非ケトン性高グリシン血症(グリシン脳症)[AMT関連型]

やさしいまとめ

このページでは、「グリシン脳症(非ケトン性高グリシン血症)」という、とてもまれな先天性の代謝性疾患について、
わかりやすく丁寧にご説明しています。

赤ちゃんの体に「グリシン」というアミノ酸がたまりすぎてしまうことで、
けいれんや筋肉のゆるみ、呼吸の問題、意識障害などの症状が現れる病気です。

この病気の原因や症状のあらわれ方、検査の内容、現在行われている治療、
そして将来への見通し(予後)について、やさしい言葉で解説しています。

ご家族や医療関係者の方にも安心して読んでいただけるよう、
専門用語には説明を添えながら、科学的に正しい情報を心がけています。

遺伝子領域 | Implicated Genomic Region

AMT

AMT

関連する遺伝子: AMT(アミノメチルトランスフェラーゼ / aminomethyltransferase)
遺伝子座(場所): 第3染色体の短腕(3p21.31)
働き: AMT遺伝子は「Tタンパク質(T-protein)」という酵素を作るための設計図です。この酵素は、細胞の中のミトコンドリア(エネルギーをつくる場所)にある「グリシン開裂系(glycine cleavage system:GCS)」という仕組みの一部で、グリシンというアミノ酸を分解する役割を持っています。

関係する他の遺伝子:

  • GLDC(グリシン脱炭酸酵素 / glycine decarboxylase): 約75〜80%の症例で関与
  • GCSH(Hタンパク質 / H-protein): ごくまれ(1%未満)
  • DLD(ジヒドロリポアミドデヒドロゲナーゼ / dihydrolipoamide dehydrogenase): 他の代謝経路にも関わる関連遺伝子

疾患名 | Disorder

正式名称: グリシン脳症(Glycine Encephalopathy)
別名・略称: 非ケトン性高グリシン血症(Nonketotic Hyperglycinemia:NKH)、グリシン合成酵素欠損症(Glycine Synthase Deficiency)、NKA など

概要 | Overview

グリシン脳症(または非ケトン性高グリシン血症)は、たいへん稀(まれ)な遺伝性の代謝性脳疾患です。この病気では、グリシンというアミノ酸(たんぱく質をつくる材料)が体内に異常にたまり、特に脳に多く蓄積されることで、神経の働きに深刻な影響が出ます。

グリシンは、通常、神経伝達物質(neurotransmitter:脳内で信号を伝える物質)として、体に必要な役割を果たしていますが、過剰になると脳神経を過度に興奮させてしまい、けいれんや呼吸障害を引き起こすことがあります。

この病気は、ミトコンドリア内の「グリシン開裂系(glycine cleavage system:GCS)」という4つの酵素のはたらきに異常があるために起こります。その一つであるAMT遺伝子の変異(へんい:遺伝子の誤り)が原因となる場合があり、全体の約20%がこれにあたります。

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疫学 | Epidemiology

  • 出生時の発症頻度
    • フィンランド:5.5万人に1人
    • カナダ(ブリティッシュ・コロンビア州):6.3万人に1人
    • 世界的な推定:7.6万人に1人
    • 北フィンランド:1.2万人に1人(局所的に多い地域)
    • 台湾:出生10万人あたり7.2人
  • 遺伝形式: 常染色体劣性遺伝(autosomal recessive inheritance)

※ 両親がともに保因者(異常遺伝子を1つずつ持っている)である場合、25%の確率で子どもが発症します。

病因 | Etiology

この病気は、グリシンというアミノ酸を分解できなくなる遺伝子変異によって起こります。AMT遺伝子の変異では、「Tタンパク質(aminomethyltransferase)」が作れず、グリシン開裂系がうまく機能しません。

この酵素の働きが失われると、グリシンが脳や脊髄などに蓄積し、脳細胞が過剰に刺激されてしまいます。その結果として、神経細胞が傷つき、さまざまな神経症状があらわれるのです。

症状 | Symptoms

■ 重症型(新生児型・最も多い)

  • 生後2〜5日以内に発症
  • 典型的な症状
    • 強い眠気、反応が乏しい(嗜眠)
    • 筋肉の力が弱い(低緊張)
    • けいれん(特にミオクローヌス発作)
    • 自発呼吸ができない(無呼吸)
    • 持続するしゃっくり
    • 昏睡状態
    • EEG(脳波):バースト・サプレッションパターン
    • MRI:脳梁(のうりょう)の形成異常、小脳・脳幹の信号異常

■ 軽症型(緩徐進行型/遅発型)

  • 新生児期〜乳児期に発症
  • 症状
    • 発達の遅れはあるが、一部の運動や言語の発達がみられる
    • 軽いけいれんや注意欠如、手足のつっぱり(痙縮)、不随意運動(舞踏運動)など

■ 晩発型(まれ)

  • 発症年齢:2歳以降
  • 症状:視神経萎縮、痙性両麻痺、認知障害など

■ 一過性型(ごくまれ・予後良好)

  • 生後数週間で一時的に症状が現れるが、自然に回復
  • 原因は肝臓や脳の酵素の成熟の遅れと考えられています

検査・診断 | Testing & Diagnosis

診断のポイントは、「原因不明のけいれん・無呼吸・筋力低下」に気づくことです。

● 血液・脳脊髄液の検査

  • 血漿グリシン濃度:通常より高値(> 426μmol/L)
  • 髄液グリシン濃度:特に重症例では230μmol/Lを超えることが多い
  • 髄液と血漿のグリシン比(CSF/plasma比):0.08を超えるとNKHを強く疑います

● 画像検査

  • MRI(脳の精密検査):脳梁の形成不全、小脳や脳幹の異常、脳萎縮などが見られます
  • MRS(磁気共鳴分光法):グリシンのピーク(3.6 ppm)を検出可能

● 遺伝子検査

  • GLDC、AMT、GCSH遺伝子などを含むマルチパネル検査が有効
  • Whole Exome Sequencing(全エクソーム解析)も推奨
  • 家族歴がある場合は、出生前診断や保因者検査も可能
早期乳児てんかん性脳症4型 (EIEE4; Early Infantile Epileptic Encephalopathy 4)
STXBP1脳症(てんかんを伴う)は、発達遅延、知的障害、癲癇、運動障害など、多岐にわたる症状を引き起こします。診断、治療法、遺伝的背景に関...

治療法と管理 | Treatment & Management

現在のところ、根本的な治療法はありませんが、いくつかの方法で症状の緩和が期待できます。

■ グリシンを減らす治療

  • ベンゾエートナトリウム(Sodium Benzoate)
     体内の余分なグリシンと結びついて尿から排出させます
     投与量:200〜750 mg/kg/日
     目標:血中グリシン 120〜300 μmol/L
     副作用:胃腸障害、カルニチン不足

■ NMDA受容体阻害薬

  • デキストロメトルファン(Dextromethorphan)
     脳の過剰興奮を抑え、けいれんのコントロールを補助
     使用量:3〜15 mg/kg/日
  • その他:ケタミン、フェルバメートなど(必要に応じて)

■ けいれんの治療

  • ベンゾエート+デキストロメトルファン ± クロバザム(Clobazam)
  • 難治性の場合:ケトン食療法、迷走神経刺激療法など
  • 使用を避ける薬: バルプロ酸、ビガバトリン(症状悪化の可能性)

■ 支援的ケア

  • 理学療法、作業療法、言語療法
  • 経管栄養や胃ろう管理
  • 呼吸・整形外科・心臓検査の定期的なフォロー
  • 教育面の支援

予後 | Prognosis

  • 重症型(新生児型): 予後は不良です。生後数週以内に死亡するケースが多く、生存しても重度の発達遅滞や難治性けいれんが残ります。
  • 軽症型(緩徐進行型): 発達にばらつきがありますが、ある程度の自立や社会的交流が可能なこともあります。
  • 一過性型: 比較的良好な経過をたどります。
  • 予後の指標
    • 髄液グリシン > 230 μmol/L → 重症例の可能性が高い
    • 髄液/血漿比 > 0.08 → 診断的
    • MRIでの脳梁の異常・脳萎縮 → 重度の経過を示唆
    • 舞踏運動がある → 軽症の兆候

引用文献|References

キーワード|Keywords

グリシン脳症, 非ケトン性高グリシン血症, NKH, AMT遺伝子, GLDC, GCSH, DLD, Tタンパク質, グリシン開裂系, 遺伝性代謝異常, NMDA受容体, けいれん, 新生児てんかん, デキストロメトルファン, ベンゾエートナトリウム, CSFグリシン, MRI, 先天性神経疾患, 発達遅延, 遺伝子診断

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