日々、産婦人科の外来で多くの妊婦さんたちとお話ししていると、NIPT(新型出生前診断)に関して非常によく受ける質問があります。それは、「そんなに稀にしか起きない病気まで、わざわざNIPTで調べる意味ってあるんですか?」という疑問です。
NIPTを受けるにあたって、調べる疾患の項目を増やすべきかどうか悩む妊婦さんは少なくありません。「確率が低いなら、受けなくてもいいのではないか」「不安を煽るだけではないか」と感じてしまうお気持ちは痛いほどよく分かります。 しかし、結論から申し上げて、たとえ極めて稀な疾患であっても「NIPTで調べる意味は、大いにあります」。
本コラムでは、皆さんが普段からよく耳にする「乳がん検診」や「肺がん検診」といった一般的な健康診断のデータと比較しながら、赤ちゃんが人生で初めて受ける健康診断とも言える「NIPT」の本当の立ち位置や、その圧倒的な検査精度について、他ではなかなか語られない真実を詳しく解説していきます。この事実を知ることで、NIPTに対する見方が180度変わるかもしれません。ぜひ最後までじっくりとお読みください。
NIPTと聞いて、多くの妊婦さんが産婦人科で最初に耳にするのが「13番トリソミー(パトウ症候群)」「18番トリソミー(エドワーズ症候群)」、そして「21番トリソミー(ダウン症候群)」という3つの有名な染色体異常です。多くの場合、「まずはこの3つの疾患だけ調べておけば十分ですよ」という説明を受けることが多いのではないでしょうか。
実際、これら3つの疾患の発生頻度は、お母さんの年齢が上がるにつれて飛躍的に、それこそ指数関数的に増加していくことが医学的に分かっています。 例えば、ダウン症候群(21番トリソミー)の場合、35歳の妊婦さんであれば大体「400人に1人」の確率で発生します。ところが、40歳になるとその確率は「100人に1人」へと急上昇し、さらに45歳になると、なんと「10人に1人」という非常に高い割合にまで増えていくのです。 このように年齢とともにリスクが急激に高まる疾患に対して、事前に検査を受けることの意義は、年齢を重ねるごとにどんどん高くなっていくのは間違いありません。しかし、私たちが直面している胎児の疾患リスクは、決してこの3つのトリソミーだけではないのです。
では、私たちのような遺伝学を専門とするクリニックが注目している「微小欠失症候群」などの疾患は、一体どのくらいの頻度で発生するのでしょうか。 例えば、特定の微小欠失症候群のケースでは「およそ5000人に1人」、また「プラダー・ウィリー症候群」という疾患に至っては「およそ1万5000人に1人」という割合で発生するとされています。
これらの数字を聞くと、先ほどのダウン症の確率(40歳で100人に1人)などと比べて、「なんだ、万単位に1人なら自分には関係ない非常に稀なケースじゃないか」と感じる方が多いでしょう。 そして、こうした稀な疾患に対してNIPTを行った場合、実際に検査で「陽性」と判定され、かつ本当にその疾患を持っていたという人(陽性的中率)の割合は、微小欠失症候群の場合で大体「20%程度」にとどまります。つまり、検査で陽性が出た5人のうち、本当に疾患があるのは1人だけで、残りの4人は結果的に疾患を持っていなかった(偽陽性)ということになります。
この「20%」という数字を聞いて、「えっ、たった20%しか当たらないの?それなら調べる意味がないのでは?」と思う方が大半だと思います。しかし、実はここに今回のテーマにおける最大の「カラクリ」が隠されているのです。この20%という数字は、決して検査の精度が低いことを意味しているわけではありません。
微小欠失症候群の「陽性的中率20%」が果たして低いのか高いのか。これを正しく理解するために、一般的にどこの施設でも検査項目に入っている有名な「13番トリソミー」を例に挙げて考えてみましょう。
実は、13番トリソミーの発生確率も非常に低く、大体「2万人に1人」程度の極めて稀な疾患です。そうすると、この疾患をNIPTで検査した場合の陽性的中率はどうなるでしょうか。驚くべきことに、大体「10%から15%」というレベルにまで下がってしまうのです。あの誰もが調べる13番トリソミーの陽性的中率が、実は微小欠失症候群(20%)よりも低いという事実に驚かれた方も多いのではないでしょうか。
なぜこのような現象が起きるのでしょうか。それは、NIPT検査における「陽性的中率(検査で陽性となった人が、実際にその疾患を持っている割合)」という数字が、検査そのものの精度(システムの良し悪し)によって決まるのではなく、「その疾患がもともと世の中にどのくらいの頻度で存在しているのか(有病率)」によって純粋に左右されてしまう性質を持っているからです。
ここで非常に重要な事実をお伝えします。それは、「NIPTの検査自体の精度は、13番トリソミーを調べようが、18番トリソミーを調べようが、あるいは極めて稀な微小欠失症候群を調べようが、基本的には全く同じである」ということです。
なぜなら、これらを見つけ出すためのロジックやテクノロジーは同一だからです。微小欠失症候群というのは、特定の染色体の「ある領域だけ」がモノソミー(本来2本あるべきものが1本に減っている状態)になっているかどうかを調べる検査です。逆に微小重複症候群であれば、その場所だけがトリソミー(3本に増えている状態)であるかを調べます。 つまり、染色体の全体が増えたり減ったりしているのか、それとも部分的に増えたり減ったりしているのかという違いはあっても、使われているロジックや原理は全く同じなのです。したがって、「13番、18番、21番トリソミーの検査だけは特別に精度が高く、稀な微小欠失の検査は精度が低い」などということは決してありません。すべては、「その疾患の発生頻度」によって陽性的中率が計算上変動しているだけなのです。
この「陽性的中率のカラクリ」をさらに深く理解していただくために、最も有名な21番トリソミー(ダウン症候群)を例にご説明します。
先ほどお話ししたように、40歳のお母さんの場合、ダウン症の赤ちゃんが生まれる確率は「100人に1人」でしたね。これくらい高い頻度で発生する疾患になってくると、NIPTを受けた際の陽性的中率は、なんと「ほぼ100%」に近づきます。 なぜ、100人に1人の疾患だと陽性的中率がそこまで跳ね上がるのでしょうか。ここからが一番重要なポイントです。「検査」というものの本質は、いわば対象者を巨大な網で囲い込み、ギュッと「濃縮」する作業に他なりません。
例えば、NIPTという検査は、全体の中にいる人々を「1000倍近くまでギュッと濃縮してくれるフィルター」のような役割を果たします。 もし、対象となる疾患が「1万人に1人」しかいない稀な病気だったとしましょう。1万人の妊婦さんを集めても、本当の患者さんはたった1人です。この集団にNIPTの網をかけて、ギューッと1000分の1のサイズまで網を縮めていきます(疾患の可能性がない大部分の人を「陰性」としてふるい落とします)。 すると、最後に残った小さな網(陽性群)の中には、1000分の1に圧縮された結果として「10人に1人」程度の集団が残ります。この網の中に、本当に疾患を持つ1人がポツンと閉じ込められている状態になります。つまり、10人に1人が真の陽性となるため、陽性的中率は「10%」となるわけです。これが、「稀な疾患だと陽性的中率が下がる」メカニズムです。
では、もともと「100人に1人」という高い頻度で存在するダウン症(40歳の場合)ではどうなるでしょうか。1万人の妊婦さんを集めると、そこにはすでに100人の患者さんが存在しています。この集団に対して先ほどと同じようにフィルターをかけ、網をギュッと1000分の1に濃縮していくとどうなるか。もはや網の中の水分(陰性の人)はほとんど抜け落ち、最終的に残った網の中には、ほぼ全員が「本当に疾患を持つ人たち」だけが集まることになります。 これが、「ダウン症の場合、陽性的中率がほぼ100%になる」という仕組みです。つまり、40歳のお母さんがNIPTで陽性と判定された場合、それはほぼ確実に真陽性であることを意味するのです。
このように、NIPTという検査は例えるなら「広大な海に大きな網を投げ入れて、それをギュギュギュッと1000分の1のサイズまで縮めて引き上げる作業」です。 どんなに稀な疾患であっても、その疾患の頻度が数万人に1人であったとしても、NIPTのフィルターをかけることによって、その濃度を最大で1000倍近くまで一気に最大圧縮することができます。「1万分の1」の疾患濃度を、「10分の1(10%)」レベルにまで濃縮できるのです。
一つ一つの疾患に関していえば、確かに数万人に1人の確率かもしれません。しかし、それを100種類、1000種類と網羅的に調べていくことによって、NIPTは赤ちゃんにとっての「総合的な健康診断」として絶大な力を発揮します。これこそが、私たちが稀な疾患も調べるべきだと考える最大の狙いなのです。 「色々な疾患を調べすぎると、偽陽性が増えてかえって不安になるのではないか?」と思われるかもしれませんが、健康診断というものは元々そういう性質を持っているものです。その証拠に、私たちが普段から当たり前のように受けている身近な「がん検診」の実態を見てみましょう。
ここで、現在日本という国が強く推奨している「乳がん検診」と比較してみたいと思います。お母さん世代であれば、乳がん検診の受診を必ず勧められているはずです。
今、乳がんに罹患する確率はどれくらいかご存知でしょうか。なんと、40代後半の女性であれば、およそ「250人に1人」が乳がんを持っています。先ほどの微小欠失症候群の「5000人に1人」などと比べれば、圧倒的に頻度が高く、身近な病気であることがわかります。さらに、生涯にわたって乳がんになる確率となると、なんと「9人に1人」という驚くべき多さになります。
では、胸を強く挟んで撮影するレントゲン検査(マンモグラフィなど)の乳がん検診で、「要精密検査(陽性)」となった場合、実際に乳がんであるという「陽性的中率」は何パーセントだと思いますか? 驚くべきことに、その確率はわずか「4%から8%」に過ぎないのです。
発生頻度が250人に1人(生涯では9人に1人)という非常に多い疾患であるにもかかわらず、陽性的中率はたったの4〜8%しかないのです。本来であれば、有病率が高い疾患ほど陽性的中率は跳ね上がるはずなのに、現実の乳がん検診の数字はこの程度に留まっています。それにもかかわらず、国はこの乳がん検診を「推奨」し、広く国民に受けるよう呼びかけています。(全員に精密なCTなどを撮るわけにはいかないため、スクリーニングとして他にやりようがないという現実もあります。)
さらに、レントゲンを用いた「肺がん検診」に至っては、その数字はもっと低くなります。肺がん検診で引っかかった人が本当に肺がんである陽性的中率は、わずか「2%」など、本当に数%の世界なのです。 国が推奨しているため、国民は「絶対に受けなければならない精度の高い検査だ」と思い込んでいますが、冷静に数字だけを見ると、「たった4〜8%、あるいは数%しか当たらないのなら、わざわざ受けてもしょうがないのでは?」と思ってしまう方もいるかもしれません。
それに比べて、NIPTはどうでしょうか。数万人に1人しか存在しないような極めて稀な微小欠失症候群であっても、NIPTの陽性的中率は10%や20%を叩き出します。 なぜ、これほどまでに圧倒的な精度の差が生まれるのでしょうか。その答えはシンプルです。「NIPTが遺伝子検査だから」です。
ただの影を見るだけのレントゲン検査と異なり、NIPTは最先端の遺伝子検査です。そのため、「感度」や「特異度」といった、検査そのものの精度を示す数字がレントゲンとは桁違いに高いのです。もし仮に、乳がん検診や肺がん検診がただのレントゲンではなく「遺伝子検査」で行えるのであれば、同じくらい高い精度を担保できるかもしれませんが、現実のレントゲン検診ではそこまでの精度は出せません。
また、ここがNIPTの本当に凄いところなのですが、この検査は「特異度(疾患がない人を正しく陰性と判定する確率)」が極めて高いのです。先ほどの「網を縮める」作業の際に、網の目から逃げていった細かいお魚さんたち(陰性と判定された人たち)に関しては、「99.99%以上の確率で陰性である(ほぼ確実に疾患を持っていない)」と言い切れるのです。こんなに有益な検査は他にありません。世界中を見渡しても、遺伝子検査としてこれほどまでに大成功を収めているのは、このNIPT検査だけと言っても過言ではありません。

次に、検査に伴う「リスク」と、得られる結果の「重大さ」について考えてみましょう。 スクリーニング検査であるレントゲンは、微量とはいえ放射線を用いるため、被曝のリスクはゼロではありません。一方、NIPTはお母さんの腕から少量の血液を採取するだけですので、お腹の赤ちゃんに対する直接的なリスクは全くありません。
そして何より重要なのが、病気を見つけることの「メリットの大きさ(重大さ)」の比較です。 乳がんや肺がんが見つかることももちろん重大ですが、現代の医療では発見された後も10年、20年と生存し、治療を続けながら通常の生活を送る方も大勢いらっしゃいます。 それに比べて、ダウン症やプラダー・ウィリー症候群といった先天的な重い染色体異常を抱えて赤ちゃんが生まれてくることの「重大さ」はどうでしょうか。これは、ご本人の一生涯の生活の質や、ご家族の人生設計そのものに非常に大きな影響を与える問題です。どちらが重いと一概に比較することは難しいですが、疾患を見つけることのメリットの大きさや、その後の人生に与えるインパクトを考えたとき、私個人の見解としては、肺がんや乳がんを見つけることよりも遥かに大きい意味があると考えています。
NIPTは、「赤ちゃんが生まれて初めて受ける、極めて重要な健康診断」です。これほど精度が高く有益な健康診断が存在しているにもかかわらず、それを行わずに出産を迎えるというのは、現代の医療において非常に勿体ないことではないかと感じてしまいます。
ここまでお読みいただき、NIPTがいかに優れた検査であるかをご理解いただけたかと思います。では、それほど素晴らしい検査であるにもかかわらず、「なぜ日本という国は、乳がん検診のようにNIPTを強く推奨しないのか?」という疑問が湧くことでしょう。
その理由は、検査の精度が低いからでも、医学的価値がないからでもありません。 「人工妊娠中絶」や「命の選別(優生学的な考え方)」という、非常にデリケートな倫理的問題が常に背中合わせになっているからです。胎児の異常を事前に知ることが中絶に直結してしまうのではないかという強い懸念があるため、国としては公に「みんな積極的にNIPTを受けましょう」とは口が裂けても言いにくいのです。だから、言わないだけなのです。
もし仮に、この検査が中絶という選択肢と全く無関係であり、例えば「お腹の中にいるうちにダウン症やプラダー・ウィリー症候群を完全に治せる治療薬」が開発されていたとしたら、国は間違いなく100%の力でNIPTの受検を全員に推奨するはずです。それほどまでに、NIPTが持っている検査精度や潜在的な医療価値は極めて高いのだということを、ぜひ知っておいていただきたいと思います。
本日のまとめに入ります。「NIPTでそんなに稀な疾患まで調べる意味はあるんですか?」という最初のご質問に対する結論は、はっきりと「意味はあります」とお答えします。
疾患がどれほど稀であろうと、NIPTという強力な遺伝子検査のフィルターを通すことで、疾患の濃度を1000倍にまで最大圧縮し、陽性の人だけを高い精度で網の中に捉えることができます。もともと1万分の1しか存在しない稀な疾患だからこそ、計算上、結果として陽性的中率が10%や20%という数字になっているだけであり、それは決して「当たらない精度の低い検査」だからではありません。 生涯で9人に1人が罹患する乳がん検診ですら陽性的中率が4〜8%しかなく、それでも国が推奨しているという事実を考えれば、NIPTの10〜20%(ダウン症など発生頻度が高いものはほぼ100%)という数字がいかに圧倒的に優秀であるかがお分かりいただけるでしょう。
現在妊娠中で、NIPTの受検や、微小欠失症候群などのオプションを追加すべきか迷われている方は、ぜひこの「陽性的中率のカラクリ」と「巨大な網を濃縮するイメージ」を正しく理解した上で、ご自身と赤ちゃんのために後悔のない選択をしていただきたいと思います。あなたの安心と、赤ちゃんの未来のために、この素晴らしい医療技術を正しく活用してください。
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