シトルリン血症1型(アルギニノコハク酸合成酵素欠損症)【ASS1】

やさしいまとめ

このページでは、「シトルリン血症1型(Citrullinemia Type I)」という、体の中でたんぱく質を分解したときに出る有害なアンモニアをうまく処理できなくなる先天性代謝異常症について、やさしくくわしくご説明します。
原因となる遺伝子(ASS1)の働きや、症状のあらわれ方(赤ちゃんの頃から、大人になってから発症する場合まで)、検査方法、治療法、生活の工夫について、患者さんやご家族の視点で丁寧にまとめています。
「子どもがこの病気と診断されたけれど、どう向き合えばよいか不安」「医師の説明をもっとやさしい言葉で知りたい」と思っている方に、ぜひ読んでいただきたい内容です。

遺伝子領域 | Implicated Genomic Region

ASS1

シトルリン血症1型は、ASS1遺伝子(Argininosuccinate Synthase 1)の変異によって起こります。この遺伝子は9番染色体の長腕(9q34.11)という場所にあり、アルギニノコハク酸合成酵素1(Argininosuccinate Synthase 1、略称:ASS1)という重要なたんぱく質を作る働きを持っています。

この酵素は、体の中で不要な窒素(たんぱく質を分解した後にできる有害な物質)を無害な尿素(ゆうそ)に変える「尿素回路(Urea Cycle)」という仕組みの中で働いています。特に、「シトルリン(Citrulline)」と「アスパラギン酸(Aspartate)」というアミノ酸を材料にして、「アルギニノコハク酸(Argininosuccinate)」を作り出す反応を助ける役割を持っています。

疾患名 | Disorder

この病気の正式名称はシトルリン血症1型(Citrullinemia, Type I)です。英語で略して「CTLN1」とも呼ばれます。

分類としては、「尿素回路異常症(Urea Cycle Disorder、UCD)」という先天性代謝異常症(生まれつき体の中の化学反応に関わる酵素がうまく働かない病気)の一つです。

概要 | Overview

シトルリン血症1型は、ごくまれに見られる遺伝性(家族に遺伝する)の代謝性疾患で、両親から受け継いだASS1遺伝子の異常(変異)によって起こります。

この病気では、「尿素回路」がうまく働かないため、たんぱく質を分解した後にできるアンモニア(Ammonia)という毒性のある物質が体にたまりやすくなります(これを高アンモニア血症(Hyperammonemia)といいます)。その結果、体や脳にさまざまな影響が出てきます。

症状の出方には個人差があり、生まれてすぐに症状が出る重症型から、大人になってから気づかれる軽い型、さらにはまったく症状のない人もいます。

なお、シトルリン血症2型(Citrullinemia Type II)という別の病気もありますが、これはSLC25A13遺伝子の異常による全く別の疾患です(日本では「シトリン欠損症」とも呼ばれています)。名前は似ていますが、原因・治療法・体への影響は異なりますので注意が必要です。

疫学 | Epidemiology

シトルリン血症1型は非常にまれな病気です。世界全体では、およそ4万〜25万人に1人の割合で発症すると言われています。地域によって頻度が異なり、以下のような報告があります:

  • 韓国:約4万4,300人に1人
  • オーストリア:約7万7,800人に1人
  • アメリカ・ニューイングランド地方:約20万人に1人
  • 日本では新生児スクリーニングにより、早期に発見されることもあります。
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病因 | Etiology

この病気の原因は、体の中のASS1酵素がうまく働かなくなることです。この酵素は、「シトルリン」と「アスパラギン酸」という2つのアミノ酸を使って、「アルギニノコハク酸」を作る反応を助けています。この反応は、「アンモニア」を「尿素」に変える尿素回路の中でとても重要です。

ASS1の働きが弱くなると、この回路が途中で止まってしまい、体の中にアンモニアやシトルリンがたまり、脳や体に影響を与えるようになります。

症状 | Symptoms

症状の現れ方には個人差があり、以下のようなタイプがあります。

1. 新生児型(典型的な重症型)

  • 発症時期:生後1〜4日以内が多いです。
  • 初期症状
    • 母乳やミルクをうまく飲めない
    • ぐったりして元気がない(傾眠・嗜眠)
    • 吐く
    • 筋肉がゆるくなる(低緊張)
    • 呼吸が早くなる(代謝性アルカローシス)
  • 進行すると
    • けいれん
    • 意識障害(昏睡)
    • 頭蓋内圧の上昇による脳障害
    • 死亡する場合もあります
  • 後遺症:治療が遅れると、知的障害や発達遅延が残る可能性があります。

2. 遅発型(非典型型)

  • 発症時期:乳児期〜成人期までさまざま
  • 症状
    • 頭痛、めまい、ふらつき
    • 精神的な混乱や注意力低下
    • 発語障害やふらつき歩行(運動失調)
    • 肝機能障害

3. 妊娠・出産時発症型(周産期型)

  • 妊娠中または出産直後に、初めて発症する場合もあります。
  • 症状:精神症状(不安感・幻覚・錯乱)、肝不全、けいれんなど

4. 無症候型(症状が出ないタイプ)

  • 生まれつきASS1の遺伝子に異常があっても、十分な酵素活性があるために症状が出ない人もいます。これらの方は、新生児スクリーニングや家族歴などから見つかることがあります。

検査・診断 | Testing & Diagnosis

血液・尿の検査

  • 血中アンモニア:通常より大幅に高くなります(150 μmol/L以上、重症例では2000 μmol/Lを超えることも)
  • シトルリン:非常に高値(500 μmol/L以上)
  • アルギニノコハク酸:低値または検出されない
  • 尿中オロチン酸:代謝危機のときに高くなります

遺伝子検査

  • ASS1遺伝子の変異を確認します。
  • シーケンス解析で約96%の患者さんが診断可能です。
  • よりまれなタイプのために、マルチ遺伝子パネルや全エクソーム・全ゲノム解析が使われることもあります。

酵素活性の検査(まれ)

  • 残存酵素活性が8%以下であれば、重症型が疑われます。
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治療法と管理 | Treatment & Management

急性期の対応(高アンモニア血症)

  • すぐにたんぱく質を中止(体内でアンモニアが増えるのを防ぎます)
  • 点滴によるアルギニン投与や窒素スカベンジャー薬(フェニル酪酸など)を使用
  • 血液透析や血液浄化療法(アンモニアが非常に高いとき)
  • 脳浮腫の管理(水分制限や脳圧コントロール)

長期管理

  • たんぱく質制限食:年齢・体重に応じた適切な制限が必要です
  • 薬物療法
    • 窒素スカベンジャー薬
    • アルギニンの補充
    • カルニチン(必要に応じて)
  • 発育と発達の支援
    • 理学療法、作業療法、言語療法など
  • 感染症の予防と迅速な対応:感染は代謝危機の引き金になります

肝移植

  • 根治療法(病気を完全に治す手段)として行われることがあります。
  • 生後3ヶ月以降、体重5kg以上が目安となります。
  • ただし、すでに起きてしまった脳障害は回復しません。

予後 | Prognosis

  • 良い予後のためには早期診断と早期治療が非常に重要です。
  • 初回の高アンモニア発作が早く治療されれば、長期的な生活の質を大きく改善できます。
  • 放置したり診断が遅れると、脳障害などの後遺症が残る可能性が高くなります。
  • 肝移植後はアンモニアの問題はなくなりますが、移植前の脳のダメージが完全に治るとは限りません。

引用文献|References

キーワード|Keywords

シトルリン血症1型, ASS1, アルギニノコハク酸合成酵素, 尿素回路異常症, 高アンモニア血症, 遺伝性代謝異常症, 新生児スクリーニング, 窒素スカベンジャー, 肝移植, シトルリン, 遅発型, 妊娠期発症, 精神症状, 遺伝子診断, アルギニン, アミノ酸代謝

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