妊娠中は新しい命を育む大切な時期ですが、母体の免疫や代謝が変化することで、さまざまな病気にかかりやすくなります。風邪やインフルエンザのような一般的な感染症から、妊娠特有の合併症まで、そのリスクは多岐にわたります。さらに、赤ちゃんの健康を守るためには、病気の早期発見・早期対応だけでなく、必要に応じて出生前診断(NIPTなど)による遺伝子スクリーニングも検討されます。本記事では、妊娠中にかかりやすい代表的な病気と症状、早期対応法、そして母子の健康を守るための検査や予防策について詳しく解説します。
1. 妊娠中の身体変化と病気のリスク
妊娠期間中、母体は胎児の成長と安全な出産に向けて、全身にわたる大きな変化を経験します。これらは自然で必要な変化ですが、その一方で病気にかかりやすくなる要因にもなります。特に免疫、循環、代謝、ホルモンバランスの変化は、妊娠特有の病態や感染症リスクに直結します。
1-1. 免疫機能の変化
妊娠中は胎児を「半分異物」として母体が拒絶しないよう、免疫機能が巧みに調整されます。
この現象は免疫寛容(immune tolerance)と呼ばれ、主に以下のような仕組みで起こります。
- 細胞性免疫の抑制:感染防御に関わるT細胞の一部が抑制され、攻撃性が低下します。
- 液性免疫の活性化:抗体産生は維持または増加しますが、特定の病原体への即応力は低下します。
- サイトカインバランスの変化:炎症を促すTh1型から、胎児保護に有利なTh2型優位にシフトします。
この結果、ウイルス(風邪・インフルエンザ・風疹・水痘など)や細菌感染(リステリア菌、尿路感染症など)のリスクが高まります。特に妊娠初期は免疫の調整が急激に起こるため、感染症の発症率が上昇します。
1-2. 循環・代謝の変化
胎児や胎盤に十分な酸素と栄養を供給するため、妊娠中は循環器系と代謝機能が大きく変わります。
- 血液量の増加:妊娠後期には非妊娠時の約40〜50%増加します。これにより心拍出量も上昇し、心臓への負担が増加します。
- 血圧の変動:妊娠初期〜中期は血管拡張作用で血圧が低下しますが、後期には高血圧になりやすく、妊娠高血圧症候群のリスクが上がります。
- 血液凝固能の亢進:分娩時の出血に備えて凝固因子が増加しますが、これが血栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症)のリスク要因になります。
- 代謝亢進:基礎代謝量が増加し、酸素消費量が高まります。これにより呼吸器系への負担も増します。
1-3. ホルモンバランスの変化
妊娠中は、胎盤や卵巣から多量のホルモンが分泌され、母体のあらゆる臓器や機能に影響を与えます。これらのホルモンは、赤ちゃんの発育を支えるだけでなく、母体が妊娠状態を維持し、出産や授乳に備えるための準備も整えます。その一方で、ホルモン分泌による体調の変化や不快症状も現れることがあります。
- プロゲステロン(黄体ホルモン)
プロゲステロンは妊娠を維持するために重要なホルモンです。子宮の筋肉(子宮筋)を柔らかく保ち、収縮を抑えることで流産のリスクを減らします。
ただし、このホルモンは消化管や尿管などの平滑筋も緩めるため、次のような症状が出やすくなります。
腸の動きが遅くなることで便秘が起こりやすい
胃の内容物が逆流しやすくなり、**胃食道逆流症(逆流性食道炎)**を引き起こす
尿管の動きが低下し、尿が滞留しやすくなることで尿路感染症のリスクが高まる - エストロゲン(卵胞ホルモン)
エストロゲンは妊娠中に急激に増加し、さまざまな働きをします。
血流を増やして胎児や子宮への栄養供給を高める
乳腺を発達させ、授乳に備える体づくりをサポートする
一方で、血管を拡張させる作用があるため、以下のような症状も現れることがあります。
鼻粘膜の血管が広がり、鼻づまりが起こる
歯肉の血流が増えて歯肉が腫れやすくなり、出血が起きやすくなる - ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)
妊娠が成立すると、胎盤から分泌されるhCGが急激に増加します。特に妊娠初期に多く分泌され、妊娠反応検査薬でもこのホルモンを検出しています。
この急激な増加は、つわりの主な原因と考えられており、吐き気や食欲不振、味覚の変化など、妊娠初期特有の症状を引き起こします。
1-4. 病気のリスク増加の実例
これらの変化が重なることで、以下のような病気の発症リスクが上昇します。
2. 妊娠中にかかりやすい主な病気と症状
妊娠中は免疫・循環・ホルモン環境の変化により、特定の病気にかかりやすくなります。これらの病気は母体だけでなく胎児にも影響を及ぼす可能性があるため、早期発見と適切な対応が重要です。
2-1. 風邪・インフルエンザ
原因と背景
妊娠中は細胞性免疫が抑制されるため、ウイルス感染に対する抵抗力が低下します。特にインフルエンザウイルスは季節性流行があり、妊婦は重症化リスクが非妊娠時より高くなります。
主な症状
- 鼻水、鼻づまり、喉の痛み
- 発熱(38℃以上が多い)
- 咳、倦怠感
- 関節痛、筋肉痛(インフルエンザで顕著)
母子への影響
対応策
- 妊娠中でも接種可能なインフルエンザワクチンの接種推奨(特に流行期前)
- 発熱時は早期に医療機関を受診し、必要に応じて抗ウイルス薬を使用
- 脱水防止のため水分補給を徹底
2-2. 妊娠高血圧症候群(PIH)
原因と背景
胎盤の血流異常や母体血管の反応性異常が関与しており、妊娠20週以降に発症します。高血圧のほか、タンパク尿や浮腫を伴います。
主な症状
- 高血圧(収縮期140mmHg以上、または拡張期90mmHg以上)
- 顔や手足のむくみ
- 頭痛、視覚異常(光がチカチカするなど)
母子への影響
- 母体:子癇(けいれん発作)、HELLP症候群、脳出血のリスク
- 胎児:胎盤機能不全による発育不全、低酸素、早産
対応策
- 妊婦健診ごとの血圧測定・尿検査で早期発見
- 塩分制限と安静を心がける
- 重症例では入院管理・早期分娩も検討
2-3. 妊娠糖尿病
原因と背景
胎盤から分泌されるホルモン(ヒト胎盤ラクトーゲンなど)がインスリンの働きを抑え、血糖値が上がりやすくなります。
主な症状
- 自覚症状はほとんどなし
- 口渇、多尿、体重増加の停滞がみられることも
母子への影響
- 母体:妊娠高血圧症候群、分娩時の巨大児による難産
- 胎児:巨大児、低血糖、呼吸障害、新生児黄疸
対応策
- 妊娠24〜28週での75gブドウ糖負荷試験
- 食事療法(低GI食品や食物繊維を多く摂取)
- 必要に応じてインスリン治療(経口血糖降下薬は妊娠中多くは使用不可)
2-4. 尿路感染症
原因と背景
妊娠により尿管が拡張し、膀胱の排尿効率が低下。これにより細菌が繁殖しやすくなります。
主な症状
- 頻尿、排尿痛、残尿感
- 発熱や腰背部痛(腎盂腎炎に進行した場合)
母子への影響
- 早産や低出生体重児のリスク
- 母体の腎機能障害
対応策
- 尿検査による早期発見(無症候性細菌尿も治療対象)
- 抗菌薬による治療(妊娠中使用可能な薬を選択)
- 水分摂取と排尿習慣の改善
2-5. 貧血(鉄欠乏性貧血)
原因と背景
妊娠中は鉄の需要量が増加(特に後期は1日約7mg必要)。食事摂取だけでは不足しやすく、鉄欠乏性貧血が多発します。
主な症状
- 動悸、息切れ、めまい、倦怠感
- 顔色不良、集中力低下
母子への影響
- 母体:分娩時の出血で重度貧血になりやすい
- 胎児:低出生体重、発達遅延、早産リスク増加
対応策
- 妊婦健診での血液検査でHb値をチェック
- 鉄分を多く含む食品(赤身肉、レバー、ほうれん草、ひじき)摂取
- 必要に応じて鉄剤内服
3. 病気を早期発見するための対応法
妊娠中は、病気の進行が早かったり、症状が軽くても重大な合併症につながることがあります。そのため、早期発見と迅速な対応が何より重要です。早期発見の鍵は、定期健診での医療チェックと、日常生活での自己観察の両立にあります。
3-1. 定期健診の徹底
妊婦健診は母子手帳に沿って計画的に行われ、妊娠週数に応じて頻度が増えます。健診で確認される項目は、病気の初期サインを逃さないために非常に重要です。
- 血圧測定
妊娠高血圧症候群や子癇の予防・早期発見に欠かせません。健診時だけでなく、自宅測定を取り入れるとより早期対応が可能です。 - 体重測定
急激な体重増加は浮腫や高血圧のサインになることがあります。1週間で1kg以上の増加は注意が必要です。 - 尿検査
タンパク尿は妊娠高血圧症候群、糖尿は妊娠糖尿病、細菌尿は尿路感染症の早期発見につながります。 - 血液検査
貧血、肝機能障害、血糖値異常、感染症(B型肝炎、梅毒、HIVなど)を確認します。
3-2. 体調の変化に敏感になる
妊娠中は「いつもと違う」感覚が病気の初期サインであることも多く、症状の軽視は危険です。以下は特に注意すべき症状です。
- 発熱:感染症や炎症の可能性。インフルエンザや腎盂腎炎では急速に悪化することがあります。
- 頭痛・視覚異常:妊娠高血圧症候群や脳血管障害の可能性。
- 下腹部痛・張り:切迫早産や胎盤早期剝離の前兆となることがあります。
- 性器出血:流産、早産、前置胎盤、胎盤剝離などのサイン。
- むくみや急な体重増加:妊娠高血圧症候群や腎機能障害の兆候。
ポイント
「少しだから大丈夫」と自己判断せず、気になる症状が出た時点で医療機関へ相談することが、母子の命を守ることにつながります。
3-3. 家庭でのセルフモニタリング
自宅での体調管理は、異常を早期に発見し医師に伝えるための有効な手段です。
- 血圧計の活用
朝・夜の2回測定し、日ごとの変化を記録します。妊娠後期は特に注意。 - 体温計
毎日の基礎体温や発熱の有無を確認。感染症流行期は体温の微妙な上昇も見逃さないようにします。 - 体重計
毎日同じ条件(朝起床後、排尿後、軽装)で測定し、増減をグラフ化すると変化が把握しやすくなります。 - 症状日記
頭痛・むくみ・腹部張り・胎動の変化などを簡潔に記録し、健診時に医師に見せると診断の助けになります。
3-4. 医療機関への連絡タイミングの目安
以下のような場合は、次回健診を待たずにすぐに連絡しましょう。
- 38℃以上の発熱が持続
- 強い腹痛や規則的な張りがある
- 出血が見られる(量に関わらず)
- 胎動が極端に減少または消失
- 激しい頭痛や視覚異常が出現

4. NIPT(新型出生前診断)との関連性と意義
妊娠中の母体の健康状態は、胎児の発育や健康にも直接的・間接的に影響します。特に、染色体異常や先天性疾患は、母体の年齢や既往歴、妊娠中の検査所見と関連する場合があります。NIPT(Non-Invasive Prenatal Testing:新型出生前診断)は、母体から採取した血液中に含まれる胎児由来DNA(セルフリーDNA)を解析し、胎児の染色体異常を高精度にスクリーニングする検査です。
4-1. 病気のリスクとNIPTの位置づけ
NIPTは、以下のような背景を持つ妊婦さんにおいて特に意義があります。
- 妊娠高齢(35歳以上)
年齢とともに卵子の染色体異常率が上昇し、ダウン症候群(21トリソミー)や18トリソミー、13トリソミーの発生率が高くなります。 - 過去の妊娠歴
染色体異常児の出産経験や流産歴がある場合、再発リスクが高まる可能性があります。 - 超音波検査での異常所見
NT肥厚(胎児頸部のむくみ)、心臓や臓器の形態異常、羊水過多などが見られた場合、染色体異常の可能性が示唆されます。 - 母体の合併症
妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの一部は胎児発育不全を伴い、染色体異常や先天異常の可能性を精査する必要が生じることがあります。
このような背景がある場合、NIPTを早期に受けることで出生前にリスクを把握し、必要に応じて確定診断(羊水検査や絨毛検査)につなげることができます。
4-2. 精神的安心の提供
妊娠中は、母体の病気への不安と同時に、「赤ちゃんが健康に生まれるだろうか」という心理的負担も大きくなります。
NIPTは、侵襲性が低く(母体からの採血のみ)、精度が高い(主要染色体異常の検出感度は99%前後)ため、以下のような心理的メリットがあります。
- 陰性の場合、安心して妊娠生活を送れる
- 必要な場合のみ追加の精密検査を受ければよい
- 家族やパートナーと今後の方針を早期に話し合える
特に、妊娠初期(10週以降)から受けられるため、不安を長期間抱えずに済む点は大きなメリットです。
4-3. 限界と注意点
NIPTは非常に精度の高いスクリーニング検査ですが、「診断」ではありません。そのため、以下の点に注意が必要です。
- 陽性=必ず異常があるわけではない
偽陽性が起こる可能性があり、陽性時には羊水検査や絨毛検査などの確定検査が必要です。 - 陰性=完全に安心できるわけではない
NIPTでは検出対象外の遺伝子異常や構造異常は診断できません。 - 検査対象の範囲
日本で提供されるNIPTは主に21・18・13トリソミーが対象ですが、施設によっては微小欠失症候群や性染色体異常も検査可能な場合があります。 - 倫理的・心理的配慮
検査結果によって妊娠継続の判断が迫られる場合があり、事前のカウンセリングが不可欠です。
4-4. 母体ケアとの連動
母体の健康管理とNIPTを組み合わせることで、次のような包括的な妊娠管理が可能になります。
- 定期健診+血圧・血糖管理で母体の病気を予防・早期発見
- 超音波検査とNIPTで胎児の健康状態を多角的に評価
- リスクが判明した場合、産科・小児科・遺伝カウンセラーが連携して出生後の準備を整える
5. 妊娠中の予防策とセルフケア
妊娠中は、免疫機能やホルモン環境の変化により病気のリスクが高まる一方で、母体の生活習慣が胎児の健康に直結します。予防策とセルフケアを意識することで、母子ともに健康な妊娠期間を過ごすことができます。
5-1. 栄養バランスの取れた食事
妊娠中の食事は「量より質」が重要です。必要な栄養素をバランス良く摂取することで、母体の健康維持と胎児の正常発育を支えます。
- 鉄分
妊娠中は鉄の必要量が非妊娠時の約2倍に増えます。赤身肉、レバー、ほうれん草、ひじきなどを積極的に摂取。ビタミンCと一緒に摂ると吸収率が向上します。 - 葉酸
妊娠初期は神経管閉鎖障害の予防に不可欠。1日400μgを目安に、サプリメントや緑黄色野菜(ほうれん草、ブロッコリー)から摂取します。 - カルシウム
胎児の骨や歯の形成に必要。牛乳、ヨーグルト、小魚、大豆製品から摂取。 - たんぱく質
胎児の筋肉や臓器形成に必須。魚、肉、卵、大豆製品をバランス良く取り入れます。
注意点
- 生肉・生魚・ナチュラルチーズなど、リステリア菌やトキソプラズマ感染の恐れがある食品は避ける。
- カフェインは1日200mg以内(コーヒー2杯程度)を目安に制限。
5-2. 適度な運動
医師の許可のもと、無理のない運動を継続することで、血流改善・便秘予防・体重管理・ストレス軽減に効果があります。
- ウォーキング:1日20〜30分、会話ができる程度の強度で
- マタニティヨガ・ストレッチ:腰痛予防やリラクゼーション効果あり
- 骨盤底筋トレーニング:出産後の尿漏れ予防に有効
注意点
- 強い腹部の張りや出血がある場合は中止し、医師に相談
- 脱水予防のため運動前後に水分補給を行う
5-3. 十分な休養と睡眠
妊娠中は心身にかかる負担が大きく、質の高い休養と睡眠が免疫力維持に不可欠です。
- 睡眠環境の工夫:抱き枕で体を支え、シムス位(左側を下にした横向き)で眠ると血流が良くなります。
- 昼寝の活用:15〜30分の短時間の昼寝で疲労回復
- 就寝前のリラックス:軽いストレッチや深呼吸、温かい飲み物で心身を落ち着ける
5-4. 衛生管理
感染症の多くは日常の衛生習慣で予防可能です。
- 手洗い:外出後や調理前後、トイレ使用後は石けんで30秒以上
- マスク着用:人混みや流行期の感染症予防
- 人混みの回避:特にインフルエンザや風疹の流行期は外出を最小限に
- 食材の加熱:肉・魚・卵は十分に火を通す
5-5. メンタルケアも予防の一環
妊娠中のストレスや不安は免疫低下やホルモンバランスの乱れにつながります。
- パートナーや家族との会話で不安を共有
- 必要に応じて助産師や医師、心理士に相談
- マタニティクラスや妊婦向けSNSで仲間と交流
まとめ
妊娠中は身体の変化によって病気にかかりやすくなりますが、定期健診と日常のセルフケアで多くのリスクを軽減できます。さらに、必要に応じてNIPTなどの出生前検査を組み合わせることで、母子の健康を守る体制を強化できます。自分と赤ちゃんのために、早期発見・早期対応の意識を持ち、日々の生活を見直すことが大切です。

