「うちの子は片時もじっとしていなくて、おしゃべりで1日中エネルギッシュ。本当に元気で活発だなあ」
もしもあなたが、我が子の底知れぬ体力や多動な様子を見てこのように感じているとしたら。そして、その「元気さ」が少し度を越しているように思えることがあるとしたら。それは単なる「活発な性格」ではなく、もしかすると脳からのSOSサイン、あるいは一生を左右する「遺伝子の欠陥」が隠されている可能性があります。
本コラムでは、一見すると「元気すぎる子供」に潜む指定難病「脆弱X症候群(ぜいじゃくエックスしょうこうぐん)」について、感情論ではなくデータと医学的根拠に基づいて詳しく解説していきます。
一見するととても元気で活発な子供。親は「男の子だからこれくらい元気な方がいい」と好意的に受け止め、最初は病気の可能性など微塵も疑わないかもしれません。
しかし、およそ「1万5,000人に1人」の確率で存在する「脆弱X症候群」という遺伝性疾患は、まさにこの「極度な活発さ」や「多動」を初期症状として現すことが多いのです。この病気は遺伝のメカニズム上、圧倒的に男の子に多く発症するという特徴を持っています。
この病気は、X染色体上にある「FMR1遺伝子」という、脳の神経伝達の調整を行う非常に重要な遺伝子に異常が起こることで発症します。
FMR1遺伝子の中には、「CGG(シトシン・グアニン・グアニン)」という塩基配列が繰り返される領域(リピート領域)が存在します。健康な人の場合、このCGGの繰り返し回数は「6回〜44回」程度で安定しています。しかし、この繰り返し回数が異常に伸びてしまい、「200回以上」になってしまうと、脳の機能に重大な影響を及ぼし、病気として発症してしまうのです。
脆弱X症候群は、母親から息子へと遺伝する過程で、非常に興味深い(そして恐ろしい)メカニズムをたどります。
まず、お母さん自身は、このCGGリピート数が「正常よりは多いけれど、病気を発症する200回には満たない状態(例えば50回〜100回程度:前変異状態)」であることがほとんどです。この状態であれば、お母さん自身には何の症状も現れず、自分が病気の原因となる遺伝子を持っていることに気づきません。
しかし、このリピート数は、「数が多ければ多いほど、次の世代(卵子を作る過程)でさらに異常に増幅しやすい」という厄介な性質を持っています。元々6回しかない人は次の世代でもほとんど増えませんが、150回持っているお母さんの卵子では、それが170回、200回以上へと爆発的に増えやすくなるのです。
さらに、人間の性別を決める染色体(女性はXX、男性はXY)の仕組みが、男の子への発症リスクを決定づけます。 お母さんは「X染色体」を2本持っています。仮に1本のX染色体が異常を起こしていても、もう1本の正常なX染色体がカバーしてくれるため、女の子(XX)に遺伝した場合は症状が出にくいか、非常に軽度で済みます。
しかし、男の子(XY)は、お母さんから異常なX染色体を1本受け継いでしまうと、カバーしてくれる予備のX染色体を持っていません。そのため、遺伝子の異常がダイレクトに脳に影響を与え、強く病気が発症してしまうのです。

FMR1遺伝子が機能しなくなると、脳の神経伝達がうまくコントロールできなくなり、以下のような「ADHD(注意欠如・多動症)」や「自閉症スペクトラム(ASD)」に極めて酷似した症状が現れます。
このような症状を示すため、多くの親は最初に「うちの子は自閉症かもしれない」「ADHDではないか」と疑い、専門機関を受診します。そして、医師の勧めで遺伝子検査を行った結果、初めて「自閉症ではなく、脆弱X症候群という遺伝子疾患であった」と判明するケースが多いのです。
では、なぜCGGの繰り返し回数が200回を超えると、FMR1遺伝子が働かなくなってしまうのでしょうか。ここには、近年注目されている「エピジェネティクス(後成的遺伝学)」という現象が深く関わっています。
CGGの領域が異常に長く伸びてしまうと、その部分に「メチル基」という物質が過剰にくっつく「メチル化」という現象が起こりやすくなります。メチル化が起こると、遺伝子を読み取る機能が物理的にブロックされ、その遺伝子のスイッチが完全に「OFF」になってしまいます。
つまり、脆弱X症候群は、遺伝子そのものが破壊されて無くなっているのではなく、異常な長さのリピートと過剰なメチル化によって「遺伝子が機能停止させられている」状態なのです。これは遺伝学的に非常に特殊で興味深いメカニズムですが、かかってしまった本人や家族にとっては非常に過酷な現実となります。
大変残念なことですが、現代の医学において、脆弱X症候群を根本的に治癒させる方法(遺伝子治療など)は確立されていません。一度機能不全に陥ってしまった脳の発達を元に戻すことは難しく、療育や症状を抑えるための対症療法を地道に続けていくことになります。
だからこそ、これから妊娠を望む方にとって重要になるのが「事前の遺伝子検査(キャリアスクリーニングテスト)」です。
もし、あなたのご親族や身の回りに、ADHDや自閉症と診断されている方が多いと感じる場合、それは単なる発達障害ではなく、家系内に脆弱X症候群の遺伝子(FMR1遺伝子のリピート異常)が隠れている可能性があります。
お母さん自身に全く症状がなくても、事前の採血による遺伝子検査で「自分がこの病気の保因者(キャリア)であるかどうか」を調べることができます。自分が保因者であると分かれば、将来生まれてくる男の子に重い症状が出る可能性をあらかじめ予測し、適切な対策や準備を立てることが可能になります。
「元気な男の子」だと思っていた我が子が、実は指定難病の脆弱X症候群であった。この事実に直面した時の親御さんのショックは計り知れません。
発達障害(ADHDやASD)を疑われた場合、東京や大阪のような大都市の高度医療機関であれば、医師が脆弱X症候群を疑って遺伝子検査を勧めてくれるケースが多いです。しかし、地域によっては単なる発達障害として処理され、真の病名が長年見過ごされてしまうことも少なくありません。
親である私たちが「このような病気が存在する」という知識を持っているだけで、子供のSOSに早く気づき、適切な医療(遺伝子検査)にアクセスできる可能性が格段に高まります。
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