「妊娠したら葉酸を飲まなければならない」 「妊娠前から葉酸サプリを飲むのが大切だ」
妊活中や妊娠中の女性であれば、この「葉酸の重要性」について一度は耳にしたことがあるでしょう。実際に、産婦人科でも真っ先に指導される栄養素の一つです。しかし、実はこの葉酸、「お母さんだけでなく、実はお父さん(旦那さん)にも絶対に必要である」という驚くべき事実をご存知でしょうか。
「私は妊娠するわけではないのに、なぜ男の自分が葉酸を飲まなければならないのか?」 そう不思議に思う男性も多いはずです。しかし最新の遺伝学と医学の研究により、父親の葉酸不足が、生まれてくる子供の「自閉症」や「発達障害」のリスクを上昇させる可能性が明確に示唆されています。
本コラムでは、「なぜお父さんにも葉酸が必要なのか?」という疑問に対して、DNAの不思議な仕組み(エピジェネティクス)を交えながら解説していきます。妊活中のご夫婦は、ぜひ最後までお読みいただき、今日から夫婦揃っての葉酸摂取を始めてください。
まず前提として、なぜお母さん(妊婦さん)にとって葉酸が不可欠なのかを簡単におさらいしておきましょう。
妊娠超初期(妊娠6週頃まで)、お腹の赤ちゃんの体内では「神経管」と呼ばれる、将来の脳や脊髄になる極めて重要な器官が形成されます。最初は平らな板状の神経細胞が、くるっと丸まって管(管状)を形成していくのですが、この神経管の形成プロセスにおいて、葉酸が大量に消費され、極めて重要な働きを担います。
もしこの時期に母体の葉酸が不足していると、神経の管がうまく形成されず、「二分脊椎(にぶんせきつい)」や「無脳症(むのうしょう)」といった、赤ちゃんの神経学的な重大な先天性疾患(神経管閉鎖障害)を引き起こすリスクが高まってしまいます。
神経管が形成される妊娠6週という時期は、生理の遅れなどで「もしかして妊娠したかも?」と気づくか気づかないかという、非常に早いタイミングです。妊娠に気づいてから慌てて葉酸を飲み始めても、すでに神経管の形成時期を過ぎてしまっている可能性があるため、「妊娠を計画した段階(妊娠前)から」お母さんが葉酸を十分に摂取しておくことが世界中で強く推奨されているのです。
では、妊娠するわけではないお父さん(旦那さん)にとって、なぜ葉酸が必要なのでしょうか。その答えは、精子が作られる過程で起こるDNAの「メチル化」という現象に隠されています。
私たちの体を作る設計図であるDNAは、A(アデニン)、G(グアニン)、T(チミン)、C(シトシン)という4つの塩基が長く並んだ配列で構成されています。父親の精子と母親の卵子が受精した瞬間、このDNAの並び順(塩基配列)は決定し、一生変わることはありません。
しかし、DNAの配列そのものは正常であっても、その設計図の情報を「どのくらい読み取るか」「どのくらい働かせるか」を調整する「スイッチ」のような機能が存在します。その代表的な仕組みが、DNAの特定の場所にメチル基(M)という小さな分子がくっつく「メチル化」という現象です。
メチル化が起こると、その部分のDNAの働き(遺伝子の発現)が抑制されたり、変化したりします。つまり、同じDNAの配列を持っていても、このメチル化という「二次的な修飾」の入り方によって、細胞の成長や脳の発達の度合いが全く違ってくるのです。これを医学や遺伝学の世界では「エピジェネティクス」と呼びます。
そして、ここからが非常に重要なポイントです。 お父さんの体内で精子が作られる際、このメチル化を正常に行うための材料として「葉酸」が使われているのです。
もしお父さんの体内に葉酸が不足していると、精子が作られる過程でDNAのメチル化が正常に行われなくなってしまいます(メチル化のエラー)。配列そのものは正常でも、スイッチのON/OFFが狂った「エラー状態の精子」が作られてしまうのです。

この「メチル化のエラーを起こした精子」と卵子が受精すると、生まれてくる子供のDNAの働きに異常が生じます。そして、このエラーが最も深刻な影響を及ぼすのが、人間にとって最も高度で複雑な器官である「脳」なのです。
このメカニズムを裏付ける、非常に重要な実験データがあります。 マウスを使った実験で、お父さんマウスを「葉酸を与えたグループ」と「葉酸を与えなかったグループ」に分け、それぞれのお父さんから生まれた子供を比較しました。
その結果、「葉酸を与えられなかったお父さんマウスの精子」には、明確にメチル化の異常(分布の違い)が確認されました。さらに、その精子から生まれた子供のマウスには、顔面の奇形や神経系の異常、代謝系のエラーが高い確率で発生したという論文が報告されています。しかも、一度精子形成時に起きたこのメチル化のエラーは、細胞分裂を繰り返して子供が大きく成長した後も、ずっと消えずに持続してしまうという恐ろしい特徴を持っています。
人間に置き換えた研究データも存在します。 2015年にジョンズ・ホプキンス大学が発表した論文では、自閉症の兆候がある子供の「父親の精子」のDNAを詳細に調査しました。その結果、やはり自閉症の子供を持つ父親の精子には、DNAのメチル化に異常が見られたのです。
これらのデータから、お父さんの葉酸摂取不足による「精子のDNAのメチル化異常」が、生まれてくる子供の脳の神経発達に悪影響を及ぼし、自閉症やADHDなどの発達障害のリスクを上昇させる可能性が強く示唆されています。
では、健康な精子を作り、子供の自閉症リスクを下げるために、お父さんはいつから葉酸を摂取し始めればよいのでしょうか。
男性の体内で新しい精子が作られ、受精可能な状態になるまでには、およそ「約3ヶ月(約70〜90日)」の期間がかかると言われています。つまり、今日射精された精子は、約3ヶ月前から体内で作られ始めていたものなのです。
DNAのメチル化は、この精子が作られ、DNAが複製されていく過程で起こります。そのため、いざ子供を作ろうとタイミングを取る直前になって葉酸を飲み始めても、すでに完成してしまっている精子のメチル化エラーを修正することはできません。
奥さんに妊娠してほしい、健康な子供を授かりたいと考えたならば、「子作り(妊活)を意識し始めた日から、少なくとも3ヶ月前には葉酸サプリの摂取を開始する」ことが理想的です。
お母さんが妊娠6週の神経管形成に間に合わせるために「妊娠前から」葉酸を飲む必要があるのと全く同じ理由で、お父さんも「精子が作られる3ヶ月前」を見越して、夫婦揃って葉酸を摂取する習慣をつけることが、健康な赤ちゃんを迎えるための最も確実な準備となります。
昔は、「DNA(遺伝子)の配列は受精の瞬間に決まるのだから、どんな子供が生まれるか、どんな病気になるかは運命であり、親の努力ではどうしようもない」と考えられていました。
しかし、現在では「エピジェネティクス」の研究が進み、DNAの配列そのものは変えられなくても、葉酸の摂取や、父親の運動不足の解消、肥満の改善といった「生活習慣」によって、精子のDNAの二次的な修飾(メチル化など)を良い状態に改善できることがわかってきています。
つまり、親の健康的な努力によって、遺伝子の「働き方」をコントロールし、子供の人生や健康状態をより良い方向へ導く余地が十分にあるということです。
妊活は決して女性一人で行うものではありません。 「自分は妊娠しないから関係ない」と考えるのではなく、お父さん自身が摂取する栄養素が、未来の我が子の脳の発達や人生に直結しているという事実を深く受け止めてください。今日からご夫婦で一緒に葉酸サプリメントを飲み始め、2人で協力して最高に健康な赤ちゃんを迎える準備を進めていきましょう。
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