やさしいまとめ
ウィルソン病は、生まれつき体の中で銅(どう)という金属をうまく処理できない、まれな遺伝性の病気です。
この病気になると、肝臓や脳などに銅がたまり、さまざまな症状が出てくることがあります。
早く見つけて治療を続ければ、健康に近い生活を送ることができます。
このページでは、ウィルソン病の原因・症状・検査・治療方法について、わかりやすくご説明しています。
ご本人やご家族の診断や治療の参考になれば幸いです。
遺伝子領域 | Implicated Genomic Region
ATP7B

ウィルソン病は、ATP7B(ATPase copper transporting beta)遺伝子の変異によって引き起こされる遺伝性疾患です。この遺伝子は第13染色体のq14.3領域に位置しており、主に肝臓で働く銅輸送ATPアーゼ(Copper-transporting ATPase)という酵素の設計図です。
この酵素は、私たちの体内で必要な微量金属である銅(copper)を適切に利用し、余分な銅を胆汁(たんじゅう、消化液の一種)を通じて体外に排出するという重要な働きをしています。ATP7Bタンパク質は、次のような構造を持っています:
- 8つの膜貫通領域(transmembrane domain)で銅を細胞膜の内外に輸送
- 細胞内で働く3つのドメイン(ATPを結合し、分解し、酵素の形を変える)
- 銅を受け取る6つの金属結合ドメイン(metal-binding domain:MBD)
- 働きを調節するC末端領域
この遺伝子に病的変異(pathogenic variant)が起こると、銅の排出機能が損なわれ、体内に毒性レベルで蓄積してしまいます。
疾患名 | Disorder
この病気はウィルソン病(Wilson disease, WD)または肝レンズ核変性症(Hepatolenticular degeneration)とも呼ばれます。常染色体劣性遺伝(autosomal recessive inheritance)という遺伝の形式をとり、両親のそれぞれから病気の原因となる変異を1つずつ受け継ぐことで発症します。
ウィルソン病は、体内の銅代謝(copper metabolism)に異常が起こる先天性代謝異常症(inherited metabolic disorder)の一種です。
概要 | Overview
ウィルソン病は、生まれつき体内で銅を排出する仕組みがうまく働かない病気です。私たちの体は銅を酵素などに利用していますが、余った銅は有害になるため、通常は肝臓から胆汁を通じて排出されます。ウィルソン病ではこの排出ができず、肝臓や脳、目(角膜)、腎臓などに銅が蓄積してしまいます。
この病気は乳幼児期には症状が出ないこともありますが、5歳〜35歳頃に発症することが多く、それ以降も発症することがあります。肝臓障害(肝炎や肝硬変)として現れることが多いですが、神経症状や精神症状が最初に出る場合もあります。
角膜(黒目)の周囲に現れる「カイザー・フライシャー輪(Kayser–Fleischer ring)」は、ウィルソン病に特徴的なサインで、診断の手がかりとなります。
早期に診断し、生涯にわたる適切な治療を行うことで、健康的な生活を送ることが可能です。
疫学 | Epidemiology
ウィルソン病はまれな病気(希少疾患)ですが、最近の研究では以前よりも多く存在する可能性が示されています。
- 世界的な有病率はおよそ3万人〜5万人に1人
- 一部の地域(日本、中国、サルデーニャ島など)では1万人に1人と高頻度
- 最新の遺伝子解析による推定では、実際の発症数よりキャリア(保因者)が多く、診断されていないケースが多いとされています
病因 | Etiology
原因は、ATP7B遺伝子の両方に変異があることです。この遺伝子の異常によって:
- セロロプラスミン(ceruloplasmin)という血液中の銅を運ぶタンパク質がうまく作られない
- 銅が胆汁中に排出されずに肝臓にたまり
- その結果、肝臓から全身に毒性をもつ「遊離銅(non-ceruloplasmin-bound copper)」が放出され、脳や腎臓、角膜などに障害になる
症状 | Symptoms
ウィルソン病の症状は多岐にわたり、どの臓器に銅がたまるかによって異なります。
肝臓(最初に症状が出やすい)
- 肝炎、肝硬変、肝不全
- 腹水や黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)
- 急性肝不全にともなう溶血性貧血(血液が壊れる)
- ごくまれに肝がん
神経系
- 震え(振戦)や筋肉のこわばり
- 発話障害(言葉が出にくい)や嚥下障害(飲み込みづらい)
- ジストニア(筋肉が勝手に動く、変な姿勢になる)
- 歩きにくさ、ぎこちない動き(運動失調)
- パーキンソン様症状(動作が遅くなる、表情が乏しくなる)
- 発作や認知機能低下(記憶や集中の障害)
精神症状
- 気分の波が激しい、怒りっぽくなる
- うつ症状や不安、不眠
- 思春期や青年期に精神科的な問題として初めて見つかること
眼の所見
- カイザー・フライシャー輪(Kayser–Fleischer ring):角膜の周りにできる緑〜茶色の輪
- サンフラワー白内障:光の反射でひまわりのように見えるレンズの混濁(まれ)
腎臓や内分泌系
- タンパク尿、アミノ酸尿、糖尿など(腎臓の機能低下)
- 副甲状腺機能低下症(低カルシウム血症につながる)
骨や筋肉、血液
- 骨粗しょう症、関節痛
- 自己免疫性でない(クームス陰性)の溶血性貧血
- 血小板や白血球の減少(薬の副作用や脾腫による)
検査・診断 | Testing & Diagnosis
ウィルソン病の診断は、複数の検査を組み合わせて行います。
血液検査
- セロロプラスミン(ceruloplasmin):20 mg/dL未満が目安ですが、正常でも病気のことがあります
- 血清中の銅:総銅は少なく見えることがあり、「遊離銅(free copper)」の計算が重要
- 計算式:Free Cu = 総銅 – (3.15 × セロロプラスミン)
- 遊離銅 >25 µg/dL は活動性疾患を示唆
尿検査
- 24時間尿中銅排泄量:100 µg/日以上は診断的
画像検査
- MRI(磁気共鳴画像):脳の大脳基底核や視床などにT2信号異常(例:「ジャイアントパンダサイン」)
- スリットランプ検査:カイザー・フライシャー輪の確認
遺伝子検査
- ATP7Bの全エクソン解析(NGS)が推奨されます
- 家族内診断や遺伝カウンセリングにも有用
肝生検(必要な場合)
- 肝組織の銅含有量 >250 µg/g(乾燥重量)で確定的
新しい検査法
- ATP7Bペプチドの質量分析測定(immuno-SRM):血液スポットから高精度でATP7Bタンパク質を測定
- 正常に見える人でもATP7B不足を検出でき、将来的には標準診断となる可能性あり
治療法と管理 | Treatment & Management
治療の目標は余分な銅を取り除き、それ以上たまらないようにすることです。生涯にわたる継続的な治療とフォローアップが必要です。
薬物療法
| 薬剤名 | 作用 | 主な使用対象 | 注意点 |
| D-ペニシラミン(D-penicillamine) | 銅をキレートして尿から排泄 | 症状がある初期 | ビタミンB6併用、開始は慎重に、神経症状悪化のリスクあり |
| トリエンチン(Trientine) | 同様に銅を排泄 | ペニシラミンが使えない場合 | 副作用が少ない、冷蔵保存 |
| 亜鉛製剤(Zinc salts) | 腸からの銅吸収を抑制 | 無症状または維持期 | 食後すぐ避ける、キレート剤と併用不可 |
| テトラチオモリブデート(Tetrathiomolybdate) | 銅とアルブミンを安定化 | 神経症状を防ぐ | 臨床試験中、FDA未承認 |
神経・精神症状への対処
- 震え:プロプラノロール、クロナゼパムなど
- ジストニア・パーキンソン症状:抗コリン薬やレボドパ
- 精神症状:必要に応じて抗精神病薬や抗うつ薬
手術的治療
- 脳深部刺激療法(DBS)や視床破壊術は重度のジストニアや震えに有効なことがあります
肝移植
- 急性肝不全や重度の肝硬変で薬物療法が効果ない場合に検討
- 神経症状は改善しないこともあるため、慎重な判断が必要
食事と生活
- 銅の多い食品(レバー、貝類、チョコレート、ナッツ類など)を避ける
- 銅含有の水道水やサプリメントも注意
- 6〜12か月ごとの定期的フォローアップが必要
予後 | Prognosis
- 早期に診断し、治療を継続すれば、健康な生活を送ることが可能です
- 神経症状は治療しても完全には元に戻らないことがあります
- 治療中断や非遵守(特に思春期)で再発リスクが高まります
- 肝移植により肝機能は回復しますが、全ての症状が改善するわけではありません
やさしい言葉の説明|Helpful Terms
- 銅(Copper):人間の体に必要な金属だが、多すぎると有害になる
- セロロプラスミン(Ceruloplasmin):血液中で銅を運ぶたんぱく質
- 常染色体劣性遺伝(Autosomal Recessive Inheritance):両親からそれぞれ変異遺伝子を1つずつ受け継ぐと病気になる
- キレート剤(Chelating Agent):体の中の有害な金属をつかんで体の外に出す薬
- カイザー・フライシャー輪(Kayser–Fleischer Ring):目の角膜に銅がたまってできる緑色や茶色の輪
- ジストニア(Dystonia):筋肉が自分の意志と関係なく動いてしまう状態
- 肝硬変(Liver Cirrhosis):肝臓がかたくなり、うまく働かなくなる病気
- 免疫SRM(Immuno-SRM):血液から特定のたんぱく質を正確に測る検査方法
- ATP7B(遺伝子):銅を体の外に出す働きを持つ酵素の設計図となる遺伝子
引用文献|References
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キーワード|Keywords
ウィルソン病, Wilson disease, ATP7B, 常染色体劣性遺伝, 銅代謝異常, 肝レンズ核変性症, セロロプラスミン, カイザー・フライシャー輪, 神経症状, 精神症状, 肝硬変, 急性肝不全, キレート療法, 亜鉛療法, トリエンチン, D-ペニシラミン, 遺伝子検査, 質量分析, 遊離銅, 交換可能銅, バイオマーカー, 脳MRI, 小児肝疾患, 希少疾患, 複雑な症状, ATPアーゼ, 構造解析, 銅輸送, p.H1069Q, p.R778L, 神経ウィルソン病, 銅輸送経路, 肝移植, 遺伝カウンセリング, ペプチド診断, 免疫SRM, 臨床スコアリング, 遺伝子治療
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