概要
D-グリセリン酸尿症は、体のなかでできる「D-グリセリン酸」という物質をうまく処理できず、尿にたくさん出てくる先天代謝異常症です。常染色体潜性(劣性)遺伝の形式をとり、GLYCTK 遺伝子の変化が原因となります。
この病気は非常にまれで、世界でも報告はごくわずかです。症状の幅がとても広いことが大きな特徴です。乳児期から筋緊張の低下、けいれん、発達の遅れなど神経の症状が出る方がいる一方で、検査で偶然見つかり、ほとんど症状がない方も報告されています。
名前の似た病気に「L-グリセリン酸尿症」があります。こちらは原発性高シュウ酸尿症2型と呼ばれる別の病気で、原因遺伝子(GRHPR)も、腎臓に結石ができやすいという症状も異なります。D-グリセリン酸尿症の原因として知られているのは GLYCTK 遺伝子だけで、同じ遺伝子で起こる別の病気はこれまで知られていません。
原因
GLYCTK は、D-グリセリン酸キナーゼという酵素の設計図です。この酵素は主に肝臓や腎臓ではたらきます。D-グリセリン酸にリン酸をつけて、エネルギーをつくる経路(解糖系)へ送り込むのが役割です。
D-グリセリン酸は、果物などに含まれる果糖(フルクトース)や、アミノ酸の一つであるセリンが分解される途中でできる物質です。酵素がはたらかないと、D-グリセリン酸が体にたまり、尿にたくさん出てくるようになります。ただし、たまった D-グリセリン酸がどのようにして神経の症状につながるのか、そもそも症状の原因になっているのかどうかは、まだはっきりわかっていません。
お父さま・お母さまがそれぞれ症状のないキャリア(保因者)で、その両方から変化した遺伝子を受け継いだときに発症します(常染色体潜性遺伝)。
症状
報告されている症状は人によって大きく異なり、すべての方に出るわけではありません。これまでに次のような症状が報告されています。
- 筋緊張の低下:赤ちゃんの体がやわらかく、首のすわりなどが遅れることがあります
- けいれん(てんかん):新生児期・乳児期から起こり、重い経過をとる例もあります
- 発達の遅れ・知的障害:程度は軽いものから重いものまでさまざまです
- 小頭症、ミルクの飲みが悪い、成長の遅れ
- 代謝性アシドーシス(血液が酸性に傾く状態)が報告された例もあります
- ほとんど症状がなく、尿の検査で偶然見つかる方もいます
重い神経の症状がある方の多くは、症状をきっかけに詳しい検査を受けた結果として見つかっています。そのため、この病気そのものがどこまで症状にかかわっているのかは、専門家のあいだでも議論が続いています。
検査・診断
尿の有機酸分析で、グリセリン酸がたくさん出ていることから疑われます。グリセリン酸には D 型と L 型があるため、どちらの型が増えているかを区別する検査を行い、D 型であることを確かめます。L 型が増えている場合は、原発性高シュウ酸尿症2型を考えます。
確定診断は遺伝学的検査で行い、GLYCTK 遺伝子に父方・母方それぞれ由来の変化が見つかります。なお、日本で行われている新生児マススクリーニングの対象には含まれていません。神経の症状がある場合は、ほかに原因となる病気がないかもあわせて調べることが大切です。
治療
現時点で、この病気を治す治療や、効果が確かめられた治療法はありません。症状に合わせた治療と、成長・発達を支える支援が中心になります。
- けいれんの治療:抗てんかん薬を使い、発作を抑えます
- 食事の工夫:果糖を控える食事を試した報告がありますが、効果ははっきりしていません。自己判断では行わず、主治医と相談してください
- 発達の支援:理学療法・作業療法・言語療法などのリハビリテーションや療育
- 体調が悪いときの対応:アシドーシスがみられる場合は、点滴などで補正します
- 定期的な診察:成長・発達の様子を見守り、必要な支援につなげます
この疾患は検査でわかります
この疾患は、原因となる GLYCTK 遺伝子を調べることで、発症前や出生前に見つけることができます。ヒロクリニックNIPTでは次の2つの検査をご用意しています。
エクソーム解析を用いた検査(1,200種類以上)
エクソーム解析は、遺伝子のうちたんぱく質の設計図にあたる部分(エクソン)をまとめて読み取る検査です。この解析を行ったうえで、GLYCTK 遺伝子を含む1,200種類以上の遺伝子を対象に調べ、この疾患の原因となる変化を検出することが可能です。国内の検査所で行い、結果までの期間は5週間〜7週間です。
常染色体潜性(劣性)遺伝の疾患は、ご両親がどちらも症状のない「キャリア(保因者)」であるときに、4分の1の確率でお子さまが発症します。検査の内容・費用・結果までの期間は キャリアスクリーニングテスト1,200+のページ をご覧ください。
専門的な解説
GLYCTK は D-グリセリン酸キナーゼをコードし、D-グリセリン酸を2-ホスホグリセリン酸へリン酸化して解糖系に合流させる。D-グリセリン酸は、肝臓での果糖代謝(D-グリセルアルデヒド経由)とセリン分解(ヒドロキシピルビン酸経由)の中間体である。2010年に Sass らが GLYCTK の両アレル変異を同定し、本症が D-グリセリン酸キナーゼ欠損症であることが遺伝学的に確立された。
臨床像は無症状から重度の神経障害(筋緊張低下、難治性けいれん、小頭症、重度の発達遅滞)まで極めて多様である。初期の報告例には非ケトーシス型高グリシン血症に似た病像を示したものがあり、本症との関連が論じられた。症例数が少ないうえ、神経症状をきっかけに代謝スクリーニングを受けた例に偏る確認バイアスが大きい。このため、D-グリセリン酸の蓄積と神経症状の因果関係は確立していない。遺伝子型と表現型の明確な相関も示されていない。
鑑別ではL-グリセリン酸尿症=原発性高シュウ酸尿症2型(GRHPR)が重要で、尿中グリセリン酸の光学異性体を分けて定量することで区別する。神経症状を伴う例では、非ケトーシス型高グリシン血症(GLDC、AMT)など他の先天代謝異常症や神経発達症の原因の検索を並行して行うべきである。次子再発率は25%である。症状の重さを出生前に予測することは難しいため、遺伝カウンセリングではこの不確実性を丁寧に共有する必要がある。
よくある質問
Q. 次のお子さまへの影響はありますか。
A. この病気は常染色体潜性遺伝のため、ご両親がどちらもキャリアの場合、お子さまごとに4分の1の確率で発症します。キャリアであるご両親ご自身に症状が出ることはありません。原因遺伝子を確定しておくことで、次のお子さまについて正確な情報をお伝えできます。
Q. 妊娠中に分かりますか。
A. この病気には、妊娠中の超音波検査で見つかるような特徴はほとんどありません。ご家族で原因となる遺伝子の変化がわかっている場合は、出生前の遺伝学的検査を検討できます。遺伝カウンセリングでご相談ください。
Q. 診断されたら、重い症状が出るのですか。
A. 必ずしもそうではありません。重い神経の症状が出た方がいる一方で、ほとんど症状のない方も報告されています。報告数が少ないため、おひとりおひとりの見通しを正確に予測することは難しいのが現状です。主治医と相談しながら、成長・発達を見守っていきます。
Q. 名前の似た「L-グリセリン酸尿症」とは違う病気ですか。
A. はい、別の病気です。L-グリセリン酸尿症は原発性高シュウ酸尿症2型とも呼ばれ、GRHPR 遺伝子が原因です。腎臓や尿路に結石ができやすいことが主な問題になります。D-グリセリン酸尿症とは原因遺伝子も症状も治療も異なるため、尿の検査でどちらの型かを区別します。
Q. 遺伝カウンセリングでは何を相談できますか。
A. 診断の意味、次のお子さまへの影響、出生前検査や着床前検査の選択肢、ごきょうだいやご親族への影響などをご相談いただけます。判断を急がせることはありません。
参考文献
- Sass JO, Fischer K, Wang R, et al. D-glyceric aciduria is caused by genetic deficiency of D-glycerate kinase (GLYCTK). Hum Mutat. 2010;31(12):1280-1285.
- Van Schaftingen E. D-glycerate kinase deficiency as a cause of D-glyceric aciduria. FEBS Lett. 1989;243(2):127-131.
- OMIM #220120 D-Glyceric Aciduria. Online Mendelian Inheritance in Man.
- OMIM *610516 Glycerate Kinase; GLYCTK. Online Mendelian Inheritance in Man.
