病気の別称
ダンディー・ウォーカー症候群は、英語では Dandy-Walker syndrome、あるいは Dandy-Walker malformation と呼ばれ、日本語では「ダンディー・ウォーカー奇形」「ダンディー・ウォーカー変異型」などとも呼ばれています。
さらに広い概念として、「Dandy-Walker complex(複合体)」や「Dandy-Walker continuum(連続体)」という表現も用いられ、小脳と脳室の発育異常が軽度~重度まで連続的に存在することが示唆されています。
この疾患の名称は、1914年にこの病態を報告したアメリカの神経学者ウォルター・ダンディー博士と、1942年により詳細な記述を加えたアーサー・ウォーカー博士に由来します。
疾患概要
ダンディー・ウォーカー症候群(Dandy-Walker Syndrome:DWS)は、先天性の脳奇形であり、特に小脳とその周辺構造(第4脳室、後頭蓋窩)における発達異常を主な特徴とします。1942年にアーサー・ウォーカー博士が報告したこの疾患は、神経発達や脳脊髄液の流れに重大な影響を及ぼすことから、小児神経学や脳神経外科領域でも重要視されています。
DWSの最大の特徴は、以下の三大構造異常です:
- 小脳虫部の低形成または欠損:小脳の左右を結ぶ中軸構造である虫部が正常に形成されず、運動の協調性や平衡感覚に関わる機能に障害が出る可能性があります。
- 第4脳室の嚢胞状拡大:脳脊髄液の循環に関わる第4脳室が異常に拡大し、後頭蓋窩に嚢胞が形成される状態です。
- 後頭蓋窩の拡大と構造上昇:脳の後部を収める骨の空間が広がり、周囲の静脈構造や小脳テントが押し上げられるような解剖学的変化が起きます。
このような構造変化は、脳脊髄液の循環障害(水頭症)を引き起こすことが多く、全体の70〜90%に水頭症を合併するとされています。頭蓋内圧の上昇による嘔吐、頭痛、眼球運動異常などの症状が初期から見られることもあります。
また、DWSは単独で発症する場合もありますが、多くのケースでは他の脳奇形や全身奇形、遺伝性疾患と併発しています。たとえば、脳梁欠損、灰白質異常、心臓奇形、泌尿器奇形などと合併することがあり、症状の重症度や治療方針に大きく影響します。
Dandy-Walker Complexとの関係
DWSは単一の病態というより、**「Dandy-Walker Complex(ダンディー・ウォーカー複合体)」**という広い概念の一部に位置づけられます。これは以下のように分類されます:
- Dandy-Walker malformation(DWM):最も典型的で重度の形態異常。三大特徴がすべてそろっている。
- Dandy-Walker variant(DWV):虫部低形成や第4脳室拡大が部分的に見られるが、後頭蓋窩の拡大が明確ではない軽度例。
- Mega cisterna magna(拡大型大槽):第4脳室は正常ながら、大槽(小脳下の脳脊髄液空間)が拡大している状態。
- Blake’s pouch cyst(ブレイク嚢胞):胎児期に本来退縮するべき構造が残存して嚢胞を形成したもの。時にDWSとの鑑別が難しい。
このように、DWSは**スペクトラム(連続性)**の一部であり、症状も極めて多様です。重度の発達障害を伴う例から、症状がほとんど出ずに学業・就労を実現する軽症例まで、非常に幅広い病態を含んでいます。
病因と診断の方法
病因
ダンディー・ウォーカー症候群の明確な原因はまだ完全には解明されていませんが、胎児期の脳の発達異常が関与していると考えられています。主な要因としては以下の通りです:
- 小脳形成期(妊娠初期~中期)の神経発生異常
- 母体の感染(風疹、サイトメガロウイルスなど)や薬剤(ワルファリンなど)の影響
- 遺伝的な要素(ZIC1、ZIC4、FOXC1 などの遺伝子変異)
- 先天性染色体異常(例:18トリソミーなど)との合併
これらの原因は複合的に関与することが多く、単一の因子だけでは説明できない例が多いのも特徴です。
診断の方法
- 出生前診断:妊娠中期の胎児超音波検査により、後頭蓋窩の拡大や小脳異常が疑われた場合、胎児MRIなどで詳しく確認されます。
- 出生後の画像診断:MRIやCTによって、小脳の形成不全、嚢胞の有無、脳室の拡張などが明らかになります。
- 遺伝子検査・染色体検査:DWSは他の染色体異常を伴うことも多いため、必要に応じて遺伝カウンセリングや遺伝子検査が行われます。
- 臨床的な症状の観察:頭囲の拡大、発達の遅れ、眼振、けいれん、筋緊張異常などを手がかりに診断される場合もあります。
疾患の症状と管理方法
主な症状
症状はDWSの重症度や合併症の有無によって異なります。典型的な症状としては:
- 水頭症による頭囲拡大、頭痛、嘔吐、不機嫌
- 発達の遅れ(運動発達、言語発達など)
- 歩行の不安定さ、協調運動障害(失調)
- 眼振(目の揺れ)、筋力の低下
- てんかん発作
- 他の奇形:心臓、泌尿器、四肢などの異常を伴うこともある
軽度の症例では、目立った症状が見られず、成長とともに初めて気づかれることもあります。
管理・治療
ダンディー・ウォーカー症候群には、奇形そのものを根本的に治す治療はありません。そのため、以下のような症状に応じた対症療法と支援が中心となります:
- 水頭症に対する手術
脳脊髄液の流れを改善するために、脳室-腹腔シャント術や嚢胞-腹腔シャント術などが行われます。シャント手術には定期的なメンテナンスや合併症への注意が必要です。 - リハビリテーションと療育
理学療法、作業療法、言語療法を組み合わせ、運動機能や認知発達を支援します。乳幼児期からの早期介入が重要です。 - てんかんへの対応
抗てんかん薬の服用により、発作のコントロールを行います。定期的な脳波検査や薬剤調整も必要です。 - 発達支援・教育支援
知的発達に遅れが見られる場合は、特別支援教育や療育センターでの支援が行われます。本人の可能性を最大限引き出すための支援が重視されます。 - 他の臓器異常への対応
合併する心臓病や腎尿路奇形などがあれば、それぞれの専門医と連携して治療を進めます。
将来の見通し
ダンディー・ウォーカー症候群の予後は個々の症例によって大きく異なります。特に、以下の点が将来を左右する重要な因子になります:
- 水頭症の管理がうまくいっているか
- 小脳の欠損範囲と他の脳奇形の有無
- 知的発達の程度やてんかんの重症度
- 早期からのリハビリ・療育支援が整っているか
医療的予後
重症例では、知的障害や運動障害、頻繁な発作、合併奇形などにより、日常生活に大きな支援が必要となります。反対に、軽症で水頭症もなく、小脳の発育不全が限定的であれば、学業や就労に参加できる例もあります。
適切な医療と支援により、成人まで健康に生活している症例も多く報告されています。
社会生活と福祉支援
- 日常生活動作(ADL)の習得状況に応じて、通所施設や就労支援の活用が可能です。
- 学校では、特別支援学級・学校との連携が基本となります。
- 成年期には、福祉施設やグループホームでの生活設計が必要になる場合があります。
- 家族の支援体制を早期から整え、「親なきあと」への備えを含めたライフプランの設計が重要です。

もっと知りたい方へ
- 小児神経科・遺伝診療科・リハビリ科など、専門医のいる医療機関での定期フォローアップが推奨されます。
- 地域の保健センター、療育支援機関、障害福祉サービスなどとの連携が大切です。
- 遺伝カウンセリングでは、再発リスクや今後の妊娠への備えについても相談できます。
- 保護者同士の交流会や患者家族会など、情報共有や心の支えとなる場も活用するとよいでしょう。
引用文献・参考資料
- 小児慢性特定疾病情報センター「ダンディー・ウォーカー症候群」
- 日本小児神経学会・診療ガイドライン
- 医療機関(小児神経外科・小児神経科)の症例報告
- 米国NIH・Child Neurology Foundationなどのガイド資料
- 国立成育医療研究センター・遺伝外来リソース
中文

