病気の別称
プラダー・ウィリ症候群(Prader-Willi Syndrome:PWS)
1960年代にスイスの医師Prader博士とWilli博士らによって初めて報告されたことからその名が付けられました。日本語では「プラダーウィリー症候群」と表記されることもあります。日本国内では、指定難病(193)にも登録されており、医療費助成などの支援制度の対象となっています。
アンジェルマン症候群(Angelman Syndrome:AS)
1965年にイギリスの小児科医ハリー・アンジェルマン博士が、共通の特徴をもつ3人の子どもの症例を報告したことに由来します。当初は「幸福なマリオネット症候群(happy puppet syndrome)」という名称も使われていましたが、差別的表現との指摘から現在は使用されません。
両疾患は共に15番染色体の同一領域(15q11-q13)にある「刷り込み遺伝子」が原因で起こる、非常に特異な遺伝性疾患です。注目すべきは、「どちらの親から由来する染色体に異常があるか」によって全く異なる症状を呈するという点です。
つまり、同じ領域の異常でも、
- 父親由来の異常 → プラダー・ウィリ症候群
- 母親由来の異常 → アンジェルマン症候群
となり、これが「鏡像的遺伝疾患」とも呼ばれる所以です。
疾患概要
プラダー・ウィリ症候群(PWS)とアンジェルマン症候群(AS)は、いずれも出生直後あるいは乳児期から特徴的な発達障害や身体的異常を示す、希少な遺伝性疾患です。どちらも15番染色体の「刷り込み(imprinting)」という遺伝子制御機構の異常によって発症します。
PWSでは、生まれつき筋力が弱く、哺乳がうまくできないなどの症状から始まり、3歳頃から「異常な食欲(過食)」が現れ、重度の肥満へと進行する傾向があります。さらに、知的障害、低身長、性ホルモンの分泌異常、行動のこだわりなど多面的な症状がみられ、全身にわたる継続的な医療的・福祉的サポートが求められます。
一方、ASは、見た目には比較的健康そうに見える場合でも、生後6ヶ月以降に運動発達の遅れが明らかになり、やがて重度の知的障害、話せない(もしくはごく限られた言語表現)、歩行の困難さ、けいれん(てんかん)などが顕著になります。加えて、よく笑い、快活で落ち着きのない行動が見られることから、一部では「天使のような笑顔」と表現されることもありますが、生活全般にわたって高い介護依存度が伴います。
両疾患とも、現在のところ根治療法は存在しません。しかし、早期の診断と適切な支援によって、症状の軽減や生活の質の向上が期待できます。また、近年は遺伝子治療や行動修正薬の研究が進められており、将来的な治療法の確立が待たれています。
このように、PWSとASは同じ染色体領域に起因しながらも、臨床的にはまったく異なる課題と支援ニーズを抱えるという点で、家族や支援者にとっても高度な理解と対応が求められる疾患群です。
病因と診断の方法
両疾患は、「遺伝子の刷り込み(インプリンティング)」異常によって発症します。
- PWS:父親由来の15q11-q13領域の遺伝子が欠失または機能しない。
- AS:母親由来のUBE3A遺伝子などが欠失または機能しない。
具体的な原因としては、染色体の欠失、片親性ダイソミー(両方の染色体が母親または父親由来)、遺伝子変異、刷り込み異常などが含まれます。
診断には以下の方法が用いられます:
- DNAメチル化検査(刷り込みの有無を確認)
- 遺伝子解析(欠失・重複・点変異の有無)
- 染色体マイクロアレイ検査
- 必要に応じて脳波・MRI・内分泌検査等
疾患の症状と管理方法
プラダー・ウィリ症候群(PWS)
症状
- 新生児期:筋緊張低下、哺乳困難、体重増加不良
- 幼児期以降:過食、肥満、低身長、性腺機能不全、知的発達の遅れ、行動異常
- 成人期:生活習慣病、骨粗鬆症、精神的問題
管理方法
- 食事制限と運動療法(過食管理)
- 成長ホルモン療法(身長・筋力・体組成改善)
- 発達支援・療育(言語、作業、理学療法)
- 行動支援と心理ケア(こだわり・情緒不安定の対処)
- 呼吸管理・睡眠管理
- 内分泌管理(性ホルモン・糖尿病など)
2025年には「Vykat XR」という新しい過食抑制薬が米国で承認され、今後の治療への期待も高まっています。
アンジェルマン症候群(AS)
症状
- 発達遅延と重度知的障害
- 言語障害(ほぼ話せない)
- 運動失調(歩行困難)
- てんかん発作
- 笑顔が多く、興奮しやすい
- 小頭症、特徴的な顔貌
管理方法
- 抗てんかん薬での発作管理
- 理学療法・作業療法・言語療法
- 補助的コミュニケーション支援(AAC)
- 睡眠と行動障害への対応(環境調整と薬物)
- 長期的な生活・介護支援体制の整備
遺伝子治療の研究も進んでおり、今後の進展が期待されています。

将来の見通し
プラダー・ウィリ症候群(PWS)
プラダー・ウィリ症候群の将来の見通しは、早期診断と多職種支援の介入によって大きく変わります。特に、肥満による合併症(2型糖尿病、高血圧、心血管疾患、睡眠時無呼吸症候群など)が命に関わることがあり、これらをいかに予防・管理できるかが予後の鍵を握っています。
医療面での見通し
- **成長ホルモン療法(GH療法)**の導入により、低身長の改善に加えて、筋力増加、脂肪組織の減少、骨密度の維持などが可能となり、運動機能や生活の質(QOL)の向上が期待されます。
- 一方で、呼吸機能の弱さや食事制限の困難さは続くため、医療的なモニタリングと家族による日常管理が不可欠です。
- **Vykat XR(2025年米国FDA承認)**のような新薬の登場により、PWS最大の課題である「止められない食欲(飢餓感)」への直接的治療が可能になる兆しが見えてきました。この薬は脳の満腹中枢に働きかけ、食欲をコントロールすることで、将来的に肥満合併症の発症を抑制することが期待されています。
生活・社会面での見通し
- 重度の知的障害や行動障害を伴う場合は、自立した生活が難しく、グループホームや福祉施設での生活を選択する例も少なくありません。
- 軽度~中等度の症例では、日中活動の場として就労支援施設や地域作業所などに通所し、社会との接点を維持することが可能なケースもあります。
- 学校教育では、特別支援学校での個別支援や、通常学級と支援学級を併用するインクルーシブ教育も選択肢に入ります。
- 行動のこだわりやルーティンへの強い執着などから、家族や支援者による環境整備・心理的ケアが生涯にわたって重要となります。
家族と支援体制
- 親やきょうだいへの精神的・経済的負担は大きく、**家族支援制度(レスパイト、相談支援、経済的助成)**の活用が不可欠です。
- 日本では、難病医療費助成制度や障害福祉サービス、成年後見制度などを組み合わせて、包括的なライフプラン支援を設計していく必要があります。
- 高齢化社会を迎える中で、「親なきあと」問題への備えも早期から検討すべき課題の一つです。
今後の研究・希望
- 遺伝子編集、脳内神経伝達系の調整薬、社会的スキル強化のための心理療法など、症状ごとに特化した治療アプローチの研究が進行中です。
- 海外では、AIやIoTを活用した遠隔モニタリングや生活支援技術の導入も始まっており、日本でも今後の普及が期待されています。
- 将来的には、遺伝子の機能回復を目指す革新的な治療(エピジェネティック療法など)が実用化される可能性も視野に入っています。
アンジェルマン症候群(AS)
アンジェルマン症候群は、重度の知的障害と運動障害を中心とする疾患であるため、長期的な介助と医療的・福祉的支援が生涯にわたって必要になります。ただし、命に関わる合併症の頻度はPWSに比べて低く、適切な医療・生活支援により、比較的安定した生活を送ることができるケースも多く報告されています。
医療面での見通し
- てんかん発作が重度の場合、生活の質が大きく低下するため、抗てんかん薬の選定と継続的な調整が極めて重要です。
- 睡眠障害、消化機能障害、運動失調、視力・聴力の問題など、個々の症状に合わせた多職種による包括的な管理体制が求められます。
- 近年では、神経可塑性(脳の柔軟性)を活用したトレーニング法や、脳波モニタリングを利用した介入研究も注目されています。
生活・社会面での見通し
- 基本的には常時の介護が必要な重度障害の状態が続きますが、笑顔が多く、他者との交流を楽しめる特性から、地域の福祉施設や療育の場で人と関わりながら活動する姿が多く見られます。
- 言語表現がほとんどないため、AAC(拡大代替コミュニケーション)ツールの導入によって、本人の意思伝達能力を補完することが大きな鍵となります。
- 音楽やリズム、触覚刺激などを用いた感覚統合療法が効果を示すケースもあり、「感じる」「反応する」力を活かした支援が推奨されています。
家族と支援体制
- 睡眠障害や昼夜逆転行動が続くと、家族の慢性的な睡眠不足や介護疲労につながりやすく、専門家との連携によるサポート体制が不可欠です。
- 保育園・幼稚園、学校、福祉施設の職員との継続的な情報共有とケアプランの調整が必要になります。
- 成年後は、地域生活支援センターや福祉型障害児入所施設などを活用し、「本人らしく生きる」生活環境の整備が重要な課題となります。
今後の研究・希望
- ASの遺伝子異常の中でも、特に母方UBE3A遺伝子の機能喪失が重要視されており、これに対する遺伝子治療・エピジェネティック薬の臨床試験が海外で進行中です。
- 父親由来のUBE3A遺伝子を人工的に「活性化」させる技術が動物実験段階で成功しており、根治療法の実現に一歩近づいているとの報告もあります。
- 日本国内でも、臨床遺伝専門医や神経小児科医による研究会が組織され、国際的な共同研究への参加や啓発活動の強化が進められています。
両疾患に共通するのは、早期の診断・介入がその後の生活の質に大きく影響するという点です。家族にとっては長期的な支援が必要な疾患ですが、医学の進歩と社会制度の整備により、今後ますます選択肢が広がっていくことが期待されています。
もっと知りたい方へ
- 難病情報センター、医療機関、患者支援団体などから、信頼できる情報を得ることができます。
- 遺伝カウンセリングによる助言や出生前診断(NIPTなど)の相談も可能です。
- 地域の療育センター、リハビリ施設、福祉窓口と連携し、長期的な支援計画を立てることが望ましいです。
引用文献
- 日本小児内分泌学会 ガイドライン
- GeneReviews: Prader-Willi syndrome, Angelman syndrome
- Mayo Clinic
- MedlinePlus
- ScienceDirect 論文
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