やさしいまとめ
Bartter(バッター)症候群は、腎臓の中で塩分やカリウムをうまく体に戻せなくなるまれな病気です。
この記事では、特に「BSND(ビーエスエヌディー)遺伝子」が関係するタイプIVaについて、
どのような症状があるのか、赤ちゃんのころから見られる特徴、
難聴との関係、検査や治療、将来の見通しについて、
専門用語をやさしく説明しながらくわしく解説しています。
「子どもの症状が心配」「難聴と腎臓の病気が関係あるの?」という方にも役立つ内容です。
遺伝子領域 | Implicated Genomic Region
BSND

BSND(Barttin CLCNK型補助サブユニットβ)遺伝子は、ヒトの第1染色体のp32.3領域に位置しています。この遺伝子は、バーチン(Barttin)というたんぱく質を作るための設計図です。バーチンは、ClC-Ka(CLCNKA遺伝子によって作られる)およびClC-Kb(CLCNKB遺伝子によって作られる)という塩化物イオン(Cl⁻)チャネル(cloride ion channel)の働きを助ける「補助サブユニット」です。
これらのチャネルは、腎臓の太いヘンレ上行脚(Henleのループのthick ascending limb)と呼ばれる部分と、内耳(inner ear)のカリウム分泌上皮に存在します。BSND遺伝子に異常(変異)があると、これらのチャネルの働きが妨げられ、腎臓での塩分再吸収の障害と感音性難聴(sensorineural hearing loss)という、耳の内耳に原因のある聴力障害が起こります。
疾患名 | Disorder
この病気は、医学的にはBartter(バッター)症候群タイプIVa(英語表記:Bartter Syndrome Type IVa)と呼ばれます。別名としては、
- 幼少期発症のBartter症候群に感音性難聴を伴う型(英語:infantile Bartter syndrome with sensorineural deafness)
- DFNB73(難聴の分類における自動劣性遺伝型の73番目)
と表記されることもあります。
概要 | Overview
Bartter症候群(バッターしょうこうぐん)とは、腎臓の中の「ヘンレのループ」と呼ばれる部分の働きに異常が起こるまれな遺伝性の病気の総称です。その中でもタイプIVaは、BSND遺伝子の異常によって引き起こされ、腎臓の塩分の再吸収障害に加えて、感音性難聴という耳の障害も特徴的です。
このタイプでは、バーチンというたんぱく質の働きが重要な役割を果たしています。バーチンがうまく機能しないと、腎臓での塩分の調節ができなくなり、体液のバランスが崩れてしまいます。また、内耳(音を感じ取る器官)でも同じたんぱく質が必要なため、聴力障害が同時に起こります。
疫学 | Epidemiology
Bartter症候群は非常にまれな病気で、発生頻度はおよそ10万人に1人とされています。タイプIVaは、全体の中でもさらに稀です。中南米(コスタリカ)や中東(クウェート)では、もう少し高い頻度で報告されている地域もあります。両親が血縁関係にある場合(近親婚)、発症のリスクが高くなることが知られています。
病因 | Etiology
この病気の原因は、BSND遺伝子に両親から受け継いだ変異(異常)にあります。この遺伝子が正しく働かないと、バーチンという補助たんぱく質が作られず、ClC-KaおよびClC-Kbチャネルという塩化物の通り道がうまく腎臓や耳に配置されなくなります。
その結果、
- 腎臓での塩分の再吸収がうまくいかなくなり、体から大量に塩分が失われます。
- 同時に、内耳でのカリウムイオンの循環にも支障が出て、音を感じるために必要な「内耳電位」が失われて、感音性難聴が起こります。
これらはすべて、体の電解質バランス(ナトリウム、カリウム、カルシウムなど)や水分調整に関わる重要な働きが妨げられることによって生じます。
症状 | Symptoms
妊娠中や新生児期に現れる症状
- 羊水過多(ようすいかた、polyhydramnios):胎児が子宮内で尿を大量に作るため、羊水の量が異常に増えることがあります(妊娠22~28週ごろから見られます)。
- 早産:羊水過多の影響で、予定よりも早く赤ちゃんが生まれることがあります。
- 出生体重が軽い(低出生体重児)
- 生後の脱水症状や体重が増えにくい(哺乳障害・発育不良)
- 重度の尿量増加(多尿)
- 電解質の異常(特にカリウムや塩化物の不足)
- 両側性感音性難聴(両耳ともに聞こえにくい)
幼児期・学童期の症状
- 慢性的な低カリウム血症による、筋力の低下、けいれん、吐き気
- 便秘、塩分への強い欲求(塩を欲しがる)
- 成長の遅れ(低身長や思春期の遅れ)
- 筋緊張の低下(ぐったりした感じ)や運動発達の遅れ
- 特徴的な顔立ち(とがったあご、垂れた口角、大きな耳)がみられる場合もあります
検査・診断 | Testing & Diagnosis
血液と尿の検査
- カリウム(K⁺)値の低下(通常3 mmol/L未満)
- 塩化物(Cl⁻)の低下
- 代謝性アルカローシス(metabolic alkalosis):血液がアルカリ性に傾く状態
- レニンやアルドステロンの上昇:体が塩分を補おうとしてホルモンを多く出す
- 尿中のナトリウムやカルシウムが多い
聴力検査
- OAE(耳音響放射検査):内耳の外有毛細胞の働きを調べる検査。正常では反応がありますが、この病気では反応がありません。
- BERA(聴性脳幹反応)やASSR(聴性定常反応):脳まで音が届いているかどうかを確認する検査。深刻な難聴があると波形が現れません。
遺伝子検査
- BSND遺伝子を含むパネル検査が推奨されます。他にも、類似の病気を区別するためにCLCNKB、SLC12A1などの遺伝子も一緒に調べることがあります。
- 出生前診断:羊水検査で遺伝子異常を調べることが可能です。
治療法と管理 | Treatment & Management
妊娠中の管理
- 羊水の減量(羊水穿刺)
- インドメタシン(NSAIDs:非ステロイド性抗炎症薬)の使用で羊水量を減らすことがありますが、胎児の心臓(動脈管)に影響が出るリスクもあるため、専門医チームで慎重に判断されます。
出生後・長期の治療
電解質の補充
- 塩化ナトリウム(NaCl):1日あたり5〜10 mEq/kg
- 塩化カリウム(KCl):2〜5 mEq/kg
- マグネシウム補充も必要な場合があります
薬物治療
- NSAIDs(例:インドメタシン、イブプロフェン):腎臓の塩分喪失を抑える
- カリウム保持性利尿薬(例:スピロノラクトン、アミロライド):カリウムの喪失を防ぐ
- ACE阻害薬やARB(レニン-アンジオテンシン系を抑える薬):慎重な使用が必要
聴力支援
- 補聴器の装着または人工内耳(必要に応じて)
- 言語療法(スピーチセラピー)や作業療法(OT)による早期支援が重要です
成長支援
- 成長ホルモン療法:低身長が持続し、成長ホルモンの不足がある場合に考慮されます
予後 | Prognosis
- 聴力障害は不可逆的ですが、早期の補聴器や療育によって言語発達や生活の質は大きく改善されます。
- 腎機能:慢性腎疾患(CKD)に進行するリスクがあります。特にタイプIVaでは注意が必要です。
- 成長と発達:適切な補充やホルモン治療で多くの子どもが身長を伸ばすことができますが、40%程度の患者さんが低身長を持続する可能性があります。
- 寿命:十分な治療と管理がなされていれば、通常の生活が可能です。
- 生活の質:家族や医療チームとの連携により、大きく向上することが期待されます。
やさしい言葉の説明|Helpful Terms
- 遺伝子(Gene)
人の体の中で、髪の色や身長、内臓の働きなどを決める「設計図」のような情報。親から子へ受け継がれます。 - 遺伝子変異(Gene Mutation)
遺伝子の一部に間違いがある状態。この変化が病気の原因になることがあります。 - 自動劣性遺伝(Autosomal Recessive Inheritance)
両親からそれぞれ1つずつ異常のある遺伝子を受け取ったときに病気として現れるタイプの遺伝の仕方です。両親は健康に見えても、子どもに症状が出ることがあります。 - BSND遺伝子(BSND gene)
腎臓や耳の中で使われる「バーチン」というたんぱく質を作るための遺伝子です。この遺伝子に異常があると、Bartter症候群タイプIVaになります。 - バーチン(Barttin)
塩分を動かす「通り道(チャネル)」を助けるたんぱく質で、腎臓と内耳のはたらきにとても大切です。 - 塩化物チャネル(Chloride Channel)
細胞の中と外で塩分(塩化物イオン)を移動させる通路。体の水分や電解質のバランスを保つ役割があります。 - ヘンレのループ太い上行脚(Thick Ascending Limb of Henle’s Loop)
腎臓の中にある細い管の一部で、体に必要な塩分や水分を回収する場所です。ここに異常があると、尿に塩分が大量に出てしまいます。 - 塩分喪失性尿細管障害(Salt-Wasting Tubulopathy)
腎臓の障害によって、必要な塩分や水分が体に戻らずに尿と一緒に出てしまう病気のグループです。 - Bartter症候群(Bartter Syndrome)
腎臓の働きに異常があり、塩分やカリウムが体に足りなくなってしまう病気。脱水、成長の遅れ、電解質の異常などを引き起こします。 - タイプIVa(Type IVa)
Bartter症候群の中でも、耳が聞こえにくくなる「感音性難聴」を伴うタイプです。BSND遺伝子の異常が原因です。 - 感音性難聴(Sensorineural Hearing Loss)
耳の奥にある内耳や、脳へ音を伝える神経がうまく働かないことで起こる難聴です。音は聞こえにくく、言葉がわかりづらくなります。 - 羊水過多(Polyhydramnios)
妊娠中に赤ちゃんの尿が多くなり、羊水(赤ちゃんを包む水)の量が増えすぎる状態です。赤ちゃんの腎臓の病気が関係していることがあります。 - 早産(Premature Birth)
妊娠が予定より早く終わって、赤ちゃんが早く生まれることです。羊水が多すぎると早産になることがあります。 - 多尿(Polyuria)
おしっこがとても多く出る状態。腎臓がうまく水分や塩分を体に戻せないときに起こります。 - 脱水(Dehydration)
水分が体から失われすぎた状態。めまいやだるさ、体重の減少などが見られます。 - 低カリウム血症(Hypokalemia)
血液中のカリウムが少なくなっている状態で、筋力が弱くなったり、けいれんや不整脈が起こることがあります。 - 代謝性アルカローシス(Metabolic Alkalosis)
体の中の酸とアルカリのバランスがくずれ、アルカリに傾きすぎてしまった状態です。体調不良や筋肉のけいれんが起こることがあります。 - ネフロカルシノーシス(Nephrocalcinosis)
腎臓にカルシウムがたまってしまい、石のように硬くなる状態。尿中にカルシウムが多いと起こります。 - OAE(耳音響放射検査 / Otoacoustic Emissions)
耳の中の細胞が正常に働いているかを調べる検査です。赤ちゃんでも負担が少なく受けられます。 - BERA(聴性脳幹反応 / Brainstem Evoked Response Audiometry)
音が脳まで届いているかどうかを調べる検査です。聴力がどのくらいあるか、反応の波形でわかります。 - ASSR(聴性定常反応 / Auditory Steady-State Response)
難聴の程度を調べるための検査で、特に赤ちゃんや小さな子どもに使われます。 - 補聴器(Hearing Aid)
音を大きくして聞こえを助ける装置。耳につけて使います。 - 人工内耳(Cochlear Implant)
重い難聴があるときに使われる装置で、内耳に直接電気信号を送って音を脳に伝えることができます。 - NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬 / Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs)
熱や炎症をおさえる薬です。Bartter症候群では、体が作りすぎるプロスタグランジンという物質を減らす目的で使います。 - プロスタグランジン(Prostaglandin)
体の中で作られる物質で、血管を広げたり、腎臓の働きに影響を与えたりします。Bartter症候群では作られすぎるため、治療で抑える必要があります。 - 電解質(Electrolytes)
ナトリウムやカリウム、カルシウムなど、体の中の水分バランスや神経・筋肉の働きに必要な成分です。 - 成長ホルモン療法(Growth Hormone Therapy)
背が伸びにくい子どもに使う治療です。ホルモンを補うことで成長を助けます。 - CKD(慢性腎疾患 / Chronic Kidney Disease)
腎臓の働きが少しずつ悪くなっていく病気。Bartter症候群では、年齢とともにCKDに進行することがあります。
引用文献|References
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キーワード|Keywords
Bartter症候群, BSND, バーチン, 感音性難聴, ClC-Ka, ClC-Kb, 低カリウム血症, 代謝性アルカローシス, ネフロカルシノーシス, 塩喪失性尿細管症, 羊水過多, インドメタシン, 電解質異常, 遺伝子検査, 低身長, カリウム保持性利尿薬, 補聴器, 言語療法, 自動劣性遺伝, 慢性腎疾患(CKD), レニン-アンジオテンシン系(RAAS)
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