お子様やご自身が「結節性硬化症(けっせつせい・こうかしょう)」、あるいはその中でも「1型(TSC1)」という診断を受けたとき、聞き慣れない病名と、全身に及ぶ可能性のある症状の説明に、大きな衝撃と不安を感じられたことでしょう。
「全身に腫瘍ができる難病」と聞いて、恐怖を感じない人はいません。
しかし、まず最初にお伝えしたいのは、結節性硬化症(TSC)は、この数十年で医学が最も勝利を収めつつある疾患の一つだということです。
病気の根本的な原因(mTOR経路の異常)が解明され、その原因をピンポイントで抑えるお薬(mTOR阻害薬)が登場したことで、患者さんの予後や生活の質は劇的に向上しています。
概要:どのような病気か
結節性硬化症(Tuberous Sclerosis Complex: TSC)は、全身の様々な臓器(脳、皮膚、腎臓、心臓、肺など)に良性の腫瘍(過誤腫:かごしゅ)ができたり、組織の形成異常が起きたりする、生まれつきの遺伝性疾患です。
「1型(TSC1)」とは?
結節性硬化症には、原因となる遺伝子の場所によって2つのタイプがあります。どちらの型であっても、出てくる症状の種類はほぼ同じですが、原因となる「場所」が違います。
- 1型(TSC1): 9番染色体にあるTSC1遺伝子の変異が原因。
- 2型(TSC2): 16番染色体にあるTSC2遺伝子の変異が原因。
今回解説するのは、「1型(TSC1)」です。
患者さん全体の割合で見ると、1型は約20〜30%と、2型に比べて少数派です。
しかし、「家族性(親から子へ遺伝しているケース)」においては、この1型の方が多いという特徴があります。また、統計的には2型よりも症状がやや軽度である傾向(あくまで傾向であり個人差はあります)が知られています。
体の中で何が起きているのか?
私たちの体には、細胞が増えすぎないようにブレーキをかける「mTOR(エムトール)」というシステムがあります。
TSC1遺伝子が作るタンパク質(ハマルチン)と、TSC2遺伝子が作るタンパク質(ツベリン)は、手を取り合ってこのブレーキペダルを踏む役割をしています。
- 健康な状態: ハマルチンとツベリンが協力してブレーキをかけ、細胞の成長を適切にコントロールしています。
- 結節性硬化症: 遺伝子の変異により、このペアがうまく働かず、ブレーキが壊れている状態です。そのため、細胞が勝手に増殖してしまい、体のあちこちに「コブ(良性腫瘍)」を作ってしまいます。
このメカニズムが分かったおかげで、壊れたブレーキの代わりにブレーキをかける薬(mTOR阻害薬)が開発されました。これが現在の治療の柱となっています。
原因:遺伝とタンパク質
ご家族が「なぜ?」と悩み、時にご自身を責めてしまうのが「原因」についてです。
1. TSC1遺伝子の変異
1型の場合、9番染色体にあるTSC1遺伝子の機能が失われることで発症します。この遺伝子は「ハマルチン(Hamartin)」というタンパク質を作ります。このハマルチンが不足したり、形がおかしくなったりすることで、細胞増殖のブレーキが効かなくなります。
2. 遺伝と突然変異
結節性硬化症は「常染色体顕性遺伝(優性遺伝)」という形式をとります。
- 家族性(遺伝):
TSC1型(1型)の大きな特徴として、家族性(遺伝)の割合が比較的高いことが挙げられます。
親御さんのどちらかがTSC1型である場合、50%の確率でお子様に遺伝します。親御さんの症状が非常に軽く(例えば皮膚の白斑だけなど)、お子様が診断されるまで気づかなかったというケースも少なくありません。 - 突然変異(de novo変異):
もちろん、ご両親は遺伝子変異を持っておらず、お子様の代で初めて発生する「突然変異」のケースもありますが、その割合はTSC2型に比べると低めです。
3. 「1型は軽い」は本当か?
一般的に、医学論文などの統計データでは、「TSC1型はTSC2型に比べて、知的障害の程度が軽く、てんかんのコントロールもしやすい傾向がある」と言われています。
しかし、これはあくまで「平均的な傾向」です。TSC1型であっても、重度のてんかんや合併症を持つ患者さんはいますし、症状の出方は一人ひとり全く異なります。
「1型だから安心」「1型だから大丈夫」と油断せず、定期的な検診を受けることが大切です。
主な症状:年齢とともに変化する
結節性硬化症は「年齢によって出やすい症状が変わる(年齢依存性)」のが大きな特徴です。
これを理解しておくと、「次はどんな検査が必要か」が見えてきます。
1. 神経・脳の症状(最重要)
生活の質(QOL)に最も影響するのが、脳の症状です。
- てんかん:
患者さんの多くに見られます。特に乳児期(生後3ヶ月〜1歳頃)に、手足をカクンとさせる「点頭てんかん(ウエスト症候群)」を発症することがあります。
TSC1型では、TSC2型に比べて発症率はやや低い傾向にありますが、それでも注意が必要です。早期に発見し、治療を開始することが脳の発達を守ります。 - 皮質結節(ひしつけっせつ):
脳の表面にできる硬い組織です。てんかんの原因になることがあります。 - 上衣下巨細胞性星細胞腫(SEGA:セガ):
脳室(脳の中の水の通り道)の近くにできる腫瘍です。大きくなると水頭症(脳に水がたまる)を起こすリスクがあるため、定期的なMRI検査で監視します。現在はmTOR阻害薬で小さくすることが可能です。 - TAND(タンド):精神・神経症状
近年、最も重要視されている概念です。
2. 皮膚の症状
見た目に関わるため、ご本人やご家族の悩みになりやすい症状です。
- 白斑(はくはん): 生まれた時からある、木の葉の形をした白いあざです(3つ以上あるとTSCを疑います)。
- 顔面血管線維腫: 幼児期後半から学童期にかけて、鼻や頬にできる赤っぽいブツブツです。ニキビと間違われやすいですが、TSCの特徴的な症状です。
- シャグリン斑: 背中や腰に見られる、サメ肌のような少し盛り上がった皮膚です。
- 爪囲線維腫(そういせんいしゅ): 思春期以降、手足の爪の周りにできるイボのようなものです。
3. 心臓の症状
- 心横紋筋腫(しんおうもんきんしゅ):
胎児期や新生児期に見つかる心臓の良性腫瘍です。これが見つかってTSCの診断に至ることが多いです。
【重要】 心横紋筋腫の多くは、成長とともに自然に小さくなったり消えたりします。 そのため、血液の流れを邪魔するような場所になければ、手術をせずに経過観察することが一般的です。
4. 腎臓の症状
- 腎血管筋脂肪腫(AML):
腎臓にできる良性の腫瘍です。血管、筋肉、脂肪が混ざったもので、大きくなると破裂して出血するリスクがあります。
TSC1型では、TSC2型に比べて発症時期が遅く、腫瘍の成長スピードも緩やかである傾向がありますが、成人期以降は注意が必要です。 - 腎嚢胞(のうほう): 腎臓に水の袋ができます。
5. 肺の症状(主に女性)
- リンパ脈管筋腫症(LAM:ラム):
主に20歳以降の女性患者さんに見られる肺の病気です。肺に小さな穴が開き、息切れや気胸(肺がパンクする)を起こしやすくなります。TSC1型での発症率はTSC2型より低いとされていますが、定期チェックは必要です。
診断と検査
診断は、特徴的な症状の組み合わせ(臨床診断基準)と、遺伝子検査によって行われます。
1. 臨床診断(症状による診断)
「大症状(特徴的な症状)」と「小症状」の組み合わせで判定します。
- 大症状: 白斑(3個以上)、顔面血管線維腫、心横紋筋腫、SEGA、皮質結節など。
- 確定診断: 大症状が2つ、または大症状1つ+小症状2つ以上。
2. 遺伝子検査
血液を採取して、TSC1またはTSC2遺伝子に変異があるかを調べます。
- 確定診断の補助になります。
- TSC1変異が見つかれば、症状が揃っていなくても「結節性硬化症1型」と確定診断されます。
- 家族性(遺伝)が疑われる場合、親御さんの検査を行うこともありますが、遺伝カウンセリングを受けた上で慎重に判断します。
3. 定期的な画像検査
診断後は、全身の状態を把握するために以下の検査を行います。
- 頭部MRI/CT: 脳の結節、SEGAの有無。
- 脳波検査: てんかんの有無(発作がなくても脳波異常があることがあります)。
- 腹部エコー/MRI/CT: 腎臓の腫瘍(AML)や嚢胞の有無。
- 心臓エコー: 横紋筋腫の有無。
- 眼底検査: 網膜の確認。

治療と管理:mTOR阻害薬という光
結節性硬化症は、以前は「対症療法(症状が出たら抑える)」しかありませんでした。
しかし現在は、病気の原因メカニズムに作用する「mTOR阻害薬(エムトールそがいやく)」登場し、治療方針が大きく変わりました。
1. 薬物療法(mTOR阻害薬)
壊れたブレーキの代わりをするお薬です。
- 内服薬(成分名:エベロリムス / 商品名:アフィニトール):
脳の腫瘍(SEGA)、腎臓の腫瘍(AML)、肺の病気(LAM)、そして難治性てんかんに対して保険適用されています。腫瘍を小さくし、てんかん発作を減らす効果があります。 - 外用薬(成分名:シロリムス / 商品名:ラパリムスゲル):
顔のブツブツ(血管線維腫)に塗るお薬です。赤みが引き、ブツブツが平らになる効果が高く、患者さんの見た目の悩み(QOL)を劇的に改善しました。
2. てんかんの治療
脳の発達を守るために、発作を止めることが最優先です。
- ビガバトリン(サブリル): 点頭てんかん(ウエスト症候群)に対して非常によく効くお薬で、第一選択薬として使われます。
- その他、様々な抗てんかん薬や、上記のmTOR阻害薬を組み合わせてコントロールします。
3. 腫瘍の外科的治療・塞栓術
- SEGA: 薬で小さくならない場合や、水頭症を起こした場合は手術で取り除きます。
- 腎AML: 大きくなって出血リスクがある場合、カテーテルで血管を詰める治療(塞栓術)を行います。
4. 療育・TANDへの対応
- 発達支援: 早期から療育センターなどと連携し、理学療法(PT)、作業療法(OT)、言語聴覚療法(ST)を受けます。TSC1型のお子様は知的な遅れが軽度な場合もありますが、手先の不器用さやコミュニケーションの苦手さ(ASD傾向)がある場合は、療育が非常に有効です。
- 教育環境: 普通級に通うか、支援級に通うかなどは、知能指数(IQ)だけでなく、その子の特性(集団行動が得意か、環境変化に強いかなど)を見て決定します。
ライフステージごとの管理ポイント
結節性硬化症は生涯付き合っていく病気です。時期によって注意点が異なります。
- 乳幼児期:「てんかんのコントロール」が全てです。点頭てんかんを見逃さず、早期に治療することが、その後の発達を守ります。
- 学童期: 「TAND(学習・行動)」と「皮膚」のケアが中心になります。学校での学習障害(LD)やADHD傾向へのサポート、そして顔のケアで自尊心を守ります。
- 思春期〜成人期: 「腎臓」と「肺(女性)」の管理が重要です。TSC1型は腎病変の進行が遅い傾向にありますが、油断せず定期検査を続けます。
まとめ
ここまでの重要ポイントを振り返ります。
- 結節性硬化症1型(TSC1)は、9番染色体のTSC1遺伝子の変異による全身性疾患です。
- 特徴として、2型(TSC2)に比べて家族性(遺伝)の割合が高く、症状がやや軽度である傾向があります。
- 症状は年齢によって変化し、てんかん、皮膚症状、腎臓腫瘍などが代表的です。
- 治療は、原因に直接作用するmTOR阻害薬(飲み薬・塗り薬)**が中心となり、予後が大きく改善しています。
- 管理には、たとえ症状が軽くても、生涯にわたる定期検診が不可欠です。
