この記事のまとめ
ナブルス仮面様顔症候群(NMLFS)は、8番染色体長腕の8q21.3〜q22.1領域が微小欠失することで起こる、世界で30例に満たない極めて稀な先天性疾患です。仮面をつけたような特徴的な顔立ちと、軽度から中等度の発達の遅れが知られていますが、症状の出方には大きな個人差があります。
この疾患は、名称や染色体8番という共通点から、まったく別の疾患である毛髪鼻指骨症候群2型(TRPS2)と混同されることがあります。本記事では両者の違いを整理しながら、原因・症状・診断の流れ、そしてNIPT(新型出生前診断)でわかる範囲の限界について、公的データベースと査読論文にもとづき解説します。
この記事でわかること
ナブルス仮面様顔症候群(NMLFS)とは
NMLFSは、8番染色体長腕の微小な欠失で起こる極めて稀な先天性疾患です。名称は、2000年にヨルダン川西岸のナブルス出身の男児で初めて報告されたことに由来します。仮面をつけたように表情が乏しく見える独特の顔立ちが、もっとも知られた特徴です。
2006年、Shiehらがアレイ比較ゲノムハイブリダイゼーションを用いて、患者2名に共通する約4Mbの欠失が8q21.3〜q22.1領域にあることを突き止めました。
その後2009年のRaas-Rothschildらの報告で、共通して欠けている中心領域は2.78Mb(93.56〜96.34Mb付近)まで絞り込まれています。2024年時点でも、文献に正式に記録された症例は30例に満たないとみられ、世界的にも報告例のごく少ない疾患です。
私自身、希少な染色体疾患の記事を扱う中で、症例数が少ない疾患ほど情報の取り違えが起こりやすいと感じてきました。実際に本記事も、以前は名称と染色体番号だけが似た別疾患の解説が混在していた経緯があります。
だからこそ次の章では、まず紛らわしい疾患との違いを整理します。
名前が似ている疾患との違い(毛髪鼻指骨症候群2型・22q11.2欠失症候群)
NMLFSと毛髪鼻指骨症候群2型(TRPS2)は、欠失している染色体領域も臨床像も異なる別の疾患です。どちらも8番染色体長腕の欠失で起こるため、症例報告や解説記事の中でしばしば混同されます。両者の違いを次の表に整理しました。
| 項目 | ナブルス仮面様顔症候群(NMLFS) | 毛髪鼻指骨症候群2型(TRPS2) |
|---|---|---|
| 欠失領域 | 8q21.3〜q22.1(約2.78〜4Mb) | 8q23.3〜q24.13(TRPS1・RAD21・EXT1を含む広い領域) |
| 代表的な顔貌 | 仮面のような無表情、眼瞼裂狭小、額の逆立った生え際 | 丸く大きな鼻、幅広い鼻梁、薄い頭髪 |
| 骨格の特徴 | 関節拘縮、指の彎曲、筋緊張低下 | 多発性骨軟骨腫、低身長、短指症 |
| 世界の報告例 | 30例未満 | TRPSタイプ1・2をあわせて数百例規模 |
両疾患は「8番染色体長腕の欠失」という共通点はあるものの、欠失している場所も現れる症状も別物です。毛髪鼻指骨症候群2型について詳しく知りたい方は、専門の解説記事もあわせてご覧ください。
加えて、NMLFSは22q11.2欠失症候群とも無関係です。22q11.2欠失症候群は22番染色体に起因する、心疾患や口蓋裂を伴うことの多い別の疾患で、NIPTの拡張検査の対象になることもあります。
22番染色体の疾患をお探しの場合は、下記の記事が参考になります。
主な症状:顔立ちと全身の特徴
NMLFSでもっとも特徴的なのは、皮膚に張りと光沢があるために表情が乏しく見える「仮面のような顔立ち」です。ただし、顔立ち以外にも全身のさまざまな部位に所見が現れることがあります。
| 領域 | 報告されている主な特徴 |
|---|---|
| 顔立ち | 眼瞼裂狭小、皮膚の張りと光沢、額中央の逆立った生え際、弓なりで薄い眉、幅広く丸い鼻先、長い人中、下唇の外反、小さい顎、耳の形態異常 |
| 発達・神経 | 運動・言語発達の遅れ、軽度から中等度の知的障害、小頭症 |
| 筋・骨格 | 筋緊張低下、関節拘縮、指の彎曲(カンプトダクティリー) |
| その他 | 停留精巣(男児)、高口蓋、歯列異常、難聴、明るく人懐っこい気質 |
症状の現れ方には大きな個人差があります。Raas-Rothschildらの報告では、典型的な「仮面様」の顔立ちがはっきり確認されたのは症例の半数程度にとどまりました。
明るく穏やかな気質は多くの報告に共通する所見です。ただし、この気質は主観的な印象に左右されやすく、診断の決め手にはなりません。表情の乏しさと混同しないよう、切り分けて捉えてください。

原因となる8q21.3〜q22.1の微小欠失
NMLFSの原因は、8番染色体長腕の8q21.3〜q22.1領域が欠ける微小欠失だと考えられています。Raas-Rothschildらの研究で、複数症例に共通する中心領域は2.78Mb(93.56〜96.34Mb付近)まで絞り込まれました。
候補遺伝子としてFAM92A1が挙げられていますが、症状を決定づける単一の遺伝子はまだ特定されていません。
興味深いことに、2010年にJainらが報告した症例では、既知の症例と重なる8q22.1領域の1.6Mb欠失を持つ子どもに、NMLFSに特有の顔立ちがみられませんでした。
この報告は、欠失があるだけではNMLFSの表現型がそろうとは限らないことを示しています。同じ場所の欠失でも、他の遺伝的・環境的要因が重なって初めて特徴的な症状が現れると考えられているのです。決め手は欠失の有無だけではなく、複数要因の重なり。
多くの症例は、両親から受け継いだものではなく、その子で新しく起こった変化(デノボ変異)です。ごくまれに親から伝わったとみられる家系も報告されています。
遺伝の伝わり方や次のお子さまへの影響については、遺伝カウンセリングで個別に確認することが望ましいでしょう。
NMLFSの原因と症状の関係について、さらに詳しい解説は関連記事もあわせてご覧ください。
診断の流れとNIPTでわかる範囲の限界
NMLFSの確定診断には、染色体の微小な変化をとらえられる専門的な検査が必要です。出生後であれば、コピー数の増減を網羅的に調べる染色体マイクロアレイ検査が代表的な方法として使われます。
出生前の段階では、まず超音波検査で成長の遅れや骨格の所見が見つかり、精密検査につながるケースが多く報告されています。
ここで押さえておきたいのが、NIPTでわかる範囲との違いです。一般的なNIPTは21・18・13トリソミーを中心とした特定の染色体異常のスクリーニングを目的としており、8q21.3〜q22.1の微小欠失は通常の検査対象に含まれません。
一部の拡張NIPTでは主要な微小欠失症候群を検出できる場合がありますが、NMLFSのような極めて稀な微小欠失まで網羅しているわけではないのが実情です。
そのため、NIPTで陽性所見が出た場合はもちろん、超音波検査などで気になる所見が見つかった場合にも、確定診断には羊水検査が必要になります。NIPTはあくまで非確定的な検査であり、最終的な診断は羊水検査などの侵襲的検査で行ってください。確定診断のカギを握るのは、あくまで羊水検査。
羊水検査の費用補助とヒロクリニックNIPTのサポート
NIPTや超音波検査の結果を受けて羊水検査に進む場合、経済的な負担を心配される方は少なくありません。ヒロクリニックNIPTでは、検査プランに応じた羊水検査費用補助制度を用意しています。
| 検査プラン | 料金 | 羊水検査費用補助(上限) |
|---|---|---|
| ライトプラン | 3,300円 | 最大10万円 |
| スタンダードプラン | 5,500円 | 最大20万円 |
| ワイドプラン | 11,000円 | 最大30万円 |
この補助制度は、NIPTの結果だけで不安を抱え込まず、必要に応じて確定診断まで進みやすくすることを目的としています。ご自身に合ったプラン選びに迷う場合は、まず無料相談を利用してください。
治療・療育と将来の見通し
NMLFSに対する根本的な治療法は確立されておらず、症状にあわせたサポートケアが基本になります。発達の遅れに対しては、早期からの療育や言語訓練が有効とされています。
関節拘縮や筋緊張低下には、リハビリテーション専門医や整形外科医による定期的なフォローが必要です。眼瞼裂狭小などの眼科的所見や難聴が疑われる場合は、眼科・耳鼻科での早期評価も欠かせません。
私がこれまで見てきた希少疾患の記事に共通するのは、小児科医・整形外科医・言語聴覚士など複数の専門職が連携する体制が、生活の質を大きく左右するという点です。
報告されている症例からは、生命予後そのものが大きく損なわれるという知見はありません。発達や運動面の課題に早期から向き合うことで、日常生活の質を高めていくことが目指されます。
ご家族が抱える不安には、遺伝カウンセリングを通じて向き合ってください。

よくある質問(FAQ)
NMLFSについて、相談時によく寄せられる質問をまとめました。気になる項目から確認してください。
- Q1. NMLFSは通常のNIPTでわかりますか。
一般的なNIPTは21・18・13トリソミーが対象で、8q21.3〜q22.1の微小欠失は通常の検査対象に含まれません。拡張NIPTでも網羅されない場合があります。 - Q2. 発達の遅れはどの程度ですか。
軽度から中等度の知的障害・発達の遅れが報告されていますが、程度には個人差が大きく、正常範囲にとどまる例も報告されています。 - Q3. 次の子どもにも起こりますか。
多くはデノボ変異(新生突然変異)で、両親からの遺伝は稀とされています。再発リスクは遺伝カウンセリングで個別に確認してください。 - Q4. 確定診断にはどんな検査が必要ですか。
出生前であれば羊水検査、出生後であれば染色体マイクロアレイ検査が確定診断に用いられます。 - Q5. 毛髪鼻指骨症候群2型(TRPS2)とは違う病気ですか。
はい、別の疾患です。NMLFSは8q21.3〜q22.1、TRPS2は8q23.3〜q24.13の欠失が原因で、症状や欠失領域が異なります。 - Q6. 治療法はありますか。
根本的な治療法はなく、療育・リハビリ・専門科によるフォローなど、症状にあわせたサポートケアが中心になります。
ここまでの情報だけで判断が難しいと感じた場合は、無料のLINE相談で個別に確認してください。
【監修者】岡博史
医療法人社団福美会 ヒロクリニック統括院長・Labo Director
慶應義塾大学医学部卒。日本およびアメリカの医師国家試験に合格し、日本に20人ほどしかいないラボディレクター資格を保有。NIPTをはじめとする出生前検査の精度管理・遺伝医学領域の監修を担当。
引用文献
- Shieh JT, Aradhya S, Novelli A, et al. (2006). Nablus mask-like facial syndrome is caused by a microdeletion of 8q detected by array-based comparative genomic hybridization. American Journal of Medical Genetics Part A, 140(12), 1267-1273.
- Raas-Rothschild A, Dijkhuizen T, Sikkema-Raddatz B, et al. (2009). The 8q22.1 microdeletion syndrome or Nablus mask-like facial syndrome: report on two patients and review of the literature. European Journal of Medical Genetics, 52(2-3), 140-144.
- Jain S, Yang P, Farrell SA. (2010). A case of 8q22.1 microdeletion without the Nablus mask-like facial syndrome phenotype. European Journal of Medical Genetics, 53(2), 108-110.
- Orphanet. 8q22.1 microdeletion syndrome. Retrieved from https://www.orpha.net/en/disease/detail/178303
- Wikipedia. Nablus mask-like facial syndrome. Retrieved from https://en.wikipedia.org/wiki/Nablus_mask-like_facial_syndrome
- Online Mendelian Inheritance in Man (OMIM). #608156 NABLUS MASK-LIKE FACIAL SYNDROME; NMLFS.
日本皮膚科学会 皮膚科専門医/日本医師会 産業医/東京衛生検査所 指導監督医
この記事は、 ヒロクリニックNIPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。

