NIPTとは何か
近年、妊婦の間で注目を集めているのがNIPT(非侵襲的出生前遺伝学的検査)です。NIPTは、妊婦の血液を採取し、胎児の染色体情報を調べることで、ダウン症候群(21トリソミー)などの染色体異常の可能性を高い精度で検出できる検査法です。
この検査は従来の出生前診断と比較して、母体や胎児へのリスクが極めて低いため、妊娠10週以降に受けられる新しいスクリーニング手段として急速に普及しています。
本記事では、「NIPTで何がわかるのか」という疑問に答えるべく、検査の仕組みや対象となる染色体異常、性別判定の可否、検査結果の精度、注意点について専門的かつわかりやすく解説します。
NIPTでわかる染色体異常
NIPTで検査可能な代表的な染色体異常には、以下のようなものがあります。
1. トリソミー21(ダウン症候群)
最も一般的に検出される染色体異常です。21番染色体が1本多く、合計3本存在することで発症します。知的障害や特徴的な顔貌、心疾患などを伴うことがあります。
- 発症頻度:約700人に1人
- 検出感度(感度):99%以上
- 特異度:99%以上
(出典:Gil et al., 2015)
2. トリソミー18(エドワーズ症候群)
18番染色体が3本あることで発症します。重度の発育障害、心奇形などを伴い、多くは胎児期または新生児期に死亡します。
- 発症頻度:約5,000人に1人
- 検出感度:97~99%
- 特異度:99%以上
3. トリソミー13(パトウ症候群)
13番染色体が3本ある状態。重度の脳・心臓の奇形を含む先天性異常が多く、予後は非常に厳しいとされています。
- 発症頻度:約10,000人に1人
- 検出感度:91~96%
- 特異度:99%以上
4. 性染色体異常(オプション対応)
一部のNIPT提供機関では、X染色体やY染色体の異常も調べることができます。
例として以下のような異常があります。
- ターナー症候群(45,X)
- クラインフェルター症候群(47,XXY)
- ヤコブ症候群(47,XYY)
※これらは必ずしも重篤な症状を引き起こすわけではないため、検査対象とするかどうかは事前に医師と相談が必要です。
性別はわかるのか?
NIPTでは、胎児の性別を高精度で知ることが可能です。これは、Y染色体の有無を調べることで判断されます。妊婦の血中に含まれる胎児由来DNAにY染色体が存在すれば「男児」、なければ「女児」と判定されます。
ただし、日本では「性別判定のみ」を目的としたNIPTは認められていないことが多く、医療機関によっては性別情報を開示しない場合があります。
NIPTの検査の仕組みと精度
胎児由来のcfDNAを検出
NIPTは、妊娠10週以降の妊婦の血液から胎盤由来の胎児フリーDNA(cell-free DNA, cfDNA)を抽出・解析する検査です。cfDNAは母体血中にわずかに存在し、そのうち約10%が胎児由来とされます。
この微量なDNAを次世代シークエンサー(NGS)などで解析することで、染色体の数の過不足を検出します。
精度の高いスクリーニング検査
NIPTは確定診断ではありませんが、従来の母体血清マーカー検査よりもはるかに高い感度・特異度を持つため、出生前診断の初期ステップとして推奨されるケースが増えています。
一方で、陽性結果が出た場合には、羊水検査や絨毛検査による確定診断が必要です。
陽性結果=確定ではない? 偽陽性・偽陰性の可能性
高精度とはいえ、NIPTにも限界と注意点があります。
また、多胎妊娠(双子など)では判定精度が下がる傾向があり、検査対象外とされる場合もあります。
NIPTの対象と受検条件
日本におけるNIPTは、主に認定施設で医師の指導のもと行われる「臨床研究型」と、年齢制限がない「自由診療型」に分かれています。
臨床研究型(認定施設)
自由診療型(民間検査)
- 対象:年齢制限なし(20代でも可能)
- 費用:8〜15万円程度
- 性別や性染色体の判定も可能なケースあり
NIPTのメリットと課題
メリット
- 高精度で非侵襲的(リスクが極めて低い)
- 妊娠初期(10週〜)での検査が可能
- 陽性時に早期の確定診断につなげられる
課題と倫理的側面
- 中絶判断につながる可能性から、倫理的課題が指摘されています
- 情報の取扱いに注意が必要(性別選択や差別の助長など)
- 医師によるカウンセリングの重要性
拡大するNIPTの対象疾患とは?
近年の技術進歩により、NIPTで検出可能な対象は拡大傾向にあります。特定の機関では、以下のような微細欠失症候群も検査対象に含めているケースがあります。
1. 22q11.2欠失症候群(ディジョージ症候群)
心奇形、免疫不全、発達障害などを伴う染色体微細欠失です。従来の出生前診断では見落とされがちな疾患で、NIPTの導入により早期発見が可能となりました。
- 発症頻度:約2,000~4,000人に1人
- 感度・特異度:検査機関によって異なるが、90%以上を示す研究もあり
2. その他の微細欠失症候群例
- クリ・デュ・シャ症候群(5p欠失)
- 1p36欠失症候群
- アンジェルマン症候群、プラダー・ウィリ症候群(15q関連)
これらの疾患は頻度が低いため、臨床的に必要と判断された場合のみ検査対象とされる傾向があります。検査を希望する際は、信頼できる遺伝カウンセリングを伴う医療機関の選択が重要です。

NIPTを受ける上での重要なチェックポイント
1. 適切な検査時期
多くのNIPTは妊娠10週0日以降に実施されます。これは、胎児由来のcfDNAが母体血中で十分量に達するタイミングであり、検査精度を確保するための重要な基準です。
2. 採血量と所要時間
通常、約10mlの血液を採取し、結果は1週間前後で通知されます。検査方法によっては、即日対応や短縮納期のプランを提供しているクリニックもありますが、精度とのバランスを考慮する必要があります。
3. 検査前後のカウンセリング
NIPTは単なる検査ではなく、心理的・倫理的な判断を含む選択のプロセスです。そのため、検査前には「何のために受けるのか」「陽性だった場合の対応はどうするか」を家族や医師とよく話し合うことが推奨されます。
NIPTの国際的な動向と日本の位置づけ
海外の状況
アメリカやイギリスなどでは、すでにNIPTが妊婦全体に広く普及しており、費用が保険で一部または全額カバーされている国もあります。特にアメリカでは、全妊婦に対するスクリーニングの一環としてNIPTを実施する方針を打ち出している病院も多くあります。
また、商業ベースの検査会社(例:Natera社、Sequenom社など)が高度なマルチターゲット検査を提供しており、トリソミーや性染色体異常に加え、遺伝子レベルでの変異も含む検査に進化しつつあります。
日本の現状と課題
日本では、現在もなおNIPTは保険適用外の自由診療が主流であり、受検できる施設や費用負担に格差があります。さらに、認定外施設の急増に伴い、遺伝カウンセリング体制が不十分なまま検査が行われるリスクが社会問題として指摘されています。
このような中、日本医学会はNIPTの適正利用に向けたガイドラインを改訂しており、今後は医療倫理と正確な情報提供の両立が求められるフェーズに入っています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 検査を受けるだけで必ず胎児の異常がわかるのですか?
いいえ。NIPTはあくまでもスクリーニング検査であり、確定診断ではありません。陽性結果が出た場合でも、羊水検査などの確定診断が必要です。
Q2. 年齢が若くても受ける意味はありますか?
あります。染色体異常のリスクは高齢妊婦で増加する傾向がありますが、若年妊婦でもリスクがゼロではありません。また、安心を得る目的で20代の妊婦が検査を希望するケースも増えています。
Q3. 検査結果はどのように伝えられますか?
多くのクリニックでは、検査結果は医師との面談やオンライン面談を通じて説明されます。郵送やメールだけで結果が伝えられる場合は、説明が不十分になる懸念があるため、必ず医療者と対話できる環境を整えましょう。
NIPTを正しく理解して、賢く選ぶ
「NIPT 染色体」に関する理解が深まることで、検査の有効性だけでなく、検査を受ける意義やその後の選択肢についても冷静な判断ができるようになります。
- NIPTは高精度なスクリーニング検査である
- 対象となる染色体異常や性染色体、微細欠失についての知識が必要
- 医療者との対話・カウンセリングは不可欠
- 検査の目的を明確にし、倫理的側面にも配慮する
以上のポイントをふまえ、NIPTを「安心のための検査」として活用することが、これからの出生前診断の新たなスタンダードになるでしょう。
参考文献・エビデンス
- Gil, M.M., Quezada, M.S., Revello, R., Akolekar, R., & Nicolaides, K.H. (2015). Analysis of cell-free DNA in maternal blood in screening for aneuploidies: updated meta-analysis. American Journal of Obstetrics and Gynecology, 213(3), 262-275. https://doi.org/10.1016/j.ajog.2015.04.002
- Gregg, A. R., et al. (2016). Screening for Fetal Aneuploidy: ACOG Practice Bulletin No. 163. Obstetrics & Gynecology, 127(5), e123–e137.
- 日本産科婦人科学会「出生前検査に関する見解」(2022年改訂版)
中文
