世の中には、「うちの子はいつもニコニコしていて、本当に愛嬌が良いんです」と幸せそうに語るお母さんやお父さんの姿が多く見受けられます。赤ちゃんが笑顔でいることは、親にとってこれ以上ない喜びであり、日々の育児の疲れを吹き飛ばしてくれる最高の癒やしです。しかし、その「いつも笑っている」という一見すると非常にポジティブで微笑ましい様子が、実は赤ちゃんからの重大なSOSかもしれないと考えたことはあるでしょうか。
多くの人は、赤ちゃんがよく笑うことを「生まれつきの性格が良い」「育てやすい子だ」という言葉で済ませてしまいます。しかし、その無邪気な笑顔の裏側には、子どもの一生を大きく左右する重大な真実、すなわち指定難病や知的障害のサインが隠されていることがあるのです。
本コラムでは、天使のような笑顔に潜む指定難病の正体や、生後から2歳までに現れる発達のサインについて、感情論を排し、データと医学的根拠に基づいた情報をお届けしていきます。
今回取り上げる特定の症状を持った子どもは、統計上およそ「1万5000人に1人」の確率で存在しています。皆さんは、この「1万5000人に1人」という数字を聞いて、どのように感じるでしょうか。「確率が低すぎて自分には関係ない」「宝くじに当たるようなもので、他人事だ」と思う方が大半かもしれません。
しかし、この確率は決して他人事と言い切れるような低い数字ではありません。実感を持っていただくために、年末ジャンボ宝くじを例に挙げて考えてみましょう。年末ジャンボ宝くじにおいて、5万円が当選する確率は約「5000人に1人」です。そして、3等の100万円が当たる確率は「1万人に1人」とされています。
今回お話しする病気が発症する確率は、人生の中で宝くじを買った際に、100万円が当選する確率とほぼ同じ規模の数字なのです。宝くじで5万円や100万円が当たる人は、世の中に決して珍しいわけではありません。それと同じように、この疾患も「誰にでも起こり得る、決して珍しくない病気」であるという認識を持つことが非常に重要です。
この病気は、出生直後に産院で異常を指摘されることはほとんどありません。生まれた瞬間は一般的な赤ちゃんと大きく変わらないため、親も医師も気づくことが難しいのです。異常が少しずつ見え隠れし始めるのは、日々の成長過程の中においてです。
最初のサインが現れるのは、生後0ヶ月から6ヶ月の間です。この時期、親は「どうもこの子は、お乳を飲む力が弱いのではないか」と感じることがあります。吸い付く力が弱かったり、飲み込む動作(嚥下)がスムーズにできなかったりと、哺乳がうまく進まないケースが見受けられます。
また、抱っこをした際に、赤ちゃんの体が通常よりも柔らかく、なんだか「ぐにゃっ」とした印象を受けることも大きな特徴の一つです。これを医学的には筋緊張低下と呼びますが、首のすわりが遅れがちになるなど、身体的な発達のベースとなる筋肉の張りが弱い状態が観察されます。しかしこの段階では、「少し成長がのんびりな子」「個人差の範囲内」と捉えられてしまうことが少なくありません。
生後6ヶ月から1歳という時期に差し掛かると、発達の遅れが徐々に明確になり、親も「何かがおかしい」と気づき始めます。
まず、運動面での遅れが顕著になります。一般的な赤ちゃんが生後半年を過ぎてお座りやハイハイを習得していく中で、この疾患を持つ子どもはそれらの運動発達が著しく遅れます。いつまで経っても一人でお座りが安定しなかったり、ハイハイをする気配が見られなかったりします。
さらに、コミュニケーション面でのサインも現れます。通常であれば「あー」「うー」といった喃語(なんご)を盛んに発する時期ですが、言葉の種となるこれらの発声がなかなか出てきません。また、親が指をさした方向を見たり、自分が興味のあるものを指差しで伝えたりするような、非言語的なコミュニケーション(指差しなど)もうまくできないことが多いです。この時期になると、親は「もしかして、うちの子は発達が遅れているのではないか」という不安を本格的に抱き始めます。
1歳を超え、2歳に至る頃になると、親の抱いていた不安は「何かが決定的に違う」という確信へと変わっていきます。ここで現れるのが、この病気の最大の特徴とも言える「特異な笑顔や行動」です。
子どもは、特に理由もないのに突然笑い出したり、常にニコニコと非常に上機嫌であったりする状態が続きます。あまりにも頻繁に、そして不自然なタイミングで笑うため、親は強い違和感を覚えるようになります。さらに、興奮しやすいという特徴も併せ持ち、嬉しかったり興奮したりすると、パタパタと鳥の羽ばたきのように手を叩く(バタバタさせる)動作を繰り返します。
また、睡眠時間が極端に短いという睡眠障害も現れます。そして決定的なSOSとなるのが「てんかん発作」です。3歳くらいまでの間に、多くの患者がてんかんを発症することが知られています。突然意識が飛んでぼーっとしたり、体がピクピクと痙攣したりする発作を目の当たりにし、親は急いで小児科へと駆け込むことになります。

小児科を受診し、「何か特殊な病気の可能性があるため大学病院で精密検査を受けてください」と紹介され、遺伝子検査などを経てようやく下される診断名、それが「アンジェルマン症候群」です。
アンジェルマン症候群は、染色体異常によって引き起こされる病気です。具体的には、人間の細胞にある染色体のうち「15番染色体」の一部が欠損する(欠けてしまう)ことによって生じます。このように染色体の微小な部分が欠失する病気は「微小欠失症候群」と呼ばれ、その中で2番目くらいに多いのがこのアンジェルマン症候群です。男女の性別に関わらず、同等の確率で発生します。
なぜ15番染色体の一部が欠けると重篤な症状が出るのでしょうか。それは、欠けた部分に母親由来の「UBE3A遺伝子」という極めて重要な遺伝子が含まれているからです。この遺伝子が欠損し、量が減ることで、脳の神経細胞の発達や機能維持に必要なタンパク質が十分に作られなくなります。その結果、重い知的障害、てんかん発作、言葉を発することができないといった脳の機能障害が引き起こされるのです。多くの患者は、相手の言っていることを理解できているにも関わらず、自ら声に出して言葉を発することができないという、非常に困難な状態に置かれます。
この遺伝子疾患には、遺伝学的に非常に興味深い、表裏一体の関係にある別の病気が存在します。
アンジェルマン症候群は、15番染色体の特定の部位において「母親から受け継いだ染色体」が欠けていた場合に発症します。しかし、全く同じ15番染色体の、全く同じ場所が欠けていたとしても、それが「父親から受け継いだ染色体」の方であった場合、発症する病気は「プラダー・ウィリ症候群」という全く別の疾患になります。
症状はアンジェルマン症候群とは真逆に近い状態となります(詳細な症状は別コラムにて解説します)。欠けている場所が同じでも、父母どちら由来の染色体が欠けたかによって、発現する病気が明確に変わるのです。
発症確率は、アンジェルマン症候群(母親由来の欠失)が約1万5000分の1、プラダー・ウィリ症候群(父親由来の欠失)も同程度の確率です。これらを合算すると、およそ7500人に1人の確率で、この15番染色体の微小欠失による疾患が起こり得ることになります。
アンジェルマン症候群は、重い知的障害やてんかんといった脳の障害を伴う疾患ですが、生存年数(寿命)に関しては、現代の医療においては健常者の成人とほぼ変わらないとされています。
その最大の理由は、心臓病などの生命に直結する大きな内臓疾患(臓器疾患)を合併することが少ないためです。また、現代医学の進歩による健康管理技術の向上も大きく寄与しています。しかし、脳の発達や成長というものは非常に高度で複雑なメカニズムの上に成り立っているため、わずかな染色体・遺伝子の欠失によって、これほどまでに大きな機能障害が生じてしまうのです。
現在のところ、アンジェルマン症候群に対する根本的な治療法は確立されていません。そのため、治療は対症療法が中心となります。てんかん発作に対しては抗てんかん薬を服用してコントロールを図り、睡眠障害に対しては適切な睡眠管理が行われます。また、少しでも運動機能やコミュニケーション能力を引き出すために、理学療法(リハビリ)、作業療法、言語療法などを長期的に継続していくことが不可欠となります。
ここで最も強調しておきたい事実は、これらの「微小欠失症候群」は、両親の年齢や体質に一切関係なく、全くの「ランダム」に発生するという点です。
ダウン症候群などの一部の染色体異常は、母親の年齢が上がるにつれて発症確率が高くなることが知られています。しかし、アンジェルマン症候群やプラダー・ウィリ症候群に関しては、親の年齢は全く関係ありません。健康で若い20代の夫婦であっても、高齢出産の夫婦であっても、等しく突然発症するリスクを抱えているのです。
だからこそ、すべての年齢層の妊婦さんに対して「拡大NIPT(新型出生前診断)」の受検を強くお勧めしています。従来の一般的なNIPT検査では、このような微細な染色体の欠け(微小欠失=部分的なモノソミー)を見つけることはできません。しかし、現在では医療技術が進化し、拡大NIPTを受けることによって、出生前にお腹の赤ちゃんがアンジェルマン症候群などの微小欠失症候群を持っている可能性があるかどうかを、血液検査だけで検出することが可能になっています。誰もがランダムに当事者になる可能性がある以上、事前にリスクを知るための検査は非常に有益です。
世界中でNIPTによって調べられる微小欠失症候群は、ディジョージ症候群(1番多い)、1p36欠失症候群、猫鳴き症候群などを含め、5〜6種類ほど存在します。アンジェルマン症候群はその中でも代表的な疾患です。
しかし、この病気はダウン症のように生まれた瞬間に外見からはっきりとわかるものではないため、診断が遅れるケースが多々あります。実際にある医師のエピソードですが、我が子に対して「症状的にアンジェルマン症候群ではないか」とずっと疑いを持ちながらも、確定診断のための遺伝子検査を行わないまま成人を迎えたケースがありました。その後、あるきっかけで遺伝子検査を実施したところ、やはり15番染色体の特定部位が欠損しており、成人してからようやくアンジェルマン症候群と診断されたのです。
東京などの都市部であれば、疑わしい症状があれば積極的に遺伝子検査を行う環境が整っています。しかし、地方においては情報が少なく、「原因はよくわからないけれど、てんかんがある知的障害の子」として、染色体異常を疑われないまま過ごしているケースも少なくありません。医療従事者の家族でさえそのような状況があるほど、遺伝子検査は以前より身近になったとはいえ、まだまだ一般的にはハードルの高い「遠い検査」であるのが実情なのです。
「いつもニコニコしている」という微笑ましい様子が、時にアンジェルマン症候群という特殊な病気のサインである可能性について解説してきました。この病気は根本的な治療法こそないものの、医学の発達により寿命は健常者と変わらず、早期に適切な療育や対症療法を開始することで、子どもたちの生活をサポートしていくことができます。
そして何より、現在は「拡大NIPT」によって、出生前にこの疾患の可能性を知ることができる時代になりました。親の年齢に関係なく誰にでも起こり得るからこそ、正しい知識を持ち、最新の医療技術という選択肢を持つことが、赤ちゃんと家族の未来を守ることに繋がります。
日本皮膚科学会 皮膚科専門医/日本医師会 産業医/東京衛生検査所 指導監督医
この記事は、 ヒロクリニックNIPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。
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