概要
アサバスカン脳幹形成異常症候群は、おなかの中で育つ早い時期に、脳幹(のうかん)とそこから出る神経、内耳、心臓・血管がうまく形づくられないために起こる生まれつきの病気です。常染色体潜性(劣性)遺伝の形式をとり、HOXA1(7p15.2)遺伝子の変化が原因となります。
主な症状は、目を左右に動かせない(水平方向の眼球運動の障害)、生まれつきの重い難聴、眠っているときなどに呼吸が弱くなる(中枢性低換気)、そして発達の遅れです。生まれつきの心臓の病気を伴うこともあります。症状の組み合わせと重さには個人差があります。
この病名は、北米南西部に暮らすアサバスカン語族の先住民(ナバホ族・アパッチ族)のお子さまで最初にまとめて報告されたことに由来します。その後、サウジアラビアやトルコなどのご家族で、同じ HOXA1 遺伝子の変化による「ボスレー・サリー・アロライニー症候群」が見つかりました。2つは同じ遺伝子による一続きの病気と考えられていますが、アサバスカン脳幹形成異常症候群では、中枢性低換気と発達の遅れが目立ちやすいことが特徴です。
原因
HOXA1 は、頭からしっぽまでのどの位置に何をつくるかを、体に指示する司令塔の遺伝子(ホックス遺伝子)のひとつです。
HOXA1 は、妊娠のごく早い時期に、脳幹のうしろ側の部分(後脳)をいくつかの区画に分けてつくるときにはたらきます。この区画からは、目を外側に動かす神経、顔の筋肉を動かす神経、耳の神経、呼吸のリズムをつくる神経のまとまりなどが育ちます。HOXA1 がはたらかないと、これらの神経や内耳、さらに心臓から出る太い血管のもとになる部分が正しく形づくられません。
お父さま・お母さまがそれぞれ症状のないキャリア(保因者)で、その両方から変化した遺伝子を受け継いだときに発症します(常染色体潜性遺伝)。アサバスカン語族の先住民では、共通の祖先に由来する同じ変化(創始者変異)が受け継がれていることが知られています。
症状
- 水平方向の眼球運動の障害:両目を左右に動かすことが難しく、顔ごと向けて物を見ます
- 生まれつきの重い難聴:内耳(蝸牛)が育っていないことが多く、両耳とも高度の難聴となります
- 中枢性低換気:脳から出る呼吸の指令が弱く、特に眠っているときに呼吸が浅くなります。この病気で命に関わる最も重要な症状です
- 発達の遅れ、知的障害:程度には個人差があります
- 顔の筋肉の弱さ、飲み込みにくさ、声帯の動きの低下
- 先天性心疾患:心臓から出る血管の形の異常(ファロー四徴症、大動脈弓の異常など)を伴うことがあります
- 首や頭の太い動脈の形の異常が見つかることがあります
検査・診断
多くは生まれてから、新生児聴覚スクリーニングで難聴を指摘されたり、目の動きの異常、呼吸の弱さ、ミルクの飲みにくさに気づかれたりして疑われます。心臓の病気がない限り、妊娠中の超音波検査では気づかれにくい病気です。
耳のCT・MRIで内耳の形成不全を、頭のMRIで脳幹や目を動かす神経の形成不全を確認します。睡眠中の呼吸の検査で低換気の程度を、心臓超音波検査で心臓の病気の有無を調べます。
確定診断は遺伝学的検査で行い、HOXA1 遺伝子に父方・母方それぞれ由来の変化が見つかります。似た症状の病気は多く、遺伝形式もさまざまなため、次のお子さまの見通しを正しくお伝えするために、原因遺伝子を確定することには大きな意味があります。
治療
現時点で、この病気そのものを治す治療はありません。治療は、それぞれの症状に合わせた対症療法と、成長・発達を支える支援が中心です。とくに呼吸の管理が、お子さまの安全を守るうえで最も大切です。
- 呼吸の管理:睡眠中の呼吸を見守り、必要に応じて人工呼吸器による補助や気管切開を検討します
- 難聴への対応:補聴器や人工内耳を使えるかどうかを、内耳や聴神経の状態をみて専門医が判断します。手話など目で見るコミュニケーションの支援も大切です
- 心臓の病気の治療:病気の種類に応じて手術を行います
- 栄養と飲み込みの支援:飲み込みが難しい場合は、管を通して栄養をとる方法(経管栄養)を用います
- 療育・リハビリテーション:発達に合わせた支援や、目の動きを補う工夫を行います
- ご家族への心理的支援
この疾患は検査でわかります
この疾患は、原因となる HOXA1 遺伝子を調べることで、発症前や出生前に見つけることができます。ヒロクリニックNIPTでは次の2つの検査をご用意しています。
エクソーム解析を用いた検査(1,200種類以上)
エクソーム解析は、遺伝子のうちたんぱく質の設計図にあたる部分(エクソン)をまとめて読み取る検査です。この解析を行ったうえで、HOXA1 遺伝子を含む1,200種類以上の遺伝子を対象に調べ、この疾患の原因となる変化を検出することが可能です。国内の検査所で行い、結果までの期間は5週間〜7週間です。
常染色体潜性(劣性)遺伝の疾患は、ご両親がどちらも症状のない「キャリア(保因者)」であるときに、4分の1の確率でお子さまが発症します。検査の内容・費用・結果までの期間は キャリアスクリーニングテスト1,200+のページ をご覧ください。
専門的な解説
HOXA1 は7番染色体のHOXA遺伝子クラスターの3′端に位置するホメオボックス転写因子で、レチノイン酸に応答して後脳の菱脳節(r4〜r5 付近)の区画化を規定する。両アレルの機能喪失により後脳の分節化が障害され、外転神経・顔面神経系の形成不全、内耳の無形成〜高度形成不全、呼吸リズム形成に関わる脳幹神経回路の異常が生じる。神経堤細胞の発生異常を介して、心流出路(円錐動脈幹)および内頸動脈の形成異常も伴いうる。
HOXA1 の両アレル短縮型変異による表現型は、一つのスペクトラム(HOXA1 関連症候群)として捉えられる。アサバスカン脳幹形成異常症候群(ABDS)はナバホ族・アパッチ族の創始者変異による病型で、水平注視麻痺・両側高度感音難聴に加え、中枢性低換気、発達遅滞・知的障害、円錐動脈幹異常が目立つ。一方、サウジアラビア・トルコの家系で報告されたボスレー・サリー・アロライニー症候群(BSAS)では、中枢性低換気はまれで知能が保たれることが多く、自閉スペクトラム症や内頸動脈の低形成・欠損が比較的目立つ。両者の差は、遺伝的背景の違いや報告例の少なさを反映している可能性もある。
鑑別としては、デュアン症候群(CHN1、MAFB)、メビウス症候群、進行性側弯を伴う水平注視麻痺(ROBO3、潜性)、先天性中枢性低換気症候群(PHOX2B、多くは新生突然変異による顕性)、CHARGE症候群(CHD7、多くは新生突然変異)、22q11.2欠失症候群が挙がる。これらは遺伝形式が異なり、次子再発率が25%(潜性)とごく低率(新生突然変異)で大きく違うため、遺伝子診断は遺伝カウンセリングに直結する。
よくある質問
Q. 次のお子さまへの影響はありますか。
A. この病気は常染色体潜性遺伝のため、ご両親がどちらもキャリアの場合、お子さまごとに4分の1の確率で発症します。男の子でも女の子でも確率は同じです。似た症状の病気には偶発的に起こる(新生突然変異による)ものもあり、その場合の再発率はごくわずかです。再発率が大きく異なるため、原因遺伝子を確定することが重要です。
Q. 妊娠中に分かりますか。
A. 心臓の病気を伴う場合を除き、妊娠中の超音波検査で気づかれることは多くありません。前のお子さまで原因となる変化がわかっている場合は、出生前の遺伝学的検査を検討できます。遺伝カウンセリングでご相談ください。
Q. アサバスカンの先住民の家系でなくても起こりますか。
A. はい。HOXA1 遺伝子の変化による同じ系統の病気は、中東などほかの地域のご家族でも報告されています。非常にまれな病気ですが、特定の民族だけに起こる病気ではありません。
Q. 生まれたあと、どのような生活になりますか。
A. 中枢性低換気が強い場合は、乳児期から呼吸の補助が必要になり、命に関わることもあります。呼吸の管理を続けながら成長していくお子さまもおり、難聴や発達への支援を受けて生活します。見通しは症状の重さによって大きく異なるため、医療チームとよく話し合ってください。
Q. 遺伝カウンセリングでは何を相談できますか。
A. 診断の意味、次のお子さまへの影響、出生前検査や着床前検査の選択肢、ごきょうだいやご親族への影響などをご相談いただけます。判断を急がせることはありません。
参考文献
- Holve S, Friedman B, Hoyme HE, et al. Athabascan brainstem dysgenesis syndrome. Am J Med Genet A. 2003;120A(2):169-173.
- Tischfield MA, Bosley TM, Salih MA, et al. Homozygous HOXA1 mutations disrupt human brainstem, inner ear, cardiovascular and cognitive development. Nat Genet. 2005;37(10):1035-1037.
- Bosley TM, Alorainy IA, Salih MA, et al. The clinical spectrum of homozygous HOXA1 mutations. Am J Med Genet A. 2008;146A(10):1235-1240.
- OMIM #601536 Bosley-Salih-Alorainy syndrome; BSAS (includes Athabaskan brainstem dysgenesis syndrome). Online Mendelian Inheritance in Man.
- OMIM *142955 Homeobox A1; HOXA1. Online Mendelian Inheritance in Man.
