はじめに
妊娠中、出産後は気持ちが落ち込みやすい時期です。
女性は男性よりも2倍うつ病になりやすく、その中でも特に妊娠中や出産後はうつ病を発症しやすい時期であり、近年では出産を経験した女性の10人に1人は「産後うつ」になると言われています。
なぜ妊娠・出産で気分が不安定になる?
妊婦さんは妊娠、妊娠の継続、出産のため、ホルモンのバランスが変化し続けます。妊娠中の心身の変化に大きな影響を与えているのがホルモンです。
主なホルモンとしてプロゲステロン、エストロゲンが挙げられます。妊娠を継続するためには重要なホルモンですが、様々なマイナートラブルを起こすことがあります。
また妊娠に伴う身体の変化や環境の変化、生活の変化などが原因で気分が不安定になることがあります。
マタニティブルーズとは
出産後には、ちょっとしたことで涙が出たり、怒ってしまったり、やる気が起きなかったりすることがあります。この状態のことを総称して「マタニティブルーズ」と呼びます。
マタニティブルーズの定義
マタニティブルーズとは、出産から産後1か月に起こる自律神経、精神状態が不安定な心理状態のことをいいます。日本人女性の頻度は25-50%くらいと言われています。
マタニティブルーズの原因
お母さんの身体は出産によって女性ホルモンが急激に減り、授乳をするための身体に変化していきます。この女性ホルモンの急激な減少と出産の疲れ、生活の変化、育児の疲れ、不眠、プレッシャー、不安、孤独などがマタニティブルーズの原因と言われています。
マタニティブルーズはいつからいつまで?
マタニティブルーズは1-2週間程度で自然と改善していきますが、産後2週間以上続く気分の落ち込みでは産後うつが疑われます。マタニティブルーズの症状が重かったり、妊娠前、妊娠中に心の病気を経験している方は、産後うつになりやすい傾向があるといわれています。
マタニティブルーズの乗り越え方
いつまでも長く続く症状でないということを理解し、産前、産後に起こっている身体の変化を自覚すること、家族にも知ってもらうことが乗り越え方のポイントだと言えます。
ママ友や経験者から話を聞いたり、不安を共有することもよいでしょう。パートナー、家族、友達、助産師、医師、地域の保健所など、辛い時は誰かに「辛い」と相談してみて下さい。

うつ病とは
うつ病とは「こころの病気」と思われがちですが、近年では研究が進み脳の機能障害であると考えられています。妊娠うつ、産後うつの詳しい原因はまだわかっていません。ストレスなど様々な理由から脳の機能障害が起きている状態で、ものの捉え方、考え方が否定的になり自己嫌悪感なども抱いてしまうことがあります。
もともとうつ病でも妊娠できる?
うつ病で抗うつ薬を飲んでいても、妊娠して子どもを産んでも大丈夫とのことは医学的にも証明されています。しかしながら注意をしなければならないこともあります。
妊娠中のうつ病
妊娠中にうつ病を発症することがあり、これを「妊娠うつ」と呼びます。前述した通り、うつ病は女性に発症しやすく男性の2倍ほどであり、それに加えて妊娠におけるストレスにより妊娠うつを発症することがあります。妊娠中と産後はうつ病を発症しやすい時期と言われています。
妊娠中のうつ病の原因
妊娠中にうつ病が生じる原因はよく分かっていませんが、この時期は何かとストレスが多い上に、周囲のサポートが不十分な状況が重なっている場合が考えられます。しかも妊娠・出産に伴う女性ホルモンの大きな変化は、脳がストレスに耐える抵抗力を低下させます。その結果ストレスを処理しきれなくなった脳が機能不全を起こし、ものごとを悪くとらえる傾向が強く出てしまいます。
妊娠中のうつ病が及ぼす赤ちゃんへの影響
妊娠中のうつ病によって、赤ちゃんの発育不全や出産時の合併症の増加、子育てに対する意欲の低下、児童虐待や自傷・自殺などの問題に繋がる恐れがあります。 そのため、早期に診断し治療を受けることが重要となります。
妊娠中にうつ病と診断されたら
「母親なら○○をしなければならない」「育児は私がしなければならない」などと一人で抱え込むことを辞め、パートナー、家族へ病気の理解をしてもらうことが重要です。頼りにできる家族がいない場合には、医療スタッフ、地域の保健師など公的機関へ助けを求めることも重要と言えます。
妊娠中のうつ病の治療
抗うつ薬を飲んでいても妊娠、出産は問題がないということは医学的に証明されています。しかしながら一部の抗うつ薬には心奇形の確率をわずかに高めるという報告があります。よって、計画的妊娠をするか、うつ病の薬物療法を受ける時点で妊娠する可能性があることを伝え、妊娠に影響のある抗うつ薬をあらかじめ避けておくと安心です。
夫、家族のサポートも必要
うつ病を持ちながらの妊娠の場合、パートナー、家族のサポートが必要となります。専門家の意見を交え「何はやらなくてもよいか」「どんな周囲のサポートが必要か」といった環境を整えることが重要です。
2人目の妊娠中の方がうつ病になりやすい?
妊娠期のうつ病は初産のお母さんの方が発症しやすいと言われています。しかしながら二人目以降でもうつ病のリスクはあります。2人目以降の場合、新生児の世話をしながら他の子どもをみなければならず、キャパシティオーバーとなり、うつ病を発症することもあります。
産後うつとは
産後うつ病は10人に1人発症する確率があり、気分の落ち込み、楽しみの喪失、自責感や自己評価の低下などの症状があり、産後3か月以内に発症することが多いと言われています。
産後うつの定義
マタニティブルーズが通常は1-2週間で改善するのに対し、産後うつは2週間以上持続します。自然に改善することは難しいため、何かしらの治療を受けなければなりません。
産後うつの原因
妊娠うつと同様、はっきりとした原因はまだよくわかっていませんが、慣れない育児に対するストレス、周囲のサポート不足、睡眠不足などの状況が重なっている場合があります。また産後の女性ホルモンの大きな変化による影響も考えられています。
産後うつの症状
- 悲しみが強い
- 頻繁に泣く
- 気分の変動が強い
- 簡単に怒る
- 疲労感が強い
- 寝すぎる、もしくは眠れない
- 頭痛、身体の痛み
- 活動への興味がなくなる
- 不安発作またはパニック発作
- 食欲がなくなる、もしくは食べ過ぎる
- 子どもに対する関心がなくなる
- なぜだかわからない無力感と絶望感
- 罪悪感
- 子どもを傷つけることを強く心配をする
- 自殺念慮
産後うつの治療
うつ病は精神科医の診断が必要となります。上記のような症状がある場合、早めに精神科へ受診することが必要です。治療にはストレスを減らすための環境調整と薬を使う薬物療法があります。そしてパートナー、家族、医療スタッフ、地域の保健師などとの連携が大切です。
産後うつはいつからいつまで?
マタニティブルーズが1-2週間で自然に改善するのに対し、産後うつは2週間以上続きます。産後3か月以内に発症することが多いと言われていますが、実は妊娠中から不安やうつの問題を持っている、いつからうつであったか不明である場合もあるため、早めに治療を行う必要があります。病歴が長い場合、病状が改善するまで長期間かかることがあります。

マタニティブルーズとうつの違い
マタニティブルーズとうつの大きな違いは、マタニティーブルーズは1-2週間と一時的で自然に改善するのに対し、妊娠うつや産後うつはそれ以上長く続き、治療が必要である点になります。
マタニティブルーズ、うつになる割合
マタニティブルーズの発症頻度は25-50%くらい、妊娠期にうつ病を発症する割合は10%と言われています。妊娠期のうつ病になりやすい人の特徴としては、マタニティブルーズの症状が強かったり、以前心の病気を抱えていたことがある場合にはうつ病を発症しやすいと言われています。高齢では妊娠中、産後のうつ病の割合が高くなるという報告もあります。
妊娠中からできる予防と対策
マタニティブルーズや妊娠うつ病、産後うつ病は誰でもなる可能性があると知識として知っておくこと、パートナーや家族とも情報を共有しておく事が重要です。認識しておくだけでも自分を不必要に追い詰めずに済み、外部からのサポートを受け入れやすくなります。
妊娠初期
妊娠初期では、お腹の赤ちゃんが健康かどうか不安で大きなストレスを感じてしまうことがあると思います。一般的な定期検診だけでは不安という場合には、NIPT(新型出生前診断)などの検査を受けることも可能です。NIPT(新型出生前診断)は妊娠10週0日目から受けることが可能なため、赤ちゃんの状態を早く知ることができます。
妊娠中期
出産に向けて、家事分担やパートナーの育休取得など、家族の役割分担を具体的にどのようにするか話し合うと良いでしょう。最近は男性の産後うつも増えてきています。パートナーにとってもうつ病は他人事ではありません。
妊娠後期
相談者や公的サービスを確認しておくとよいでしょう。地域の相談窓口やベビーシッター、その他各自治体に独自のサービスがある可能性もあります。「万が一のときはこのサービスを使おう」と事前に準備をしておくと、気持が楽になると思います。
夫の産後うつとパタニティブルー
赤ちゃんの誕生後、3-6カ月のお父さんでうつの症状が見られる事が多いとの報告があります。その理由として、生活の変化、夫婦の時間が減る、妻が子供にかかりっきりである、家族役割の変化などが挙げられています。
妊娠、出産はお母さんの事が注目されがちですが、お父さんにもストレスがあり、夫の産後うつとパタニティブルーというのがあるということを知っておく必要があります。
まとめ
マタニティブルーズ、うつ、パタニティブルーで大切なのは「助けてほしい」というサインを出すことだと言えます。中でもうつは放置しておくとどんどん辛くなり、赤ちゃんやパートナーにも影響を及ぼしてしまう恐れがあるため、後に後悔しないためにも、早めに専門医に受診をしカウンセリングや薬物療法などによる治療を開始することが重要です。
辛い状態が続くようであれば無理せず、周りの人にサポートをお願いしましょう。
【参考文献】
- 公益社団法人日本産婦人科医会
- 厚生労働省 – e-ヘルスネット
- MSD Manuals
記事の監修者

川野 俊昭先生
ヒロクリニック博多駅前院 院長
日本産科婦人科学会専門医
産婦人科医として25年以上、主に九州で妊婦さんや出産に向き合ってきた。経験を活かしてヒロクリニック博多駅前院の院長としてNIPT(新型出生前診断)をより一般的な検査へと牽引すべく日々啓発に努めている。
略歴
1995年 九州大学 医学部卒業
1995年 九州厚生年金病院 産婦人科
1996年 九州大学医学部付属病院 産婦人科
1996年 佐世保共済病院 産婦人科
1997年 大分市郡医師会立アルメイダ病院 産婦人科
1998年 宮崎県立宮崎病院 産婦人科 副医長
2003年 慈恵病院 産婦人科 医長
2007年 日本赤十字社熊本健康管理センター診療部 副部長
2018年 桜十字福岡病院 婦人科
2020年 ヒロクリニック博多駅前院 院長
資格
日本産科婦人科学会専門医
検診マンモグラフィ読影認定医
日本スポーツ協会公認 スポーツドクター
厚生労働省認定臨床研修指導医
日本抗加齢医学会専門医