある程度決まっていることが最新の医学研究で明らかになってきています。
遺伝子とは、人間の体の根本を作るいわば「設計図」です。この設計図に書かれている内容によって、私たちの身体的な運命が強い影響を受ける傾向があります。本コラムでは、「遺伝による影響が強い体質トップ3」について、詳しく紐解いていきます。遺伝という「変えられない運命」を知ることは、決して絶望するためではなく、現代の医療や予防医学を活用して「より健康な未来を切り拓く」ための第一歩となります。
遺伝による影響が強い体質の第3位は「肥満(体型)」です。身長ほどではないものの、体重や体型も遺伝的要素を強く受けることが分かっています。2024年のJAMA Networkの論文等の研究によると、一般的な肥満の40%〜70%、さらに重度の肥満に限れば60%〜80%が遺伝的要因であると指摘されています。
肥満が引き起こされるメカニズムには、主に「食欲ホルモンへの感受性」「基礎代謝(エネルギー効率)」「脂肪の蓄積のしやすさ(部位)」という3つのファクターが関係しており、これらすべてに遺伝子が深く関わっています。
人間の食欲は、脂肪細胞から放出される満腹ホルモン「レプチン」と、胃から放出される空腹ホルモン「グレリン」によってコントロールされています。肥満の「横綱」とも呼ばれる第16番染色体上の『FTO遺伝子』に変異(SNP:一塩基多型)がある人は、脳の視床下部などにおける食欲や報酬系のコントロールが乱れやすい傾向にあります。具体的には、空腹ホルモンが高くなり、満腹ホルモンが効きにくくなるため、無意識のうちに1日あたり100〜200kcal(おにぎり1個・ご飯一膳分程度)を余分に摂取してしまうと言われています。1日200kcalの過剰摂取は、1ヶ月(30日)で6000kcalとなり、脂肪1kgが約9000kcalであることを踏まえると、毎月約0.7kgずつ太りやすくなる計算になります。 また、第18番染色体上にある『MC4R遺伝子』に変異がある場合、満腹ホルモンの指令を受け取る「スイッチ」が壊れているような状態になり、どれだけ食べても脳が満足せず、食べ続けてしまう原因となります。
第8番染色体にある『ADRB3遺伝子』は、脂肪が燃焼しやすいという指令を受け取る窓口の役割を果たしています。この遺伝子に変異がある人は、内臓脂肪が蓄積しやすい「リンゴ型」の体型になりやすいとされています。(ちなみに女性は皮下脂肪がつきやすい「洋ナシ型」、男性はお腹が出る「リンゴ型」になりやすいという全体的な傾向もあります)。日本人の約3割がこの変異を持っていると言われ、この変異があるだけで1日の基礎代謝が約200kcal低下してしまいます。食欲が増す遺伝子と代謝が落ちる遺伝子の両方を持つ人は、1日400kcalの差が生じ、1ヶ月で1kg以上の体重変化に直結してしまうのです。遺伝的に太りやすい体質の方は、この事実を理解した上で、意識的に食欲を制御し、カロリー管理を行う必要があります。
第2位は「薄毛・脱毛」です。男性のAGA(男性型脱毛症)は広く知られていますが、女性にも「FAGA(女性型男性脱毛症)」という症状が存在します。
FAGAは主に更年期以降に発症しやすくなります。閉経を迎えて卵巣機能が低下し、女性ホルモンが減少すると、相対的に男性ホルモンの影響が強くなります。これまで女性ホルモンによって守られていた髪の毛が、このホルモンバランスの変化によって薄くなってしまうのです。
男女とわず、薄毛の発症にはX染色体上にある『AR遺伝子(アンドロゲン受容体遺伝子)』が関与していることが分かっています。(薄毛の原因は複雑であり、この遺伝子一つだけで全てが決まるわけではありませんが、一定の割合で関与しています)。 このAR遺伝子の中には「CAG」という塩基配列の繰り返し(リピート)領域が存在します。この繰り返しの回数が「21回以下」と少ない人は、アンドロゲン(男性ホルモン)受容体の感受性が高くなるため、薄毛の発症リスクが高いとされています。逆に「26回以上」と多い人は発症リスクが低くなります。 AR遺伝子はX染色体にあるため、「母方の祖父が薄毛である」「母親自身が薄毛である」という場合、この変異を受け継いでいる可能性があるため注意が必要です。
しかし、現在では医療が進歩し、フィナステリドやデュタステリドといった内服薬、ミノキシジルといった外用薬・内服薬を使用することで、ある程度の改善が見込める時代になっています。遺伝だからと諦める必要はありません。

私が選ぶ、遺伝で決まる体質スペックの第1位は「アルツハイマー型認知症」です。脳の神経細胞内に「アミロイドβ」というゴミが蓄積することで発症するこの疾患は、『APOE(アポリポタンパクE)遺伝子』という、コレステロールを運ぶタンパク質をコードする遺伝子の型によって、発症リスクが劇的に変わることが分かっています。
APOE遺伝子には、主にε2、ε3、ε4という3つのタイプが存在します。人間は父親と母親から一つずつ染色体(遺伝子)を受け継ぐため、このタイプの組み合わせを2つ持ちます。
つまり、ε4/ε4を持つ人は、ε2/ε2を持つ人から見れば、100倍以上の確率でアルツハイマーになりやすいということになります。
万が一、自分がε4を保有する高リスク型であったとしても、絶望する必要はありません。生活習慣を見直すことで、脳の萎縮速度を下げ、発症を遅らせることが可能です。 特に重要なのが「睡眠」です。脳内のゴミであるアミロイドβは、寝ている間に掃除されます。7時間から8時間の十分な睡眠をとることで、この清掃作業を促すことができます。その他にも、適度な運動、肥満の防止、喫煙を避けるといった基本的な生活習慣の改善が極めて有効です。
今回ご紹介したように、「肥満・薄毛・アルツハイマー」といった深刻な悩みには、生まれ持った遺伝子が少なからず関与しています。自分の遺伝的な傾向(体質や将来のリスク)を知ることは、自分自身のライフプランや将来設計を考える上で非常に有益な判断材料となります。
近年では、エクソーム解析(遺伝子のうちタンパク質やRNAを作る領域の変異を調べる検査)など、高度な遺伝子検査が身近になってきています。当院でも、ご自身の遺伝子コード(データ)を調べる検査を安価(9,800円等)で提供しており、ご自身のパソコン等を用いてリスクを分析することが可能です。
遺伝で決まる要素があるのは事実ですが、それは「絶対的な絶望」ではありません。現代の医療技術や予防医学を正しく活用し、自分の体質に合った薬の服用や生活習慣の改善(睡眠・運動・食事の管理)を行うことで、症状を改善したり発症を防いだりすることは十分に可能です。ご自身の遺伝的特徴を知り、それを武器にして、より健康で長生きできる豊かな人生を送っていただきたいと願っております。
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