アーツ症候群

Arts Syndrome, PRPS1

概要

アーツ症候群は、生まれつきの重い難聴、筋肉の緊張の弱さ、ふらつき(運動失調)、視神経の萎縮などが乳幼児期から現れる神経の病気です。X連鎖潜性(劣性)遺伝の形式をとり、PRPS1(Xq22.3)遺伝子の変化が原因となります。

原因遺伝子がX染色体の上にあるため、主に男の子が発症します。感染症にかかりやすく、かかると症状が急に悪くなりやすいことも特徴で、最初に報告されたオランダの家系では、多くの男の子が幼児期に亡くなりました。妊娠中の超音波検査で気づかれることはほとんどなく、生まれたあとの難聴や発達の遅れから見つかります。

PRPS1 遺伝子は、症状の重さや種類が異なる複数の病気を起こします。はたらきが弱まる変化のなかでもっとも重いのがアーツ症候群で、より軽い場合には、難聴・末梢神経障害・視神経萎縮を伴うシャルコー・マリー・トゥース病X連鎖5型、さらに軽い場合には難聴だけが現れるX連鎖難聴(DFNX1)となります。反対に、はたらきが強くなりすぎる変化では、尿酸が増えて痛風などを起こす別の病気(PRPS1 活性亢進症)になります。

原因

PRPS1 は、「PRPP(ホスホリボシルピロリン酸)」という物質をつくる酵素の設計図です。

PRPP は、遺伝子の材料(核酸)や、細胞がエネルギーを使うのに欠かせない物質をつくるための出発点となる大切な材料です。この酵素のはたらきが大きく落ちると、神経や内耳、視神経など、エネルギーをたくさん使う細胞が十分にはたらけなくなります。また、免疫の細胞も影響を受けると考えられており、感染症にかかりやすい理由の一つとされています。

男の子はX染色体を1本しか持たないため、お母さまから変化したX染色体を受け継ぐと発症します。お母さまは多くの場合、症状がないか軽いキャリア(保因者)です(X連鎖潜性遺伝)。女性のキャリアでも、年齢を重ねてから難聴や視力の低下などの症状が出ることがあります。なお、ご家族にこの変化がなく、お子さまで新たに起きた変化(新生突然変異)による場合もあります。

症状

  • 生まれつきの重い難聴:両耳の感音難聴で、新生児聴覚スクリーニングで最初に気づかれることがあります
  • 筋肉の緊張の低下:乳児期早期から体がやわらかく、首すわりなどの運動の発達が遅れます
  • 運動失調:手足の動きがぎこちなく、ふらつきがみられます
  • 視神経の萎縮:幼児期ごろから視力が低下していきます
  • 末梢神経障害:手足の筋力低下や腱反射の低下・消失
  • 知的発達の遅れ
  • 感染症をくり返しやすい:特に呼吸器の感染症をきっかけに、筋力の低下や呼吸の状態が急に悪くなることがあります
  • 女性のキャリア:多くは症状がありませんが、大人になってから難聴が出ることがあり、まれに視神経萎縮などを伴います

症状の現れ方や重さには幅があり、同じ家系のなかでも差がみられることがあります。

検査・診断

生まれつきの難聴に、筋肉の緊張の低下や運動発達の遅れ、視神経の萎縮が加わる男の子で疑われます。聴力検査、眼科での眼底検査、神経の伝わり方を調べる検査(神経伝導検査)などで症状を確かめます。妊娠中の超音波検査では、異常が見つからないことがほとんどです。

確定診断は遺伝学的検査で行い、アーツ症候群では X染色体上の PRPS1 遺伝子に、酵素のはたらきを失わせる変化が見つかります。赤血球や皮膚の細胞で、この酵素のはたらきが低下していることを確かめる検査もあります。お母さまがキャリアかどうかを調べることは、次のお子さまの見通しや、ご親族への影響を正しくお伝えするうえで大きな意味があります。

治療

現時点で、この病気を根本的に治す治療は確立していません。それぞれの症状に合わせた治療と、感染症の予防・早めの対応、発達の支援を組み合わせて行います。

  • 難聴への対応:補聴器や人工内耳の検討、早い時期からのことばとコミュニケーションの支援
  • 感染症の予防と早期治療:予防接種を含め、かぜなどをこじらせないよう早めに受診し、治療を受けることが大切です
  • リハビリテーション:理学療法・作業療法で運動の発達と日常生活の動作を支えます
  • 視覚の支援:定期的な眼科の診察と、見え方に合わせた生活・学習の工夫
  • 呼吸と栄養の管理:飲み込みや呼吸の状態に応じて支援します
  • S-アデノシルメチオニンの補充:不足する物質を補う考え方で試みられ、症状の改善が報告された例がありますが、効果はまだ確かめられている段階です
  • ご家族への支援:療育・福祉制度の活用や、心理的な支えを含めて継続的にサポートします

この疾患は検査でわかります

この疾患は、原因となる PRPS1 遺伝子を調べることで、発症前や出生前に見つけることができます。ヒロクリニックNIPTでは次の検査をご用意しています。

エクソーム解析を用いた検査(1,200種類以上)

エクソーム解析は、遺伝子のうちたんぱく質の設計図にあたる部分(エクソン)をまとめて読み取る検査です。この解析を行ったうえで、PRPS1 遺伝子を含む1,200種類以上の遺伝子を対象に調べ、この疾患の原因となる変化を検出することが可能です。国内の検査所で行い、結果までの期間は5週間〜7週間です。

X連鎖潜性(劣性)遺伝の疾患は、お母さまが症状のない「キャリア(保因者)」であるときに、男の子ではお子さまごとに2分の1の確率で発症します(女の子では2分の1の確率でキャリアになります)。検査の内容・費用・結果までの期間は キャリアスクリーニングテスト1,200+のページ をご覧ください。

専門的な解説

PRPS1(phosphoribosyl pyrophosphate synthetase 1)は Xq22.3 に位置し、リボース-5-リン酸と ATP から PRPP を合成する酵素をコードする。PRPP はプリン・ピリミジンの新規合成およびサルベージ経路、さらに NAD(P) の生合成に必須の基質であり、活性低下はヌクレオチド(ATP・GTP など)の供給不足を介して、エネルギー需要の高い神経・内耳・網膜神経節細胞の機能障害を来すと考えられている。

本遺伝子の機能喪失型変異は連続した表現型スペクトラムを形成する——重症端から順に、①アーツ症候群(先天性重度感音難聴、乳児期の筋緊張低下、運動失調、視神経萎縮、末梢神経障害、易感染性、幼児期死亡が多い)、②シャルコー・マリー・トゥース病X連鎖5型(CMTX5、難聴・末梢神経障害・視神経萎縮)、③X連鎖非症候群性難聴(DFNX1)となる。残存酵素活性の程度がおおむね重症度と相関するが、同一家系内で病型が重なる例も報告されており、各病型は連続体とみなされている。一方、機能獲得型変異は PRPS1 活性亢進症(高尿酸血症・痛風、重症例では神経発達症状や難聴)を起こし、尿酸値が鑑別の手がかりとなる。女性保因者ではX染色体不活化の偏りなどにより、遅発性難聴などを示すことがある。

鑑別としては、ミトコンドリア病、ペリツェウス・メルツバッハー病などの白質変性症、モーア・トラネビャルグ症候群(TIMM8A、X連鎖の難聴・ジストニア・視神経萎縮)、ブラウン・ビアレット・ヴァン・ラーレ症候群(SLC52A2・SLC52A3、リボフラビン輸送体欠損で治療可能)、先天性サイトメガロウイルス感染症が挙がる。X連鎖では母親が保因者であれば男児の再発率は50%、新生突然変異であれば低いため、母親の保因者診断は遺伝カウンセリングに直結する。

よくある質問

Q. 次のお子さまへの影響はありますか。

A. この病気はX連鎖潜性遺伝のため、お母さまがキャリアの場合、男の子はお子さまごとに2分の1の確率で発症し、女の子は2分の1の確率でキャリアになります。一方、お子さまに新たに起きた変化(新生突然変異)であれば、再発の可能性は低くなります。見通しが大きく異なるため、お母さまがキャリアかどうかを確かめることが重要です。

Q. 女の子も発症しますか。

A. 女の子はX染色体を2本持つため、多くは症状のないキャリアになります。ただし、女性のキャリアでも、大人になってから難聴が出たり、まれに視力の低下などがみられたりすることがあります。気になる症状があれば、耳鼻科や眼科での定期的な確認をおすすめします。

Q. 同じ遺伝子で軽い病気もあると聞きました。

A. はい。この遺伝子の変化は、残っている酵素のはたらきの程度によって症状の重さが大きく変わります。アーツ症候群はもっとも重い型で、軽い型では難聴と手足の神経の障害が中心になったり、難聴だけが現れたりします。どの型にあたるかは、症状と遺伝子の変化をあわせて判断します。

Q. 妊娠中に分かりますか。

A. この病気は、妊娠中の超音波検査で異常として見つかることはほとんどありません。ご家族に診断された方がいて、原因となる遺伝子の変化がわかっている場合には、出生前検査や着床前検査を検討できます。遺伝カウンセリングでご相談ください。

Q. 遺伝カウンセリングでは何を相談できますか。

A. 診断の意味、次のお子さまへの影響、出生前検査や着床前検査の選択肢、ごきょうだいやご親族への影響などをご相談いただけます。判断を急がせることはありません。

参考文献

  • Arts WF, Loonen MC, Sengers RC, Slooff JL. X-linked ataxia, weakness, deafness, and loss of vision in early childhood with a fatal course. Ann Neurol. 1993;33(5):535-539.
  • de Brouwer AP, Williams KL, Duley JA, et al. Arts syndrome is caused by loss-of-function mutations in PRPS1. Am J Hum Genet. 2007;81(3):507-518.
  • Kim HJ, Sohn KM, Shy ME, et al. Mutations in PRPS1, which encodes the phosphoribosyl pyrophosphate synthetase enzyme critical for nucleotide biosynthesis, cause hereditary peripheral neuropathy with hearing loss and optic neuropathy (CMTX5). Am J Hum Genet. 2007;81(3):552-558.
  • Synofzik M, Müller vom Hagen J, Haack TB, et al. X-linked Charcot-Marie-Tooth disease, Arts syndrome, and prelingual non-syndromic deafness form a disease continuum: evidence from a family with a novel PRPS1 mutation. Orphanet J Rare Dis. 2014;9:24.
  • OMIM #301835 Arts syndrome. Online Mendelian Inheritance in Man.
医師監修 監修日:2026年11月3日
岡 博史 (医師・医学博士/ヒロクリニック統括院長)

日本皮膚科学会 皮膚科専門医/日本医師会 産業医/東京衛生検査所 指導監督医

この記事は、 ヒロクリニックNIPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。

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