概要
ケイマン型小脳性運動失調症は、生まれつき小脳のはたらきが弱いために、体のバランスをとることや、手足の動きを細かく調整することが難しくなる病気です。常染色体潜性(劣性)遺伝の形式をとり、ATCAY(19p13.3)遺伝子の変化が原因となります。
この病気は、カリブ海のケイマン諸島の、ある島の限られた地域に暮らすご家族で最初に見つかったことから、この名前がつきました。乳児期の早い時期から、首すわりやおすわり、歩き始めなどの遅れとして気づかれます。一方で、多くの小脳の病気とちがい、症状は年齢とともに大きく進行することは少ない(非進行性)とされています。
「小脳性運動失調症」には原因遺伝子も遺伝形式も異なる多くの病気があります。ケイマン型の特徴は、①ATCAY遺伝子が原因であること、②生まれつき(乳児期)に症状が現れること、③症状が進行しにくいこと、④発達の遅れを伴うことです。ケイマン諸島以外の地域でも、ATCAY 遺伝子の変化による同じような病気のご家族が報告されていますが、全体としてはきわめてまれな病気です。
原因
ATCAY 遺伝子は、「カイタキシン(caytaxin)」というたんぱく質の設計図です。カイタキシンは主に脳の神経細胞、とくに小脳ではたらいています。
小脳は、体のバランスを保ったり、手足や目、口の動きをなめらかに調整したりする「運動の調整役」です。カイタキシンは、神経細胞のなかで物質を運んだり、神経どうしの情報のやりとりを整えたりすることにかかわると考えられています。ATCAY 遺伝子が変化してカイタキシンが正しくはたらかないと、小脳の発達や機能が損なわれ、運動の調整がうまくいかなくなります。
お父さま・お母さまがそれぞれ症状のないキャリア(保因者)で、その両方から変化した遺伝子を受け継いだときに発症します(常染色体潜性遺伝)。ケイマン諸島の発祥地域では、共通の祖先に由来する変化のために、キャリアの方の割合が高いことが知られています。
症状
- 筋緊張の低下:乳児期から体がやわらかく、首すわりやおすわりが遅れます
- 運動発達の遅れ:歩き始めが大きく遅れることが多く、この病気でもっとも目立つ症状です
- ふらつきのある歩き方:足を広げて、体をゆらしながら歩きます
- 手のふるえ(企図振戦):物に手を伸ばすときなど、動かそうとしたときに手がふるえます
- 眼振:目が細かくゆれ動きます
- 話しにくさ(構音障害):言葉がゆっくり、不明瞭になることがあります
- 知的発達の遅れ:程度は人によって異なります
- 頭部MRIで、小脳が小さい(小脳低形成)所見がみられることがあります
検査・診断
乳児期の発達の遅れ、筋緊張の低下、ふらつき、眼振、手のふるえなどから小脳の病気が疑われます。頭部MRI検査で小脳の大きさや形を確認し、ほかの原因(感染症、代謝の病気、脳の形の異常など)がないかを調べます。
確定診断は遺伝学的検査で行い、ケイマン型小脳性運動失調症では ATCAY 遺伝子に父方・母方それぞれ由来の変化が見つかります。先天性の小脳の病気は原因が非常に多く、症状や画像だけで区別することは難しいため、原因遺伝子を確定することが、見通しの説明や次のお子さまの相談に欠かせません。
なお、この病気は妊娠中の超音波検査で気づかれることはまれで、多くは生まれたあとの発達の経過から見つかります。
治療
現時点で、この病気そのものを治す治療はありません。治療の中心は、お子さまの持っている力を伸ばし、日常生活をしやすくするためのリハビリテーションと支援です。症状が大きく進行しにくい病気のため、早くから支援を始めることで、できることを少しずつ増やしていくことが期待できます。
- 理学療法:バランスや歩く力を育て、転倒を防ぐ練習を行います
- 作業療法:手の細かい動きや、食事・着替えなど身の回りの動作を練習します
- 言語療法:話すこと、食べ物を飲み込むことを支援します
- 補装具・歩行器・車いす:お子さまの状態に合わせて、移動を助ける道具を使います
- 療育・特別支援教育:発達の状態に合わせた学びの場を整えます
- 定期的な診察:目の動きや視力、発達の経過などを確認します
- ご家族への支援:福祉制度の利用や、ご家族の負担を減らすための相談
この疾患は検査でわかります
この疾患は、原因となる ATCAY 遺伝子を調べることで、発症前や出生前に見つけることができます。ヒロクリニックNIPTでは次の検査をご用意しています。
エクソーム解析を用いた検査(1,200種類以上)
エクソーム解析は、遺伝子のうちたんぱく質の設計図にあたる部分(エクソン)をまとめて読み取る検査です。この解析を行ったうえで、ATCAY 遺伝子を含む1,200種類以上の遺伝子を対象に調べ、この疾患の原因となる変化を検出することが可能です。国内の検査所で行い、結果までの期間は5週間〜7週間です。
この疾患は常染色体潜性(劣性)遺伝のため、ご両親がどちらも症状のない「キャリア(保因者)」であるときに、お子さまごとに4分の1の確率で発症します。検査の内容・費用・結果までの期間は キャリアスクリーニングテスト1,200+のページ をご覧ください。
専門的な解説
ATCAY は19p13.3に位置し、CRAL-TRIOドメインをもつ神経特異的たんぱく質カイタキシン(caytaxin)をコードする。本疾患はケイマン諸島の遺伝的に隔離された集団において、DNAプーリングを用いた連鎖不平衡解析により19p13.3に座位が同定され、その後のポジショナルクローニングで ATCAY が原因遺伝子として確定した。集団内の患者は共通の創始者変異をホモ接合でもつ。
カイタキシンは小脳プルキンエ細胞・顆粒細胞をはじめとする神経細胞に発現し、キネシンを介した軸索輸送や、グルタミン酸合成にかかわる酵素の制御を通じてシナプス機能に関与すると考えられている。オルソログの変異はマウスの jittery・sidewinder・hesitant 系統(運動失調・ジストニア)や、ジストニアラットの原因として知られ、ヒトでも運動失調に加えジストニア様の不随意運動が報告されることがある。臨床的には先天性・非進行性の小脳性運動失調と精神運動発達遅滞が中核であり、変性が進行する脊髄小脳失調症とは経過が異なる。
ATCAY について、ケイマン型以外に確立した別の疾患単位(アレル疾患)は現時点で知られていない。鑑別としては、VLDLR 関連小脳低形成(CAMRQ1)、橋小脳低形成、ジュベール症候群、PMM2-CDG(先天性グリコシル化異常症)、毛細血管拡張性運動失調症(ATM)、フリードライヒ運動失調症(FXN)などが挙がる。先天性運動失調は遺伝的異質性がきわめて高く、臨床像・画像のみでの鑑別は困難であるため、エクソーム解析などの網羅的遺伝子検査が診断と遺伝カウンセリングに有用である。
よくある質問
Q. 次のお子さまへの影響はありますか。
A. この病気は常染色体潜性遺伝のため、ご両親がどちらもキャリアの場合、お子さまごとに4分の1の確率で発症します。2分の1の確率でご両親と同じ症状のないキャリアに、4分の1の確率で変化を受け継がないお子さまになります。先天性の運動失調には遺伝形式の異なる病気も多いため、原因遺伝子を確定することが大切です。
Q. 症状は年齢とともに悪くなりますか。
A. ケイマン型は、症状が大きく進行しにくい(非進行性)とされている点が特徴です。リハビリテーションなどの支援を続けることで、ゆっくりでもできることが増えていく場合があります。ただし、報告されている患者さんの数は少なく、経過には個人差があります。
Q. 妊娠中に分かりますか。
A. 妊娠中の超音波検査で気づかれることはまれで、多くは生まれたあとの発達の遅れから見つかります。前のお子さまで診断がついている場合や、ご夫婦がキャリアと分かっている場合は、遺伝子検査による出生前検査を検討できます。遺伝カウンセリングでご相談ください。
Q. 日本人にも起こる病気ですか。
A. この病気はケイマン諸島の限られた地域で多く見られますが、ほかの地域のご家族でも ATCAY 遺伝子の変化による報告があります。どの国・地域でも起こりうる病気ですが、非常にまれです。
Q. 遺伝カウンセリングでは何を相談できますか。
A. 診断の意味、次のお子さまへの影響、出生前検査や着床前検査の選択肢、ごきょうだいやご親族への影響などをご相談いただけます。判断を急がせることはありません。
参考文献
- Bomar JM, Benke PJ, Slattery EL, et al. Mutations in a novel gene encoding a CRAL-TRIO domain cause human Cayman ataxia and ataxia/dystonia in the jittery mouse. Nat Genet. 2003;35(3):264-269.
- Nystuen A, Benke PJ, Merren J, Stone EM, Sheffield VC. A cerebellar ataxia locus identified by DNA pooling to search for linkage disequilibrium in an isolated population from the Cayman Islands. Hum Mol Genet. 1996;5(4):525-531.
- Bird TD. Hereditary Ataxia Overview. In: Adam MP, et al., editors. GeneReviews®. Seattle (WA): University of Washington, Seattle; 1993-.
- OMIM #601238 Cerebellar ataxia, Cayman type; ATCAY. Online Mendelian Inheritance in Man.
- OMIM *608179 ATCAY kinesin light chain interacting caytaxin. Online Mendelian Inheritance in Man.
