不妊治療の「やめどき」に、唯一の正解はありません。ただし、判断の手がかりになる客観的な情報は存在します。保険適用は治療計画時の年齢が40歳未満なら通算6回、40〜43歳未満なら3回まで、43歳以上は対象外です。年齢とともに1回あたりの妊娠率は下がり、治療を重ねるほど経済的な負担も増えていきます。医学的・経済的・心理的という3つの視点から、自分たちなりの区切りを考えておくことが大切です。治療を続ける以外にも、自然妊娠を待つ道や特別養子縁組、夫婦二人での人生といった選択肢を知っておくこと。それが、後悔の少ない決断につながります。
この記事でわかること
不妊治療は始めた時点で終わりが見えにくく、続けるべきか区切りをつけるべきか、多くの夫婦が同じ場所で立ち止まります。治療を続ける日々の中で心身ともに消耗し、悩みを一人で抱え込んでしまう方は少なくありません。
私たちのクリニックにも、「治療を始めて何年も経ち、貯金は減る一方。夫婦の会話も検査結果の話ばかりになってしまった。ここでやめたら今までの苦労が無駄になる気がして、やめる決断ができない」といった声が寄せられます。終わりを決められず、苦しさのループから抜け出せずにいる方は、決して少数派ではありません。
そこで本記事では、感情論ではなく客観的な情報を整理します。医学的な視点・経済的な視点・心理的な視点という3つの軸から、不妊治療の「やめどき」を考えていきましょう。あわせて、治療を続ける以外に選べる道についても触れていきます。
2022年4月から不妊治療に公的医療保険が適用されていますが、適用される回数には年齢に応じた明確な上限があります。この制度を知っておくことが、やめどきを考える出発点になります。
保険適用の回数は、「最初の治療計画を作成した時点」の女性の年齢で区分が決まります。採卵の回数そのものに制限はありません。一方、胚移植の回数には次の上限が設けられています(出典:こども家庭庁「不妊症・不育症へ向き合いやすく 保険診療の基礎知識」)。
| 治療計画作成時の年齢 | 保険適用される胚移植の回数 |
|---|---|
| 40歳未満 | 子ども1人につき通算6回まで |
| 40歳以上43歳未満 | 子ども1人につき通算3回まで |
| 43歳以上 | 保険適用の対象外 |
1人目を出産できた場合は、2人目のための回数がリセットされて再び6回(または3回)まで利用できます。窓口での自己負担は原則3割で、月間の医療費が一定額を超えた分は高額療養費制度の対象になります。ただし43歳以上になると、この保険の枠組み自体が使えなくなります。治療は自由診療となり、医療機関ごとの価格が全額自己負担になるのです。年齢が上がるほど公的なサポートの枠組みが急速に狭まっていく点は、あらかじめ知っておきたい現実です。
体外受精などの治療成績は、年齢が上がるにつれて緩やかに、そして40歳を過ぎるころから急速に低下していきます。感覚ではなく、データとして押さえておきたいポイントです。
日本産科婦人科学会が公表しているARTデータブックには、年齢別の治療周期あたりの妊娠率が示されています(出典:日本産科婦人科学会 ARTデータ集)。目安は、33歳ごろまでおよそ30%前後、35歳でおよそ27%、40歳でおよそ17%です。42歳ではおよそ11%、45歳ではおよそ4%まで下がるという報告があります。
| 年齢の目安 | 治療周期あたりの妊娠率(参考値) |
|---|---|
| 〜33歳ごろ | 約30%前後 |
| 35歳 | 約27% |
| 40歳 | 約17% |
| 42歳 | 約11% |
| 45歳 | 約4% |
この数値はあくまで「妊娠に至った割合」です。その後の流産等を差し引いた「出産に至る割合」は、さらに下がります。年齢が上がるほど、同じ結果を得るために必要な治療回数と費用が増えていく構造。数値は全国平均の参考値であり、個人差が大きいことも忘れないでください。
治療を続けるか区切りをつけるかは、3つの軸で整理すると考えやすくなります。医学的な視点、経済的な視点、心理的な視点です。どれか一つで決める必要はなく、夫婦それぞれの重み付けで構いません。
年齢による妊娠率の低下と、保険適用が外れる43歳というライン。この二つを費用対効果の目安として意識する視点です。43歳を境に妊娠率はさらに低くなり、保険適用も外れて自由診療になります。ここを区切りとして考える夫婦は少なくありません。あわせて、「卵胞が育ちにくい」「採卵しても十分な卵子が得られない」といった状態が続く場合も、主治医と方向転換を相談する材料になります。
治療にかかる費用が、日々の生活や将来設計を圧迫し始めていないかを確認する視点です。保険適用中であっても、1周期あたりの自己負担が積み重なれば数十万円単位になることは珍しくありません。43歳以降の自由診療では、費用は医療機関や治療内容によって大きく幅があります。通院先で見積もりを確認してください。
貯金を使い果たしてから妊娠・出産に至っても、その後の育児や教育にかかる費用が残っていなければ本末転倒になってしまいます。お金の不安は夫婦関係の余裕も奪いがちです。生活基盤や夫婦の関係そのものが揺らぎ始めていると感じたら、それは一度立ち止まって話し合うサインといえます。
「血のつながった子どもでなくても構わない」と自然に思えるようになった瞬間も、治療を終える一つのきっかけになり得ます。この感じ方に優劣はなく、そう思えるタイミングは人それぞれです。
逆に、まだ治療を続けたいという気持ちが強いのであれば、それも尊重されるべき選択です。大切なのは、「やめたら今までの苦労が無駄になる」というサンクコスト(埋没費用)への執着だけで続行を決めていないか。夫婦で一度、確認してみてください。
治療を始める段階で、自分たちなりの目安をあらかじめ決めておく夫婦もいます。「保険適用の範囲内で続けて、自費になったら一区切りとする」「◯歳まで」「治療期間◯年間」といった具合です。基準を先に決めておくと、思うような結果が得られなかったときも気持ちの整理がしやすくなります。
「治療をやめる」ことは、必ずしも「妊娠をあきらめる」ことと同じ意味ではありません。治療から距離を置く選択肢もあります。
不妊治療の保険適用が終了したあとも、自然に妊娠する可能性がゼロになるわけではありません。積極的な治療を一旦休止し、体と心を整えながら自然な妊娠を待つという道を選ぶ夫婦もいます。体外受精や顕微授精まで治療を進めていた場合は、これらの治療と出生前診断との関係も気になるところです。顕微授精と出生前診断の関係をまとめたコラムもあわせて確認しておくと、次のステップを考えやすくなります。
年齢を重ねてからの妊娠には、若い年代とは異なる注意点も存在します。高齢出産で気を付けるべきことをまとめたコラムや、高齢出産の成功率と医療の役割を解説したコラムも参考にしてください。今後の見通しを考えるヒントになります。
血のつながりにこだわらず子どもを育てたいと感じたとき、「特別養子縁組」は法律に基づいた確立された制度です。特殊な選択のように感じられるかもしれませんが、こどもの福祉を目的とした公的な制度として整備されています。
特別養子縁組は、養子となる子どもと実親との法的な親子関係を解消し、実の子と同じ親子関係を結ぶ制度です。成立には家庭裁判所の審判が必要で、主な要件は次のとおりです(出典:こども家庭庁「特別養子縁組制度について」)。
実親の同意が原則必要ですが、虐待などこどもの利益を著しく害する事情がある場合は、この限りではありません。制度の詳細や相談窓口は、こども家庭庁「里親・養子縁組のこと」でも紹介されています。
「血のつながらない子どもを、自分の子どもと同じように愛せるのだろうか」という不安を抱くのは自然な感情です。ただ、人間には赤ちゃんの姿かたちに反応して愛着を抱きやすくなる本能的な仕組み(ベビースキーマ)が備わっているとされています。養育を担う親の側にも、世話をする関わりの中で愛情に関わるホルモンの分泌が生じるという報告もあります。血のつながりの有無だけで、愛情の深さが決まるわけではないのです。

「結婚したら子どもを持つのが当然」という価値観は、実は歴史的にみると比較的新しいものだとされています。子どもを持たない人生も、等しく尊重されるべき選択のひとつです。
人口統計の研究では、江戸時代の日本は地域による男女比の偏りなどから独身者が珍しくなかったとされています。当時の総人口も、現在よりずっと少なかったと報告されています。「多くの人が結婚して子どもを持つ」という現在の家族観が広まったのは、近代以降の社会背景が影響しているという見方もあります。歴史を長い目で見れば、家族のかたちは一つではなかったことがわかります。
現在の日本では少子化が課題として語られる機会が増えました。一方で、少子化はヨーロッパをはじめ多くの先進国に共通する現象でもあります。こうした背景を知っておくと、感じ方が少し変わるかもしれません。「治療をやめて子どもを持たない人生を選ぶ」という決断も、否定されるべきものではないのです。夫婦二人の時間や関係を大切にする生き方も、正解のひとつです。
迷いを感じたときにまずすべきことは、一人で抱え込まず、主治医とパートナーの双方に率直に気持ちを伝えることです。大きな決断ほど、小さな一歩から始めてください。
治療を続ける場合も、区切りをつけて妊娠に至った場合も、その後の妊娠期に染色体の状態を早期に確認しておきたい方は少なくありません。そうした方は出生前診断の種類と選び方をまとめたコラムもあわせてご覧ください。妊娠がわかったあとにNIPT(新型出生前診断)を検討したい場合は、NIPTを受けられる時期をまとめたコラムで全体のスケジュールを確認しておくと安心です。
回数の考え方は治療計画の作成時点や出産の有無で判定されます。個別の状況によって扱いが異なる場合があるため、詳細は通院先の医療機関に確認してください。
保険適用の可否は、最初の治療計画を作成した時点の年齢で判定されます。43歳を迎える前に治療計画を作成していたかどうかで扱いが変わるため、詳しい条件は主治医に確認してください。
いいえ、断定はできません。積極的な治療を終えたあとに自然に妊娠するケースもあります。ただし年齢が上がるほど確率は下がっていく傾向にあります。過度な期待も過度な悲観も避け、現実的な見通しとして受け止めることが大切です。
制度上、養親の年齢に上限は定められていません。下限は原則25歳(一方が25歳以上ならもう一方は20歳以上)とされています。実際の縁組成立には、家庭裁判所の審判や養育環境の適否など総合的な判断が関わります。まずはお住まいの自治体や民間のあっせん団体に相談してください。
珍しいことではありません。どちらかの意見を一方的に押し通すのではなく、それぞれが「なぜそう思うのか」を言葉にして伝え合うことが出発点になります。二人だけで結論が出しにくい場合は、自治体の不妊専門相談センターなど第三者を交えて話し合う方法もあります。
一人で抱え込む必要はありません。主治医や自治体の不妊専門相談センターには、気持ちの整理を専門にサポートする相談員がいる場合があります。周囲に話しにくいと感じる場合こそ、こうした専門の窓口を頼ってください。
不妊治療の「やめどき」に、万人共通の正解はありません。治療を続けて子どもを授かる道。年齢や費用の目安で区切り、夫婦二人の人生を歩む道。血のつながりを超えて養子を迎える道。そのどれもが、等しく尊重されるべき選択です。
臨床の現場でも、「今やめたらこれまでの苦労が無駄になる」という思いに縛られ、身動きが取れなくなっている方を見かけることがあります。大切なのは、世間の常識やこれまでの投資に縛られすぎないこと。今ここにある夫婦の生活や関係を守ることです。
本記事で紹介した保険適用の仕組みや年齢別のデータは、あくまで判断のための一つの材料です。数字だけで決めるのではなく、夫婦でしっかりと話し合い、納得できる道を主体的に選んでいってください。
日本皮膚科学会 皮膚科専門医/日本医師会 産業医/東京衛生検査所 指導監督医
この記事は、 ヒロクリニックNIPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。
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