近年、出生前診断の中でも非侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT: Non-Invasive Prenatal Testing)の利用が広がり、妊娠初期の段階で胎児の染色体異常リスクを評価できるようになりました。その中でも最も注目されるのがダウン症(21トリソミー)です。本稿では、ダウン症のNIPTにおける陽性スコアの意味、再検査判断の基準、検査の精度、そして臨床での活用方法について、最新の研究・ガイドラインをもとに詳しく解説します。
1. NIPTとは何か
NIPTは、母体血中の胎児由来遊離DNA(cfDNA)を解析することで、胎児の染色体異常のリスクを非侵襲的に評価する検査です。従来の出生前診断(絨毛検査や羊水検査)は侵襲的であり、流産リスクが伴いましたが、NIPTは採血のみで高精度のスクリーニングが可能です。
NIPTで評価できる主な染色体異常
特にダウン症は出生頻度が高く、妊婦や家族の関心も高いため、NIPTでは優先的に評価されます。
参考:
- Gil MM, Quezada MS, Bregant B, et al. Analysis of cell-free DNA in maternal blood in screening for fetal aneuploidies: updated meta-analysis. Ultrasound Obstet Gynecol. 2015;45:249–266.
2. ダウン症の陽性スコアとは
NIPTの結果は、一般的に「リスク比」または「陽性確率(陽性スコア)」として報告されます。これは、検体中の21番染色体由来cfDNAの割合に基づき、統計的に計算された胎児がダウン症である確率を示します。
陽性スコアの解釈
- 低リスク(Negative): 陽性スコアが基準値未満で、21トリソミーの可能性は極めて低い。
- 高リスク(Positive): 陽性スコアが基準値を超える場合、21トリソミーの可能性が高い。
- 不確定(Borderline / Gray zone): 陽性スコアが明確な基準値に達しない場合、再検査や追加検査が推奨される。
具体的な基準値は検査会社ごとに異なりますが、一般的に1:100未満のリスクは低リスク、1:100以上は高リスクとされることが多いです。
3. 再検査判断の基準
陽性スコアが出た場合でも、必ずしも胎児がダウン症であるとは限りません。NIPTはあくまでスクリーニング検査であり、診断確定ではないため、陽性例では以下の判断が重要です。
3-1. 高リスクスコアに対する再検査
- 再採血によるNIPT再検査
cfDNAの濃度や検体品質の問題で偽陽性が出ることがあるため、同一妊婦で再度NIPTを実施することがあります。 - 侵襲的診断(絨毛検査・羊水検査)
高リスクスコアの場合、流産リスクを承知のうえで確定診断を行うことが推奨されます。
3-2. ボーダーラインスコアへの対応
- 陽性スコアが基準値付近の場合は、再検査によってスコアの安定性を確認します。
- cfDNA比率が低い妊婦(BMIが高い場合など)は偽陰性の可能性もあるため、医師が個別にリスク評価を行います。
参考:
- Benn P, Borrell A, Cuckle H, et al. Prenatal detection of Down syndrome using cell-free DNA in maternal blood: review of clinical performance. Prenat Diagn. 2013;33:159–167.
4. 陽性スコアの影響要因
陽性スコアには複数の要因が影響します。これらを理解することで、再検査の判断がより的確になります。
- 母体由来の要因
- 高BMI:cfDNA濃度が希釈され、スコアが低下する
- 妊娠合併症(妊娠高血圧症候群など):偽陽性の要因となる場合あり
- 高BMI:cfDNA濃度が希釈され、スコアが低下する
- 胎児由来の要因
- 技術的要因
- cfDNA抽出効率、ライブラリ作製の精度
- NGS(次世代シーケンシング)の解析アルゴリズム
- cfDNA抽出効率、ライブラリ作製の精度
5. 臨床での活用と注意点
NIPTの導入により、妊婦の心理的負担や侵襲的検査のリスクを低減することが可能になりました。ただし、以下の点に注意する必要があります。
- 陽性スコアは診断ではない
必ず侵襲的検査で確定診断を行うことが推奨されます。 - 陰性スコアでもリスクゼロではない
偽陰性は稀ですが報告されています。 - 遺伝カウンセリングの重要性
NIPTの結果に基づき、医師や遺伝カウンセラーが適切な説明を行うことが不可欠です。
再検査判断のフローチャート例
- NIPT実施 → 陽性スコア判定
- 高リスク → 侵襲的検査を検討
- ボーダーライン → 再採血または追加NIPT
- 低リスク → 通常妊娠管理

6. ここまでのまとめ
NIPTは妊婦の負担を減らし、早期に胎児のダウン症リスクを把握できる革新的な検査です。しかし、陽性スコアはあくまでスクリーニング結果であり、再検査や確定診断の判断が不可欠です。再検査基準を正しく理解し、医師や遺伝カウンセラーと連携することで、妊娠管理を安全かつ的確に行うことができます。
7. 妊婦や家族が知っておくべき注意点
NIPTを受ける際には、単に陽性・陰性のスコアだけで判断せず、以下のポイントを押さえることが重要です。
- 検査時期
妊娠10週以降に採血することで、胎児由来cfDNAの割合が十分となり、結果の精度が高まります。 - 検査会社ごとの差
NIPTは各社で解析アルゴリズムや陽性スコアの基準が異なるため、結果の解釈に差が生じます。再検査や診断判断を行う際には、医師と検査会社の基準を確認しましょう。 - 双胎妊娠や過去の妊娠歴
双胎妊娠では片方のみ染色体異常がある場合、スコアが中間値となることがあります。また、過去の妊娠で染色体異常があった場合は、遺伝カウンセリングがより重要です。 - 心理的サポート
陽性スコアが出た場合、妊婦や家族に大きな心理的負担がかかります。医師や遺伝カウンセラーとの面談を通じて、正確な情報とサポートを受けることが推奨されます。
8. 今後の展望
NIPT技術は日々進化しており、将来的にはより多くの染色体異常や遺伝子変異を早期に検出できるようになる可能性があります。また、人工知能や機械学習を活用した解析アルゴリズムにより、偽陽性・偽陰性のリスクがさらに低減されることも期待されています。
これにより、妊婦や家族は、より安全かつ確実に胎児の健康情報を把握できるようになり、出生前診断の精度向上と心理的負担の軽減に寄与することができます。
9. 結論
- NIPTはスクリーニング検査であり、陽性スコアは確率指標
- 再検査や確定診断の判断が重要で、医師・遺伝カウンセラーと相談すること
- 陽性スコアに影響する要因として母体・胎児・技術的要因を理解
- 妊婦や家族の心理的サポートも検査の重要な要素
- 将来的には解析精度向上と検査対象拡大が期待される
この情報を正しく理解することで、妊婦や家族はより安心してNIPTを活用でき、ダウン症を含む染色体異常リスクの評価において適切な意思決定が可能になります。
参考文献
・ACOG Committee Opinion No. 682. Screening for fetal chromosomal abnormalities. Obstet Gynecol. 2016;127:e123–e137.
・Benn P, et al. Prenatal detection of aneuploidy using maternal plasma DNA sequencing. Prenat Diagn. 2013;33:159–167.
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