小児がんリスクと葉酸-母の体質との関係とは

小児がんの多くは、親の体質やがん家系が原因ではなく、受精卵が胎児へと育つ過程で偶然起こるDNAの複製エラーに由来すると考えられています。葉酸の摂取が「神経管閉鎖障害」のリスクを下げる効果は、公的機関も認める確立した知見です。一方で、母親のMTHFR遺伝子多型と小児がんの発症リスクとの関連については、現時点では研究段階にあり、明確な結論は出ていません。本記事では、厚生労働省やこども家庭庁、国立がん研究センターの公的情報にもとづき、小児がんの原因、葉酸の役割、そして今できることを整理して解説します。

この記事でわかること

  • 小児がんの原因のうち、遺伝性が占める割合と、大部分を占める偶発的な要因の違い
  • 葉酸摂取で確立している効果(神経管閉鎖障害の予防)と、まだ研究段階の情報の見分け方
  • 厚生労働省が推奨する葉酸の摂取量とタイミング
  • 母親のMTHFR遺伝子多型と小児がんリスクに関する現時点の研究状況
  • ホモシステイン検査でわかること・わからないこと
  • 気になる場合の相談先とNIPTでわかる範囲

小児がんの原因は「遺伝」より偶発的なDNA変化が大半です

小児がんのうち、親から明確に遺伝子を受け継いで発症する「遺伝性」のケースは、全体の5〜10%程度にとどまります。

国立がん研究センターのがん情報サービスによると、日本では0〜14歳の子どもが小児がんと診断されるケースが、毎年一定数報告されています。成人のがんは、喫煙や飲酒、加齢に伴う遺伝子コピーエラーの蓄積が主な原因になります。子どもはこうした生活習慣の影響を受ける期間がまだ短いため、発症の背景が成人とは大きく異なります。

出典:国立がん研究センター がん情報サービス「小児がんの患者数(疫学・統計)」

小児がんの中にも、家族性腫瘍症候群のように特定の遺伝子変化が親から子へ引き継がれるケースが一部存在します。例えば網膜芽細胞腫の一部は遺伝性であることが知られており、関連する13q14欠失症候群で詳しく解説しています。ただし小児がん全体で見れば、こうした遺伝性のケースは一部にとどまります。大多数は、受精卵が胎児へと成長する過程で偶然起こるDNAの複製エラーが関係すると考えられているのです。

細胞分裂の過程で起こる「DNAのコピーエラー」と「メチル化」

人間は1つの受精卵から出発し、お腹の中で膨大な回数の細胞分裂を繰り返して、出生時には数兆個規模の細胞を持つ体へと成長します。

細胞が分裂するたびに、設計図であるDNAもコピーされていきます。通常はコピーミスを自ら直す修復機能が備わっているため、エラーが残ることはめったにありません。しかし、ごくまれに修復しきれないエラーが生じることがあります。

DNAの働きを調整する仕組みのひとつに「メチル化」があります。メチル化とは、DNAの特定の部分に目印となる分子が付き、遺伝子のスイッチをオン・オフする仕組みのことです。胎児期にこのメチル化のパターンが乱れると、細胞の増殖がうまくコントロールされにくくなる可能性がある、という仮説が「DOHaD(将来の健康は胎児期の環境に影響されるという学説)」で提唱されています。

ただし、これはあくまで研究段階の仮説にすぎません。メチル化の乱れが、そのまま小児がんの発症に直結すると証明されているわけではない点にご注意ください。

妊娠中の女性が食事とサプリメントで栄養バランスを整えているイメージ写真

葉酸摂取で確立しているのは「神経管閉鎖障害」の予防効果です

葉酸の摂取によって効果が確立しているのは、赤ちゃんの脳や脊髄のもとになる「神経管」の閉鎖障害を防ぐことです。

厚生労働省は通知の中で、妊娠を計画している女性に向けて葉酸摂取を呼びかけています。通常の食事に加えてサプリメント等から1日400マイクログラムの葉酸を摂取することで、神経管閉鎖障害の発症リスクを低減できる可能性があるとしています。推奨されている摂取時期は、妊娠の1か月以上前から妊娠3か月ごろまでです。

項目内容
対象となる効果神経管閉鎖障害(二分脊椎・無脳症等)の発症リスク低減
推奨摂取量通常の食事に加え、サプリメント等から1日400マイクログラム
推奨摂取期間妊娠の1か月以上前から妊娠3か月ごろまで
小児がん予防効果公的機関からは示されていない(現時点で未確立)
出典:厚生労働省「神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための葉酸摂取に係る情報提供の推進について」/e-ヘルスネットをもとに作成。

出典:厚生労働省「神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための葉酸摂取に係る情報提供の推進について」/e-ヘルスネット「葉酸とサプリメント」/こども家庭庁 プレコンセプションケア「葉酸摂取が妊娠前から大切な理由」

一方で、葉酸摂取によって小児がんの発症そのものを防げるという効果は、公的機関からは示されていません。「葉酸さえ飲んでいれば小児がんを防げる」という理解は、現時点では正確ではない点を区別しておきましょう。

母親のMTHFR遺伝子多型と小児がんリスクの関連は「研究段階」です

現時点の学術研究では、母親のMTHFR遺伝子多型と小児がんの発症リスクとの間に、確立した因果関係は認められていません。

摂取した葉酸は、体内で酵素の働きによって活性型に変換されて、はじめて利用されます。この酵素を作る設計図が「MTHFR遺伝子」です。日本人を含む東アジア人には、この遺伝子に生まれつきの型の違い(多型)を持つ人が一定数存在することが、国内の研究で報告されています。

遺伝子型国内研究での報告割合(一例)酵素の働き
CC型(変異なし)約39%通常どおり
CT型(片方に変異)約46%やや低下するとの報告
TT型(両方に変異)約15%低下しやすいとの報告
出典:厚生労働科学研究成果データベース「日本人女性の葉酸代謝関連酵素遺伝子多型と先天異常の発生予防」等をもとに作成。調査集団により数値には幅があります。

出典:厚生労働科学研究成果データベース「日本人女性の葉酸代謝関連酵素遺伝子多型と先天異常の発生予防」

CT型やTT型を持つ人は、葉酸を活性型に変換する酵素の働きが理論上弱くなるとされています。ただし、MTHFR多型と小児白血病などの小児がんとの関連を調べた研究は複数あります。メタアナリシス(過去の研究結果をまとめて分析する手法)では、リスクが下がる方向を示す報告と、明確な関連が見られないとする報告が併存しています。研究間で結果が一致していないのが実情です。

つまり現時点では、「関連が疑われる」とすら言い切れず、今後さらなる研究が待たれる段階にあります。遺伝カウンセリングの現場でも、「自分の体質のせいで子どもが病気になったのでは」と自分を責める相談を受けることがあります。しかし、現在の科学的知見からそう結論づけることはできない、とお伝えするようにしています。

ホモシステイン検査でわかること・わからないこと

ホモシステイン検査は葉酸代謝の状態を推測する一般的な血液検査であり、小児がんの発症を予測する検査ではありません。

ホモシステインは、体内でタンパク質が代謝される過程で作られるアミノ酸の一種です。体内の活性型葉酸が十分であれば速やかに代謝されますが、代謝が滞ると血液中の濃度が上昇しやすくなるとされています。

血液検査でホモシステイン濃度を調べること自体は可能です。ただし、この数値だけでMTHFR遺伝子の型を確定したり、将来の小児がんリスクを予測したりすることはできません。あくまで葉酸代謝の傾向をつかむための、一般的な指標のひとつです。

なお、ホモシステインの代謝にかかわる病気には、MTHFR多型とは別に、酵素の働きがほぼ失われる「ホモシスチン尿症」という指定難病もあります。両者は頻度も重症度も大きく異なる病態です。混同しないよう注意してください。

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妊娠前・妊娠中にできること

現時点でできる最も確実な備えは、厚生労働省が推奨する量とタイミングで葉酸を摂取し、気になる点は自己判断せず産婦人科医に相談することです。

特別な検査を受けなくても、妊娠を計画する時点からバランスの良い食事を心がけ、通常の食事に加えて1日400マイクログラムの葉酸をサプリメント等で補うこと。これが、多くの妊婦さんに推奨されている基本的な対策です。

活性型葉酸を含むサプリメントなど、選択肢はいくつか存在しますが、どの方法が合っているかは体質や既往歴によって異なります。私自身、患者さんから「特別なサプリメントを個人で取り寄せるべきか」と相談されることがあります。まずは主治医や助産師に相談し、必要に応じて遺伝カウンセリングも選択肢に入れてください、とお伝えしています。

家系にがんの方がいない場合でも、小児がんが起こらないと保証されるわけではありません。逆に、MTHFR遺伝子多型があるからといって、過度に不安になる必要もありません。正しい知識を持ち、できる範囲の対策を淡々と続けること。それが、今の科学が示す最も現実的な向き合い方でしょう。

NIPT(新型出生前診断)で子どもの小児がんリスクはわかりますか?

一般的なNIPTは13番・18番・21番染色体などの数の変化を調べる検査であり、小児がんの発症リスクやMTHFR遺伝子の型を調べる検査ではありません。

NIPTは、母体の血液に含まれる胎児由来のDNA断片を分析し、染色体の数的異常を調べる非確定的な検査です。小児がんの多くは、染色体の数の変化ではなく、細胞分裂の過程で偶発的に起こるDNAの変化や、複数の要因が関わって生じるため、NIPTの対象には含まれていません。

遺伝性のがんが気になる場合は、出生前診断の種類と選び方を参考に、目的に応じた検査や遺伝カウンセリングを検討してください。

まとめ:体質のせいと決めつけず、確立した情報から備えましょう

小児がんの多くは、親の体質やがん家系ではなく、受精卵が胎児へと成長する過程で偶然起こるDNAの複製エラーに由来すると考えられています。

葉酸摂取は神経管閉鎖障害の予防に確立した効果がある一方、MTHFR遺伝子多型と小児がんリスクの関連は研究段階です。過度に不安を抱く必要はありません。妊娠を計画する時点から推奨量の葉酸摂取とバランスの良い食事を続け、気になることがあれば産婦人科医や遺伝カウンセリングに相談してください。

よくある質問(FAQ)

Q. 小児がんは親の体質や生活習慣が原因ですか?

小児がんの多くは、受精卵が胎児へと成長する過程で偶然起こるDNAの複製エラーが関係すると考えられています。遺伝性のケースは全体の5〜10%程度で、生活習慣が主な原因になる成人のがんとは背景が異なります。

Q. 母親の葉酸不足が子どもの小児がんの原因になりますか?

葉酸摂取は神経管閉鎖障害の予防効果が確立していますが、小児がんの発症を防ぐ効果や、葉酸不足が小児がんの直接原因になるという因果関係は、現時点の研究では証明されていません。

Q. MTHFR遺伝子多型があると小児がんになりやすいのですか?

MTHFR遺伝子多型と小児がんリスクの関連は研究段階です。複数のメタアナリシスで結果が一致しておらず、明確な結論は出ていません。過度に心配する必要はありません。

Q. 葉酸はいつからいつまで、どれくらい摂取すればよいですか?

厚生労働省は、妊娠を計画してから1か月以上前〜妊娠3か月ごろまで、通常の食事に加えて1日400マイクログラムの葉酸をサプリメント等から摂取することを推奨しています。

Q. ホモシステイン検査を受ければ小児がんのリスクがわかりますか?

わかりません。ホモシステイン検査は体内の葉酸代謝の状態を推測する一般的な血液検査であり、小児がんの発症を予測したり診断したりする検査ではありません。

Q. NIPTで子どもの小児がんリスクはわかりますか?

わかりません。NIPTは13番・18番・21番染色体など染色体の数の変化を調べる検査で、小児がんの発症リスクやMTHFR遺伝子の状態を調べる検査ではありません。

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医師監修 監修日:2026年6月4日
岡 博史 (医師・医学博士/ヒロクリニック統括院長)

日本皮膚科学会 皮膚科専門医/日本医師会 産業医/東京衛生検査所 指導監督医

この記事は、 ヒロクリニックNIPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。