やさしいまとめ
このページでは、中鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ欠損症(MCADD)という
生まれつき脂肪をエネルギーに変えるのが難しくなる病気について、
ご家族の方にもわかりやすく、やさしくご説明しています。
特に、赤ちゃんや小さなお子さまが空腹時や発熱、感染症などで
低血糖やけいれんを起こすことがあり、注意が必要です。
この病気の原因、症状、検査、治療、日常生活での注意点について、
医学的な正確さを保ちながら、読みやすい言葉でまとめています。
お子さまの健康に不安を感じている保護者の方、
また専門的知識を必要とする医療関係者の方にも役立つ内容です。
遺伝子領域 | Implicated Genomic Region
ACADM

この病気は、ACADM(Acyl-CoA Dehydrogenase, Medium-Chain)という遺伝子の変異(へんい)によって起こります。この遺伝子は、1番染色体のp31.1という場所にあります。
ACADM遺伝子は、中鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ(Medium-Chain Acyl-CoA Dehydrogenase、MCAD)という酵素を作るための設計図です。この酵素は、体の細胞の中にあるミトコンドリア(mitochondria)という小さな「発電所」のような構造で働きます。
MCAD酵素は、中くらいの長さ(炭素数6〜12)の脂肪酸(fatty acids)を分解してエネルギーに変える「β酸化(ベータさんか)」という働きの最初のステップに関わっています。
この病気は常染色体劣性遺伝(autosomal recessive inheritance)で遺伝します。つまり、両親からそれぞれ1つずつ病気の遺伝子を受け取った場合に発症します。
疾患名 | Disorder
この病気の正式な名前は
- 中鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ欠損症(MCADD)
- 英語名:Medium-Chain Acyl-CoA Dehydrogenase Deficiency(略称:MCADD)
- 他の呼び名
- MCAD欠損症
- ACADM欠損症
- 中鎖脂肪酸酸化障害
- 二次性カルニチン欠乏症(MCADDによる)
この病気は「ミトコンドリア脂肪酸酸化障害(mitochondrial fatty acid oxidation disorder)」という分類に含まれます。
概要 | Overview
中鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ欠損症(MCADD)は、脂肪をエネルギーに変える働きがうまくいかなくなる先天性(生まれつきの)代謝異常です。特に、食事を取らずにいる時間(断食や空腹)や風邪などの病気のときに問題が起こりやすくなります。
本来、脂肪は肝臓で分解されて「ケトン体(ketone bodies)」や「アセチルCoA(acetyl-CoA)」になり、これが体のエネルギーになります。しかしこの病気では、中くらいの長さの脂肪酸を分解する酵素(MCAD)がうまく働かないため、ケトン体が作れず、エネルギー不足や有害な物質の蓄積が起こります。
早期に発見して適切に管理すれば、健康に成長することも可能な病気です。
疫学 | Epidemiology
この病気は、世界中で見られる比較的一般的な先天性代謝異常の一つです。
- 世界全体の発症頻度:およそ 1万8,000人に1人
- アメリカ:州によって異なりますが、13,000〜24,000人に1人
- ヨーロッパ(特に北欧諸国):やや高め(例:デンマーク、オランダ)
- 日本やアジア諸国では稀(5万〜10万人に1人程度)
新生児マススクリーニング(NBS:Newborn Screening)の導入により、無症状のうちに発見されるケースが増えています。
病因 | Etiology
この病気は、ACADM遺伝子の変異によって、MCAD酵素の働きが弱くなるまたはなくなることが直接の原因です。
正常であれば、脂肪酸を分解してアセチルCoAを作る過程が、空腹時のエネルギー供給に大きな役割を果たします。しかし、MCADが欠損するとこの回路が止まり、代わりに体内に中鎖アシルカルニチン(medium-chain acylcarnitines)やジカルボン酸(dicarboxylic acids)などの物質がたまります。
これにより、肝機能の障害、低血糖(血糖値の異常な低下)、代謝の混乱などが生じます。
症状 | Symptoms
多くの赤ちゃんは、生まれた直後は健康に見えます。しかし、以下のようなストレス(空腹、風邪、発熱、手術など)が引き金になると、急激に症状が現れます。
主な症状
- 低ケトン性低血糖(hypoketotic hypoglycemia)
- 血糖値が下がっても、ケトン体が増えない
- 嘔吐、元気がない(嗜眠)、けいれん、昏睡
- 肝臓の腫れ(肝腫大)や肝機能障害
- 血中アンモニアの増加(高アンモニア血症)
- 突然死(SIDSの原因となることも)
長期的な影響
- 発達の遅れ
- 注意欠陥・多動性障害(ADHD)
- 運動時の疲れやすさ
- 筋力低下
検査・診断 | Testing & Diagnosis
新生児マススクリーニング(NBS)
現在、多くの国や地域で生後数日以内の血液検査によりMCADDが早期に発見されます。
- 血中のC8アシルカルニチン(octanoylcarnitine)が高値であることが特徴です。
- 他に、C6、C10、C8/C2比、C8/C10比なども参考にされます。
確定診断のための検査
- 血液中アシルカルニチンの分析(特にC8の増加)
- 尿中有機酸の検査(ヘキサノイルグリシンなどが増える)
- カルニチン濃度の測定(低下していることが多い)
- 遺伝子検査(ACADM全体の配列解析)
- 最も多い変異は c.985A>G(p.Lys329Glu)
必要に応じて
MCAD酵素活性の測定(白血球や皮膚線維芽細胞)
25%未満であれば診断確定となります。
治療法と管理 | Treatment & Management
急性期(症状が出たとき)の対応
- 病院での緊急治療が必要です
- ブドウ糖(グルコース)の点滴(10〜12mg/kg/分)で血糖値を安定させる
- 原因となる感染症などの治療
- 電解質・酸塩基・アンモニアの管理
日常の管理
1. 食事と断食の回避
- 新生児:2〜3時間ごとの授乳
- 幼児〜学童:12時間以上の断食を避ける
- 夜間:寝る前のスナックやコーンスターチ(2g/kg)
- 脂肪は全カロリーの30%以内、通常のカロリー摂取を推奨
2. サプリメント
- L-カルニチン:必要に応じて(50〜100mg/kg/日)
3. 予防
- 空腹を避ける
- 中鎖脂肪酸を多く含む食品(ココナッツオイルなど)を避ける
- アルコールやアスピリンも控える
4. モニタリング
- 小児代謝科での定期通院(2〜3ヶ月ごと → 安定すれば半年ごと)
- 成長、発達、行動、カルニチン濃度の評価
5. 緊急対応計画
- 医療機関向けの「緊急対応カード」
- 発熱や体調不良のときは、すぐに医療機関へ
予後 | Prognosis
早期診断と適切な管理によって、通常通りの発達と生活が可能です。
- 未治療の場合:初回の発症で20〜25%が死亡、または後遺症が残る可能性があります。
- スクリーニング後に発見された場合:発症前から対策を取れるため、死亡率・後遺症のリスクが大幅に低下します。
ただし、生涯にわたり空腹の回避と体調管理が必要です。
引用文献|References
- Chang IJ, Lam C, Vockley J. Medium-Chain Acyl-Coenzyme A Dehydrogenase Deficiency. 2000 Apr 20 [Updated 2024 Sep 26]. In: Adam MP, Feldman J, Mirzaa GM, et al., editors. GeneReviews® [Internet]. Seattle (WA): University of Washington, Seattle; 1993-2025. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK1424/
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キーワード|Keywords
中鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ欠損症, MCADD, ACADM, ミトコンドリア, 脂肪酸代謝異常, 低ケトン性低血糖, 新生児スクリーニング, octanoylcarnitine, c.985A>G, 常染色体劣性遺伝, L-カルニチン, β酸化, 突然死症候群, 発達障害, エネルギー代謝, 酵素欠損症, 代謝性昏睡, 高アンモニア血症
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