やさしいまとめ
メタクロマチック白質ジストロフィー(MLD)は、体の中で特定の脂質(スルファチド)が分解できなくなることで、脳や神経に障害を引き起こす、進行性の遺伝性の病気です。主に小さな子どもに見られますが、大人になってから症状が出る場合もあります。
このページでは、MLDの原因、どんな症状が出るか、検査や治療法、病気の進み方などについて、できるだけやさしく、ていねいに解説しています。お子さんの様子が気になるご家族の方、診断を受けて情報を探している方、または医療や福祉に関わる方にとっても、参考になる内容です。
ご自身やご家族の健康に不安を感じたときの「最初の一歩」として、お読みいただければ幸いです。
遺伝子領域 | Implicated Genomic Region
ARSA

ARSA遺伝子(Arylsulfatase A/アリルスルファターゼA)は、22番染色体の長腕(22q13.33)に存在し、「ライソソーム(lysosome/細胞内の不要物を分解する小器官)」で働く酵素、アリルスルファターゼAの生成に関与しています。
この酵素は、神経の保護膜であるミエリン(myelin)に多く含まれる「スルファチド(sulfatide)」という脂質を分解する重要な役割を担っています。
ARSA遺伝子に病的な変異が2つ(両親から1つずつ)あると、酵素の活性が極端に低下し、スルファチドが蓄積します。これにより、神経が障害を受け、メタクロマチック白質ジストロフィー(MLD)が発症します。
以下は代表的なARSA変異の例です
- c.465+1G>A:酵素活性が完全に失われる「0型アレル」で、乳児型MLDによく見られます。
- c.1283C>T(p.Pro428Leu):成人型との関連が示唆されているミスセンス変異。
- c.542T>G(p.Ile181Ser):一部の酵素活性が残る変異で、進行が緩やかな症例に関連する。
疾患名 | Disorder
メタクロマチック白質ジストロフィー(Metachromatic Leukodystrophy:MLD)は、遺伝性の代謝性疾患であり、ARSA酵素の欠損によって神経細胞のミエリンが破壊されることから生じます。
他の名称としては以下が用いられます
- アリルスルファターゼA欠損症(Arylsulfatase A Deficiency)
- 遅発型・乳児型・成人型MLD
- 偽アリルスルファターゼA欠損症(Pseudodeficiency)
概要 | Overview
MLDは、スルファチドという脂質が神経細胞に蓄積し、脳や末梢神経の白質が破壊される進行性の神経疾患です。病気は年齢によって以下の3つの型に分類されます:
- 乳児型(Late-infantile MLD):生後6か月〜2歳半に発症。最も頻度が高く、急速に進行します。
- 小児型(Juvenile MLD):2歳半〜16歳に発症。症状の出方や進行速度に幅があります。
- 成人型(Adult MLD):16歳以降に発症。進行は緩やかですが、精神的な症状が目立つこともあります。
疫学 | Epidemiology
MLDは非常に稀な疾患であり、出生時の有病率は地域ごとに異なります。
- 世界全体:1/40,000〜1/160,000出生
- ポルトガル:1.85/100,000(乳児型:1.12、小児型:0.29、成人型:0.45)
- スウェーデン:1.73/100,000
- 日本:0.16/100,000(報告不足の可能性あり)
また、以下のような民族集団では有病率が特に高くなっています:
- ナバホ(米国):1/2,500
- アラスカ・ユピック:1/2,500
- イスラエル・アラブ人:1/8,000
病因 | Etiology
MLDは、常染色体劣性遺伝形式で発症します。すなわち、両親から1つずつ異常なARSA遺伝子を受け継いだ場合に発症します。
また、稀にPSAP遺伝子(プロサポシン)の変異により、「サポシンB(saposin B)」というARSA酵素の補助因子が機能しなくなることでMLDを発症するケースもあります。
偽ARSA欠損症(Pseudodeficiency)
- 一部の人はARSA活性が通常より低いものの、症状が出ないことがあります。
- よく見られる偽欠損アレル:p.Asn352Ser(c.1055A>G), c.96A>G
- 世界中で30〜35%の人がこれらのアレルを保有しているとされています。
このため、酵素活性検査だけでは確定診断はできず、遺伝子検査との併用が必須です。
症状 | Symptoms
MLDの症状は、発症年齢によって異なりますが、いずれも運動機能・認知機能の進行性の低下を特徴とします。
主な共通症状
- 歩行困難、つまずきやすさ、筋力低下
- 言葉を忘れる、話せなくなる
- 視覚・聴覚障害(視力低下、難聴、失明)
- 感覚鈍麻、末梢神経障害
- 発作(てんかん)
- 飲み込みにくさ、誤嚥、誤嚥性肺炎
- 排泄コントロールの喪失(失禁)
- 無反応、昏迷状態
サブタイプごとの特徴
乳児型(Late-infantile MLD)
- 発症:生後6か月〜2.5歳
- 最初は正常な発達 → 急速な退行
- 歩けていた子が歩けなくなる、話さなくなる
- 筋緊張の変化(低下から硬直へ)、けいれん、誤嚥
- 発症から5〜6年での死亡が多い
小児型(Juvenile MLD)
- 発症:2.5歳〜16歳
- 初期には「学校での成績低下」「集中力の低下」「不安定な行動」などが見られる
- その後、歩行障害、発作、認知機能の退行へ進行
- 個人差が大きいが、多くは20歳前後までに深刻な障害に至る
成人型(Adult MLD)
- 発症:16歳以降
- 最初に精神症状(うつ病、幻覚、記憶障害など)から始まることが多い
- 数十年にわたるゆるやかな進行
- 最終的には歩行障害、失語、認知症状が重度に進行
検査・診断 | Testing & Diagnosis
酵素活性測定
- 白血球や皮膚線維芽細胞におけるARSA活性が10%未満の場合、強い疑い。
遺伝子検査
- ARSA遺伝子の病的変異の同定が確定診断の鍵
- 偽欠損アレルとの鑑別が不可欠
尿検査
- スルファチドの排泄量の増加を確認
脳MRI
- 白質の脱髄によるT2強調画像での高信号(左右対称)
- タイグロイド模様(tigroid pattern)、Loesスコアで進行評価
神経伝導検査
- 運動・感覚神経の伝導速度が低下
治療法と管理 | Treatment & Management
1. 疾患修飾治療
■ 遺伝子治療:Atidarsagene autotemcel(Libmeldy®)
- 自家造血幹細胞に機能性ARSA遺伝子を導入
- 適応:無症状または初期の乳児型・小児型
- 欧州、米国などで承認済み
- 治療により運動・認知機能の保持、生存期間延長が期待される
■ 同種造血幹細胞移植(HSCT)
- 適応:発症前または軽度症状の小児型・成人型
- リスク:GVHD、感染症、移植関連死亡
- 乳児型の進行には対応しきれないことが多い
2. 支援的ケア(対症療法)
- 理学療法・作業療法(PT/OT)
- 抗てんかん薬による発作管理
- 飲み込み訓練、胃ろう造設などによる栄養サポート
- 視力・聴力ケア、教育的支援、精神科的介入
予後 | Prognosis
- 乳児型:急速に進行し、死亡は多くの場合5〜6歳
- 小児型:緩徐に進行することもあるが、多くは成人前に重度の障害
- 成人型:進行は緩やかで、生存期間は長いが、認知・運動機能は最終的に著しく低下
遺伝子治療が適切な時期に行われれば、長期的な予後改善が可能なケースもあります。
引用文献|References
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キーワード|Keywords
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