「親ががんになると、お腹の中の赤ちゃんにも遺伝する」 テレビの健康番組やSNSの話題などで、このような噂を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。逆に、「自分や自分の家系は誰もがんになっていない健康体だから、お腹の子供も絶対にがんにかかるはずがない」と自信を持っている親御さんもいらっしゃるかもしれません。
しかし、果たして本当に「家系にがんがいなければ、子供も安全」と言い切れるのでしょうか。 医学的な視点から結論を申し上げると、決してそうとは言い切れません。なぜなら、がんの中には「親から遺伝子として引き継がれるもの」だけでなく、「お母さんのお腹の中で、受精卵が育っていく過程で新たにエラーとして生まれてくるもの」が存在するからです。
本コラムでは、多くの方が誤解している「がんの遺伝」の真実と、実は「2人に1人のお母さんが持っているある体質」が、子供の将来の「小児がん」や特定のがんの発症リスクに深く関わっているという、衝撃的な医学データについて解説していきます。妊娠中、あるいはこれから妊娠を望む女性にとって、「もっと早く知っておけばよかった」と後悔しないために、ぜひ最後までお読みください。
まず、人間が「がん」になる原因の全体像を整理しておきましょう。 日本人の場合、およそ「10人に3人」ががんで亡くなっていると言われていますが、がんの原因は大きく分けて2つのカテゴリーに分類されます。
1. 遺伝するがん(全体の5%〜10%) ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、将来の乳がん・卵巣がんの発症を防ぐために予防的切除の手術を受けたニュースは世界中で話題になりました。彼女は「HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)」という、高い確率でがんを発症する遺伝子(BRCA1、BRCA2などの変異)を親から受け継いでいたのです。 このように、親から子へと明確にがんになりやすい遺伝子が引き継がれるタイプの「遺伝性がん」は、がん全体の約5%〜10%を占めています。いわゆる「がん家系(親族に同じがんになった人が複数いる)」と呼ばれるケースは、このカテゴリーに属することが多いです。
2. 遺伝しないがん(全体の90%以上) 実は、世の中のがんの90%以上は、親からの遺伝とは直接的な関係がありません。 その最大の原因は「生活習慣」と「老化」です。タバコ、過度なアルコール、発がん性のある食事の継続、そして何より加齢(年を取ること)によって、細胞が生まれ変わる際に遺伝子のコピーエラーが蓄積し、がん細胞が生まれてしまうのです。
「がんは年寄りの病気」というイメージが強いのはこのためですが、ここで私たちが目を向けなければならない非常に重要なカテゴリーがあります。それが、「小児がん」です。
小児がんは、年間約2,500人の子供が発症しています。日本の年間の出生数が約70万人とすると、およそ「300人に1人」の赤ちゃんや子供が小児がんを発症している計算になります。 35歳の母親からダウン症の赤ちゃんが生まれる確率が約400人に1人であることを考えると、300人に1人という小児がんの確率は、決して少ない数字ではありません。「がん家系でもなく、生活習慣も関係なく、老化もしていない子供」が、なぜこれほどの確率でがんを発症してしまうのでしょうか。
健康な両親から生まれた子供が小児がんを発症する最大の原因は、「受精卵から胎児へと細胞分裂を繰り返していく過程で起きる、DNAのコピーエラー」にあると強く示唆されています。
人間の体は、たった1つの受精卵から始まり、お腹の中で途方もない回数の細胞分裂を繰り返して、最終的に約37兆個(大人になると約60兆個とも言われます)の細胞を持つ人間の姿へと成長します。 細胞が分裂する際、設計図であるDNA(A、T、G、Cという4つの塩基の並び)も全く同じようにコピーされていきます。通常、DNAにはエラーが起きても自ら修復する優れた機能が備わっているため、コピーミスは滅多に起こりません。
しかし、この細胞分裂の途中で、DNAの働きをコントロールする「メチル化(めちるか)」という現象が異常をきたすことがあります。
メチル化とは、DNAの特定の塩基(主にシトシン:C)に「メチル基」という小さな分子がくっつくことです。メチル基が正しくくっつくことで、遺伝子のスイッチが正常にON・OFFされ、細胞が正しく成長していきます。しかし、このメチル化がつくべきではない場所についてしまったり、逆に不足してしまったりすると、DNAの配列自体は正常でも、遺伝子がうまく働かなくなったり、細胞の増殖が暴走したりしてしまいます。
お腹の中で細胞が猛スピードで増殖している胎児期に、この「メチル化の異常」が起きてしまうと、それが小児がんや、将来の乳がん・卵巣がんなどの発症リスクをプログラミングしてしまう(なりやすい体質を作ってしまう)ことが、最新の医学研究で分かってきているのです。このメカニズムは「DOHaD(将来の健康や疾病リスクは胎児期の環境によってプログラミングされる)」という学説でも提唱されています。

では、お腹の赤ちゃんのDNAのメチル化を正常に保ち、エラーを防ぐためにはどうすれば良いのでしょうか。 その最も重要な鍵を握る栄養素が、妊婦さんにお馴染みの「葉酸(ようさん)」です。
葉酸は、赤ちゃんの神経管(脳や脊髄の元)を作るために不可欠な栄養素として知られていますが、実はDNAの合成や、正常な「メチル化」を行うための材料としても非常に重要な役割を果たしています。妊娠前や妊娠初期に母体の中に十分な葉酸が存在していることで、赤ちゃんの細胞分裂におけるメチル化のエラーが防がれ、将来のがんリスクを下げることに繋がるのです。
「なんだ、それならサプリメントで葉酸を毎日しっかり飲んでいれば安心だね」 そう思われたかもしれません。しかし、問題はここからなのです。実は、「ただ普通の葉酸を飲んでいるだけでは、全く効果がないお母さんが2人に1人の割合で存在する」という、衝撃的な事実があるのです。
私たちが食事や一般的なサプリメントから摂取した葉酸は、そのままの形では体の中で効果を発揮しません。体内で酵素の働きによって「活性型(5-MTHF)」という形に変換されて、初めてDNAのメチル化などに使われるようになります。
この「葉酸を活性型に変換する酵素」を作るための設計図が「MTHFR遺伝子」です。
ここで驚くべきデータがあります。日本人を含むアジア人のなんと約半数(2人に1人)が、このMTHFR遺伝子に生まれつきの「変異」を持っているのです。 この変異を持っている人は、葉酸を活性型に変換する酵素の働きが非常に弱いため、いくら外から普通の葉酸サプリメントを大量に飲んでも、体内で正しく活性化されず、結果として葉酸不足と同じ状態に陥ってしまいます。
つまり、お母さんが「赤ちゃんのために」と一生懸命に葉酸を飲んでいても、自分がこのMTHFR遺伝子の変異を持っている(2人に1人の)体質であれば、お腹の赤ちゃんのDNAメチル化はうまく行われず、将来の小児がんや発達障害のリスクを下げることができていない可能性があるのです。
「自分が2人に1人の変異を持っているかどうか、どうすればわかるの?」と不安になられたかと思います。 確実なのは遺伝子検査を行うことですが、費用も数万円かかり、手間もかかります。そこで、クリニック等で数千円で受けることができる、非常に簡単で有効な血液検査があります。
それが「ホモシステイン検査」です。
ホモシステインとは、体内でタンパク質が代謝される過程でできる悪玉アミノ酸の一種です。体内に活性型の葉酸が十分に存在していれば、このホモシステインは無害な物質に分解(代謝)されます。 しかし、MTHFR遺伝子に変異があり、葉酸がうまく活性化されていない人は、ホモシステインを分解できず、血液中のホモシステイン濃度が異常に高くなってしまうのです。
ホモシステインの基準値はおよそ「15 nmol/ml(マイクロモルパーリットル)」以下です(理想は7〜8程度とされています)。もしクリニックで血液検査をして、この数値が「30」や「40」と異常に高かった場合、あなたは「普通の葉酸を飲んでも効かない体質(MTHFR遺伝子変異がある可能性が高い)」であると強く推測されます。
もし、自分がホモシステイン値が高く、葉酸を活性化できない体質だったとしても、決して絶望する必要はありません。明確な対処法が存在します。
それは、最初から活性化された状態の葉酸サプリメントである「活性型葉酸(5-MTHF)」を直接摂取することです。
すでに活性化されているため、自分の体内の酵素の働きが弱くても、そのままダイレクトに体内で使われ、赤ちゃんのDNAのメチル化エラーを防ぐことができます。
ただし、非常に残念なことに、この「活性型葉酸」は、現在の日本の一般的なドラッグストアや薬局ではほとんど市販されていません。手に入れるためには、以下のいずれかの方法をとる必要があります。
品質の定かでないものを購入するのはリスクがあるため、信頼できるルートから入手することが重要です。ヒロクリニックでも現在、患者様が安心して適切な活性型葉酸を手に入れられるよう、サポート体制の準備を進めています。
「がん家系ではないから安心」という油断は、非常に危険です。 健康な両親からであっても、お腹の中で細胞分裂を繰り返す過程で起きる「DNAのメチル化エラー」によって、子供の小児がんや将来のがんリスクは高まります。
そして、そのエラーを防ぐための「葉酸」が、実はお母さんの2人に1人は体質的にうまく使えていないという事実は、日本の産婦人科でもまだ積極的に教えられていない「真実」です。
これから妊娠を望む方、あるいは現在妊娠初期の方は、ぜひ以下のステップを踏んでください。
たったこれだけの確認と行動で、お腹の赤ちゃんのDNAを守り、将来の小児がんリスクを減らすことができるかもしれないのです。遺伝子の配列そのものは変えられませんが、エピジェネティクス(遺伝子の働き方のコントロール)は、親の「正しい知識」と「栄養摂取」によって良い方向へ導くことが可能です。
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