リーフェ・パーヘ=クリスティアーエンス、ハンスゲオルク・クライン編 『非侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)(副題:出生前診断・診断へのゲノミクスの応用)』(アカデミックス・プレス、2018年)の第2章の論文の翻訳(ヒロクリニックNIPT仮訳)
NIPT(新型出生前診断)を支えているのは、次世代シークエンシング(NGS)という技術です。
母体の血液から、胎児のわずかなDNAを読み取ります。
本章では、この技術がどのように生まれたのかを解説します。
無細胞DNAをどのような手順で解析するのかも、学術論文の翻訳を通じて紹介します。
この記事でわかること
- 次世代シークエンシング(NGS)がサンガー法からどう進化したか
- 無細胞DNAが血漿からどのように抽出されるか
- NIPTで使われるシークエンサーの仕組みと種類
- NGSがNIPTの精度に貢献している2つの理由
第2章 NIPTの枠組みで「次世代シークエンス」の基礎を理解する
この章の結論はシンプルです。
NGSは「デジタルで大量並行」という性質を持っています。
だからこそ、微量な無細胞DNAの解析に向いています。
まずは原著の翻訳に沿って、上流工程から見ていきます。
南サンフランシスコ大学 デール・ミュゼイ
はじめに:シークエンシング技術の進化
結論から言うと、NGSの原理は1970年代の「サンガー法」の延長線上にあります。
まずは第一世代の技術がどのようなものだったかを振り返ります。
「次世代シークエンシング」(NGS)という言葉を聞くと、疑問が浮かびます。
「第一世代のシークエンシング」はどのようなものだったのか。NGSと何が同じで何が違うのか。
この疑問を解く鍵は、サンガー法と呼ばれる手法にあります。生化学者サンガーは1970年代、DNAの配列を読み取る第一世代の技術を確立しました(Sanger et al., 1977)。
サンガー法は、試験管内でDNAを複製する酵素反応を利用し、あえて複製を途中で止める仕組みを使います。
反応液に加える要素は4つです。(1)通常の塩基、(2)読みたい一本鎖のDNA、(3)複製の出発点となる短いプライマー、(4)複製酵素です。
複製が止まった断片の長さをゲル電気泳動で分析すれば、テンプレート全体の配列を推論できます。
その後、複製を止める塩基に蛍光色素を付ける改良が加わり、毛細管電気泳動でより効率的に計測できるようになりました。
1990年代の初期ヒトゲノム配列解読を支えた、まさに立役者。とはいえ数十億ドル規模の費用と数年単位の時間がかかるため、日常の臨床現場でそのまま使うのは非現実的でした。
次世代シークエンシング(NGS)は、サンガー法の技術的な限界を克服し、ゲノム解析に革命をもたらしました。
実はNGSの実験は、サンガー式の反応を数百万から数十億回、同時並行で行うようなものです。このため、NGSは「巨大な同時並行配列決定」と呼ばれることもあります。
当院で受診者様からNIPTの精度についてご質問をいただくことがあります。
そのときは、まず「配列を読む技術がどう進化してきたか」を一緒に振り返るようにしています。
技術の背景を知ると、検査結果の意味を捉えやすくなると感じています。
次世代シークエンシングの役割
NGSの装置は、DNAのライブラリーを配列データへ変換する役割を担っています。
その応用範囲は、基礎研究から出生前診断まで多岐にわたります。
NGSの装置は、特殊に加工したDNAのライブラリーを、配列された分子ごとに1行のテキストとして出力します。
この技術は基礎研究にも臨床にも応用されています。
RNAシーケンシングやリボソーム・プロファイリングにも使われています。
妊婦を対象にしたNIPT検査でのDNAシークエンシングも、その一例です。
こうした応用例は、「ライブラリー調製」と呼ばれる、DNAをシークエンサーに読み込ませる前段階の手法によって大きく分かれます。
無細胞DNAを扱うNIPTも、この上流工程の設計次第で解析の精度が左右されます。本章では、NGSの各機器がDNAをどう配列するかを説明したうえで、NIPTに絞って上流から下流までの工程を見ていきます。
上流部門のシークエンサー
NIPTの精度を左右する最初の関門が、血液から無細胞DNAを取り出す「上流工程」です。
ここでの抽出の質が、その後の解析全体に影響します。
DNAの抽出
無細胞DNAは血液細胞そのものではなく血漿に含まれるため、抽出の手順そのものが検査精度を左右します。
無細胞DNAは、その名の通り血液細胞の中には存在せず、血漿から抽出しなければなりません。
無細胞DNAの断片は、死んだ細胞の残骸です。細胞が計画的な死(アポトーシス)を迎えると酵素が働き、ゲノムDNAを分解します。ただしこの酵素は、ヒストンに守られていないDNAにしかアクセスできません。
そのため、ヌクレオソームの中を巡っていた150ヌクレオチド未満の短いDNA断片だけが、アポトーシスの過程を生き延びます。
死にかけた細胞から漏れ出したこの断片が、無細胞DNAを形成します(Lo et al., 1997)。
この断片がシークエンシングされ、「リード」と呼ばれる読み取りデータになります。
血漿から無細胞DNAを抽出するには、まず血液を遠心分離機にかけ、血漿とバフィーコート(白血球を含む層)、赤血球に分離します。血液全体のおよそ55%を占める、それが血漿。
バフィーコートの混入を避け、慎重に血漿を取り出す必要があります。
混入すると母体由来のDNA濃度が高くなりすぎ、胎盤由来のわずかな無細胞DNAが薄まってしまいます。
標準的な抽出技術を使えば、血漿サンプルから分析に十分な無細胞DNAを得られます。通常、血漿中の無細胞DNA濃度は1mlあたりわずか5〜50ng程度です。
この量の少なさが、無細胞DNAに基づく出生前診断に必要な血液量の下限を決めています。血液量が不足すると抽出できるゲノムの複製数が減り、胎児の染色体異常によるわずかな遺伝子量の変化を検出できないことがあります。
ここまでの工程を順番に整理すると、次の4ステップになります。
- 採血した血液を遠心分離機にかけ、血漿・バフィーコート・赤血球に分離する
- バフィーコートを慎重に取り除き、血漿だけを回収する
- 標準的な抽出キットで血漿から無細胞DNAを精製する
- 抽出量が少ない場合はPCRで増幅し、シークエンシングに必要な量を確保する
検査手法によって必要な血液量は異なります。全染色体シークエンシング(WGS)は無細胞DNAの必要量が少なく、採取する血液量も少なめで済みます。
一方、一塩基多型法(SNP)を使う手法は、特定領域ごとに数百のゲノム相当量を必要とします。そのため、通常はWGSより多くの血液量が求められます(詳細は第3章)。
両者の違いを簡単に整理すると、次の表の通りです。
| 項目 | 全染色体シークエンシング(WGS) | 一塩基多型法(SNP) |
|---|---|---|
| 必要な血液量 | 比較的少量で対応可能 | WGSより多めが必要 |
| 解析対象 | ゲノム全体を網羅的に読み取る | 特定領域のゲノム相当量を集中的に測定 |
| 得意な点 | 広範囲の異数性検出に向く | 対立遺伝子のバランス測定に強い |
抽出量が不足していても、シークエンシング前にPCRで増幅すれば見かけ上のデータ量は確保できます。
ただし、抽出が非効率だったかどうかは、シークエンシングしたデータの「複雑さ」を見れば判別できます。胎児の異数性を統計的に有意な精度で検出するには、この複雑さを観察しながら検査を設計することが欠かせません。
当院で受診者様に採血の流れをご説明する際、「なぜ一定量の血液が必要なのか」という質問をよくいただきます。
無細胞DNAの濃度がもともと非常に低いことをお伝えすると、採血量の意味を納得していただきやすいと感じています。
ライブラリーの準備
上流工程で抽出したDNAは、シークエンサーの機種に応じた「ライブラリー」に加工されてから配列が読み取られます。
NGS(次世代シークエンシング)の機械
NIPTの現場で使われるシークエンサーの多くは、「合成による配列決定」という原理を採用しています。
NIPTの現場で広く使われる代表的なNGS機器、それがイルミナ社のシークエンサー。
多くの機種はシークエンシング・バイ・シンセシス(合成によるシークエンシング)という原理を採用しています。
DNA断片を平面上の担体に固定して増幅したのち、1塩基ずつ蛍光シグナルを読み取り、配列を決定する仕組みです。
この方式は、数百万から数十億のDNA断片を同時並行で読み取れます。
そのため、ヒトゲノム全体を数日程度で解析できます。NIPTの分析手法も、この原理を応用したものです(Fan et al., 2008、Chiu et al., 2008)。
この手法を検証した初期の研究があります。
妊娠初期・中期の妊婦28検体を解析しました。
21トリソミー(ダウン症)の胎児14例と、正常な胎児14例、そのすべてを正しく判定できました(Chiu et al., 2008)。
この結果が、母体血液だけで胎児の染色体情報を読み取るNIPTの実用化を後押ししました。
結論
NGSがNIPTに向いている理由は、単にデータを速く出せるからだけではありません。
NGS(次世代シークエンシング)がNIPTに特に適しているのには、分かりやすい理由と、見落とされがちな理由の2つがあります。
分かりやすい理由は、NGSがデジタルでヌクレオチド単位のデータを提供する点です。そのため、深さと対立遺伝子の情報に基づくNIPTの解析フローが実行可能になります。
NIPTの解析フローでは、無細胞DNAの断片を特定し、その量を測定する必要があります(詳細は第3章)。
NGSの機器はこうしたデータを短時間で生み出せるため、検査機関・受検者双方の負担を軽くしています。
見落とされがちな理由は、NGSが胎盤由来の無細胞DNAに特有のシグナルを捉えている点です。
胎盤由来の断片は母体由来の断片より短く、DNAメチル化という特徴も持っています。亜硫酸水素塩処理を行うと、この違いをNGSで検出できるようになります。
さらにNGSは、無細胞DNA断片の末端の位置も記録します。
母体と胎盤ではヌクレオソームの構造的な位置が異なるため、この末端情報にも胎盤由来のシグナルが含まれています。こうしたシグナルを抽出・増幅する解析アルゴリズムによって、胎児の染色体異常を敏感に捉えることが可能になっています。
無細胞DNAに基づくNIPT検査は、出生前診断の現場で急速に標準的な選択肢になりつつあります。
臨床導入が広がるほどコストを抑える技術開発が進み、より精度の高い解析につながる好循環が生まれています。無細胞DNAの解析技術は今後も発展を続けるでしょう。
NIPTの技術的な背景を理解したうえで検査を検討したい方もいらっしゃいます。
そうした方には、お電話(0120-169-629)でも状況に応じたご案内をしています。
翻訳:梅澤眞一
次世代シークエンシングとNIPTについてよくある質問
本章の内容に関連して、受診者様からよく寄せられる質問にお答えします。
気になる項目から読んでみてください。
Q. NIPTで使われる「次世代シークエンシング」とはどのような技術ですか?
次世代シークエンシング(NGS)は、DNA断片を数百万〜数十億本、同時並行で読み取る技術です。
従来のサンガー法より大量のデータを短時間で得られます。
そのため、母体血液中のごく微量な無細胞DNAを解析するNIPTに適しています。
Q. 無細胞DNAはなぜ血液から検出できるのですか?
無細胞DNAは、寿命を終えた細胞が壊れる際に血漿中へ漏れ出す短いDNA断片です。
妊娠中は胎盤由来の断片も血漿に含まれるため、母体の血液を採取するだけで胎児側の情報を間接的に読み取れます。
Q. NIPTを受けるのに必要な血液量はどれくらいですか?
検査手法によって異なりますが、無細胞DNA濃度が1mlあたり5〜50ng程度と非常に低いため、一定量の血液採取が必要です。
全染色体シークエンシング(WGS)は比較的少量で済み、一塩基多型法(SNP)はやや多めの血液量を必要とする傾向があります。
Q. NGSはNIPTの精度にどのように関係していますか?
NGSはデジタルでヌクレオチド単位のデータを得られるため、微量な胎児由来DNAの割合を精密に測定できます。
断片の長さやメチル化の状態など、胎盤由来を示すシグナルの検出精度も、検査全体の信頼性に影響します。
Q. この論文(第2章)の内容は実際の検査結果とどう関係しますか?
本章は、NIPTの土台となるシークエンシング技術の仕組みを解説した学術論文の翻訳です。
実際の検査結果は、この技術に加えて解析アルゴリズムや臨床データの蓄積を踏まえて算出されます。
数値の解釈については、受診時に医師へご相談ください。
Q. NIPTの結果について不安がある場合はどうすればいいですか?
NIPTは非確定的な検査であり、確定診断には羊水検査が必要です。
技術的な仕組みや結果の意味について不安があるときは、遠慮なくご相談ください。
お電話(0120-169-629)やLINEでの無料相談、来院時のカウンセリングをご利用いただけます。
【参考文献】
- Sanger F, Nicklen S, Coulson AR. DNA sequencing with chain-terminating inhibitors. Proc Natl Acad Sci U S A. 1977.
- Lo YM, et al. Presence of fetal DNA in maternal plasma and serum. Lancet. 1997.
- Chan KC, et al. Size distributions of maternal and fetal DNA in maternal plasma. Clin Chem. 2004.
- Fan HC, et al. Noninvasive diagnosis of fetal aneuploidy by shotgun sequencing DNA from maternal blood. PNAS. 2008.
- Chiu RW, et al. Noninvasive prenatal diagnosis of fetal chromosomal aneuploidy by massively parallel genomic sequencing of DNA in maternal plasma. PNAS. 2008.
日本皮膚科学会 皮膚科専門医/日本医師会 産業医/東京衛生検査所 指導監督医
この記事は、 ヒロクリニックNIPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。
