妊娠初期は赤ちゃんが自分で甲状腺ホルモンを作れず、母体からの供給に頼る大切な時期です。甲状腺機能低下症(橋本病)や機能亢進症(バセドウ病)は自覚症状が乏しいまま経過することがあり、妊婦健診で全員に甲状腺の血液検査(TSH・FT4)がルーティンで行われるとは限りません。持病がある方、家族に甲状腺疾患がある方、不妊治療中の方などは、妊娠を考え始めた段階か妊娠がわかった時点で、産婦人科医に一度相談することをおすすめします。数値の目標値や薬の使い方は自己判断せず、必ず主治医と相談しながら進めてください。
この記事でわかること
甲状腺ホルモンは、妊娠中の母体と赤ちゃんの両方にとって、代謝や脳の発達を支える土台になるホルモンです。葉酸や鉄分と並んで、意識しておきたい栄養・ホルモンのひとつと言えます。
甲状腺は、のどぼとけの下あたりにある、蝶が羽を広げたような形の小さな臓器。ここから「サイロキシン(T4)」と「トリヨードサイロニン(T3)」という2種類のホルモンが分泌され、全身の代謝や体温調節、脳の働きを支えています。分泌量の9割以上はT4、残りの1割ほどがT3です。
甲状腺は単独で動いているわけではありません。脳の下垂体という部分から「甲状腺刺激ホルモン(TSH)」という指令が届き、これに応じてT4・T3が分泌される仕組みです。血液中のホルモンが不足すると下垂体はTSHを増やして分泌を促し、十分足りていればTSHを減らします。この連動を理解しておくと、血液検査の数値の意味がつかみやすくなります。
甲状腺疾患そのものの種類や一般的な症状については、妊娠と甲状腺疾患について解説したコラムでも詳しく取り上げています。本記事では、妊娠初期の検査タイミングと赤ちゃんの発達への関わりに絞って解説していきます。
妊娠初期の赤ちゃんは自分の甲状腺でホルモンを作れず、母体からの供給に頼っています。ここが、妊娠と甲状腺の関係を考えるうえでの出発点です。
胎児の甲状腺が形成され、自らホルモンを分泌し始めるのは妊娠中期に入ってからとされています。それまでの間、脳や神経系の発達に必要な甲状腺ホルモンは、胎盤を通じて母体から届けられる分に依存します。胎盤を通過できるのは主にT4で、赤ちゃんの体内で活性型のT3に変換されて働く仕組みです。
母体がもともと甲状腺機能低下の傾向を抱えていると、自分の分を保つだけで精一杯になり、赤ちゃんへ十分な量を渡しにくくなることがあります。海外の観察研究では、妊娠初期に母体の甲状腺ホルモンが不足していたケースで、子どもの知的発達との関連を示す報告があります。一方で、妊娠中期以降に治療を始めた群を追跡した研究では、明確な改善効果が確認できなかったとする報告もあり、専門家の間でも議論が続いている分野です。だからこそ、断定的な数値を独り歩きさせるのではなく、「気になる要因があれば早めに相談する」という姿勢が現実的な対応になります。

妊娠初期に受けておきたい栄養面の準備は、甲状腺だけにとどまりません。妊娠初期のサプリメント選びをまとめたコラムもあわせて確認しておくと、全体像をつかみやすくなります。
妊娠中に注意したい甲状腺機能低下症の多くは、橋本病という自己免疫の病気が背景にあります。自覚症状が乏しいまま数値だけ変化しているケースがある点が、見逃されやすい理由です。
橋本病は、自分の甲状腺を攻撃する抗体(抗TPO抗体など)ができることで炎症が起こり、徐々に甲状腺の働きが落ちていく病気です。強い疲労感やむくみ、寒がりといった症状が出る顕性の機能低下症もあれば、血液中のホルモン値そのものは基準内に収まりながらTSHだけが高めに出る「潜在性甲状腺機能低下症」の状態もあります。
日本産婦人科医会の資料では、潜在性の甲状腺機能異常や抗甲状腺自己抗体の陽性者を含めると、性成熟期の女性の10%以上にみられ、不妊診療の現場ではさらに高い頻度で見つかるとされています(出典:日本産婦人科医会「甲状腺機能と妊娠」)。自覚症状のないまま経過している方も一定数いる、決して珍しくない病気。
| 区分 | TSHの目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 日本の標準的な基準範囲 | 0.61〜4.23 mIU/L | 2021年4月以降に統一された基準値 |
| 潜在性甲状腺機能低下症の目安 | 4 mIU/L超 | FT4は基準範囲内であることが多い |
| 正常高値とされる範囲 | 2.5 mIU/L超〜基準上限以下 | 不妊治療前などで注視される範囲 |
| 治療を行う場合の目標値の目安 | 0.60〜2.5 mIU/L | 個々の状態により主治医が判断 |
不足しているホルモンを補う治療では、レボチロキシンナトリウム(甲状腺ホルモン剤)の内服が用いられます。人の体内で作られるホルモンと同じ成分のため、量の調整さえ主治医の指示どおりに行えば、妊娠中も継続して使われている薬です。数値や服薬量の判断は自己流にせず、必ず産婦人科や内分泌内科の医師と相談しながら進めてください。
バセドウ病は甲状腺が過剰にホルモンを作ってしまう病気で、妊娠中は薬の選び方に特有の注意点があります。治療中の方が妊娠を考える場合は、事前に主治医へ伝えておくと安心です。
動悸や手のふるえ、体重減少、暑がりといった症状が特徴で、妊娠中も抗甲状腺薬による治療が基本になります。ここで押さえておきたいのが、薬の使い分けです。日本甲状腺学会が2008年から2014年にかけて行った調査(POEMスタディ)では、妊娠4〜7週ごろにメルカゾール(チアマゾール)を服用した場合、臍(へそ)まわりの形成異常や頭皮の一部欠損など、他ではあまりみられない先天異常との関連が報告されました。多くは手術で改善するとされていますが、この時期はチウラジールやプロパジール(プロピルチオウラシル)への切り替えが検討される期間です(出典:日本甲状腺学会「これから妊娠されるバセドウ病の患者さんへ」)。
一方でチウラジール・プロパジールには先天異常との関連は認められていないものの、重い肝障害や血管炎症候群といった副作用のリスクがメルカゾールより高いとされています。どちらの薬にも一長一短があるため、「妊娠初期だけ薬を替える」「時期が過ぎたら元に戻す」といった調整は、必ず甲状腺の専門医と産婦人科医の連携のもとで行う判断です。自己判断で服薬を中止すると、母体の甲状腺機能亢進が悪化する恐れがあるため避けてください。
外来では「妊娠がわかってから薬を急にやめてしまった」というご相談を受けることがあります。バセドウ病も橋本病も、計画的に妊娠を迎え、事前に基礎体温をつけて早期に妊娠に気づける状態にしておくことが、薬の切り替えタイミングを逃さないための現実的な備えになります。
日本の妊婦健診では、甲状腺の血液検査が全員に一律で行われているわけではありません。持病や症状、家族歴がある方は、こちらから申し出る必要がある検査だと考えておいてください。
一般的な妊婦健診の血液検査は、初診から数週間のうちに行われることが多く、内容は施設によって幅があります。妊婦健診のスケジュールをまとめたコラムにあるとおり、甲状腺の項目は必須の検査に含まれていない施設もあり、症状や既往がなければ検査自体が行われないことも珍しくありません。
次のような方は、検査を受けておくメリットが比較的大きいとされています。
該当する項目がある方は、妊娠を考え始めた段階、あるいは妊娠が判明した最初の受診時に「甲状腺の数値も調べてもらえますか」と相談してみてください。該当項目がない方まで一律に不安を抱く必要はありません。気になる症状(強いだるさ、動悸、むくみが続くなど)があるときに相談する、という考え方で十分です。
診察室でも、健康診断で「TSHが少し高めだが経過観察」と言われたまま妊娠を迎え、後から数値が気になって相談にいらっしゃる方をお見かけします。過去の数値の紙(結果表)が手元にあれば、次の受診時に持参すると、医師も状況を把握しやすくなります。
日本人の場合、注意したいのはヨウ素不足よりも過剰摂取のほうです。海外の情報をそのまま当てはめると、この点で誤解が生まれやすくなります。
ヨウ素は甲状腺ホルモンの材料になる必須ミネラルで、昆布やわかめなどの海藻類、魚介類に豊富に含まれています。海に囲まれ、日常的に海藻を食べる習慣がある日本では、もともとヨウ素の摂取量が多い傾向にあり、世界的に見てもヨウ素不足より過剰摂取が話題になりやすい国のひとつです。
厚生労働省の食事摂取基準では、ヨウ素の耐容上限量(摂りすぎに注意すべき量の目安)を、妊婦・授乳婦は1日2,000マイクログラムとし、妊娠していない一般成人の1日3,000マイクログラムより低く設定しています(出典:厚生労働省 食事摂取基準に関する検討資料、厚生労働省eJIM「ヨウ素」)。母体が大量のヨウ素を摂り続けると、かえって甲状腺の働きを抑えてしまい、赤ちゃんの一過性の甲状腺機能低下につながる可能性があるためです。
普段の食事で昆布や海藻を適度に楽しむ分には過度に心配する必要はありません。注意したいのは、昆布だしのパックやとろろ昆布、ヨウ素を強化したサプリメントなどを毎日大量に重ねて摂るケースです。食材の工夫については妊娠中の食事とヨウ素を取り上げた別コラムも参考になりますが、量については「多ければ良い」というものではないと覚えておいてください。
甲状腺機能の乱れは、赤ちゃんの発達だけでなく妊娠経過そのものにも関わることが指摘されています。数値の管理が大切とされる理由のひとつです。
日本産婦人科医会の資料でも、コントロールが不十分な甲状腺機能異常は、流産・早産、妊娠高血圧症候群、常位胎盤早期剝離、低出生体重児といった妊娠転帰に影響しうるとされています。甲状腺疾患は、日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会が編さんする産婦人科診療ガイドラインでも取り上げられている合併症のひとつです(出典:日本産科婦人科学会 診療ガイドライン)。だからこそ、妊娠前からの管理や、妊娠中の定期的なフォローが重視されているわけです。
ただし、これは「甲状腺の数値が少しでも基準から外れれば必ずこうしたことが起こる」という意味ではありません。多くの妊婦さんは、適切な検査と治療によって数値をコントロールしながら、無事に出産を迎えています。過度に不安を抱え込むより、気になる点を早めに医師へ相談し、必要な検査と治療につなげることのほうが実践的です。
甲状腺のことが気になったら、まずは次の受診時に「甲状腺の検査をお願いできますか」と一言伝えることから始めてください。身構える必要のない、ごく簡単な一歩です。
甲状腺の検査は、出生前診断のように染色体や遺伝子を対象とする検査とは目的が異なります。出生前診断の種類や時期をまとめたコラムもあわせて確認しておくと、妊娠初期に受けられる検査の全体像が整理しやすくなります。ヒロクリニックNIPTでも、妊娠初期の検査全般についてのご相談を受け付けています。
No categories found for this post.施設によって異なり、全員に一律で行われるわけではありません。既往や症状、家族歴がある方は、初診時や妊娠が判明した時点で「甲状腺の数値も調べてほしい」と自ら申し出ることをおすすめします。
日本の標準的な基準範囲はおよそ0.61〜4.23 mIU/Lで、4を超えると潜在性甲状腺機能低下症の目安とされます。ただし基準値は測定法や施設によって幅があり、治療の要否は数値だけでなく症状や既往もあわせて主治医が総合的に判断します。数値だけで自己判断せず、必ず担当医に確認してください。
いいえ、多くの方が適切な治療とフォローのもとで妊娠・出産を迎えています。大切なのは、妊娠前から数値をコントロールしておくことと、妊娠がわかったら早めに主治医へ報告し、薬の調整が必要かどうかを確認することです。
自己判断でやめるのは避けてください。妊娠初期の一時期は薬の種類を切り替える判断が行われることがありますが、これは専門医が経過を見ながら決めることです。服薬を急に中止すると、母体の甲状腺機能亢進が悪化するおそれがあります。
日本の食生活では、海藻類などから普段の食事でヨウ素を十分に摂れていることが多く、意識して追加する必要は基本的にありません。むしろ昆布だしやサプリメントなどで大量に重ねて摂る過剰摂取のほうに注意が必要です。
必ず影響するとは言い切れません。母体の甲状腺機能低下と子どもの発達との関連を示す研究がある一方、治療によってどこまで改善できるかは研究によって結果が分かれています。数値の異常が見つかった場合は、過度に思い詰めず、主治医の指示に沿って検査と治療を続けることが現実的な対応です。
日本皮膚科学会 皮膚科専門医/日本医師会 産業医/東京衛生検査所 指導監督医
この記事は、 ヒロクリニックNIPTの編集・監修体制 にもとづき、資格を持つ医師が内容を確認しています。
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