ヴィーデマン・スタイナー症候群

赤ちゃん

お子様が「ヴィーデマン・スタイナー症候群(Wiedemann-Steiner syndrome)」という診断を受けたとき、あるいは医師からその疑いがあると言われたとき、聞き慣れない病名に大きな不安と戸惑いを感じられたことでしょう。

インターネットで検索しても、日本語の詳しい情報はまだ少なく、専門的な医学論文ばかりが出てきて、内容を理解するのに苦労されているかもしれません。

この症候群は、1989年にハンス・ルードルフ・ヴィーデマン博士によって、また1990年にチャールズ・E・スタイナー博士によってそれぞれ報告されたことから、二人の名前をとって名付けられました。比較的新しい概念の疾患であり、近年の遺伝子解析技術の進歩によって、診断される患者さんが世界的に増えてきています。

概要:どのような病気か

ヴィーデマン・スタイナー症候群(以下、WSS)は、生まれつきの遺伝子の変化によって引き起こされる先天性の疾患です。

主に、特徴的なお顔立ち、身体の毛深さ(特に肘の多毛)、成長の遅れ(低身長)、そして知的発達の遅れなどを特徴とします。

体の設計図の調整役が変わってしまった状態

私たちの体は、約2万個以上の遺伝子という設計図をもとに作られています。WSSは、その中の「KMT2A(ケーエムティーツーエー)」という遺伝子に変化(変異)があることが原因です。

このKMT2A遺伝子は、他のたくさんの遺伝子のスイッチを入れたり切ったりする「調整役(ヒストンメチル化酵素)」の役割をしています。

オーケストラに例えるなら、KMT2Aは指揮者のような存在です。指揮者が少し違う指示を出してしまうと、演奏(体の形成や機能)全体に影響が出ます。そのため、WSSでは顔つき、身長、知能、内臓など、全身に様々な特徴が現れるのです。

希少疾患としての位置づけ

WSSは希少疾患(レアディジーズ)の一つです。正確な患者数は分かっていませんが、遺伝子検査技術(全エクソーム解析など)が普及するにつれて、これまで「原因不明の発達遅滞」とされていたお子様の中に、WSSと診断される方が増えてきています。

主な症状

WSSの症状は、患者さん一人ひとりによって程度や現れ方が大きく異なります。すべてのお子様にすべての症状が出るわけではありませんが、比較的共通してみられる特徴について解説します。

1. 外見的な特徴(お顔と体)

WSSのお子様には、とても愛らしい共通したお顔立ちが見られることがあります。

長いまつ毛と濃い眉毛

まつ毛が長く、眉毛が太く濃い傾向があります。

眼瞼裂狭小(がんけんれつきょうしょう)

目の横幅が少し狭い、あるいは細長い目の形をしていることがあります。また、垂直方向にも狭い場合があります。

下向きの眼瞼裂

目尻が少し下がっている(タレ目気味)ことがあります。

鼻の特徴

鼻筋が幅広かったり、鼻先が少し低かったりすることがあります。

肘の多毛症(Hypertrichosis cubiti)

これはWSSの非常に特徴的な症状で、診断の重要な手がかりになります。肘(ひじ)の周りに、濃くて長い毛が生えていることがあります。背中や腕全体が毛深いこともあります。

2. 成長と栄養の問題

乳幼児期にご家族が直面しやすい課題です。

低身長

生まれた時の身長や体重は平均的であることが多いですが、成長とともに身長の伸びが緩やかになり、同年代の子に比べて小柄になることがあります。

哺乳不良と摂食障害

赤ちゃんの頃、おっぱいを吸う力が弱かったり、ミルクを飲む量が少なかったりして、体重が増えにくいことがあります(Failure to thrive)。離乳食が進んでからも、偏食や少食が見られることがあります。

便秘

頑固な便秘に悩まされるお子様が多く、食事療法や薬によるコントロールが必要になることがあります。

3. 発達と知能の特徴

全体的な発達のペースはゆっくりです。

精神運動発達遅滞

首のすわり、お座り、ハイハイ、歩行などの運動発達が、平均よりも遅れる傾向があります。また、手先の不器用さが見られることもあります。

知的障害

軽度から中等度の知的障害が見られることが多いです。ただし、言葉の理解力は比較的良い場合もあり、個人差が大きいです。

言語発達の遅れ

言葉が出始めるのが遅かったり、発音が不明瞭だったりすることがあります。

4. 行動と性格の特性

成長に伴って、行動面での特徴が目立ってくることがあります。

陽気で人懐っこい性格

多くのお子様は明るく、社交的で、人と関わることが好きです。

ADHD(注意欠如・多動症)の傾向

じっとしているのが苦手、集中力が続かない、衝動的に動いてしまうといった特徴が見られることがあります。

自閉スペクトラム症(ASD)の傾向

こだわりが強い、対人関係の距離感が独特、特定の感覚に過敏(大きな音が苦手など)といった特性を持つことがあります。

不安やかんしゃく

新しい環境への不安が強かったり、自分の気持ちをうまく伝えられずにパニックやかんしゃくを起こしたりすることがあります。攻撃的な行動が見られることもあります。

睡眠障害

寝付きが悪い、夜中に何度も起きる、朝早く目が覚めるなど、睡眠のリズムが整いにくいことがあります。

5. その他の身体的な合併症

すべての患者さんにあるわけではありませんが、注意が必要な合併症です。

筋緊張低下

体が柔らかく、ふにゃっとしている(フロッピーインファント)ことがあります。これが運動発達の遅れにつながります。

骨格の異常

背骨が曲がる(側弯症)、首の骨の異常、股関節の問題などが見られることがあります。

歯の問題

歯が生えるのが早い(早期萌出)、または遅い、歯の形が特徴的であることなどがあります。

腎臓や心臓の異常

まれに、腎臓の形や心臓の構造に生まれつきの変化があることがあります。

医者

原因:なぜ起きたのか

ご家族が「なぜ?」と悩み、時にご自身を責めてしまうのが「原因」についてです。しかし、声を大にしてお伝えしたいのは、ご両親の育て方や妊娠中の過ごし方が原因ではないということです。

1. KMT2A遺伝子の変異

概要でも触れましたが、WSSの主な原因は、11番染色体の長腕(11q23.3)にあるKMT2A遺伝子の機能不全です。この遺伝子に、一部が欠けていたり、文字の書き間違い(点変異)があったりすることで、正常なタンパク質が作れなくなります。

2. 突然変異(de novo変異)

WSSの大多数は、「de novo(デ・ノボ)」と呼ばれる突然変異で起こります。

これは、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精後の細胞分裂の非常に早い段階で、偶然KMT2A遺伝子に変化が起きたものです。

ご両親の遺伝子には全く異常がないケースがほとんどです。つまり、誰にでも起こりうる、自然の確率的な現象であり、防ぐことは現代の医学では不可能です。

3. 常染色体顕性遺伝(優性遺伝)

遺伝の形式としては「常染色体顕性遺伝」というタイプに分類されます。これは、ペアになっている遺伝子のうち、片方に変異があれば発症するという意味です。

もし、患者さんが将来お子様を持った場合、そのお子様に遺伝する確率は50%になります。しかし、前述の通り、患者さんの多くはご両親からの遺伝ではなく、突然変異で発症しています。

診断と検査

WSSは症状の幅が広いため、見た目や症状だけで診断することは難しく、遺伝子検査による確定診断が重要になります。

1. 臨床症状の評価

医師は、以下のような特徴がないか詳しく診察します。

特徴的な顔貌(長いまつ毛、太い眉毛など)

肘の多毛(これがあるとWSSを強く疑います)

発達の遅れ

低身長

2. 遺伝学的検査

確定診断のために行われます。

全エクソーム解析(WES)

現在の主流な検査方法です。患者さんの持つ全ての遺伝子(のエクソン部分)を網羅的に調べ、KMT2A遺伝子に変異があるかどうかを確認します。

マルチジーンパネル検査

発達遅滞や先天異常の原因となる複数の遺伝子をまとめて調べる検査です。

染色体マイクロアレイ検査(CMA)

染色体の微細な欠失などを調べる検査ですが、KMT2A遺伝子の小さな点変異などは見つけられないことがあります。

3. カブキ症候群との鑑別

WSSは、「カブキ症候群」という別の遺伝性疾患と症状が似ている部分があります(長いまつ毛、特徴的な顔立ち、低身長、発達遅滞など)。

カブキ症候群は主にKMT2D遺伝子の変異で起こります。KMT2AとKMT2Dは似た働きをする兄弟のような遺伝子であるため、症状も似てくるのです。遺伝子検査を行うことで、どちらの症候群かを明確に区別することができます。

医者

治療と管理:これからのロードマップ

KMT2A遺伝子の変異そのものを治す治療法(根本治療)は、現代の医療ではまだ確立されていません。

しかし、それぞれの症状に対する適切な医療的介入(対症療法)と療育(ハビリテーション)を行うことで、お子様の能力を最大限に引き出し、生活の質(QOL)を高めることができます。

1. 定期的な健康管理

診断がついたら、全身のチェックを行います。

心臓エコー検査

腎臓エコー検査

眼科検診(斜視や視力の確認)

歯科検診

骨格のレントゲン(側弯症の確認)

2. 成長と栄養のサポート

低身長に対して

成長ホルモンの分泌を調べ、不足している場合は成長ホルモン療法を行うことで身長の伸びが改善する可能性があります。分泌が正常でも、SGA性低身長症(お腹の中で小さく生まれ、追いつかない場合)として治療対象になることもあります。内分泌科の医師と相談します。

栄養管理

哺乳不良や偏食に対しては、栄養士による指導や、必要に応じて高カロリーの栄養剤を使用します。便秘の管理も大切です。

3. 発達と行動のサポート(療育)

脳や体の発達を促すために、早期からの療育が非常に重要です。

理学療法(PT)

筋緊張低下に対して体幹を鍛えたり、歩行の安定を目指したりします。

作業療法(OT)

手先の細かい動きを練習したり、日常生活動作(着替え、食事)の自立を目指します。感覚過敏がある場合は、感覚統合療法を取り入れることもあります。

言語聴覚療法(ST)

言葉の遅れに対して、発語の練習や、絵カード・サインなどを使ったコミュニケーション方法の獲得を目指します。

4. 教育と学校生活

就学に際しては、お子様の知的な発達段階や行動特性に合わせて、最適な環境を選びます。

特別支援学級や特別支援学校など、少人数で手厚いサポートが受けられる環境が適している場合が多いです。

ADHD傾向がある場合は、教室内の刺激を減らす、視覚的な指示を使うなどの環境調整(合理的配慮)が学習の助けになります。

5. 行動・心理面へのアプローチ

かんしゃくや多動、睡眠障害に対しては、環境調整や行動療法が基本となりますが、場合によっては薬物療法(ADHD治療薬や睡眠導入剤など)が有効なこともあります。児童精神科医などと連携して対応します。

まとめ

ここまでの重要ポイントを振り返ります。

  1. ヴィーデマン・スタイナー症候群(WSS)は、KMT2A遺伝子の変異による先天性疾患です。
  2. 主な特徴は、長いまつ毛などの顔貌、肘の多毛、発達遅滞、低身長です。
  3. 原因の多くは突然変異であり、ご両親のせいではありません。
  4. 診断には、全エクソーム解析などの遺伝子検査が有効です。
  5. 治療は、症状に応じた対症療法と、早期からの療育が中心となります。
  6. 陽気で人懐っこい性格を持つお子様が多く、適切なサポートで成長していきます。

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