概要
アルクライヤ・クチンスカス症候群は、胎児期から脳が十分に育たないことと、生まれつき手足の関節が固まって動きにくくなること(関節拘縮)を特徴とする病気です。常染色体潜性(劣性)遺伝の形式をとり、BLTP1(4q27)遺伝子の変化が原因となります。この遺伝子は以前は KIAA1109 と呼ばれていました。
2018年に、サウジアラビアやリトアニアなど複数のご家族の報告をもとに一つの病気としてまとめられ、報告した研究者の名前から病名がつけられました。報告されている患者さんはまだ少なく、世界でも非常にまれな病気です。
症状の重さには大きな幅があります。重い場合は妊娠中に脳の異常や関節拘縮が見つかり、死産や生後まもなく亡くなることがあります。一方で、比較的軽い場合は乳児期以降も成長し、重い発達の遅れやてんかんを伴いながら生活されている方もいます。この幅は、遺伝子の変化によってたんぱく質のはたらきがどのくらい残るかに関係すると考えられています。
原因
BLTP1 は、細胞のなかで膜をつくる材料である脂質を、膜と膜のあいだで受け渡す「橋」のようなはたらきをする、とても大きなたんぱく質の設計図です。
細胞は、外から物質を取り込んだり、神経の信号を伝える小さな袋(シナプス小胞)をつくり直したりするたびに、膜を大量に必要とします。BLTP1 のはたらきが失われると、細胞内の物の出し入れや膜の再利用がうまくいかなくなり、とくに成長の盛んな胎児期の脳の神経細胞が正常に育たなくなると考えられています。関節拘縮は、脳や神経の発達の異常によって胎児が子宮のなかで手足を十分に動かせないことが一因とされています。
お父さま・お母さまがそれぞれ症状のないキャリア(保因者)で、その両方から変化した遺伝子を受け継いだときに発症します(常染色体潜性遺伝)。
症状
- 脳の発達の異常:脳室の拡大、大脳の組織が薄い・小さい、脳梁や小脳の低形成などが見られます。この病気の中心となる所見です
- 関節拘縮:生まれつき手足の関節が曲がったまま固まり、内反足(足が内側に向く変形)を伴うことがあります
- 重い発達の遅れ・知的障害:生存しているお子さまの多くに見られます
- てんかん発作、筋緊張の異常
- 小頭症、特徴的な顔つき
- 哺乳・嚥下(飲み込み)の困難、呼吸の問題
- 重い場合は、死産や新生児期の死亡に至ることがあります
検査・診断
重い場合は、妊娠中の超音波検査で脳室の拡大や脳の発達の異常、手足の関節の固まりや内反足、胎動の少なさなどから疑われます。必要に応じて胎児の MRI 検査で脳の構造を詳しく調べます。出生後は、脳の MRI 検査、脳波検査、関節や骨の評価などを組み合わせて診断を進めます。
脳の形成異常と関節拘縮を起こす病気は数多くあり、見た目や画像だけで区別することは困難です。確定診断は遺伝学的検査で行い、アルクライヤ・クチンスカス症候群では BLTP1 遺伝子に父方・母方それぞれ由来の変化が見つかります。非常に大きな遺伝子のため、エクソーム解析などで多くの遺伝子をまとめて調べる方法が役立ちます。次のお子さまの見通しを正しくお伝えするためにも、原因遺伝子を確定することには大きな意味があります。
治療
現時点で、この病気そのものを治す治療はありません。治療は、それぞれの症状をやわらげ、お子さまとご家族の生活を支えることが中心となります。重症であることが出生前にわかった場合は、ご家族と医療チームが十分に話し合い、出生後の方針をあらかじめ決めておくことが大切です。
- てんかんの治療:抗てんかん薬で発作の頻度を減らすことを目指します
- 関節拘縮へのリハビリテーション:理学療法、装具、必要に応じて整形外科的な治療を行います
- 栄養と呼吸の支援:飲み込みが難しい場合は経管栄養などを検討します
- 発達の支援:療育や医療的ケアの体制を整え、成長に合わせて支えます
- 緩和ケアとご家族への心理的支援:重症の場合は、お子さまの苦痛を最小限にし、ご家族が過ごす時間を大切にする支援を行います
この疾患は検査でわかります
この疾患は、原因となる BLTP1 遺伝子を調べることで、発症前や出生前に見つけることができます。ヒロクリニックNIPTでは次の検査をご用意しています。
エクソーム解析を用いた検査(1,200種類以上)
エクソーム解析は、遺伝子のうちたんぱく質の設計図にあたる部分(エクソン)をまとめて読み取る検査です。この解析を行ったうえで、BLTP1 遺伝子を含む1,200種類以上の遺伝子を対象に調べ、この疾患の原因となる変化を検出することが可能です。国内の検査所で行い、結果までの期間は5週間〜7週間です。
常染色体潜性(劣性)遺伝の疾患は、ご両親がどちらも症状のない「キャリア(保因者)」であるときに、お子さまごとに4分の1の確率で発症します。ご夫婦がキャリアかどうかを調べる検査の内容・費用・結果までの期間は キャリアスクリーニングテスト1,200+のページ をご覧ください。
専門的な解説
BLTP1(旧称 KIAA1109、4q27)は約5,000アミノ酸からなる巨大たんぱく質をコードし、VPS13 や ATG2 と同じ「橋状脂質輸送たんぱく質(bridge-like lipid transfer protein)」ファミリーに属する。疎水性の溝をもつ棒状構造で膜接触部位をつなぎ、脂質を膜間で大量に輸送すると考えられている。ショウジョウバエの相同遺伝子 tweek の欠損ではシナプス小胞のリサイクリング障害が示され、患者由来細胞ではエンドソーム輸送の異常が報告されている。
Gueneau らは2018年、両アレル性の機能喪失変異をもつ複数家系で、脳室拡大・大脳実質の低形成・脳梁や小脳の低形成などの脳形成異常と先天性多発性関節拘縮を報告した。両アレルとも短縮型(ナンセンス・フレームシフト)の場合は胎児期〜新生児期致死の重症型をとりやすく、少なくとも一方がミスセンス変異など残存機能の推定される変異の場合は、重度の知的障害やてんかんを伴いつつ生存する例があるとされ、表現型は連続したスペクトラムを形成する。現時点で、本遺伝子による別の独立した疾患(アレル性疾患)は確立していない。
鑑別としては、他の先天性多発性関節拘縮症、橋小脳低形成症、滑脳症や多小脳回などの皮質形成異常、胎児無動症候群(Pena-Shokeir 表現型)を来す諸疾患、先天性筋疾患が挙がる。関節拘縮・胎児無動の原因は染色体異常、新生突然変異による顕性疾患、潜性疾患、環境要因と多岐にわたり、次子再発率が大きく異なるため、エクソーム解析などによる原因の特定が遺伝カウンセリングに直結する。
よくある質問
Q. 次のお子さまへの影響はありますか。
A. この病気は常染色体潜性遺伝のため、ご両親がどちらもキャリアの場合、お子さまごとに4分の1の確率で発症します。脳の形成異常や関節拘縮は、ほかの遺伝子や遺伝以外の原因でも起こり、その場合は再発率が大きく異なります。正確な見通しのために、原因遺伝子を確定することが重要です。
Q. 妊娠中に分かりますか。
A. 重い場合は、妊娠中期以降の超音波検査で脳室の拡大や手足の関節の固まりから気づかれることがあります。ただし、軽い場合は妊娠中にはっきりしないこともあります。前のお子さまで原因遺伝子がわかっている場合は、妊娠早期からの遺伝学的検査を検討できます。遺伝カウンセリングでご相談ください。
Q. 症状の重さはどのように決まりますか。
A. 遺伝子の変化の種類によって、たんぱく質のはたらきがどのくらい残るかが異なり、それが重さに関係すると考えられています。はたらきがほとんど失われる変化では胎児期・新生児期に亡くなることが多く、一部のはたらきが残る変化では生存されている方もいます。ただし報告が少ないため、個々のお子さまの経過を正確に予測することは難しいのが現状です。
Q. 生まれたあと、どのような支援が受けられますか。
A. 小児神経科、整形外科、リハビリテーション科などが連携し、てんかんの治療、関節拘縮へのリハビリ、栄養や呼吸の支援を行います。療育や在宅での医療的ケア、福祉制度の利用についても、医療チームや地域の窓口と相談しながら整えていきます。
Q. 遺伝カウンセリングでは何を相談できますか。
A. 診断の意味、次のお子さまへの影響、出生前検査や着床前検査の選択肢、ごきょうだいやご親族への影響などをご相談いただけます。判断を急がせることはありません。
参考文献
- Gueneau L, Fish RJ, Shamseldin HE, et al. KIAA1109 variants are associated with a severe disorder of brain development and arthrogryposis. Am J Hum Genet. 2018;102(1):116-132.
- OMIM #617822 Alkuraya-Kucinskas syndrome. Online Mendelian Inheritance in Man.
- Kane MS, Diamonstein CJ, Hauser N, et al. Endosomal trafficking defects in patient cells with KIAA1109 biallelic variants. Genes Dis. 2019;6(1):56-67.
- Verstreken P, Ohyama T, Haueter C, et al. Tweek, an evolutionarily conserved protein, is required for synaptic vesicle recycling. Neuron. 2009;63(2):203-215.
- Neuman SD, Levine TP, Bashirullah A. A novel superfamily of bridge-like lipid transfer proteins. Trends Cell Biol. 2022;32(11):962-974.
