妊娠中は、口にするものだけでなく、柔軟剤や日焼け止め、ヘアカラー剤といった身近な「日用品」に含まれる化学物質にも、少しだけ気を配ると安心です。すべてを完全に断つ必要はありませんが、成分表示を確認し、使用量や頻度を見直すことは今日からできる対策です。本記事では、フタル酸エステル類やオキシベンゾンなど注意したい成分の科学的な背景と、過度に不安がらずに付き合うための考え方を、環境省・厚生労働省・農林水産省・国民生活センターなど公的機関の情報にもとづいて解説します。
この記事でわかること
妊娠中は、アルコールや生肉といった「食品」への注意が広く知られていますが、日用品や化粧品に含まれる化学物質についても知っておくと安心です。柔軟剤、日焼け止め、ヘアカラー剤、洗剤、マニキュアなど、日常的に使う製品の一部には、内分泌かく乱物質(いわゆる環境ホルモン)や揮発性の溶剤が含まれていることがあります。
誤解のないようにお伝えしたいのは、これらの製品を使ったからといって、必ず胎児に影響が出るわけではないという点です。多くの成分は国の安全基準のもとで流通しており、通常の使用量であれば過度に恐れる必要はありません。
ただし、胎児の重要な臓器の基礎がつくられる「器官形成期」だけは、疑わしい成分の使用頻度を減らすという「予防原則」の考え方が役立ちます。本コラムでは、指摘されている5つの日用品について、根拠となる情報源とあわせて整理していきます。
人が化学物質を体内に取り込む経路は、口から入る「経口」、皮膚から吸収される「経皮」、呼吸で肺に入る「吸入」の3つに整理できます。食品の安全性ばかりに注目が集まりがちですが、皮膚に塗るものや、空気中を漂う揮発成分にも同じように意識を向ける必要があります。
| 経路 | 説明 | 関係する日用品の例 |
|---|---|---|
| 経口 | 口から飲食物とともに体内に入る | 食品・飲料(本コラムの対象外) |
| 経皮 | 皮膚の表面から血管を通じて吸収される | 日焼け止め、ヘアカラー剤、マニキュア、化粧品 |
| 吸入 | 呼吸とともに揮発成分を肺に取り込む | 柔軟剤・芳香剤の香り、ヘアカラー剤やマニキュアの揮発臭 |
ここで注意したいのが、「経皮毒」という言葉です。シャンプーや洗剤の成分が皮膚から蓄積し、深刻な健康被害を引き起こすという説明を見かけることがありますが、この言葉自体は学術的に確立した概念ではありません。一方で、特定の化学物質が皮膚から吸収される「経皮吸収」という現象そのものは、毒性学の分野で実際に研究され、確認されている事実です。本コラムで扱うフタル酸エステル類やオキシベンゾンなども、この経皮吸収の観点から研究が進められている物質です。両者を混同せず、根拠のある成分ごとに冷静に向き合うことが大切です。
妊娠4週から10週ごろの「器官形成期」は、胎児の心臓・脳・中枢神経系などの基礎が急速に作られる時期にあたります。この期間は細胞分裂の速度が非常に速く、外部からの化学物質や刺激の影響を受けやすいタイミングとされています。
そのため、以下で紹介する5つの日用品についても、「一生使ってはいけない」というより、「器官形成期を中心に、使用量や頻度を控えめにする」という考え方で向き合うと、無理なく続けられます。私自身、遺伝カウンセリングの現場で「化粧品はどこまで気にすればよいか」と相談を受けることが多く、その際は必ずこの時期の考え方をお伝えするようにしています。
まず全体像をつかむために、5つの日用品と、指摘されている成分、選び方のポイントを一覧にまとめました。詳しい内容は、それぞれの見出しで解説します。
| 日用品 | 指摘されている成分 | 選び方のポイント |
|---|---|---|
| 柔軟剤・芳香剤・香水 | フタル酸エステル類(保留剤) | 香りの持続時間が長い製品は使用頻度を減らす |
| 日焼け止め | 紫外線吸収剤(オキシベンゾン等) | ノンケミカル(紫外線散乱剤)タイプを選ぶ |
| ヘアカラー剤 | アンモニア等の揮発性成分 | 妊娠初期は必要最小限にし、換気のよい環境で行う |
| 「無添加」表示の洗剤・化粧品 | 表示の対象外にある防腐剤等 | 「無添加=無害」と思い込まず成分表示を確認する |
| マニキュア・ネイルポリッシュ | トルエン・ホルムアルデヒド・フタル酸エステル類 | 使用頻度を控え、換気のよい場所で行う |
柔軟剤や長時間香りが続く芳香剤・化粧品には、「フタル酸エステル類」という化学物質が使われていることがあります。香料の香りを溶かし込み、揮発を遅らせる「保留剤」としての役割を担っている成分です。
日本の化粧品の成分表示では、これらが一括して「香料」と表記されることが多く、消費者が個別の成分を確認しにくいという課題があります。フタル酸エステル類は「内分泌かく乱物質(環境ホルモン)」の一種として、環境省が継続的に調査・評価を行っている化学物質群のひとつです。海外の疫学研究では、妊娠中の母体の尿中フタル酸エステル濃度と、生まれた男児の身体的な指標との関連を報告した例もありますが、こうした関連性はなお研究段階にあり、人での因果関係が確立しているとまでは言い切れません。
フタル酸エステル類は「半揮発性有機化合物」に分類され、常温でもゆるやかに空気中へ気化する性質を持ちます。柔軟剤で洗った衣類を身につけるだけでも、呼吸を通じて微量に吸入し続けることになるため、妊娠中、とくに器官形成期は「香りが長く続く製品」の使用頻度を控えめにするか、「フタル酸エステルフリー」と明記された製品を選ぶという方法があります。
妊娠中の紫外線対策では、「ノンケミカル(紫外線散乱剤)」タイプの日焼け止めを選ぶという方法があります。妊娠中はホルモンバランスの変化でメラニン色素が沈着しやすくなるため、紫外線対策そのものは大切です。
日焼け止めは、紫外線を吸収して熱エネルギーに変換する「ケミカル(紫外線吸収剤)」タイプと、酸化亜鉛や酸化チタンで紫外線を物理的に反射する「ノンケミカル(紫外線散乱剤)」タイプに大きく分かれます。ケミカルタイプに使われる「オキシベンゾン」などの成分は分子が細かく、皮膚から吸収されやすい性質を持つとされ、経皮吸収された成分の一部が胎盤を通過する可能性を指摘する研究もあります。ただし、この経路がヒトの胎児にどの程度影響するかは、現時点で確立した結論には至っていません。
なお、オキシベンゾンをはじめとする成分の一部は、サンゴ礁の白化への影響が懸念され、ハワイ州など海外の一部地域で使用・販売が規制されています。これはサンゴ礁など生態系保護を目的とした規制であり、人の健康への影響を直接示すものではない点に注意が必要です。過度に不安がる必要はありませんが、選択肢のひとつとして、パッケージに「酸化亜鉛」「酸化チタン」と記載されたノンケミカルタイプを検討してみてください。近年は白浮きしにくい使い心地のよい製品も増えています。

結論からお伝えすると、通常の使用方法であれば、ヘアカラー剤による胎児への影響のリスクは低いと考えられています。薬剤が頭皮からごく微量に経皮吸収されることは分かっていますが、その吸収量が胎児に明確な影響を及ぼすと結論づけるだけの根拠は確立していません。
それでも、多くの産婦人科医療機関が「気になる場合は妊娠中期以降に、必要最小限の頻度で」という考え方を紹介しています。理由のひとつは、においへの配慮です。妊娠中は嗅覚が敏感になりやすく、ヘアカラー剤特有の刺激臭がつわりを誘発し、食事量の低下につながることがあります。母体の栄養状態が大きく乱れることは、間接的に胎児の発育環境にも影響しうるため、体調が優れないときは無理をしないことが大切です。
カラーリングを希望する場合は、薬剤が頭皮に直接つきにくい塗布方法に慣れた美容師に相談する、換気のよい店舗を選ぶ、体調が万全なときに予約するといった工夫が現実的です。「絶対にしてはいけない」と思い詰めず、体調と相談しながら判断してください。
「無添加」という表示は、「特定の成分を配合していない」という意味にすぎず、「化学物質が一切含まれていない」ことを保証するものではありません。日本の法律や公正競争規約では、「無添加」を表示する際は何を配合していないかを明示するよう求められており、表示だけで安全性を判断するのは避けたほうがよいとされています。
典型例が「パラベン無添加」です。パラベンという防腐剤を使っていないことを示していますが、代わりに「フェノキシエタノール」など別の防腐剤が使われているケースがほとんどです。水分や栄養成分を含む化粧品や洗剤を長期間保存するには、何らかの防腐剤が製造上欠かせません。
もうひとつ知っておきたいのが「カクテル効果」です。個々の成分の安全基準は、その成分単体を評価した結果にもとづいています。複数の化粧品を重ね塗りしたときに、成分同士がどう影響し合うかについては、世界的にもまだ包括的な検証が確立されていません。「無添加」「オーガニック」という響きに安心しきらず、スキンケアの工程をできるだけシンプルにするという考え方も、ひとつの選択肢です。
マニキュアの一部には、「トルエン」「ホルムアルデヒド」「フタル酸エステル類」の3成分が同時に含まれていることがあり、妊娠中は使用頻度を控えめにすることが勧められます。それぞれの性質を知っておくと、選び方や使い方の判断材料になります。
マニキュアを均一に塗りやすくする溶剤で、独特の刺激臭の原因物質です。厚生労働省の女性労働基準規則では、トルエンを含む有機溶剤を高濃度で扱う業務は、妊娠中の女性労働者の就業が制限される対象に指定されています。これは職場で長時間・高濃度にばく露する場合の規制であり、自宅で数分間マニキュアを塗る程度の使用と同列に扱うものではありませんが、換気の悪い密閉空間での長時間使用は避け、窓を開けるなどして換気することが望ましいといえます。
マニキュアを固める硬化成分として使われることがあります。国際がん研究機関(IARC)は、ホルムアルデヒドを発がん性の分類の中で最も評価の高い「グループ1(ヒトに対する発がん性が認められる)」に位置づけています。この分類は主に職業ばく露や長期・高濃度の吸入を根拠にしたものですが、皮膚刺激やアレルギーの原因にもなり得るため、頻繁な使用は控えめにするとよいでしょう。
柔軟剤の項目でも触れた内分泌かく乱物質で、マニキュアではひび割れを防ぐ可塑剤として配合されます。皮膚への付着や揮発成分の吸入を通じて体内に入る可能性がある成分のひとつです。
この3成分をまとめて避けたい場合は、「トルエンフリー」「ホルムアルデヒドフリー」「DBPフリー(フタル酸エステルフリー)」と表示された、いわゆる「3フリー」「5フリー」マニキュアを選ぶという方法もあります。「指先だけだから大丈夫」と考えず、器官形成期は使用頻度を控え、使うときは換気のよい環境を選んでください。
出典:厚生労働省「女性労働基準規則」の改正 / 農林水産省「国際がん研究機関(IARC)の発がん性分類」
NIPT(新型出生前診断)は母体の血液から胎児の染色体の変化を調べる検査で、今回取り上げた日用品由来の化学物質による影響は検査の対象に含まれません。NIPTで「陰性」という結果が出ても、化学物質への曝露による発育への影響を否定することはできない点は理解しておく必要があります。
NIPTを含む出生前診断全体の位置づけについては、出生前診断はいつからいつまで?種類や時期、診断方法についてで詳しく解説しています。日用品以外にも妊娠中に見直したい生活習慣については、妊娠中のNG行動と赤ちゃんの脳発達リスクもあわせてご覧ください。
すべてを完璧にこなす必要はなく、できることから少しずつ取り入れる姿勢で十分です。以下のチェックリストを、妊娠中の生活の参考にしてください。
まず身の回りの製品を見直すところから始めてみましょう。
迷ったときの判断基準はシンプルです。「頻度を減らせないか」「換気できないか」「代わりの選択肢はないか」の3点を確認するだけでも、無理のない範囲でリスクを下げられます。器官形成期を過ぎれば神経質になりすぎる必要はなく、体調と相談しながら日常生活を送ってください。
柔軟剤、日焼け止め、ヘアカラー剤、「無添加」表示の製品、マニキュア。今回取り上げた5つの日用品に共通しているのは、成分を知らないまま使い続けるより、知ったうえで選ぶほうが安心につながるという点です。
私自身、妊婦さんから「これは使ってもいいですか」と細かく質問されることがありますが、多くの場合は「絶対にダメ」ではなく「頻度や量を見直す」という答えになります。すべてを完璧に避けようとして神経質になりすぎるより、器官形成期を中心にできる範囲で気を配り、体調を第一に日常を過ごしていただければと思います。気になる製品や体調の変化があれば、自己判断せず主治医に相談してください。
柔軟剤や香りの強い芳香剤・化粧品、ケミカルタイプの日焼け止め、ヘアカラー剤、「無添加」表示の洗剤や化粧品、マニキュアの5つです。いずれも「絶対に使ってはいけない」わけではなく、使用頻度や量を見直すことがポイントになります。
「経皮毒」という言葉自体は学術的に確立した概念ではありません。一方で、特定の化学物質が皮膚から吸収される「経皮吸収」という現象は、毒性学で実際に研究されている事実です。両者を混同せず、根拠のある成分ごとに情報を確認することが大切です。
酸化亜鉛や酸化チタンを主成分とする「ノンケミカル(紫外線散乱剤)」タイプが選択肢のひとつです。ケミカルタイプに含まれるオキシベンゾンなどの成分は経皮吸収されやすいとされ、胎盤を通過する可能性を指摘する研究もありますが、ヒトへの影響は現時点で確立した結論に至っていません。
通常の使用方法であれば、リスクは低いと考えられています。それでも気になる場合は、妊娠中期以降に、体調のよいときに、換気のよい美容室で行うといった配慮をすると安心です。強いにおいでつわりが悪化するようなら、無理をせず日程を調整してください。
「無添加」は特定の成分を配合していないという意味にすぎず、安全性そのものを保証する表示ではありません。何が無添加なのかを成分表示で確認し、複数の製品を重ね塗りしすぎないよう工程をシンプルにしてください。
まったく使えないわけではありません。トルエン・ホルムアルデヒド・フタル酸エステル類を避けた「3フリー・5フリー」製品を選び、換気のよい場所で使用頻度を控えめにすることが現実的な対策です。厚生労働省の規則が対象とするのは職場での高濃度・長時間の業務であり、自宅での短時間の使用と同列には扱われません。
分かりません。NIPTは母体血液から胎児の染色体の変化を調べる検査であり、日用品に含まれる化学物質への曝露による影響は検査の対象に含まれません。
妊娠中の体調やケアについて迷うことがあれば、日用品以外にも見直したいポイントを妊娠中に避けるべき環境と安全な場所選びで、スキンケア成分については妊娠中のスキンケアで避けるべき隠れNG成分で、薬との付き合い方については妊娠中に注意したい薬と胎児へのリスクでそれぞれ詳しく紹介しています。
日本皮膚科学会 皮膚科専門医/日本医師会 産業医/東京衛生検査所 指導監督医
この記事は、 ヒロクリニックNIPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。
Copyright (c) NIPT Hiro Clinic All Rights Reserved.