レット症候群(Rett Syndrome)

ぬいぐるみ

レット症候群という診断名を聞き、あるいはその疑いがあると言われ、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。

聞き慣れない病名、そして「進行性」「難病」という言葉に、今は驚きや戸惑い、深い不安の中にいらっしゃるかもしれません。インターネットで検索すると、古い情報や厳しい症状の記述ばかりが目につき、胸を痛めている方も少なくないでしょう。

しかし、どうか知っておいてください。レット症候群の研究は近年、飛躍的に進んでいます。かつてはコミュニケーションが取れないと思われていましたが、現在は「視線」を使って豊かに意思を伝えられることがわかっています。また、世界中で治療薬の開発も進められています。

お子さんとご家族が、これからの生活を前向きに歩んでいくための道しるべとなれば幸いです。

概要:どのような病気か

レット症候群(Rett Syndrome)は、主に女児(女の子)に発症する神経発達障害の一つです。

1966年にオーストリアの小児科医アンドレアス・レット博士によって最初に報告されました。

発生頻度

およそ1万人に1人の割合で女児に発症すると言われています。これは決して稀な数字ではなく、日本国内にも数千人の患者さんがいると推定されています。男児の例も極めて稀ですが報告されています。

日本の制度

日本では国の「指定難病」および「小児慢性特定疾病」に指定されており、重症度に応じて医療費の助成や福祉サービスを受けることができます。

病気の特徴を一言で言うと

「生後しばらくは順調に育っているように見えるものの、ある時期から手や言葉の機能が失われ、特有の症状が現れる病気」です。

ただし、現代の医学では、単に機能が失われるだけでなく、脳の神経回路の成熟が独特なパターンをたどる「発達障害の一種」であると捉え直されています。

主な症状:4つのステージと特徴的なサイン

レット症候群の症状は、年齢とともに変化していくのが大きな特徴です。この変化は一般的に「4つのステージ(病期)」に分けられます。

ただし、この区分はあくまで目安であり、ステージの期間や症状の程度には個人差が非常に大きいことを覚えておいてください。

第1期:停滞期(生後6ヶ月〜1歳半頃)

生まれた直後から生後6ヶ月くらいまでは、首すわりやお座りなどもでき、一見順調に育っているように見えます。ご家族も異変に気づかないことがほとんどです。

主なサイン

生後6ヶ月を過ぎたあたりから、「おもちゃに手を伸ばさなくなった」「視線が合いにくい」「名前を呼んでも反応が薄い」といった様子が見られ始めます。

運動発達(はいはいや伝い歩き)の遅れが目立ち始めますが、この時期は「少しのんびり屋さんなのかな」「自閉症かな?」と思われることが多く、レット症候群と診断されることはまだ少ない時期です。

頭の大きさの成長が緩やかになり、身体に比べて頭囲が小さくなる(後天的小頭症)傾向が見え始めます。

第2期:退行期(1歳〜4歳頃)

この病気で最も劇的な変化が起こる時期です。数週間から数ヶ月の間に、それまでできていたことができなくなる「退行」という現象が起きます。

手の機能の喪失

おもちゃを掴んだり、指先でつまんだりする機能が失われます。

言葉の喪失

「ママ」「マンマ」など、少し出ていた言葉が消えてしまい、発語がなくなります。

常同運動(じょうどううんどう)の出現

手の機能が失われるのと入れ替わるように、レット症候群に最も特徴的な手の動きが現れます。

手もみ、手を洗うような動作

手を口に持っていく、しゃぶる

手を胸の前で組む、叩く

これらの動きを、起きている間じゅう繰り返すようになります。

その他の症状

歩行が不安定になったり、歩けなくなったりします。

理由のわからない夜泣きや、急に叫び出すような不機嫌(スクリーミング)が見られることがあります。

呼吸のリズムが乱れる(過呼吸や息こらえ)ことがあります。

ご家族にとっては、今までできていたことができなくなるこの時期が、精神的に最もつらい時期かもしれません。しかし、この急速な変化は一時的なもので、ずっと続くわけではありません。

第3期:仮性安定期(2歳〜10歳頃、またはそれ以降)

退行の嵐が過ぎ去り、症状が比較的安定する時期です。この時期は数年から数十年続くこともあります。

コミュニケーションの改善

第2期で見られた自閉的な様子が消え、周囲への関心が高まります。

特に「目」によるコミュニケーション能力が向上し、じっと相手を見つめることで意思を伝えようとする姿が見られます。この強い視線は「Eye Pointing(アイポインティング)」とも呼ばれ、レット症候群の方の大きな魅力であり、能力です。

運動機能

歩けるお子さんは歩行を維持できますが、ぎこちなさが残ることがあります。

手の常同運動は続きます。

合併症の出現

てんかん発作:脳の電気信号の乱れにより、けいれんや意識消失などが起こることがあります。多くのお子さんでこの時期にてんかんが見られます。

側弯(そくわん):背骨が左右に曲がってくる症状です。筋肉のバランスが悪いために起こり、年齢とともに進行することがあります。

歯ぎしり:起きている時に強い歯ぎしりをすることがあります。

第4期:晩期運動機能低下期(10歳以降〜成人期)

身体的な動きの硬さが目立ってくる時期です。

運動機能の変化

筋肉の緊張が高まり(固縮)、関節が硬くなる(拘縮)ことで、動くのが難しくなります。今まで歩けていた方が、車椅子中心の生活になることもあります。

一方で、手の常同運動はこの時期になると少し減ったり、穏やかになったりすることがあります。

知的・感情面

運動機能は低下しても、理解力や感情の豊かさは失われません。むしろ、年齢を重ねて表情が穏やかになり、周囲との関わりを楽しむことができる方はたくさんいらっしゃいます。

「認知機能の退行はない」というのが、現在の医学の定説です。

原因

なぜ、このような変化が起きるのでしょうか。原因は、脳の発達に関わる「遺伝子」にあります。

MECP2遺伝子の変異

レット症候群の患者さんの約90%以上で、X染色体にある「MECP2(メックピーツー)」という遺伝子に変異が見つかります。

MECP2の役割

MECP2遺伝子は、「MECP2タンパク質」という物質を作る設計図です。

このMECP2タンパク質は、脳の神経細胞の中で「他のたくさんの遺伝子のスイッチを調節する(オンにしたりオフにしたりする)」という、指揮者のような非常に重要な役割を担っています。

レット症候群では、この指揮者がうまく働かないため、脳の発達に必要な他の遺伝子の活動調整ができず、神経回路の成熟やネットワーク作りがうまくいかなくなると考えられています。

遺伝について(親から子へ遺伝するのか?)

非常に重要な点ですが、レット症候群のほとんど(99%以上)は、「突然変異(de novo変異)」によるものです。

つまり、ご両親から遺伝したものではなく、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で、偶然に遺伝子の変化が起きたと考えられます。

「妊娠中のお母さんの行動が悪かった」とか「家系のせい」といったことは一切ありません。誰のせいでもないのです。

そのため、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のご家庭とほとんど変わりません(1%以下)。

なぜ女の子に多いのか

女性はX染色体を2本持っています(XX)。男性は1本です(XY)。

MECP2遺伝子はX染色体に乗っています。

女性の場合、片方のX染色体のMECP2に変異があっても、もう片方の正常なX染色体が機能を補うことができるため、生まれてくることができます(ただし症状は出ます)。

男性の場合、X染色体が1本しかないため、MECP2が働かないと生命を維持することが難しく、流産や死産になることが多いと考えられています。そのため、患者さんのほとんどが女性なのです。

医者

診断と検査

診断は、特徴的な症状の観察と、遺伝学的検査を組み合わせて行われます。

1. 臨床診断(症状による診断)

国際的な診断基準(Neulらによる基準など)に基づき、医師がお子さんの様子を診察します。

必須基準

今までできていた手の機能の喪失

言葉(発語)の喪失

歩行の異常(または歩行不能)

手の常同運動(手もみなど)の出現

これらの症状に加えて、「生後6ヶ月頃までの正常な発達」や「退行の時期」などを総合して判断します。

2. 遺伝学的検査

血液を採取し、DNAを解析してMECP2遺伝子に変異があるかを調べます。

遺伝子検査で変異が見つかれば診断が確定します。

ただし、典型的な症状があっても、現在の検査技術では遺伝子変異が見つからないケースも数%存在します。その場合でも、症状が基準を満たしていれば、臨床的にレット症候群と診断され、必要な支援を受けることができます。

治療と管理

現在のところ、遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。

しかし、それぞれの症状を和らげる「対症療法」と、能力を引き出す「療育(リハビリテーション)」を行うことで、生活の質(QOL)を大きく高めることができます。

1. 医療的なケア(対症療法)

てんかんの治療

脳波検査の結果に合わせて、その子に合った抗てんかん薬を使用します。発作を抑えることは、脳の発達を守るためにも重要です。

整形外科的な管理(側弯症)

背骨の曲がりが進行しないように、定期的にレントゲンを撮り、必要に応じてコルセット(装具)を作成します。曲がりが強く、内臓への影響が心配される場合は、背骨をまっすぐにする手術を行うこともあります。手術によって姿勢が安定し、座りやすくなる方も多いです。Getty Images

睡眠と呼吸の管理

睡眠障害には睡眠導入剤を使用したり、生活リズムを整えたりします。

呼吸の乱れや、飲み込みの悪さからくる誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)に注意が必要です。

栄養管理

うまく噛めない、飲み込めない(嚥下障害)がある場合、食事の形態を工夫したり、とろみをつけたりします。

十分な栄養が口から摂れない場合や、誤嚥のリスクが高い場合は、お腹に小さな穴を開けて直接栄養を入れる「胃ろう(PEG)」を検討することもあります。胃ろうは「食べる楽しみを奪うもの」ではなく、「体力をつけ、体調を安定させ、安全に口から食べる練習を続けるための土台」として選択されることが多いです。

2. 療育(リハビリテーション)

理学療法(PT)

関節が硬くなるのを防ぐストレッチ、立つ練習、歩行訓練などを行い、身体機能を維持します。

作業療法(OT)

手の常同運動は意思で止められるものではありませんが、肘を固定する装具を使ったり、感覚遊びを取り入れたりして、手の使い方やリラックス方法を探ります。

言語聴覚療法(ST)とコミュニケーション

ここが最も重要なポイントです。

言葉が出なくても、レット症候群の方は「わかって」います。

視線入力装置(アイトラッカー):目の動きでパソコンやタブレットを操作する技術です。手を使えなくても、画面上の文字やイラストを見るだけで、自分の気持ちを伝えたり、ゲームをしたり、絵を描いたりすることができます。

この技術の導入により、多くの患者さんが「お腹すいた」「遊びたい」「これが好き」といった意思表示を明確にできるようになり、ご家族との絆が深まっています。

3. 最新の研究と未来への希望

現在、世界中でMECP2遺伝子の機能を回復させる遺伝子治療や、症状を改善する新薬(トロフィネチドなど)の研究・開発が精力的に進められています。

一部の国では承認された薬も出てきており、日本でも治験や承認に向けた動きが期待されています。医学は日々進歩しており、将来的な治療の選択肢は確実に広がっています。

まとめ

レット症候群についての解説をまとめます。

病気の本質

MECP2遺伝子の変異により、脳の神経回路の調整がうまくいかなくなる発達障害です。

経過

生後6ヶ月頃までは順調ですが、その後、手の機能や言葉が失われる「退行期」を経て、安定期に入ります。

主な症状

手もみなどの常同運動、言葉の喪失、歩行障害、てんかん、側弯など。

知的・感情面

運動機能の障害はありますが、理解力や感情は豊かに保たれています。「閉じ込められた知性」とも表現され、コミュニケーションへの欲求を持っています。

管理

てんかんや側弯の治療、栄養管理、そして視線入力などを活用したコミュニケーション支援が重要です。

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