概要
3-ヒドロキシイソ酪酸CoA加水分解酵素欠損症は、体に欠かせないアミノ酸のひとつ「バリン」を分解する途中の酵素がはたらかないために、脳(とくに大脳基底核)が傷つき、乳児期から発達の遅れや筋肉の張りの弱さがあらわれる先天代謝異常症です。常染色体潜性(劣性)遺伝の形式をとり、HIBCH(2q32.2)遺伝子の変化が原因となります。
多くは生後数か月から1歳ごろまでに症状が出はじめ、頭部MRIで「リー脳症」に似た所見を示すことから、リー様症候群のひとつとして扱われます。かぜや発熱をきっかけに、それまでできていたことができなくなる(退行する)ことがあるのが特徴です。重さには幅があり、乳幼児期に亡くなるお子さまから、障がいを持ちながら学童期以降まで成長されるかたまでいます。報告されている患者さんは世界でも限られた、非常にまれな病気です。
HIBCH 遺伝子の変化で起こる病気として知られているのは、現在のところこの病気だけです。ただし、同じバリンの分解経路で一つ手前の酵素(ECHS1)が欠けると、よく似た「短鎖エノイルCoAヒドラターゼ欠損症」が起こります。この病気では血液中の「ヒドロキシブチリルカルニチン(C4-OH)」が増えることが多い点が、見分ける手がかりのひとつになります。
原因
HIBCH は、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアのなかで、バリンの分解途中にできる「3-ヒドロキシイソブチリルCoA」を、次の段階の物質へ変える酵素です。この酵素はバリンの分解にだけ使われます。
この酵素がはたらかないと、分解の流れがせき止められ、一つ手前の「メタクリリルCoA」という反応しやすい物質がたまります。メタクリリルCoAはまわりのたんぱく質などと結びついてしまい、ミトコンドリアでエネルギーをつくるしくみを弱めます。エネルギーを多く必要とする脳の大脳基底核は、とくにその影響を受けやすいと考えられています。
お父さま・お母さまがそれぞれ症状のないキャリア(保因者)で、その両方から変化した遺伝子を受け継いだときに発症します(常染色体潜性遺伝)。
症状
- 発達の遅れ:首のすわり、おすわり、ことばなどの発達がゆっくりになります
- 発達の退行:かぜや発熱などをきっかけに、それまでできていたことができなくなることがあります
- 筋緊張の低下(体がやわらかい)。のちに手足のつっぱりがみられることもあります
- ジストニアなどの不随意運動:体がねじれるような、自分の意思と関係のない動きです
- 哺乳や飲み込みの難しさ、体重の増えにくさ
- けいれん発作、眼の動きの異常
- ごく一部の患者さんでは、顔つきの特徴や背骨・心臓などの形の異常が報告されています
検査・診断
乳児期の発達の遅れや退行をきっかけに頭部MRIを行うと、左右の大脳基底核(とくに淡蒼球)に異常な信号がみられることが多く、リー脳症に似た病気が疑われます。妊娠中の超音波検査で異常が見つかることはほとんどありません。
血液のアシルカルニチン分析でヒドロキシブチリルカルニチン(C4-OH)が上昇していることや、尿のなかに、バリンの分解途中の物質がシステインなどと結びついたものが見つかることが診断の手がかりになります。血液や髄液の乳酸が高くなることもあります。新生児マススクリーニングの結果から見つかった報告もあります。
確定診断は遺伝学的検査で行い、HIBCH 遺伝子に父方・母方それぞれ由来の変化が見つかります。よく似た症状を起こす病気は数多くあるため、原因遺伝子を確定することは、治療の方針と次のお子さまの見通しを考えるうえで大きな意味があります。
治療
現時点で、この病気を根本から治す治療はありません。症状をやわらげる治療、体調をくずしたときに脳への負担を減らす対応、発達を支える支援が中心になります。
- 体調をくずしたときの早めの対応:発熱や嘔吐で食べられないときは早めに受診し、点滴でブドウ糖を補うなどして体の消耗を防ぎます
- 食事療法:バリンを控えた食事を試みた報告がありますが、効果はまだ確立していません。必ず専門医と栄養士の管理のもとで行います
- 症状に合わせたお薬:けいれんやジストニアを抑えるお薬を使います
- 栄養と呼吸の管理:飲み込みが難しい場合は、管を使った栄養なども検討します
- リハビリテーションと療育:理学療法・作業療法・言語療法などで発達を支えます
- ご家族への支援:福祉制度の活用や、ごきょうだいへの説明も含めた継続的な支えが大切です
この疾患は検査でわかります
この疾患は、原因となる HIBCH 遺伝子を調べることで、発症前や出生前に見つけることができます。ヒロクリニックNIPTでは次の2つの検査をご用意しています。
エクソーム解析を用いた検査(1,200種類以上)
エクソーム解析は、遺伝子のうちたんぱく質の設計図にあたる部分(エクソン)をまとめて読み取る検査です。この解析を行ったうえで、HIBCH 遺伝子を含む1,200種類以上の遺伝子を対象に調べ、この疾患の原因となる変化を検出することが可能です。国内の検査所で行い、結果までの期間は5週間〜7週間です。
この疾患は常染色体潜性(劣性)遺伝のため、ご両親がどちらも症状のない「キャリア(保因者)」であるときに、お子さまごとに4分の1の確率で発症します。検査の内容・費用・結果までの期間は キャリアスクリーニングテスト1,200+のページ をご覧ください。
専門的な解説
HIBCH(3-hydroxyisobutyryl-CoA hydrolase)はミトコンドリアマトリックスに局在し、バリン異化経路に特異的な酵素で、3-ヒドロキシイソブチリルCoAを3-ヒドロキシイソ酪酸とCoAに加水分解する。欠損すると、一つ手前の可逆反応(ECHS1)を介して反応性の高いメタクリリルCoAが蓄積し、システインやシステアミンなどのチオール基と付加体を形成する。これがピルビン酸脱水素酵素複合体や呼吸鎖複合体の二次的な活性低下を招き、リー様の病態をもたらすと考えられている。
生化学的には、血中3-ヒドロキシイソブチリルカルニチン(アシルカルニチン分析でC4-OHとして検出)の上昇と、尿中のS-(2-カルボキシプロピル)システイン、S-(2-カルボキシプロピル)システアミンなどの抱合体が手がかりとなる。ただしC4-OHの上昇は一定せず、正常域の症例もあるため、確定には遺伝学的検査が必要である。初報(1982年)の症例は椎体異常や心奇形などの形態異常を伴っていたが、2007年の原因遺伝子同定以降に報告された症例の多くは、乳児期発症の進行性神経変性と、淡蒼球優位の両側性病変を主徴とする。
鑑別としては、短鎖エノイルCoAヒドラターゼ(ECHS1)欠損症が最も重要である。両者は同じ経路で隣接し臨床像が重なるが、ECHS1欠損症ではC4-OHの上昇を通常認めず、尿中2-メチル-2,3-ジヒドロキシ酪酸の増加や、心筋症、新生児期の重度の乳酸アシドーシスを伴う例がある点が異なる。そのほか、核遺伝子およびミトコンドリアDNAに由来するリー症候群、ピルビン酸脱水素酵素複合体欠損症、グルタル酸血症1型なども挙がる。ミトコンドリアDNA由来の病型は母系遺伝であり、再発率の考え方が大きく異なるため、遺伝子診断は遺伝カウンセリングに直結する。
よくある質問
Q. 次のお子さまへの影響はありますか。
A. この病気は常染色体潜性遺伝のため、ご両親がどちらもキャリアの場合、お子さまごとに4分の1の確率で発症します。発症しないお子さまのうち、3人に2人の割合でキャリアとなります。リー脳症に似た病気には遺伝形式が異なるものもあるため、原因遺伝子を確定することが重要です。
Q. 妊娠中の超音波検査で分かりますか。
A. この病気は、妊娠中の超音波検査で異常が見つかることはほとんどなく、生まれてしばらくしてから症状が出てきます。前のお子さまで原因遺伝子が確定している場合は、出生前検査や着床前検査を検討できます。遺伝カウンセリングでご相談ください。
Q. 食事療法で良くなりますか。
A. バリンを控える食事で症状が落ち着いたという報告はありますが、患者さんの数が少なく、効果はまだはっきりしていません。バリンは成長に欠かせない栄養素でもあるため、自己判断で制限せず、必ず専門医と栄養士のもとで行ってください。
Q. かぜをひいたときに気をつけることはありますか。
A. 発熱や嘔吐、食欲の低下は、症状が悪くなるきっかけになりやすいため、早めに主治医に相談することが大切です。体調をくずしたときの対応や受診先を、あらかじめ主治医と決めておくと安心です。
Q. 遺伝カウンセリングでは何を相談できますか。
A. 診断の意味、次のお子さまへの影響、出生前検査や着床前検査の選択肢、ごきょうだいやご親族への影響などをご相談いただけます。判断を急がせることはありません。
参考文献
- Loupatty FJ, Clayton PT, Ruiter JP, et al. Mutations in the gene encoding 3-hydroxyisobutyryl-CoA hydrolase results in progressive infantile neurodegeneration. Am J Hum Genet. 2007;80(1):195-199.
- Brown GK, Hunt SM, Scholem R, et al. β-hydroxyisobutyryl coenzyme A deacylase deficiency: a defect in valine metabolism associated with physical malformations. Pediatrics. 1982;70(4):532-538.
- Ferdinandusse S, Waterham HR, Heales SJ, et al. HIBCH mutations can cause Leigh-like disease with combined deficiency of multiple mitochondrial respiratory chain enzymes and pyruvate dehydrogenase. Orphanet J Rare Dis. 2013;8:188.
- Thorburn DR, Rahman J, Rahman S. Nuclear Gene-Encoded Leigh Syndrome Spectrum Overview. In: Adam MP, et al., editors. GeneReviews®. Seattle (WA): University of Washington, Seattle; 1993-.
- OMIM #250620 3-Hydroxyisobutyryl-CoA hydrolase deficiency. Online Mendelian Inheritance in Man.
