一次性高シュウ酸尿症1型【AGXT】

やさしいまとめ

このページでは、「一次性高シュウ酸尿症1型(Primary Hyperoxaluria Type 1、PH1)」という、
とてもまれな体質性の代謝性疾患について、わかりやすく説明しています。

PH1は、生まれつき肝臓の酵素の働きが弱く、
体内で「シュウ酸」という物質がたくさん作られてしまう病気です。

症状や進行のしかたには個人差があり、
乳児期に重い腎臓の障害を起こすこともあれば、
大人になるまで診断がつかないこともあります。

このページでは、PH1の原因や症状、検査方法、
治療の選択肢について、専門的な情報をできるだけやさしく丁寧にまとめています。

ご家族にPH1の可能性がある方、
何度も腎臓結石を繰り返す方などにとって、大切な手がかりになる内容です。

遺伝子領域 | Implicated Genomic Region

AGXT

関連遺伝子:AGXT(アラニン・グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ:Alanine–glyoxylate aminotransferase)
染色体上の位置:第2染色体長腕37.3領域(2q37.3)
HGNC ID:HGNC:341
タンパク質産物:AGT酵素(AGT:Alanine–glyoxylate aminotransferase)
存在場所:肝臓のペルオキシソーム(細胞内で有害物質を分解する場所)
主な役割:グリオキシル酸(glyoxylate)という物質を無害なアミノ酸の一つであるグリシン(glycine)に変える働きをします

AGXT遺伝子は、肝臓の細胞内にある「ペルオキシソーム」という小さな構造に存在するAGTという酵素を作るための設計図です。この酵素は、体内で自然にできるグリオキシル酸という代謝物を、体にとって有用なグリシンに変える働きをしています。しかし、この遺伝子に異常があると、グリオキシル酸が正しく処理されず、体に有害な「シュウ酸(oxalate)」に変わってしまいます。

疾患名 | Disorder

一次性高シュウ酸尿症1型(Primary Hyperoxaluria Type 1、略称 PH1)

この病気は、肝臓の代謝酵素に関わる遺伝子異常によって起こる、非常にまれな体質性(先天性)の代謝異常症です。

概要 | Overview

一次性高シュウ酸尿症1型(PH1)は、生まれつき(遺伝性)の非常にまれな病気で、体内で「シュウ酸(oxalate)」という物質が異常にたくさん作られてしまう代謝性疾患(metabolic disorder)です。

本来、肝臓ではグリオキシル酸(glyoxylate)という物質を、酵素AGTの働きによって安全なグリシンに変える仕組みがあります。しかし、PH1ではこの酵素の働きが弱かったり、全くなかったりするため、グリオキシル酸が「シュウ酸」という物質に変わりすぎてしまいます。

シュウ酸は体の中で分解されず、腎臓(じんぞう)から尿として出すしかありません。このため、余ったシュウ酸が体の中でカルシウムと結びつき、「シュウ酸カルシウム(calcium oxalate)」という結晶になります。これは、腎臓結石(じんぞうけっせき)や腎臓の石灰化(ネフロカルシノーシス)、さらに進行すると全身の臓器にシュウ酸がたまる「全身性シュウ酸症(systemic oxalosis)」を引き起こします。

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疫学 | Epidemiology

  • 推定される有病率:人口10万人あたり1人〜150万人あたり1人程度(地域差あり)
  • PHの中でPH1が占める割合:約80%
  • 発症しやすい地域:北アフリカ、中東、カナリア諸島など(血縁婚などによる遺伝子の偏りが影響)
  • 小児の末期腎不全(ESKD:End-stage kidney disease)原因の約10%を占める地域もあり

PH1は、診断されにくい疾患であり、特に成人期に発症するケースでは尿路結石(じんぞうけっせき)や慢性腎臓病(CKD:Chronic Kidney Disease)と誤認されやすいため、見逃されることが少なくありません。

病因 | Etiology

PH1は、AGXTという遺伝子の両方のコピー(常染色体劣性遺伝)に病的な変異があることによって起こります。

現在までに200種類以上のAGXT遺伝子の病的変異が報告されており、次のような変化が見られます:

  • ミスセンス変異(酵素の一部だけが間違って作られる)
  • ナンセンス変異(途中で作るのをやめてしまう)
  • スプライス部位変異(遺伝子情報のつなぎ方の異常)
  • フレームシフト変異(全体の読み取りが狂う)

よく知られた変異と特徴:

  • p.Gly170Arg変異:比較的軽症で、ビタミンB6(ピリドキシン)に反応しやすい
  • p.Phe152Ile変異:同じくビタミンB6に反応することがある
  • p.Ile244Thr変異:モロッコやカナリア諸島で多く報告されている

これらの変異によってAGT酵素が:

  • 正しく折りたためなくなる
  • 正しい場所(ペルオキシソーム)に届かない
  • 安定して存在できず壊されやすくなる
  • 活性(働き)を失う

といった問題を起こします。

症状 | Symptoms

PH1の症状は、年齢や病状の進行度によって大きく異なります。

乳児期の症状(生後12ヶ月未満)

  • 発育不良(体重が増えない、元気がない)
  • 腎臓の石灰沈着(ネフロカルシノーシス)
  • 急速に進行する末期腎不全(ESKD)

小児・思春期の症状

  • 繰り返す腎臓結石(じんぞうけっせき)
  • 血尿(尿に血が混じる)
  • 尿路感染症

成人期の症状

  • 繰り返す腎結石(長年診断されないことも)
  • 慢性腎臓病(CKD)が進行して発見されるケース

全身性シュウ酸症(systemic oxalosis)の影響

  • 骨:骨のもろさ、骨折、発育遅延
  • 目:網膜の線維化、視力低下
  • 心臓:心筋症、不整脈
  • 血管・末梢神経:壊疽(えそ)、しびれ、循環不全
  • 骨髄:血球減少(貧血や免疫力の低下)

検査・診断 | Testing & Diagnosis

病気を疑うポイント

  • 小児や若年で繰り返すカルシウム結石
  • 腎エコーでネフロカルシノーシスが見つかる
  • 原因不明の慢性腎臓病(CKD)
  • 家族内に同様の病気がある

検査項目

  • 24時間尿中シュウ酸(尿が出る人):0.5 mmol/1.73m²/日以上で診断の手がかり
  • 血中シュウ酸(進行した腎障害の人):50 µmol/L以上で強く疑われる
  • 尿中グリコール酸:参考になるが診断の決め手にはならない
  • 結石成分分析:主にシュウ酸カルシウムモノハイドレートであることが多い

遺伝子検査

  • AGXT遺伝子の両方に病的変異があれば確定診断
  • マルチ遺伝子パネル(PH1〜PH3の鑑別にも有用)
  • 検出率は97%以上と高精度
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治療法と管理 | Treatment & Management

ビタミンB6(ピリドキシン)療法

  • AGT酵素の働きを改善する可能性あり
  • 特にp.G170Rやp.F152I変異に有効
  • 用量:5〜10 mg/kg/日
  • 有効性の目安:尿中シュウ酸が30%以上減少

RNA干渉(RNAi)治療

ルマシラン(Lumasiran)

  • グリコール酸オキシダーゼ(GO)を抑制
  • 全年齢で使用可能
  • 尿・血中シュウ酸を約65%減少

ネドシラン(Nedosiran)

  • LDHA(乳酸デヒドロゲナーゼA)を抑制
  • 9歳以上・腎機能が保たれている人に使用
  • PH2やPH3への効果はまだ研究段階

移植治療

  • 肝臓移植:酵素の欠損を根本的に治す
  • 同時肝腎移植(CLKT):末期腎不全では推奨
  • 腎移植のみ:ビタミンB6反応が明確な患者に限定

支持療法

  • 水分補給:尿量を1日2〜3 L/1.73m²以上に保つ
  • クエン酸療法:シュウ酸カルシウムの結晶化を防ぐ
  • 食事:ビタミンCや高シュウ酸食品の過剰摂取を避ける
  • 腎毒性薬剤を回避:NSAIDs、ループ利尿薬など

透析

  • 血中シュウ酸が高値(30〜45 µmol/L超)なら導入検討
  • 週4回以上の血液透析が必要なことも
  • あくまで移植までの「つなぎ」としての役割

予後 | Prognosis

  • 乳児期発症:進行が早く、診断や治療が遅れると重い経過に
  • ビタミンB6反応例:腎不全を遅らせられる可能性
  • RNAi療法導入例:移植が不要になる例も増加中

早期診断と適切な治療が行われれば、長期的な腎機能の維持や生活の質の向上が可能です。

引用文献|References

キーワード|Keywords

一次性高シュウ酸尿症, PH1, AGXT, アラニン・グリオキシル酸アミノトランスフェラーゼ, シュウ酸, グリオキシル酸代謝, 尿路結石, ネフロカルシノーシス, 全身性シュウ酸症, カルシウムシュウ酸, ビタミンB6, ピリドキシン, RNA干渉, ルマシラン, ネドシラン, 肝移植, 腎移植, 末期腎不全, 常染色体劣性遺伝, 代謝性疾患, 遺伝子診断

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