ヘパリン療法は、不育症(習慣流産)の原因のなかでもとくに抗リン脂質抗体症候群(APS)が関わる場合に、血栓形成を防いで胎盤の血流を保つ目的で行われる治療法です。厚生労働省研究班の調査では、2回以上の流産・死産を経験する不育症は40人に1人程度(4.2%)にみられ、そのうち抗リン脂質抗体が原因となるケースは検査を受けたカップルの8.7%を占めるとされています。本記事では、不育症とAPSの関係、ヘパリン療法の目的・方法・効果を解説します。あわせてNIPT(新型出生前診断)や妊娠経過との関わりまで、厚生労働省・こども家庭庁・日本産婦人科医会・不育症研究班などの公的情報にもとづいて紹介します。
この記事でわかること
不育症とは、妊娠はするものの流産や死産を繰り返し、結果的に子どもを持てない状態を指す言葉です。厚生労働省・こども家庭庁の情報では、2回以上の流産・死産の既往がある方は約4.2%(40人に1人程度)、3回以上では0.88%とされています。1回の流産だけであれば偶発的な染色体異常が原因であることが多く、過度に心配する必要はないとされていますが、2回以上続く場合は原因検索の対象として不育症検査が検討されます。
不育症の原因は一つとは限りません。不育症研究班の調査では、子宮形態異常が7.9%、甲状腺機能異常が9.5%、夫婦いずれかの染色体構造異常が3.7%を占めています。さらに抗リン脂質抗体陽性が8.7%、血液凝固第XII因子欠乏が7.6%と続き、原因不明の特発性不育症が約65.1%で最も多いという結果です。このなかで抗リン脂質抗体症候群(APS)は、治療によって出産に至る可能性を高められる数少ない原因の一つとして位置づけられています。
| 不育症の主な原因 | 頻度の目安 | ヘパリン療法との関係 |
|---|---|---|
| 抗リン脂質抗体症候群(APS) | 約8.7% | 低用量アスピリン・ヘパリン併用療法が標準的治療 |
| 子宮形態異常 | 約7.9% | 手術など別のアプローチが中心 |
| 甲状腺機能異常 | 約9.5% | 甲状腺疾患の薬物治療が中心 |
| 夫婦染色体構造異常 | 約3.7% | 遺伝カウンセリングが中心 |
| 血液凝固第XII因子欠乏 | 約7.6% | ヘパリン療法が選択されることがある |
| 原因不明(特発性) | 約65.1% | ヘパリンの有効性は明確でない |
表のとおり、原因の内訳は多岐にわたります。私自身、外来で「不育症=すべてヘパリンで治療できる」と誤解している方に出会うことがあります。実際にヘパリンの効果がはっきり示されているのは、APSなど血栓が関わるタイプに限られます。原因不明の不育症に対するヘパリンの有効性については、研究結果がまだ分かれている段階です。
APSは、血栓症の既往か、流産・死産・早産などの産科的な基準のいずれかに当てはまり、かつ抗リン脂質抗体が検出された場合に診断されます。抗リン脂質抗体という自己抗体があると血液が固まりやすくなり、胎盤へ向かう血管に微小な血栓ができて絨毛(将来の胎盤組織)の発育が妨げられ、流産や死産につながると考えられています。
国際的な診断基準では、次のいずれかに該当し、かつ抗リン脂質抗体が一定間隔をあけた2回の検査で陽性となることが条件とされています。
国際基準では習慣流産(連続3回以上)が条件です。一方、日本の少子化の状況を踏まえ、国内の不育症研究班からは2回以上の連続した流産の段階で抗リン脂質抗体を測定してもよいという提言が出されています。何回流産したら検査を受けるべきかは、主治医によって判断が分かれる部分もあります。2回目の流産を経験した時点で、一度相談してみてください。
ヘパリンは血液凝固の連鎖反応を抑える抗凝固薬です。皮下への自己注射で投与し、胎盤へ向かう血管の微小血栓を防ぐことを目的とします。
ヘパリン療法の目的は、APSに伴う血栓形成を抑えて胎盤の血流を保ち、胎児への酸素・栄養の供給を安定させることにあります。ヘパリンは血液凝固のプロセスにあるいくつかの因子の働きを抑える抗凝固薬で、分子量を分割した低分子ヘパリンが自己注射用として広く使われています。
日本産婦人科医会の資料によると、APSを有する不育症患者の生児獲得率は、低用量アスピリン単独療法で50%以下でした。低用量アスピリンとヘパリンの併用療法では、70〜80%まで改善したとする報告があります。この差は、アスピリンによる血小板凝集の抑制と、ヘパリンによる凝固カスケードの抑制という異なる作用機序の組み合わせによるものです。二つの薬が胎盤の微小循環をより広くカバーできるためと考えられています。
| 治療法 | 報告されている生児獲得率の目安 |
|---|---|
| 低用量アスピリン単独療法 | 50%以下 |
| 低用量アスピリン+ヘパリン併用療法 | 70〜80% |
数字だけを見るとヘパリンの上乗せ効果は大きく感じられますが、この結果はAPSと診断された方を対象とした報告である点に注意が必要です。APSの診断がついていない、あるいは原因不明の不育症に対して同様の効果が得られるとは限りません。
ヘパリン療法は、妊娠判明後の早い時期から分娩直前まで、低分子ヘパリンの自己注射を継続する治療です。一般的な流れとして、妊娠4週前後から低用量アスピリンの内服とヘパリン注射を開始します。妊娠36週0日でアスピリンを中止し、ヘパリンは分娩の3〜6時間前まで継続するという方法が紹介されています。
ヘパリンは通院での注射だけでなく、患者さん自身が自宅で注射する在宅自己注射という方法が広く行われています。平成24年(2012年)1月からは、APSなど血栓性素因を有する妊婦さんに対するヘパリンの在宅自己注射療法に健康保険が適用されるようになりました。自己注射の手技については、開始前に医療機関で指導を受け、注射部位を毎回変えながら継続することが一般的です。
ヘパリンには、出血リスクの増加、注射部位の内出血・皮下出血、まれに血小板減少や長期使用による骨密度低下といった副作用が報告されています。そのため治療の開始前には専門医との相談が欠かせず、治療中も定期的な血液検査で凝固の状態や血小板数を確認しながら進めます。低用量アスピリンとの併用では出血傾向がやや強まることもあるため、抜歯や手術の予定がある場合は事前に必ず担当医へ伝えてください。
体調の変化に敏感でいること。ヘパリン療法中に歯ぐきの出血やあざができやすいと感じたら、自己判断で中止せず早めに相談する姿勢が大切です。
NIPT(新型出生前診断)は母体の血液を採取して行う検査です。ヘパリン自己注射とは投与経路も検査目的も異なるため、両者は独立して受けられます。
ヘパリン療法を受けていること自体が、NIPTなど母体血を用いた出生前検査の受検を妨げるものではありません。NIPTは母体血中に含まれる胎児由来のDNA断片を解析して、13トリソミー・18トリソミー・21トリソミーなど染色体の数的異常の可能性を調べる非侵襲的な検査です。ヘパリンの自己注射は皮下投与、NIPTの検体採取は静脈からの採血であり、投与部位と採血部位を分けて実施することで両立できます。服用中の薬がある場合は、採血前に必ず医療機関へ申告してください。
ここで整理しておきたいのは、NIPTと不育症検査は目的がまったく異なる検査だという点です。NIPTがわかるのは胎児の染色体の数的異常であり、APSのような母体側の血栓性素因や、胎盤の血流障害そのものを検出する検査ではありません。逆に、APSの不育症検査で血栓性素因が見つかったとしても、それは胎児の染色体異常の有無とは別の情報です。両者は補い合う関係にはなく、それぞれ独立した目的を持つ検査として理解しておく必要があります。
また、NIPTはあくまで非確定的な検査であり、陽性の結果が出た場合の確定診断には羊水検査が必要です。不育症・APSの既往がある方は、流産への不安から出生前検査への関心が高まりやすい傾向がありますが、NIPTの対象疾患と自身が心配している事柄が一致しているかどうかを、検査前に主治医と確認しておくことが後悔のない選択につながります。妊娠初期の流産率とNIPTの関係については、35歳からの妊娠初期の流産率とNIPTでも詳しく取り上げています。
不育症やAPSという診断名は不安を感じやすい一方で、APSは治療によって出産に至る可能性を高められる原因の一つでもあります。私自身、外来で「なぜ自分だけ流産を繰り返すのか」と自分を責めてしまう患者さんに出会うことがあります。不育症の多くは体質的な要因が重なった結果であり、誰かの落ち度で起こるものではありません。
治療を続けながらの妊娠期間は、身体的にも心理的にも負担がかかりやすいものです。次回の妊娠計画を考えるタイミング、治療を続ける不安、パートナーとの情報共有の仕方など、一人で抱え込まず不育症相談窓口や産婦人科医、生殖医療の専門医に相談しながら進めていく方法があります。こども家庭庁・都道府県のポータルサイトでは、不育症検査・治療への助成制度の案内も行われているため、費用面の不安がある場合は自治体の窓口にも確認してみてください。
不育症そのものの原因や検査の全体像については、不育症とは?原因や治療方法などを解説でも整理しています。また、不妊症との違いや原因の考え方については不妊の原因について、胎嚢確認後の流産リスクを下げるための生活面のポイントは胎嚢確認後の流産確率を低くするためのポイントで解説していますので、あわせてご確認ください。
出典:厚生労働省「不育症に関する取組み」 / こども家庭庁「不育症に関する取組み」 / 日本産婦人科医会「ヘパリン療法の使用について」 / 不育症研究班「不育症管理に関する提言」 / NIPT等の出生前検査に関する認証制度等運営委員会
妊娠はするものの流産・死産を繰り返し、子どもを持てない状態を不育症と呼びます。厚生労働省研究班の調査では2回以上の流産・死産の既往がある方は約4.2%とされ、多くの医療機関では2回以上の流産を経験した段階で不育症検査の対象として相談を受け付けています。
血液を固まりやすくする自己抗体(抗リン脂質抗体)を持つことで血栓ができやすくなる病気です。妊娠中は胎盤へ向かう血管に微小血栓ができ、絨毛の発育が妨げられて流産・死産・早産のリスクが高まるとされています。不育症の原因のなかでは比較的頻度が高く、治療によって出産に至る可能性を高められる代表的な原因の一つです。
APSを有する不育症患者において、低用量アスピリン単独療法での生児獲得率が50%以下であったのに対し、アスピリンとヘパリンの併用療法では70〜80%まで改善したとする報告があります。ただしこの効果はAPSと診断された場合の報告であり、原因不明の不育症に同様の効果があるとは限りません。
一般的には妊娠4週前後から低用量アスピリン内服とヘパリン自己注射を開始し、妊娠36週0日でアスピリンを中止、ヘパリンは分娩の3〜6時間前まで継続する方法が紹介されています。副作用としては出血リスクの増加、注射部位の内出血、まれに血小板減少や骨密度低下が報告されており、定期的な血液検査による経過観察が必要です。
ヘパリンの自己注射とNIPTの採血は投与部位・採血部位が異なるため、両立して受けることができます。ただし服用中の薬がある場合は、採血前に必ず医療機関へ申告してください。NIPTは染色体の数的異常を調べる検査であり、APSなど母体側の血栓性素因を調べる検査ではない点にも注意が必要です。
すべての不育症患者に効果があるわけではありません。不育症の原因は子宮形態異常や甲状腺機能異常、染色体構造異常など多岐にわたり、約65.1%は原因不明とされています。ヘパリンの効果が明確に示されているのは、抗リン脂質抗体症候群など血栓が関わるタイプに限られます。
正確な診断と、根拠にもとづいた治療選択。不育症と向き合ううえで欠かせない2つの土台です。不育症は2回以上の流産・死産の既往がある状態を指し、原因は子宮形態異常・甲状腺機能異常・染色体構造異常・抗リン脂質抗体症候群(APS)など多岐にわたります。そのなかでAPSは、低用量アスピリンとヘパリンの併用療法によって生児獲得率を大きく高められる、数少ない治療可能な原因の一つです。
数字の上下だけを見ての一喜一憂は禁物です。大切なのは、まず自分の不育症の原因がAPSに当てはまるのかどうかを検査で確認し、当てはまる場合は専門医のもとで治療の効果とリスクを理解しながら進めていくことです。原因が特定できない場合でも、経過を共有できる主治医や不育症相談窓口を見つけておくことが、次の妊娠に向けた土台になります。ご自身の状況に応じた治療方針については、産婦人科専門医にご相談ください。
日本皮膚科学会 皮膚科専門医/日本医師会 産業医/東京衛生検査所 指導監督医
この記事は、 ヒロクリニックNIPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。
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